第一話
「砥部 加奈さんね」
「はい、牧先生宜しくお願いします」
ここは職員室。今日から黄野高校に転入する。
わたしは、ある事情で正義の味方になった。
だから、どうしても同じ場所に留まっていられない。
わたしが正義の味方と知られたら、二択しかない。
知った者かわたしか、どちらかが姿を消すという二択。
悪人なら前者、悪人以外なら後者を選んできたのは、正義の味方だから。
わたしは、目の前の担任になる牧先生に頭を下げると、三つ編みで束ねた髪が肩から垂れ下がる。
目の前の牧先生は、けっこうな色気だ。それに、優しそうな笑顔。
私は少し安心した。
どこの学校に行っても、初見では、男性は欲情する視線、女性は嫉妬の視線を浴びせられて来た。
この学校なら、三つ編みに眼鏡で地味にしていれば、目立つ事が減りそうだ。
校内で聞こえる声からも、牧先生はさなちゃんと呼ばれ、セクシー担当のようだ。
わたしは、半径100km程度離れた声なら、すべて聞こえてしまう。
だから、なるべく気にしないようにしているが、情報収集の時には、ある程度範囲を絞って気にするようにしている。今なら、校内程度の音は全て拾っている。
「(チッ)」
「(これは、これは……)」
「(楽しみですね)」
「(女の戦いか?)」
ん?
目の前の先生から舌打ちの音が、職員室の遠くの一角では男の先生達が、ひそひそ話をしていた。
目の前の牧先生のセクシー担当を、奪うつもりはないのだが……。
「来なさい」
わたしの胸を一瞬、忌々しげに視線を落としてから、胸を揺らせながら歩いていく。
連れて来られたのは、女子更衣室。
バタタン!
「ちょっとあんた、盛りすぎ!若いんだから内面で勝負しな……さい?」
入って扉を閉めると怒鳴られながら、有無を言わさず長袖のブラウスを腰からまくられて、ブラジャーのホックを外された。
今の今までの優しそうな顔は、更衣室に入って一変した。
どうやら、パットを大量に入れて大きく見せていると思われたようだ。
パタリ
「「……」」
ブラが床に落ちる。
わたしのブラの下に着ていた服を見て固まる先生。
胸の部分に、SeiginomikataのSのマークの入った青いレオタード。
ふと、気になって透視する。
牧先生のおムネには、厚めのパットが一枚と、寄せて上げるブラが装備されていた。
見られた!
「レイアーさんか……その為に整形?……全身サイボーグか!」
「……」
「そういえば貴女、ご両親は事故で……遺産をそんな事に使うなんて」
勝手な自己解釈で完結していく先生。
とりあえず、わたしが世間で有名な正義の味方だとは、まさか思わなかったようだ。
もし気がついたら、転校初日でまた転校になる所だった。
「分かっているわね?レイアーで全身サイボーグだと暴露されたくなかったら……いいわね?」
「は、はい」
どうやら、わたしはコスプレ女で、親の遺産で全身の整形手術した女に決まってしまったようだ。
わたしが正義の味方とばれたら、ここに来た目的を果せなくなる。
だから、正義の味方とばれるよりは……いいのか?
「……とりあえず、今日はコスプレも見逃すけど、明日からはしてこないように」
「は……はい」
目の前の人は、一通り自己完結し、わたしから携帯の番号を聞きだすと、女から先生に戻った。
ガラガラガラ
教室の扉を、担任の牧が開ける。わたしは後ろについて歩く。
それだけで、教室が静かになり教室の全ての生徒の視線が、わたしと先生の胸に集まる。
わたしも先生も胸が揺れている。だから自然と、色気を振りまいて歩く。
牧先生は、意図的に、色気を振りまいているが……わたしから見るとイマイチ。
本人は気付いているか分からないが、一緒に歩くと、先生の色気が野暮ったく、無理して頑張ってる女にしか見えない。
わたしは、完璧なモデルウォーキング。
普通に歩く先生とは、それだけで色気の気品が違っている。
目立つつもりはないものの、ついマスターしてしまった。
「さなちゃ~ん、その子だれ?」
クラスの如何にも不良ですといった感じの男の子が、担任の牧先生に質問する。
他のクラスメイト達も、その声に反応するかの様に、ざわめきだす。
「静かにしなさい。転校生を紹介します……」
担任の牧先生が、教壇で生徒達を静かにさせる。
ドクン!
生徒の中の一人を確認すると、突如、わたしの心臓が動いた。
心臓もしっかり動いて、今日も健康だ。
じゃない。
わたしが……緊張している?
未だ、緊張なんて普通の人のような、感情が残っている事に驚きも感じる。
普通ならば、たかが30人ちょっとの生徒の前で、緊張する事もない。
見られるだけで、いちいち緊張していたら四六時中緊張していないといけない。
しかも、名前を言って宜しくと言うだけ。
何度も転校しているわたしは、何度も経験している。
でも、今回は、いつものそれとはちがった。
彼の前で、言わなければならない。
彼がわたしを覚えている……はずはない。
視界の中の一人の男の子の、一挙手一投足、まばたきから唾を飲み込む音まで気にしてしまう。
馬鹿みたいに聞こえる耳や、ちょっと意識すると透視やヒートビジョンが出来る目、弾丸やミサイルもそよ風程度にしか感じない無敵の身体に、漫画みたいな怪力や音速を超えて飛べるわたしが、今はただ、反応を見るしかなかった。
彼があいつらに狙われている。
そして、その幼馴染を守る為に、今のわたしがあり、ここにいる。
無言でチョークで、自分の名前を黒板に書く。
「わたしの名前は、砥部 香奈です。宜しくお願いします」
全身神経を使ってポーカーフェイスのまま、頭を下げお辞儀をする。
「「「「おおおーーー」」」」
生徒は声をあげる。
頭を上げて、ちらりと視界の端で彼を見ると、彼は首をひねっていた。
彼がわたしを覚えているはずはない。
「では、一番後ろの空いている席に座りなさい」
そこは丁度男子の列で、先生の紹介の前に質問した不良男子の後ろだった。
狭い机の間の通路を通ると、生徒達の顔が、わたしに合わせて動いていく。
学生としてのわたしは、あまり目立ちたくはない。
だから、常は三つ編みと眼鏡で地味にしている。
でも否応無しに目立ってしまうこのグラビアアイドル顔負けの身体と、化粧や美容を鼻で笑ってしまえる美貌。
もっとも、化粧や美容をしなくていいのは、正直助かっている。
ブラですら自分の身体に合っていないのは分かっている。
だって、ブラ程度でスタイルが変わるほど、柔な身体ではない。
しかも、張りと弾力性は、極上の高校生のそれと変わらない。
それでもつけているのは、ブラをしていないと目立つから。ただそれだけ。
わたしは、言われた席に座ると、さっそく前の不良男子は、後ろを向いてきた。
「俺、高見 雄斗よろしくな。空手部に入ってるから、悪い奴から守ってやるよ」
「あ、はい……」
わたしは、それだけ言ってうつむく。
わたし……正義の味方でみんなを守ってるんだけどな。
何回聞いても、この類の台詞には、心の中で突っ込みをいれてしまう。
「何をいきなり怖がらせてるのよ!第一、一番悪い奴は、自分自身じゃない」
隣のポニーテールの女の子が、助け舟を出してくれた。
「私は、福井 御子宜しくね」
助け舟は出してくれたが、視線は胸に行っていた。
放課後になって分かった事は、目的の彼は、高見のパシリになっていた。
高見とは、何度も話した。
でも、目的の彼と話そうとすると、高見に遮られた。
彼の話した言葉は、まさに耳を澄まして聞いてしまっていた。
でも、結局一度も会話せずに終った。
これで良かったのかもしれない。下手に会話して、わたしの事を思い出したら大変だ。
夕食時でも彼は、すごい美少女が転校してきた以上の話にはならなかった。
ただ、少し気になっただけだろう。
そこで、わたしは油断してしまった。
僕はあの時から、彼女を守るために正義の味方……いや普通の人である事を捨てたのに。