王と竜と公爵令嬢
夢でヒントを得たお話です。
よろしくお願いいたします。
加筆修正しています、
「スターリング公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」
この国の皇太子リノレン様から婚約破棄を宣言されました。
私の人生って、なんだったのかしら。
彼は最後まで、私の名前さえ呼ばなかったわね。
私は幼い頃から、敵国ネロリ国へ人質として追いやられていた。皇太子の婚約者で準王族。だから人質の価値があるとされたのだ。
そして、やっと帰ってこられたと思ったら、帰還祝いのパーティで婚約破棄。
私は使い捨てられたわけです。
「おまえの事は分かっている。ずっと熱心に手紙を送ってきたからな。俺に夢中なんだろう。始めは読んでやったが詩なぞくだらなくて捨てたよ。そのうち忙しくて封を開けることもしなかったが!」
私を知った気になって、手紙を確認することすら止めていたのね。あの手紙には詩になぞらえて、ネロリ国の情報を書いていましたのに。
返事が来ないことを疑えばよかった。
彼の腕にぶら下がっている派手な美女は、私の義妹です。私が人質になっている間に、父が愛人と作った娘。誇らしげに言います。
「お姉様は愛されていないんですの」
知っているわよ。下品なニヤニヤ笑いをやめてほしいわ。
……こんな事なら、ずっとネロリ国にいれば良かったわ。
少なくともあの国には、幼馴染がいた。
泣き虫で臆病な、私の第四王子様が……。
公衆の面前で辱められながらも、私は彼を思い出して、ほんの少しだけ笑った。
*****
ネロリ国の第四王子ドラコ・レックス。
彼は、母の身分が低く王位継承権はあったが、泣き虫で臆病で、王位につく可能性はないとされていた。
そして兄達に虐められては、王宮の隅で泣いていた。
「ハイドレンジア。兄上達がひどいんだよ。ぐすんぐす……」
「また泣いているのですか、ドラコ様。あんまり泣くと、涙で目が溶けちゃいますよ」
「えっ、それはヤダ……」
「それでは泣き止んでください。いい子いい子してあげますから。ほら、涙を拭いて」
「えへへ。ハイドレンジアはやさしい……」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしていたドラコ。
彼は、唯一優しくしてくれるハイドレンジアが大好きだった。
世界で一番綺麗で優しいハイドレンジア。
この国に人質にきた姫君だというけれど、そんな事は関係なかった。
いつか彼女は、婚約者のいる母国に帰る。その時が永遠に来なければいいのにと思っていた。
彼は暇を見つけては、彼女のあとを追いかけ回す。
彼女が彼を見る目も、かけてくれる声音も、とても優しく美しい。ずっと一緒にいたいと願っていた。
彼女の婚約者とかいうリノレン皇太子からは、全く連絡もこなかった。だから彼女はもう国に帰らないで、この国にずっといると思っていた。
でも国の情勢が変わったとかで、彼女が帰国する事になった時は、彼は泣いた。わんわん泣いた。
「必ず君に会いに行くから。待っててね」
「……来なくていいわ。私の国とあなたの国は仲が悪いもの。あなたに何かあるかもしれないもの」
「そんなの関係ないよ。君が大切だから。会いたいから行くんだよ!」
「馬鹿な人」
ハイドレンジアは、いつものように美しく、そして困ったように笑う。
それが別れだった。
彼女との別れの後も、ハイドレンジアは彼の大切な人だった。
いつか出会える日を夢見て、勉強も鍛錬もドラコは頑張った。魔法も使えるようになったが、それは隠していた。あまりにも優秀だと分かると、兄達のやっかみが酷くなるからだ。いつか王族をやめて、ハイドレンジアのいる国へ行こうと、ドラコは漠然と夢見ていた。
ドラコは、海辺を歩いていると怪我をした竜に出会った。彼は竜に手当てをしてバハムートと名前をつけた。食べ物を持っていくうちに、バハムートは彼によく懐いた。
兄達の政権争いが激しくなって、何処の派閥にも属さないドラコは、ターゲットにされてしまった。
ドラコは強かった。密かに鍛えた剣で、襲ってくる敵を倒し続けた。
長兄は毒殺され、次兄は反乱を起こして失敗し、三男は敵国のスパイになっていた事がバレて失脚した。
王位継承者が次々消え、重臣達は最後に残ったドラコを推戴した。
気づくとドラコは王になっていた。
妻は娶らなかった。
戴冠式の夜、ドラコは部屋で暗殺者に襲われた。
もう少しで死ぬところだった。
隠し持った魔法で敵を倒す。魔法を秘密にしていたので、敵の攻撃の裏をかけたのだ。
……ドラコは死ぬかと思った時、ハイドレンジアを思い出した。
だから、駆けつけた重臣達に告げた。
「ハイドレンジアに会いに行く」
そのまま、バハムートの背に乗って、窓から飛び出した。
「王よ!」
「一泊二日で戻る。後はまかせた!」
竜ならば、馬車で何ヶ月もかかる旅もあっという間にいける。
ドラコ王は海を突っ切ろうと言うが、バハムートはもうすぐ雨が降るから海沿いがいいという。
彼は自身を魔法で軽くして、魔力で丸く彼自身とバハムートを包んだ。
バハムートは雨の中を、ドラコ王の魔法によって濡れずに飛ぶ。国々に通ることを申請すると、大仰になって手続きが必要だから何ヶ月もかかってしまう。海沿いの崖や学校、教会の上を飛んでいく。見えない魔法をかけてあるが、晴れると影が海沿いにうつり、牧師に気づかれた。ドラコは一瞬、話をするかどうか悩んだが、そのまま飛びつづけた。
*****
ざわめく王宮のパーティで、ハイドレンジアは追い詰められていた。
……私は物心ついた時にはもう「役目」があった。
母国の皇太子の婚約者で、この国に人質として連れてこられた。誰の前でも泣かなかった。感情を見せては駄目だった。常に準王族らしく振る舞えと言われ続けた。
差別され、監視されて、孤独に耐え抜いたのだ。
国には名ばかりの婚約者。
国に帰れば隣には女がいた。
そして今、冤罪をかけられて婚約破棄された。
泣いては駄目。泣いたら、負けたと思われてしまう。あまりにも興奮したせいか、目に水分が溜まっていく。……泣きたくないのに、負けたように見えてしまうわ。
「婚約破棄を受け入れます」
リノレン皇太子は、私の言葉を聞くと歪んだ笑いを浮かべた。
「そうか。貴様にはもう用はない。衛兵、あの女を捕らえて牢に入れておけ。そうだな罪状は……」
「私を虐めた罰、なんかどうですかあ。殿下ぁ」
「それがいいな!」
「ふざけないで!」
衛兵達が近づいてくる。
父である公爵も知らんぷりだ。裏で何か取引でもあったのだろうか。
こんな人達を信じて、ずっと努力してきたなんて!
私は衛兵達に追い詰められて、ジリジリと壁際のバルコニーへ後退るしかなかった。
その時、背中から大きなマントが私にかけられた。
私の後ろには海を見渡せるバルコニーへ通じる窓がある。でも誰もいなかったはず。
だれ!?
「ハイドレンジア。やっと会えた」
太陽のように笑った人は、幼馴染みのドラコだった。
「……来たのね」
困ったように照れたように、彼は笑う。
最後に会いたい人に会えたから、私は素直に肩の力が抜けた。楽な気持ちになれた。
「来なくていいと言いましたのに」
(違う。こんな事が言いたいんじゃないのに。素直になれないのが悔しい)
「君の元気な姿を確認したくてね。君の元気な姿を見られたら、俺が元気をもらえるんだ」
「相変わらずストレートね」
そう、こういう人なのだ。私にストレートに気持ちを見せてくれる。だから、私も素直になれるのだ。
「ずっと君にプロポーズしていた。君には不幸なことだが、婚約破棄されたみたいだから、今度こそ私の妻になってほしい。君以外を、私の妻には考えられない」
「……仕方のない方ね。あんな遠い国から……」
「返事は?」
泣き虫のくせに。私を迎えに来ると言った人は、本当に追いかけてきてくれたのは、あなただけよ。
「いいですわ。お受けいたします」
「やったあ!」
彼は子どものように無邪気に笑うと、私を嬉しそうに抱き上げた。
「一緒に帰ろう。帰って式を挙げたら、君は王妃だ」
私は驚いて目を見開いた。
私がネロリ国を旅立った後に、何があったのだろう。この国では情報が届くのが遅いのよね。
義妹の扇子が、悔しそうな音を立てて折れた。
「ま、待て!」
元婚約者の皇太子が声を上げた。もう私には関係のない方だ。
「……なにか?」
私との話を邪魔された怒りで、ドラコの魔力が王宮の広間を埋めつくす。
威圧された貴族達が、腰を抜かして倒れていった。
相変わらず底抜けの魔力量だ。
「魔力のコントロールが上手くなったのね」
「一生懸命練習したんだ。君に会いたくて」
「ああ、そうだ。この国の王はどこかな。ハイドレンジア嬢を、ネロリ国国王が貰い受ける。異存はないな」
ドラコの魔力で、王宮の床がミシミシと音を立てた。
王は慌てて隣にいた宰相に囁く。宰相が文官を呼び寄ると凄い勢いで執筆させて、玉璽を王が押した。
その書類をドラコに恭しく差し出した。
ドラコはその書類を私に見せる。
「……確認して」
私は書類を隅から隅まで読み込んだ。不備はない。ドラコや私に不利なる事は書かれていなかった。私がネロリ国の住人になり、王族に嫁ぐことを許可する内容だ。
「大丈夫よ」
ドラコは書類を鞄に大切そうに入れると、私をかかえたまま、バルコニーから飛び出した。
相変わらず無茶な人である。
バルコニーの下には竜がいて、私達を受け止めた。 そして、ふわりと飛び上がったのだ。
「この竜は……」
「名前はバハムート。俺の友達!」
「そう。友達ができたのね。よろしくね。バハムート」
バハムートは、誇らしげに吠えた。
「ハイドレンジア……?」
元婚約者が、初めて私の名を呼んだ。
「皇太子殿下。私はもう貴方の婚約者ではありません。名前で呼ばないでください」
「そ、そんな……。君を牢で愛人にしてやるつもりで……」
「最悪です」
ドラコの魔力が暴風となって、殿下を後ろの方へ吹き飛ばした。竜が元婚約者を睨みつける。
「……いい気味だわ」
「君が望むなら、この国を君に捧げようか?」
ドラコが不穏な事を真顔で言う。
「ダメよ。貴方にそんな事はさせられないわ。帰りましょう、私達の国へ」
「うん!」
ドラコと私は竜の背に乗って、どこまでの広がる青空のもと、心地よい風を受けて旅立った。




