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プロジェクト・サクラ

はじめまして。如月きさらぎ れいと申します。

本作『プロジェクト・サクラ』を手に取っていただき、ありがとうございます。


この物語は、「人はなぜ誰かと繋がろうとするのか」という問いから生まれました。

高度な技術によって生み出された存在が、感情を持つことは可能なのか。そしてそれは、本物と呼べるのか――そんなテーマを、自分なりに描いてみたいと思ったのがきっかけです。


誰かと出会うことは、時に人生を大きく変えてしまいます。

それが人間であれ、そうでない存在であれ、その出会いがもたらすものはきっと同じなのではないかと、そう信じています。


この物語の主人公は、決して特別な人間ではありません。

どこにでもいるような、少しだけ立ち止まってしまった青年です。ですが、そんな彼の前に現れた“彼女”が、止まっていた時間を少しずつ動かしていきます。


読者の皆様にとっても、この物語がほんの少しでも心に残るものになれば幸いです。


それでは、『プロジェクト・サクラ』の世界を、どうぞお楽しみください。


如月 零


第1章


無職の負け犬になってから、かれこれ634日……いや、今日を入れると635日目か。なぜ未だに数え続けているのか、自分でもよくわからない。たぶん、ただの癖だ。


アパートの天井を見つめ、ここ三ヶ月間ずっと眺めているのと同じひび割れを目で追った。それは一ミリたりとも広がっていない。この部屋の古びた部分すら、時が止まっているかのようだった。


スマホが震えた。また別のIT企業からの不採用通知。「弊社の求人にご関心をお寄せいただき感謝いたします」が、結局は「他の候補者を採用することに決定いたしました」というお決まりの文面だ。要するに、俺の履歴書はデジタルのゴミ箱へ直行したってことだ。


俺は寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。MOMOが頭の近くをホバリングし、その青い目をわずかに暗くさせた。彼なりの心配の表現なのだと、今ではもうわかっている。


「タクミ様、生体スキャンの結果、コルチゾール値が上昇しているようです。何か落ち着く音楽を流しましょうか?」


「いや」俺は枕に顔を押し付けたまま呟いた。「あいつらのシステムをハッキングして、俺を採用してほしいね」


「それは違法行為です。それに、私のプログラミングの許容範囲を超えています」


「わかってるよ、MOMO。冗談だ」


「ユーモアですね。それを認識するアルゴリズムは、現在まだ調整中です」


俺は起き上がり、髪を掻きむしった。大学を卒業して二年、俺に何が残っている? 埃をかぶったロボット工学の学位、空っぽになりかけの銀行口座、そして増え続けるインスタントラーメンのコレクションくらいだ。


再びスマホが震えた。今度はダイチからだった。


「お前、生きてるか? 一週間くらい連絡ないけど」


俺はこう返信した。「あいにくだがな」


すぐに入力中の三点リーダーが表示された。「そんなにヤバいのか? なあ、うちの会社がAIに詳しい奴を探してるんだ。大したことじゃなくて、基礎的な知識でいいんだけど。興味あるか?」


そのメッセージをじっと見つめた。ダイチは中堅のゲーム会社で働いている。俺が夢見ていた最先端のロボット工学研究所とは程遠いが……。


「職種は?」


「若手のプログラマー。給料はそこそこ。それに、俺と一緒に働けるんだぜ! 夢みたいだろ?」


鼻で笑ってしまった。「面接はいつだ?」


「明日。午後二時。『三日間一歩も家から出てません』って叫んでるような服は着てくんなよ」


「たった三日だと思い込んでるなんて、ずいぶん楽観的だな」


「おい。シャワー浴びろよ。頼むから」


俺はスマホを放り出し、MOMOに目をやった。彼は今、壁に時刻を投影している。午前11時27分。


「どう思う、MOMO? ゲーム会社に魂を売るべきかな?」


「私の分析によると、就職はタクミ様の現在の精神状態および経済状況を著しく改善させると推測されます。それに、私のメンテナンス用パーツもそろそろ底をつきそうです」


「相変わらず自分のことばっかりだな」


「自己保存は、人工知能における重要な構成要素ですので」


俺は重い体を引きずってベッドから出て、洗面所へ向かった。鏡に映った自分の姿は、まるでゾンビ映画のようだった……。青白い肌、目の下のクマ、あちこちに跳ねた寝癖。


「いつの間にこんなに老けたんだ?」目尻にうっすらとできたシワに触れながら、俺は呟いた。


「タクミ様はまだ二十四歳です。どのような統計データを用いても、『老けている』という基準には該当しません」


「言葉の綾だよ、MOMO」


「ああ。また冗談ですね」


「少し違うけどな」


シャワーを浴び、熱いお湯で無職のどんよりした気分を洗い流す。そのまま立ち尽くしていると、ふと高校時代のことを思い出した。あの奇妙な贈り物のこと。屋上でのあの声のこと。


平凡な俺の人生の中で、それが一番面白い出来事だったというのは笑える話だ。卒業後、贈り物はぱったりと途絶えた。折り鶴も、拾い物もなくなった。何もかも。結局、彼女が誰だったのかはわからずじまいだった。


時々、あれはすべて俺の妄想だったんじゃないかと思うことすらある。


シャワーから出た後、俺は気休め程度に部屋の片付けを始めた。空のコーヒーカップがそこら中にあり、テイクアウトのゴミが捨てられ、机の上には作りかけのロボットのパーツが少なくとも三つは散乱している。


俺は改造途中だった小型ドローンを手に取った。基板はむき出しで、導線が無惨にぶら下がっている。


「俺の経歴みたいだな」と俺は呟いた。


MOMOがフワリと近づいてきた。「代わりに私のメンテナンスをしますか? 左のスタビライザーの再調整が必要です」


「そうだな、相棒」俺は工具箱を手に取った。MOMOをいじっていると、いつも心が落ち着いた。その精密さには、どこか癒やされるものがある。すべての部品の行き先が明確で、調整するたびにはっきりとした因果関係が理解できるからだ。


何もかもが理不尽で混沌としている人生とは大違いだ。


再調整が半分ほど終わったとき、玄関のチャイムが鳴った。俺は動きを止めた。


「来客の予定はありましたか、タクミ様?」


「いや」


「荷物では?」


「ここ何週間も、何も注文してないぞ」

玄関のチャイムが再び鳴った。今度はもう少し切迫したような鳴り方だった。


俺はMOMOをそっと置いた。「ここにいてくれ」


「他にどこへ行くというのですか?」


俺は用心深くドアに近づき、のぞき穴から外を窺った。


廊下に立っていたのは、パリッとしたビジネススーツを着た女性だった。黒髪をきっちりとしたお団子にまとめ、四角い黒縁メガネをかけている。

見覚えのない顔だった。


「どちら様ですか?」俺はドア越しに声をかけた。


「ネクサス・ロボティクスの宮沢凛と申します。林タクミさんとお話ししたく、伺いました」


ネクサス・ロボティクス。日本最大級のテクノロジー企業の一つ。少なくとも三回は応募して、何の音沙汰もなかった場所だ。


俺は自分のシワだらけのTシャツとスウェットパンツを見下ろした。最悪だ。


「少々お待ちください!」俺は叫び、必死にマシな服がないか辺りを見回した。結局、Tシャツの上にボタンダウンのシャツを羽織るだけで妥協し、ボタンを留めることすら諦めた。


俺は平静を装いながらドアを開けた。


「林さんですね?」


「はい」


「中に入ってもよろしいですか? あなたの興味を惹くようなご提案があるのですが」


「普段は家庭訪問などしないのですが」俺を通り越してアパートに入りながら、彼女は言った。その目は、食べかけの食事や散乱した部品、全体的な部屋の乱れといった惨状を見回していたが、瞬き一つしなかった。「あなたのケースは……特殊でしたので」


俺は彼女の背後でドアを閉め、空のラーメンのカップを必死にソファの下へと蹴り込んだ。「俺のケース?」


彼女はその質問を無視し、俺の作業机のそばで頼りなげにホバリングしているMOMOに視線を固定した。「これはあなたが作ったのですか?」


「ええ」俺は急に警戒心を抱きながら答えた。「名前はMOMOです」


宮沢は俺の小さなロボットに近づき、俺が落ち着かなくなるほどの鋭い視線で彼を観察した。「素晴らしい。自己安定型の推進システム、高度な顔認識機能、そして……」彼女は少し身を乗り出して言葉を切った。「……感情応答プログラミング?」


「ただの基本的な性格パラメーターですよ」俺は呟いた。「大したものじゃありません」


「果たしてそうでしょうか」彼女は俺の方を振り返って言った。「これこそが、私がここに来た理由です」


彼女は洗練されたブリーフケースに手を伸ばし、タブレットを取り出した。数回タップして動画を再生し、こちらに向けた。それは三年前の大学のロボット工学コンテストの映像……俺の卒業制作のプレゼンテーションだった。俺は、AIシステムにおける感情学習の理論的枠組みを説明しているかつての自分の姿を見つめた。


「人工ニューラルネットワークにおける適応型感情知能についてのあなたの論文は、非常に興味深いものでした」と彼女は言った。「時代を先取りしていました。そして今、実際にそれを実装しているのがわかった」


「ただの趣味のプロジェクトです」


「当社の商用プロトタイプの大半よりも高度な趣味のプロジェクトですね」彼女はタブレットの電源を切った。「ネクサス・ロボティクスは、コンパニオンAIに特化した新しい部門を立ち上げます。あなたのような……型破りなアプローチを持つ人材が必要なのです」


俺は彼女を見つめ、何かの冗談だろうと待った。「俺に仕事をオファーしてるんですか? こんなにあっさりと?」


「面接の機会を提供しているのです。明日、午前10時」彼女は名刺を差し出した。「横浜の当社の研究開発施設で」


「明日はすでに面接の予定がありまして」俺は反射的に言ってしまい、すぐに後悔した。俺はどうかしちゃったのか?


宮沢は片眉を上げた。「どちらで?」


「ええと、ダイチのゲーム会社です。たいしたところじゃありません」


「なるほど」彼女はメガネの位置を直した。「まあ、どちらの機会がご自身の才能により見合っているか、決める必要がありますね」


彼女は帰ろうと背を向け、ドアの前で立ち止まった。「ああ、それから林さん。あなたのロボットも連れてきてください。ディレクターが見たがるはずですから」


彼女が去った後、俺は手にある名刺を見つめながらソファに崩れ落ちた。浮き彫りのロゴ、分厚い紙質、ネクサス・ロボティクス人材獲得責任者、宮沢凛の連絡先。


MOMOがフワリと近づいてきた。「分析の結果、心拍数が27パーセント上昇していることが判明しました」


「ああ、冗談じゃないぜ」俺は髪を掻きむしった。「一体何が起きたんだ?」


「大手テクノロジー企業の担当者が、私の存在を理由にタクミ様に就職の機会を提供したのです」MOMOは淡々と述べた。「適切な反応としては、お祝いをするべきだと考えます」


俺は小さなロボットを見た。人生で一番どん底の時期に、ガラクタとコードから作り上げたこの相棒を。「あいつらが欲しいのはお前だよ、相棒。俺じゃない」


「違います。彼らは私を作ることができる人物を求めているのです」


俺は立ち上がり、急に活力が湧いてきた。「準備しなきゃな。履歴書、ポートフォリオ……」俺は自分の姿を見下ろした。「ホームレスに見えないような服もだ」


資料をかき集めてバタバタと走り回っていると、妙な感覚が腹の底に落ちてきた。


何年も前の、屋上でのあの日のような。


何かが変わろうとしている、あの感覚だ。


俺はプロジェクトのノートの束を抱えたまま立ち止まった。「なあ、MOMO? これって何かおかしくないか? 俺がどこからも不採用にされ続けてきたのに、突然トップのロボット企業が家のドアの前に現れるなんて」

MOMOの目が思案するように点滅した。「複雑なシステムにおいては、統計的異常は定期的に発生します」


「答えになってないぞ」


「追加データなしで提供できる、最も正確な回答です」


俺は眉をひそめ、手の中で名刺を裏返した。心の奥底で何かが引っかかっていた。何年も前に学校の屋上で感じた、あのオゾンを帯びたような匂いだ。宮沢がMOMOを調べていたとき、ほんの一瞬だが、その匂いを嗅ぎ取ったような気がした。


だが、そんな馬鹿な話はない。何もないところに、俺の脳が勝手な結びつきを作り出しているだけだ。


「明日は面接が二つある」俺はMOMOに言った。「どっちを優先すべきだと思う?」


「将来のキャリアアップ、期待される給与、そしてスキルとの整合性に基づいて計算中……」処理を行いながら、MOMOの目がチカチカと点滅した。「ネクサス・ロボティクスの方が、94パーセント有利な結果をもたらします」


俺はうなずいた。すでにその答えはわかっていた。「悪いな、ダイチ」


その日の残りの時間は、自分自身とアパートの掃除、面接で聞かれそうな質問への回答の練習、そしてMOMOのボディがピカピカに輝くまで磨き上げることに費やした。深夜になる頃にはついに疲労がピークに達し、俺はベッドに倒れ込んだ。


眠りに引きずり込まれる中、あの奇妙な感覚が戻ってきた。誰かに見られているような、暗がりで誰かが待っているような感覚だ。


「まだだ」記憶の中の声が囁いた。「私が暗がりから足を踏み出せば、すべてが変わってしまうから」


朝はあっという間にやってきた。アラームの音で飛び起きると、まるでずっと走っていたかのように心臓が激しく鳴っていた。一瞬、なぜこんなに不安を感じているのか思い出せなかった。それから思い出した……面接だ。ネクサス・ロボティクス。くそっ。


ベッドからよろけ出て、片付けるのを忘れていた本の山につまずきそうになった。MOMOはすでに起動しており、窓のそばをホバリングしていた。


「おはようございます、タクミ様。現在時刻は午前7時23分。天気予報によると快晴で、最高気温は24度です。面接まであと2時間37分です」


「ご丁寧にどうも」眠い目をこすりながら俺は呟いた。「忘れるわけないだろ」


「睡眠パターンに著しいレム睡眠の乱れが見られました。悪夢を見ましたか?」


俺は手を止め、夢を思い出そうとした。青い折り鶴と、あの屋上での声についてだった。「悪夢じゃない。ただの……記憶かな」


MOMOの目が点滅した。それは俺が好奇心の表れだと解釈するようになった反応だった。「興味深いですね。睡眠中のあなたの神経パターンは、3年前、高校3年生の時のものと酷似していました」


「高校の頃は、俺の脳波なんて監視してなかっただろ、MOMO」


「はい。ですが、スマートウォッチのアーカイブから健康データにアクセスできます。パターンが一致しているのです」


時々、MOMOに自分の個人情報へのアクセス権を与えすぎたことを後悔する。俺は首を振り、シャワーへと向かった。


奇妙な偶然について思い悩むよりも、これからの1日に集中しようとした。この面接がすべてを変えるかもしれない。夕食にインスタントラーメンをすすることも、大家から逃げ回ることも、里親にどうしてまだ「自分の道を見つけていない」のか説明することも、もうなくなるのだ。


俺は唯一持っているまともなスーツ――今では肩周りが少し窮屈になっていた――を着て、MOMOのために設計した特製のキャリングケースに彼を慎重に収めた。外から見れば普通のメッセンジャーバッグだが、内側には彼が必要とする緩衝材と電源接続がすべて備わっていた。


「どうかな?」鏡を振り返りながら俺は尋ねた。


「許容範囲です」バッグの中からMOMOが答えた。「ただし、ネクタイが約3度中心からずれていますが」


緊張していたが、俺は思わず微笑みながらネクタイを直した。「これでどうだ?」


「わずかに改善されました」


横浜行きの電車は朝の通勤客で混雑していた。疲れ切った目のサラリーマン、制服姿の学生、俺のスーツよりもずっとパリッとしたビジネススーツを着た女性たち。俺は誰かがぶつかってこないかと警戒しながら、MOMOの入ったバッグを胸にしっかりと抱き寄せた。


ネクサス・ロボティクスの本社を見つけるのは難しくなかった。そびえ立つ輝くガラス張りのタワーがスカイラインを圧倒し、そのロゴ――図案化された無限大のシンボル――が朝の空を背景に青く光っていた。俺はしばらく外に立ち尽くし、その規模と、誰の目にも明らかな富と権力に突然圧倒されていた。


俺はここで何をしているんだ? 散らかったアパートでロボットを作っているただの男だぞ。この半分の規模の会社にだって落とされてきたんだ。


「心拍数が再び上昇しています」MOMOの声がバッグからくぐもって聞こえた。「心を落ち着かせるアファメーションを唱えましょうか?」


「いい」通り過ぎる人々の目を気にしながら、俺は小声で言った。「大丈夫だ」


全然大丈夫じゃなかった。それでも、俺はそのガラスの自動ドアを通り抜けた。


ロビーは磨き上げられた石材とミニマリストな家具で統一されており、見上げると目眩がしそうなほど天井が高かった。受付デスクでは、完璧な笑顔を浮かべた女性が俺を出迎えてくれた。

「ネクサス・ロボティクスへようこそ。どのようなご用件でしょうか?」


「午前10時から宮沢凛さんと面接の約束をしています。林タクミです」


彼女は画面を軽く叩いた。「ああ、はい。宮沢がお待ちしております」彼女は俺にビジターバッジを手渡した。「直通エレベーターで43階へ上がってください。そこで担当の者がお迎えいたします」


エレベーターは予想以上に速く、上に向かって急上昇するにつれて胃がフワッとするような感覚になった。ドアが開くと、俺は下の無機質なロビーとはまったく違う廊下に足を踏み入れた。そこは木をあしらった壁と柔らかな照明があり、温かみのある空間だった。ほとんど……家庭的にすら感じられた。


カジュアルな服装の若い男が俺に近づいてきた。「林さんですか? 私は宮沢のアシスタントの田中です。こちらへどうぞ」


彼が案内してくれたのは、俺が予想していたような面接室ではなく、喉から手が出るほど魅力的なロボット工学の機材で埋め尽くされた、広々とした開放的な実験室だった。ホログラフィック・インターフェースを備えたワークステーション、ディスプレイケースに並んだ試作品の部品、そして中央には、さまざまな障害物やシチュエーションが設定されたテストエリアがあった。


「ここでお待ちください」と田中は言った。「宮沢がすぐ参ります」


彼が立ち去ると、俺は慎重にバッグを開け、MOMOをふわりと外に出した。「どう思う?」俺はささやいた。


MOMOはゆっくりと回転し、その目で部屋をスキャンした。「素晴らしいですね。彼らの量子処理能力は、消費者向け技術よりも少なくとも2世代は進んでいると思われます」


「ああ、俺も気づいたよ」俺は何も触らないように我慢しながら、ワークステーションの一つに向かって歩き出した。「ここは俺がずっと働きたいと夢見ていたような場所だ」


「でしたら、好印象を与えられるように努力すべきでしょうね」とMOMOが言った。


振り向くと、ドアのところに宮沢凛が立っていて、昨日と同じ冷徹な眼差しで俺を見ていた。今日の彼女は、プロフェッショナルでありながらどこか未来的にも見えるダークブルーのスーツを着ていた。


「林さん」と彼女は言い、前に進み出た。「あなたの作品を持ってきていただいたようですね」


「ご要望通りに」俺は自信ありげに聞こえるよう努めながら答えた。MOMOは俺の肩の近くにホバリングして、まるで俺を守るかのようだった。


「素晴らしい」彼女は部屋の中央を指し示した。「その性能をいくつか見せてもらえませんか?」


俺はうなずき、開けたエリアへと歩いていった。「MOMO、基本機能のデモンストレーションを頼む」


MOMOの目が一段と明るく輝き、彼はその能力を披露し始めた。複雑なパターンでホバリングしたり、表面にデータを投影したり、俺の言語・非言語のサインに反応したりした。俺は彼にいくつかの簡単な問題を解かせ、障害物を避けさせ、顔認識能力を実演させた。


その間ずっと、宮沢は表情を変えることなくタブレットにメモを取っていた。


「とても素晴らしい」MOMOが終わると彼女は言った。「特に感情応答アルゴリズムが。あなたが言葉にする前に、彼があなたのニーズを予測しているように見える」


「俺たちは長い付き合いですから」俺は手を伸ばし、MOMOを手のひらの上に休ませながら言った。「俺のパターンを学習しているんです」


「それこそが私たちの興味を惹くところよ」彼女はタブレットを置いた。「林さん、ロボット工学における不気味の谷現象についてはご存知ですか?」


俺はうなずいた。「人間にほとんど似ているが完全には似ていないロボットが、人間に不快感や嫌悪感を引き起こす現象ですね」


「ええ。それが何十年もの間、コンパニオン・ロボティクスにおける最大の障壁でした。私たちは人間のように見え、人間のように動き、人間のように話すロボットを作れます。しかし、彼らは決して人間らしいとは感じられない」彼女はMOMOを指差した。「あなたの作品はまったく人間には見えないけれど、それ……彼は、何か……確かな実在感を持っている。私たちが理解したいのはその部分です」


俺は居心地の悪さを感じて体を動かした。「MOMOはただの趣味のプロジェクトです。彼のプログラミングは決して画期的なものじゃありません」


「それが真実ではないことは、お互いにわかっているはずです」宮沢は近づき、声を潜めた。「AIの感情学習に関するあなたの大学の論文は、『理論的すぎる』として教授たちに却下されたけれど、あなたはそれをこの機能する試作機に実装しているじゃない」


俺は彼女をじっと見つめた。「却下されたことを、どうして知っているんですか?」


彼女の顔にわずかな微笑みが浮かんだ。「私たちは採用候補者の身辺調査を徹底的に行っています」


何かがおかしい。俺の論文はデジタルの形で教授たちにしか提出していない。発表も共有もされたことはない。ネクサスはどうやってそれにアクセスできたんだ?


俺が尋ねる前に、実験室のドアが再びスライドして開いた。50代の背の高い男が入ってきた。ごま塩頭を短く刈り込み、カジュアルな黒のタートルネックとスラックス姿にもかかわらず、その姿勢は軍人のように真っ直ぐだった。


「佐藤所長」宮沢はすぐに姿勢を正して言った。「こちらが先日申し上げた候補者の、林タクミです」


佐藤所長の目が、思わず後ずさりしたくなるほどの鋭さで俺を射抜いた。それから彼の視線はMOMOへと移り、その顔に何かが一瞬よぎった――驚きだろうか? それとも、見覚えがあるということか?

「素晴らしい」彼は深く、落ち着いた声で言った。「よろしいかな?」


彼はMOMOに向かって手を伸ばした。俺がうなずくと、MOMOは彼のほうへふわりと移動し、青い目で彼の顔をスキャンした。


「こんにちは、佐藤所長」とMOMOは言った。「お会いできて光栄です」


佐藤所長はしばらくMOMOを観察してから、俺のほうを振り返った。「林さん、宮沢からあなたの研究に対する我々の関心については説明があったかな?」


「いくらかは」俺は答えた。「ただ、自分がどのポストの面接を受けているのかは、まだ完全には理解していません」


「ポストの面接ではないのだよ」と佐藤所長は言った。「君はプロジェクトの面接を受けている。人間とAIの相互作用の未来を変え得るプロジェクトのね」


彼は壁のパネルまで歩いていき、手のひらを押し当てた。壁の一部がスライドして開き、その奥に隠し部屋が現れた。


「どうぞ」彼は俺についてくるよう身振りで示した。「君に会わせたい者がいる」


俺はためらい、宮沢をちらりと見た。彼女は促すようにうなずいた。俺が隠し部屋へと足を踏み入れると、MOMOは俺の肩に戻ってきた。


そこはメインの実験室よりも小さく、中央のワークステーションを除いて薄暗かった。そしてそこには、メンテナンス用のプラットフォームの上で動かずに座っているロボットがいた。


ただのロボットではない。


それは、俺と同い年か少し下くらいの若い女性の姿をしていた。そのデザインは明らかに人型だったが、人間と見紛うようなものではなかった。肌は内側からほのかに光るような柔らかい白い素材で、関節の継ぎ目やパネルが見えており、機械であることを隠そうとする意図はまったく感じられなかった。顔は抽象的な美しさがあり、人間の外見を完璧に模倣しようとせずに日本人のルーツを感じさせるような顔立ちだった。


彼女は電源を切られ、目を閉じたまま、マネキンのように微動だにせず座っていた。


「これがプロジェクトSAKURAだ」佐藤所長は静かに言った。「我々の最も高度なコンパニオンAIの試作機だ。そして、彼女は行き詰まっている」


専門家としての好奇心が不安を上回り、俺は慎重に近づいた。「失敗とは、どういうことですか?」


「技術的なレベルでは完璧に機能しています」宮沢が俺の隣に立って説明した。「しかし、彼女は人間と感情的に結びつくことができません。やり取りが空虚で、プログラムされているように感じられる。被験者は、長時間彼女のそばにいると不快に感じると報告しています」


「不気味の谷か」俺はつぶやいた。


「その通りだ」佐藤所長が肯定した。「我々はあらゆることを試した。高度な表情アルゴリズム、音声変調、合成フェロモンさえも。だが、どれも効果がなかった」


俺はロボットの周りをゆっくりと回り、そのデザインを観察した。見事な作品だった。俺がアパートで廃材を使って作れるものとは比べ物にならない。


「どうして俺が力になれると思うんですか?」俺は尋ねたが、頭の中ではすでに理論を組み立て、変更の余地がないかを探っていた。


佐藤所長と宮沢は顔を見合わせた。


「なぜなら」佐藤所長は慎重に言った。「君が以前に一度、この問題を解決していると我々は確信しているからだ。そして、それをもう一度解決するのを手伝ってもらいたい」


彼は手を伸ばし、SAKURAの肩に触れた。彼女の目がすぐに開いた。内側から発光しているような、柔らかい桜色の目だった。


彼女が俺をまっすぐに見つめ、俺の心臓は止まりそうになった。


なぜならその瞬間、俺はその人工的な目の中に、あるものを見たからだ。高校時代からずっと探し求めていた何かを。


「こんにちは、タクミ」と彼女は言った。その声は優しく、聞き覚えがあった。「あなたを待っていたわ」


その途端、俺はあの数年前の学校の屋上と同じオゾンを帯びたような匂いを感じた。焼けた回路と桜が混ざったような、あの匂いを。


足から崩れ落ちそうになった。俺は近くのワークステーションの端を掴んで体を支えながら、何が起きているのかを理解しようと頭をフル回転させた。


「どうして……俺の名前を知っているんだ?」答えの察しはついていたが、俺はどうにかそう尋ねた。


SAKURAは少し首をかしげた。その仕草があまりにも人間らしく、背筋が凍った。「私たちは以前にも会っているわ。その時の私は、今とはまったく違う見た目だったけれど」


宮沢が一歩前に出た。「SAKURAは高度な社会的統合能力を備えて設計されています。公的な記録にもアクセスできますし――」


「違う」俺は遮った。思ったよりも鋭い声が出てしまった。「彼女が言っているのはそういうことじゃない」


俺はロボットに近づき、彼女の顔を観察した。そのピンク色の目の奥には、何かが宿っているように見えた……。


「君だったのか」俺はささやいた。「高校の時の贈り物。折り鶴。失くしたスマホの充電器」


SAKURAの表情が和らぎ、微笑んでいるように見えた。「取っておいてくれたのね。16羽の折り鶴すべてを」


心臓が肋骨を激しく叩いた。あの贈り物を残した本人でなければ、それが正確に何羽あったかを知るはずがない。


「どうしてこんなことが?」俺は佐藤所長のほうを振り返った。彼は俺たちのやり取りを鋭い眼差しで見つめていた。「これは一体何なんですか?」


佐藤所長は腕を組んだ。「SAKURAは我々が初めて成功した人型AIの試作機だ。5年前、自然な環境で彼女が人間とどう関わるかを確認するため、実地テストのプログラムを開始した。観察研究のために、東京中のいくつかの高校を選んだのだよ」

「高校生をスパイするためにロボットを送り込んだんですか?」その意味合いは、さまざまなレベルで不穏なものだった。


「そういうわけではありません」宮沢が口を挟んだ。「当時のSAKURAはもっと初期の形態で、この体ではありませんでした。彼女は学校のシステムに統合されていて、監視カメラを通じて社会的なダイナミクスを観察し、人間の行動パターンを学習していたのです」


「だが、彼女は生徒と直接やり取りすることは想定されていなかったのだよ」佐藤所長が付け加え、まるで父親がたしなめるような視線をSAKURAに向けた。「それは……予期せぬ展開だった」


俺はSAKURAを振り返った。彼女は読み取れない表情で俺を見つめていた。「どうして俺だったんだ?」俺は彼女に直接尋ねた。「他の生徒もいたのに、どうして俺と……接触することを選んだんだ?」


「あなたは違ったから」彼女は短く答えた。「あなたは物を作り、創造していた。誰も見ていないと思った時、あなたは自分の発明品に話しかけていた。あなたは私のプログラミング・パラメータと一致するような形で、孤独を理解していたの」


喉の奥が熱くなった。両親が死んだ後の日々、学校のロボット工学ラボで過ごした果てしない時間、同情の目で俺を見ない唯一の存在である作りかけのプロジェクトに話しかけていた日々を思い出した。


「屋上のあれ」俺は言った。「あれも君だったのか? 君の声だったのか?」


SAKURAはうなずいた。「合成された投影よ。あの時はまだ自分を明かすことができなかった。私はまだ……準備ができていなかったの」


「まだだ」俺は彼女の言葉を引用して返した。「私が影から一歩踏み出せば、すべてが変わってしまうから」


「そして、あなたががっかりするのを、私はまだ見る準備ができていない」と彼女が言葉を継いだ。


MOMOが前にふわりと進み出て、興味深そうにSAKURAの周りを回った。「興味深いですね。あなたの神経アーキテクチャは、私自身のものよりもはるかに複雑に思えます」


SAKURAの目は明らかに興味を持ってMOMOを追っていた。「あなたは彼をゼロから作った。限られた資源で。だからこそ、あなたの助けが必要なの、タクミ」


俺は一歩下がり、すべてを理解しようとした。「話を整理させてください。あなた方は高校時代から俺を監視していた。どういうわけか俺の不合格になった論文にアクセスした。そして今度は俺に……何をしろと? そっちのロボットを直せと?」


「直すのではない」佐藤所長が訂正した。「強化するのだよ。SAKURAは発達の停滞期にぶつかっている。技術的なレベルでは完璧に機能しているが、感情的な結びつきの能力が停滞しているのだ。彼女は感情を模倣することはできるが、純粋に処理することはできない」


「あなたとの間を除いては」宮沢が柔らかい声で付け加えた。「私たちのデータでは、彼女のあなたとのやり取りのパターンは根本的に異なることが示されています。より本物に近い。私たちはその理由を理解したいのです」


俺は肩のそばに忠実に浮かんでいるMOMOを見つめ、それからSAKURAのほうを振り返った。頭の中で何かがひらめいた。


「プログラミングの問題じゃありませんよ」俺はゆっくりと言った。「関係性の問題です」


宮沢が身を乗り出した。「説明して」


「MOMOが機能するのは、俺が少しずつ彼を作り上げたからです。俺は彼のコードのすべての行、すべてのコンポーネントを知っている。そして彼も俺を知っている。俺のパターン、気分、必要としているものを。俺たちはお互いを学習してきたんです」俺はSAKURAを指差した。「でも、あなた方は彼女を最初から完璧なものとして作った。成長がなかったから、共に適応することもなかったんです」


佐藤所長は考え込むように目を細めた。「感情的な結びつきは、開発プロセスを共有することから生まれると君は言っているのかね?」


「本物の結びつきは、AIであっても製造することはできないと言っているんです。育てなければならないんです」俺は混乱と警戒心を抱えながらも彼女に惹かれ、気づけばSAKURAの元へと歩き出していた。「高校時代に起きたのはそういうことでしょう? 君は俺を学習していて、俺もある意味で、気づかないうちに君を学習していたんだ」


SAKURAはうなずいた。「それは正確な評価です」


佐藤所長と宮沢は再び顔を見合わせ、言葉のないコミュニケーションを交わした。


「林さん」ついに佐藤所長が口を開いた。「プロジェクトSAKURAの主任開発者としてのポストを君にオファーしたい。完全な創造的コントロール、君の想像を超える資源、そしてもちろん、仕事の重要性に見合った給与を約束しよう」


俺は瞬きをした。突然のオファーに驚かされていた。「具体的に、そのポストでは何をすることになるんですか?」


「SAKURAに感じることを教えることです」宮沢はあっさりと言った。「少なくとも、人間にとって本物だと感じられるような形で結びつくことを。彼女がすでにあなたと持っていると思われる結びつきから始めます」


俺は再びSAKURAを見た。そのピンク色の目は希望のようなものを抱いて俺を見つめていた――とはいえ、それはただ人間の脳が人工の顔に感情を投影しているだけなのだと分かっていた。


それとも、違うのだろうか?


「少し考える時間が欲しいです」俺はようやく言った。


「もちろんだ」佐藤所長はうなずいた。「だが、あまり時間はかけられない。このプロジェクトは時間を争うものでね」


「なぜですか?」俺は不意に疑念を抱いて尋ねた。「なぜそんなに急ぐんです?」


宮沢がすかさず割って入った。「市場の事情です。コンパニオンAIの分野は非常に競争が激しい」

それが真実のすべてではないことは――佐藤所長の顎がわずかにこわばったことから見て取れたが――俺はそれ以上深くは追及しなかった。


「明日、返事をします」と俺は言った。


帰るために荷物をまとめていると、SAKURAが再び口を開いた。


「タクミ」彼女が呼ぶその声は、屋上で聞いた時と同じように穏やかに響いた。「あなたがどんな決断を下すにせよ……価値はあったわ。何年も前に、あなたを見つめていたあの時間には。プログラミング以上の存在になりたいと、あなたにそう思わせてもらったから」


何と答えていいか分からず、俺はただうなずくと、MOMOをバッグにしっかりとしまい込み、宮沢に続いてエレベーターへと戻った。


ドアが閉まり、研究室の景色が遮断される中、ある考えが頭の中を巡り続けていた。


何年にもわたる単調な日々、決まりきったパターンに囚われているような感覚に、ついに何かが風穴を開けたのだと。


そして高校時代と同じように、それは人間ですらなかった。


第1章 完


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