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夢の中で  作者: 護道綾女


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第4話

「お前が何者か確かめてやる」

 そんな意気込みだけで健司はホテルに再びやってきた。長い行程の間止まったのは給油の時だけで、休憩をとったのはその時だけだった。疲労は感じてはいるが、気力は十分に残っている。ホテルの駐車場に車を止めた健司は玄関ロビーに急いだ。あの女性従業員を見つけ出すことができれば好都合だが、いなければ他を当たればよい。ホテル内に「ベイシア様の御印」を掲げているのだ、皆その事情は心得ているだろう。

 ホテルに到着したのは昼時だった。チェックインの時間は過ぎていたためかロビーに混雑は見られない。

「彼女はどこにいる?」

 健司はロビーを歩き、あの女性を探した。健司の目の前で倒れたあの女性従業員だ。制服の男女は多数見受けられるが彼女の姿は見られない。

「いらっしゃいませ。またお会いすることができましたね」女性の声が後ろから聞こえてきた。

 振り向けば、すぐ後ろにあの女性が立っていた。女性は柔らかな笑みを浮かべている。

「……ベイシア様、について聞かせてほしい」

 突然の出現に健司は息を詰まらせながらも彼女に問いかけた。

「お待ちしておりました」彼女は口角を上げた。「お話します。こちらへどうぞ」

 彼女は一階の奥へと歩き出し、健司はそれに続いた。彼女が足を止めたのはあの防火扉の前だった。

「ここからあの方のお傍に向かうことができます。どうぞ」女性は扉の小窓を手で示した。

「この扉の使い方はもうご存じのはずですよね」

「あぁ……」

 彼女は健司の行動を知っていたようだ。やはりあれは夢ではなかったのか。それともこれさえ夢なのか。

「すべては中でお話をします。扉を開けて中に入りましょう」

 健司は女性に促され扉脇の小窓を開けた。中には夢で見た通りのキーパッドが収められている。コードを打ち込むと扉は開き、その先は地下へと続いていた。

「さぁ、どうぞ」

 背後からの女性の声に促され健司は階段を降りていく。健司が先を歩き白く輝く廊下を歩いていく。地下施設の内部は記憶の通りだ。扉に表記はなくとも何の部屋か把握できている。

「なぜなんだろう?」

 健司は立ち止まって、振り向き後ろからついてくる女性に目をやった。

「何でしょうか?」

「俺はなぜあの扉が開けられたんだろう?」

「それはここがあなたの世界だからです。扉の鍵はあなたなのです。番号など関係はありません」

「ここはどういう場所なんだ?」

「ここはあなたの世界です」

「ここが?ここにあるのは倉庫と土産物工場だぞ。それが俺の世界なのか……」これが自分の世界なら寂しすぎないか。

「それはあなたがホテルの地下にありそうな世界、バックヤードとして考えたからでしょう。それが反映されたのです。ここはあなたの気持ち次第でどのようにも変化します」

「それじゃ、まるで夢の世界じゃないか」

「はい」女性は口角を上げた。「まだ先はあります。行きましょう」

 彼女は健司の前に出て白く輝く廊下を歩き出した。しばらく歩いて夢の終点となっていた扉に行きついた。この先はどうなっているのか。まだ出ていない場所があるとすれば配送センターあたりだろうがいつまでこれが続くのだろうか。

「安心してください。もう到着します」

 女性が白い扉の把手に手を掛け静かに手前に引き寄せた。扉の中に見えたのは深い密林の中に開けた広場だった。光溢れる広場の中央は僅かに高台となっておりその頂に小さな建物が見えた。石造りのようで何かを祀る祠のように見える。

「ここは……」

「ここはベイシア様の領域で全てが集まる場所です」

 女性は広場の中央に向かい歩き出した。健司もその後を追う。

「ここに彼、なのか彼女がいるわけか……」

 周囲では大小、種を問わず多くの鳥や獣が地を駆けまわり、広場の上を飛び交っている。

「たまに来られることはありますが、普段はわたしたちが任されております」

「わたしたち?」

 ベイシアが神ならわたしたちはその配下、彼女は天使のような存在か。

「はい」

 僅かな勾配のために見えなかったのだが、祠は広場の中央に建てられていたのではなかった。広場の中央部には大きな穴が開いており、その穴には二つの橋が十字を描く形で渡されていた。祠はその二つの橋が交わる中央部に設置されていた。

 祠から覗いた穴の底は気が遠くなるほどに深かった。穴の周囲に無数に並んでいるのは何か。上半分が透明の容器が壁一面に並んでおり、それが底面まで続いている。目を凝らしてみるとそれは簡単な衣服を付けた人だということがわかった。

「ここはあなたたちの安息所です。皆さん眠っているだけなのでご心配なく」

 これだけの人が整然と並んでいる姿を目にして平穏でいられるものはいないだろう。健司も背中が激しく粟立つ感覚を覚えた。

「世界に伝わる創世神話の多くは真実を伝えているのです。あなた方が神と呼ぶ方々はこの星に住む多くの生き物を作り出しました」

「それがベイシア、様?」

「はい、そのお一方です。あの方々は何度もの失敗を経てやがてこの代を迎えました。あなた方の誕生は当初は喜びであったようですが、最近はやり過ぎだと感じておられるようです。このままではまた失敗となってしまうと危惧され、今回は世界への介入を決断されたようなのです。しかし、あなた方を滅ぼすのも忍びないとこの安息場を作られました」

「あんたたちは何者なんだ?」

「わたしたちもあの方々に作られた存在ですが、あなた方により今や危機的状況に陥っています」

 女性の周りに広場にいた鳥や獣たちが集まってきた。誰もが健司を見据えている。

「ベイシア様はこの人の代わりとなって、この星の環境改善に務めることを託されこの姿をくださいました」

「まさか……」健司は彼女たちが交わしていた会話の意味がようやく理解できた。

 彼女は新しく与えられた姿になれずそれで昏倒したということか。

「あんたがなり替わった女性はこの下のどこかで眠っているということか」

「はい、ここに入った方にはその方が望む夢の中で眠ってもらっています。誰にも邪魔されることなく自分の世界の中でゆったりと過ごし、世界の再生を待ってもらうことになっています。あなたのお知り合いも何人かきているはずです」

「あっ!」健司は意識の淵から湧き出してきた記憶に思わず声を上げた。

 高杉、あいつはあの時既に扉のことを知っていたのかもしれない。中止の手紙を送ってきた長嶋さんの手紙にも「ベイシア様の御印」が入っていた。

「あなたも危険な現実世界を抜け出して、誰にも邪魔をされることのない自分の夢の世界で過ごしてみませんか。あなたの夢ですから、あなたが思うままの理想の世界を作ることができますよ」

「断る!」

「どうしてですか。面倒な現実から逃れて自分が望む世界で過ごしていけるんですよ」

「俺が夢を実現したいのは現実の世界でだ。夢の世界に閉じこもっていたんじゃ何の意味もない」

「こちらの気持ちがわかっていただけないなんて残念なことです」

 女性の笑顔が消えた。険しい眼差しでこちらを睨みつけてくる。

「やばいんじゃないか?」内なる声が聞こえてきた。

 彼女が足を一歩踏み出したのを目にした健司は一歩後ろに引き、その直後に右側の橋に駆け込んだ。全力疾走で橋を渡り穴の外の広場に出て視線を入り口扉へと向けた。あそこから出れば外に戻れる。扉へ向かう最中に女性や他の動物たちが健司の行く手を阻もうと近づいてきたが、それをかわしながら扉前まで到達することができた。健司が扉に手を掛けた時、女性が横から躍り出てきた。

「外は夢の世界です。そこから出ることなんてできませんよ!」

 女は健司の腕をつかんできたが、健司はそれを力任せに振りほどき白い廊下へと出た。ここまで来た道を真っすぐ帰ればよいだけだ。何のことはない。体力にも不安はない。出口の階段までもさほど時間はかからないはずだ。

 しかし、いくら走っても終点にたどり着かない。いつまで経っても入り口となっている階段が見つからない。いくつ角を曲がっても白く輝く廊下が続いている。背後から追手が現ることはないが、いつまでも走り続けることになればいずれ倒れることになる。

「外は夢の世界です。そこから出ることなんてできませんよ!」女性の声が蘇ってきた。

 彼女の言う通りここからは出られないのかもしれない。考えたらあの扉からは何度も入りはしたが出たことはなかった。ならばどうすればいいのか、あの領域に戻る他ないのか。

「馬鹿なことを言ってるんじゃない!」声が聞こえてきた。「お前があの女の言葉を真に受けて、諦めてどうするんだ!ここはお前の世界だろう!お前の考え次第でどうにでもなる」

 そういってもどうすればいいんだ。

「あの階段がなければ自分で作ればいいんだよ!」

「あぁ……その手があったか!」

 再び勢いを取り戻した健司は次の曲がり角の先でようやく登り階段を目にすることができた。

「よし!」

 階段の先に扉も見えてきた。ここを開ければ外に出ることができる。

 健司は力を込め扉を押し開けた。勢いよく開いた扉から外に飛び出す。開いた扉が危うく傍を通りかかった年配の男性にぶつかりそうになったが、寸前で止めることができた。男性は扉の動きに驚き硬直し動けなくなってしまった。防火扉の向こう側から突然人が飛び出してきたのだから当然だろう。

「すみません!」

 健司は軽く詫びを入れ横をすり抜け、ホテルの出入り口に向かった。青いスーツ姿の従業員はロビーを走る健司に関心を示していない。彼女とは連携が取れていないのか。それともベイシアの配下は限られた少数なのか。とりあえず好都合だ。健司は駐車場にある車に到着するまで走る勢いを緩めなかった。車のすぐ傍で足を止め周囲を確かめた。ここへ駆け寄る者はおらず、潜んでいる者もいないようだ。

「さぁ、出ていくぞ」

 ドアを開けバックパックを投げ込み、それが助手席で落ち着くまでに健司は運転席に滑り込んだ。エンジンを始動させミラーを覗き周囲を今一度確認した。追手らしき者はいない。緊張感のためだろう、アクセルを踏みすぎて急発進となった。ホテルからの帰途で何度も車内のバックミラーやサイドミラーに目をやったが何も不審な影は映ることはなかった。ベイシアは意識への干渉は可能なのかもしれないが、その配下の彼女たちも含めてはあそこから遠くへは離れられないのかもしれない。ならば、こちらはそれを無視するだけだ。

 自宅があるマンションに戻ると一階の設備室の扉脇から例の小窓が消えていた。その夜から扉の夢も見ることはなくなった。会社へと向かう道中で目にしていた「ベイシア様の御印」も消えていた。ホテルの最深部にあったベイシアの領域での誘いを断ったためベイシアからの干渉は途絶えたのかもしれない。もうお前を救うことはない。

「それでかまわない。俺は現実の中で過ごしていく」

 この世が危機的状況だというなら環境保護にでも参加してみるか。だが、この世の創造主の配下とあったことは黙っておいた方がいいだろう。

ホテルでの一件依頼健司の生活は順調そのものだ。投稿サイトで連載していた小説が出版社の目に留まったようでオファーが舞い込んできたのだ。現在健司の作品は書籍化に向けて準備が順調に進行している。

 これはまさに夢の世界、健司が長年望んできた理想の世界が実現間近となっている。



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