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婚約破棄された地味令嬢、なぜか王弟殿下に溺愛されて困っています。~最初はただの世話係だったはずなのに、今では隣に立たされてます~

作者: 桜塚あお華

短編、久々に出しました。

今回は王弟×令嬢のお話で、令嬢の視点です。

可能だったら、王弟視点も作りたいなーと思ってます。


 紅茶の香りが、やけに苦く感じた。


「……はあ。やっぱり駄目だな」


 グラン殿下のため息ひとつで、サロンの空気が一気に冷える。


「君と話しているとどうにも眠くなる。感情というものが存在しないみたいだ」


 ティーカップを置く甲高い音がやけに耳についた。

 殿下は退屈そうに私を見つめ、肩をすくめる。


「顔は悪くないが……表情が乏しくて人形と話している気分だ。正直、うんざりしていた」


 私は何も言えず、ただ俯く――わかっていた。けれど心のどこかで、まだ『まさか』と願っていた。

 その希望を、殿下はあっさり壊した。


「だから婚約は破棄する。今すぐにだ」


 空気が止まった気がした。


「代わりにカトリーヌと婚約する。あの子は明るく華やかで、誰とでも打ち解けられる。見ていて楽しいし、そばにいると飽きない」

「お姉様、ごめんなさいね」


 妹カトリーヌが、わざとらしく口元に手を添えて微笑む。

 その瞳には一滴の同情もなかった。


「でも殿下が望んだの……私は断れなかったのよ」


 断る気など、最初からなかったくせに。

 それでも私は、何も言えなかった。


「ねえ、サーシャ」


 グラン殿下が名を呼ぶ。その声にはあからさまな嘲りが込められていた。


「君は“おとなしくて控えめ”と言われていたが……要するに地味で面白味がないって事だ。今さら気づいたか?」

「殿下、あまりお姉様を責めては……」


 妹の声は楽しげでさえある。


「でも仕方ないわよね。笑い方すら硬いし、ドレスも地味。お茶会では隅っこで本ばかり読んで……あんなの殿下の婚約者としては恥ずかしいもの」


 ぐさりと心に何本もの棘が刺さる。


「君のような飾り気のない女では、王妃になど到底向かない。自分でもわかっていただろう?」


 そう言い捨て、殿下は立ち上がった。


「……あとは勝手に処理しろ。もう君には何の価値もない」

「お姉様元気でね。あなたはあなたらしく、目立たぬ場所で静かに生きていくのが似合っていると思うわ」


 カトリーヌはにこやかに言い放ち、殿下の腕にしなだれかかるようにしてサロンを出ていった。


 残された私は――その場に立ち尽くすしかなかった。


 言い返したかった。泣きたくなかった。

 けれど唇は震え、手は冷たく、喉がうまく動かない。


 わかっていたはずなのに。

 それでも、心はこんなにも痛む。


 ああ……私は、『つまらない女』だったのだ。


   ▽

 

 サロンを出た屋敷は、ひどく冷たい空気に包まれていた。

 私が通り過ぎるたび、使用人たちの視線が突き刺さる。

 小声でひそひそと交わされる言葉には、もう『令嬢』への敬意など欠片もない。

 階段を上がろうとした時、ふと聞こえてきたのは――父と母の声だった。

 扉の隙間から、リビングの中が見える。


「……グラン殿下に婚約破棄されるなんて。なんて恥さらしな娘なの」


 母の声には怒りと、それ以上に失望がにじんでいた。


「まったく、育て方を間違えたわ。何ひとつ人目を引くものもなくて……どうしてあんなに地味なのかしら」

「まあ、結果的にカトリーヌが殿下の婚約者になったんだ。上出来だろう」


 父はワイングラスを傾けながら、何気なく言い放つ。


「最初からカトリーヌが選ばれていればよかったんだ。サーシャの衣装代も稽古も……無駄だったな」

「ええ、本当に。あの子、昔から少し薄気味悪かったのよ。感情を表に出さないし何を考えているのか分からない。私、正直あまり好きじゃなかったわ」


 ――ああ、そうだったのか。


 そこまで聞いて、私は音を立てないように階段を降りた。

 胸の奥が静かに、冷たく沈んでいく。

 私の存在は、家族にとって不要になったのではなく――最初から、望まれていなかったのだ。


 数日後。私は荷物をまとめ、屋敷を出る決意をした。

 最低限の服と、読みかけの本を数冊。

 誰にも告げず、夜明け前の裏口から抜け出す。


 向かうのは城下町の外れ。かつて教育係の侍女――ミーナさんが教えてくれた古い借家だった。


『困ったときは街の北側、水車のある路地の空き家を頼りなさい。誰も来やしませんよ』


 幼い頃に聞いたその言葉を、ふいに思い出したのだ。


「お嬢様――!」


 屋敷を出てすぐ、声に足を止める。

 振り返ると、息を切らして駆け寄ってくるミーナさんがいた。


「どうして……」

「黙って出ていこうとするなんて。私に気づかれないとでも思いましたか?」


 言葉を失う私を見つめ、ミーナさんは目を潤ませる。


「お嬢様がどんなに静かで目立たなくても……私には分かっていました。誰よりも優しくて、ずっと寂しさに耐えてきたことを」

「……私は、何もできませんでした。家のためにも父母の期待にも……誰の役にも立てなかった」


 搾り出すように言ったその言葉に、彼女は首を横に振る。


「違います。お嬢様は役に立つかどうか”で測られる人じゃありません。あなたがいてくれただけで、救われた人が……ここにいます」


 それが、どれほど嬉しい言葉だったか。

 サロンで浴びた冷たい言葉の数々が、胸から少しずつ溶けていく。


「一緒に来ては……くれませんか?」


 一瞬だけ沈黙。そして、優しい微笑。


「そのつもりで、荷物も用意してあります」


 私は小さく笑い、こっそりガッツポーズをした。


 そして二人で、城下町の外れへ向かう。

 朝靄に包まれた通りを抜け、水車の音が聞こえる先に――それはあった。


 家具もなく、床はみしみしと軋み、窓からは秋の風が吹き込む。

 けれど胸の奥は、ほんの少しあたたかかった。


 誰にも必要とされず、誰からも愛されず。居場所も、役目も失った。

 けれど、それでも――一人じゃない。


「……少し、休もう」


 古びたベッドに腰を下ろし、小さく息を吐く。

 婚約者も、家族も、肩書きも失った私に残されたものは――静けさと、わずかなぬくもりだけだった。


   ▽


 借家での生活は、思っていたよりも静かで、質素だった。

 朝は夜明けとともに目を覚まし、寝間着のまま裏手の井戸へ向かう。

 軋むバケツの音に混じって、小鳥たちのさえずりが聴こえてくる。

 冷たい水を両手に受けた瞬間、指先がきゅっと縮こまった。

 そのあとは家の掃除と簡単な朝食の支度。

 パンとスープだけの質素な食事でも、火を入れた鍋から立ちのぼる湯気にはどこか心が和らいだ。


「お嬢様、パンが少し硬いですけど、こういうのも悪くありませんね」


 ミーナがにっこりと笑いながら言う。


「贅沢を言えばきりがありませんから、ね。こうして二人で笑っていられるだけで、私は満足ですよ」


 私が少しだけ笑うと、ミーナも安心したように目を細めた。


 昼は刺繍の練習をしたり、ミーナと交代で町に出て日用品を買い足したりする程度。

 誰にも邪魔されず、誰の目も気にせず過ごせる日々は静かで、そしてどこか物足りない――それが本音だった。


 自由は確かに心地よい。

 けれどその自由は、私が誰にも必要とされていないという現実の裏返しでもあった。


 侯爵家の長女として生まれながら、誇れるような役目は何ひとつ与えられなかった。

 家の飾りとして育てられ、愛されず、認められず……婚約すら、妹にあっさりと奪われた。

 いま、私を待つ人も必要としてくれる人も、誰一人いない。


「……ま、それも悪くはないわ」


 少しだけ皮肉を込めて自分に言い聞かせるように呟いたあと私は本を手に取った。

 そして今日は少しだけ気分を変えたくなり、王都の外れにある城の庭園へ足を運ぶことにした。


 王族が保有する敷地とはいえ、一部は民に開放されており身分を問わず立ち入ることが許されている。

 数日前に一度だけ訪れたその庭園は手入れの行き届いた花々と、緑に囲まれた小道、そして『静けさ』があった。


「ご一緒しましょうか?」


 ミーナが控えめに言う。


「ううん、今日は一人で行ってくるわ……ミーナは休んでいて」

「……承知しました。けれど、何かあればすぐに戻ってきてくださいね」


 私は頷き、布でくるんだ本と紅茶の入ったポット、小さな焼き菓子を籠に入れて持ち出した。


 庭園の門をくぐると、風がさらりと頬を撫でた。

 季節はもう秋。深まる金木犀の香りが、ほんのりと空気に混じっている。

 お気に入りのベンチに腰を下ろし、紅茶を注いで本を膝に広げる。

 ふわりと立ちのぼる香り。

 紅茶は、先日ミーナが少し奮発して買ってくれたものだ。


『お嬢様が、気持ちよく過ごせるようにと思って』


 彼女の言葉を思い出しながら、私は一口カップを口に運ぶ。

 その温かさが、胸の奥にじんわりと染み渡っていった。

 ほんのわずかに、心がほぐれる。

 何も考えずにただ風に吹かれて、大好きな本を読み、静かに過ごせる時間――……のはずだった。


「随分と、優雅な時間を過ごしているな」


 背後から、低く落ち着いた男の声がした。

 その声に、私は思わず肩を跳ねさせる。


「……っ、申し訳ありません!」


 反射的に立ち上がり、紅茶のカップを置いて頭を下げる。

 振り返るとそこに立っていたのは、見慣れない――けれどただ者ではないとすぐにわかる人物だった。

 黒の髪に、鋭く落ち着いた灰色の瞳。

 ゆったりとした仕立ての上質な外套。その下に覗くのは飾り気のない黒の軍服。

 表情は無表情に近いが、ただそこに立っているだけで空気が変わる。重みがある。


 ……この雰囲気、どこかで――


(まさか……)


 思い至った瞬間、私はさらに深く頭を下げた。


「こ、これは……アレックス殿下……では」


 王弟、アレックス・ラインハルト殿下。

 国王の実弟にして王族の中でも異端と呼ばれる人物。

 三十代前半ながら軍部や財政を束ねる辣腕でありながら、社交の場には一切顔を出さず『影の王族』と呼ばれている。


「気づかれたか。顔は知られていないと思っていたが……まあ、いい」


 殿下はわずかに目を細めベンチに視線を向けた。


「紅茶の香りが良かったな……あまりに自然で、品のある所作だったから……つい、声をかけたんだ」

「……え?」


 私の言葉に、彼はふっと表情を緩めた。

 ほんのわずかに――ほんの一瞬だけ。


「礼儀正しく、控えめで……余計な気配りがない。淹れた茶も完璧だ。君の立ち居振る舞いは実に無駄がない、見事だった」


 褒め言葉など、いつぶりに聞いただろう。

 いや、こうして真正面から正当に評価されたことなど、一度もなかったかもしれない。


「……もったいないお言葉です」

「名は?」

「……サーシャと申します」

「サーシャ、か。覚えておこう」


 アレックス殿下は数歩こちらへと近づいた。

 そのままベンチに視線を落とし、再び口を開く。


「丁度良い、人を探していたところだ……お前、私の世話係になれ」

「…………は?」


 あまりに突拍子もない言葉に、私の思考は完全に止まった。


「い、いきなり何を……あの、私に何かご無礼が……?」

「いや、そうではない。私の周りの者はやたらと媚びるか、恐れるか、うるさい奴ばかりでな…・…だが君は違った。静かで正確で、余計なことを言わない」

「……それは、ただ私が社交に不慣れなだけです」

「それで良い。私は社交を求めているわけではない。必要なのは信頼できる『手』だ」


 まっすぐに告げられたその言葉は温度こそ低いが、決して突き放すものではなかった。


「なぜ、私などに……?」


 思わず口をついて出た疑問に殿下は少しだけ考えた後、ゆっくりと答えた。


「……直感だ。だが、悪い直感ではないと思っている」


 不器用な答え。

 だが、だからこそ嘘のない言葉だと、すぐにわかった。

 そこへ、少し離れた木陰から小走りで近づいてくる影があった。


「お嬢様!」

「はうっ!?」


 突然叫ばれ、呼ばれたので驚いてしまったが、振り向くとそこにいたのはミーナだった。

 少し距離を取って控えていたはずの彼女が、事の重大さに気づいたのだろう。


「み……ミーナ?」

「すみません、じっとしていられなくて……あの、お嬢様に何か……?」

「安心しろ。悪意はない」


 アレックス殿下は、ミーナに対しても自然に言葉を向ける。

 貴族の侍女など眼中にないような王族も多い中で、その態度は意外だった。

 ミーナは私と殿下を交互に見ながら、小さく礼をした。


「それは……ありがとうございます」


 私の胸の奥で、何かがぽつりと灯った。

 必要とされること、期待されること、信頼されること。

 それらを私自身の中にもう一度、受け止めてもいいのかもしれない――と。


「……私に、務まるかわかりませんが……そのお役、承ります」


 静かに頭を下げると、アレックス殿下は満足そうに頷いた。


「それでいい。明日の午後、迎えを寄越す。支度をしておけ」

「は、はい」


 こうして私は、まるで夢のように――王弟アレックス殿下の、私的な世話係として仕えることになったのだった。


  ▽



 アレックス殿下の世話係になってから、三週間が過ぎた。


 初日は緊張で手が震え、紅茶の香りすら感じられなかったけれど――今では少しずつこの屋敷での生活にも慣れてきた。


 私の主な仕事は、殿下の執務室での付き人としての業務。

 朝一番で書類の整理と紅茶の準備をし、昼には食事の手配、夜は着替えの用意や翌日の予定の確認。

 いずれも表には出ない細かな仕事ばかりだったが、誰かのために働けることがこんなにも心を落ち着けてくれるとは思ってもみなかった。


 アレックス殿下は相変わらず寡黙で、必要なこと以外はほとんど口にされない。

 けれど、その静けさが私には心地よかった。

 大声を出すことも、私を値踏みするような視線もない。

 指示は簡潔で、余計な言葉がない分、まっすぐに伝わってくる。


 ある朝の事だった。


「……これ、位置が違うな」


 着替えを手伝っていたとき、シャツのボタンに目を落とした殿下が静かに言った。

 私の手元を指差す彼の視線はどこか不思議そうだった。


「申し訳ありません。すぐに……」


 慌てて直そうと手を伸ばしかけた私に、殿下は首を振った。


「いや、直さなくていい……お前がミスするとは思わなかったから、少し驚いただけだ」


 ほんの一瞬だけ、彼の口元がゆるむ。

 それは、冷たい仮面の隙間から何か柔らかなものがこぼれたような――そんな笑みに見えた。


 思わず、胸がきゅっと鳴った。


 あの日を境に、殿下の態度がほんの少しずつ、けれど確かに変わっていった。

 最初の頃は、食事は執務室に一人分だけ届けていた。

 私は時間をずらして自室で取るようにしていたのだけれど、ある日突然、殿下がぽつりと呟いたのだ。


「お前も、ここで食え」

「……え?」

「いつも待っているのだろう。食事くらい同じ時間に済ませたほうが効率がいいからな」


 その言い方は相変わらずぶっきらぼうで、決して『誘っている』とは言えないものだった。

 けれど、その真意に気づいたのは――その翌日だった。


 昼食の席に並んだ皿の隅に、私の好物であるレンズ豆のスープが添えられていたのだ。

 最初は偶然かと思った。

 だが翌日には焼き菓子がテーブルに用意されていた。あれはミーナが一度だけ作ってくれたものに似ていて……それを厨房の侍女に尋ねると、彼女は小声で教えてくれた。


「……殿下が、「令嬢の好きな菓子を用意しろ」とおっしゃっていましたので、準備させていただきました」

「……!」


 その瞬間、心の奥に、ふっと温かい火が灯るのを感じた。

 表面上は何も変わっていないように見えるけれど、確実に――何かが変わり始めている。

 そんな気がしてならない。


 ――そんなある晩のこと。


 夜中、部屋の扉を控えめに叩く音で目が覚めた。

 こんな時間に誰が……? と戸惑いながら扉を開けるとそこに立っていたのは、驚いたことにアレックス殿下ご本人だった。

 夜はすでに深く、蝋燭の火も半分ほど削れていた。

 私はミーナと交代で夜番をしていたが今日はミーナが休んでいるため、部屋で軽く読書をしながら静かな時間を過ごしていた。

 外は風が強く、木の葉が時折窓をかすかに叩いていた。


 ――トン、トン……


 部屋の扉が、二度だけ控えめに叩かれた。

 この時間に訪ねてくる者などいない。

 思わず身を起こし、扉に近づいて声をかけた。


「……どなたですか?」

「……私だ。アレックスだ」


 その声に、私は思わず扉を開けてしまっていた。


「殿下……? 何か、ありましたか……?」


 灯りの漏れる廊下に立っていたのは、確かにアレックス殿下だった。

 ただ、彼の姿はいつもの軍服ではなく、寝間着姿――ゆるく羽織った上衣からは整えられていない髪が無造作にのぞいていた。


「……眠れんのだ。少しだけ話をしたくなった」


 そう言う彼の顔には、疲れが滲んでいる。

 凛とした空気はそのままに目元にはかすかな影。

 日々、膨大な政務に追われているのだろう。けれど、それを誰かに訴えることすらしない人だ。


「どうぞ、お入りください。すぐにお茶をお淹れしますね」


 私は丁寧に一礼し扉を開けて彼を招き入れた。


 小さな卓に火を灯し、ティーポットに湯を注ぐ。

 香りの穏やかなジャスミンティーを選んだのは、彼が苦手な重い香りを避けたかったからだった。

 殿下は椅子に座らず、ゆっくりと部屋の中を見渡す。


「君の部屋は、簡素だな」

「贅沢を言えばきりがありませんから。必要なものだけあれば十分です」


 ティーカップを差し出すと、彼は受け取り一口だけ含んだ。


「……悪くない」


 それだけ言って、殿下はようやく椅子に腰を下ろした。

 私も対面に座ると、静かな沈黙が数秒流れた。


「……明日の政務でまた予算の調整がある……だが、皆、自分の都合ばかり主張していて話にならん」

「お疲れ様です。殿下が日々支えておられるからこそ、王国は安定しているのです」

「そういうことを、口先だけで言う連中に囲まれていると、な……時々、何もかもが馬鹿らしくなる」


 珍しく、感情の滲む声だった。

 私は言葉を返せず、ただ静かに彼の表情を見つめた。


 しばらくして――


「……君と話していると、楽だ」


 殿下がぽつりと呟いた。


「気を張らずにいられる。無駄な駆け引きも、気遣いもいらない……そういう存在は、私にとっては貴重だ」


 その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。


「……光栄です。私も……殿下のお傍にいられること嬉しく思っています」


 私が答えると、殿下は少しだけ目を伏せた。

 そして――静かに、まるで独り言のように、こう言った。


「……このまま、少しだけ眠れたらと思うのだがな」

「……?」


 その呟きに戸惑っていると、彼はふと私の隣に視線を落とした。


「そこでいい。横になんてなれないだろうが……少しだけ、頭を預けていいか?」

「え……?」

「頼む……ほんの少しだけでいい」


 彼の声は、珍しく弱々しかった。

 その目にはどこか子どものような疲れが滲んでいて――私は自然に、そっと自分の膝を差し出していた。


「……どうぞ。疲れておられるのですね」


 彼はためらいながらも、私の膝に静かに頭を預けた。

 無防備なその姿は、昼間の彼とはまるで別人のようで……思わず、そっと髪に指を添えて撫でてしまっていた。

 驚かれるかと思ったけれど、彼は目を閉じたまま、ただ静かに言った。


「……こうされるのは、嫌いではない」

「ふふ……では、少しだけおやすみなさい、殿下」


 部屋の中は静まり返っていた。

 時折、風が窓を叩く音がするだけ。

 けれど、私の膝の上には、たしかな重みがあった。

 あの人は、不器用だけれど、誰よりも真っ直ぐで、誠実な人。

 こんな風に、弱さを見せられる相手が、他にどれほどいるだろう。


 心臓の鼓動が、少しだけ速くなっている。

 けれど、それを抑え込むように、私は静かに彼の髪を撫で続けた。


 ――ほんのひととき、彼が安らげるように。



    ▽



 最近、誰かの視線を強く感じるようになった。

 王宮の廊下を歩いていると、何気ない談笑がふいに止まり、背後で衣擦れの音と小さな笑い声が混ざる。

 何か話していたのだろうけれど、私が近づくとまるで口をつぐむように沈黙が落ちる。

 まっすぐ前を向いて歩く。振り返らない。耳を澄ませない。

 そう決めていても、それでも音は、聞こえてくる。


「ほら、あの令嬢よ。王弟殿下のお傍にいるっていう……元・王太子の婚約者」

「そんな地味な子が? 殿下の好みって、ああいうタイプだったのかしら?」

「違う違う、控えめなふりして上手く取り入ったのよ……見かけによらないって、よく言うじゃない?」

「令嬢のくせに、あの距離の近さ……普通じゃないわよね?」


 侍女たちの声は、囁きとは言えないほどはっきりしていた。

 私に聞かせるつもりなのだろうか、それとも単に悪意を隠そうともしないだけなのか。

 いずれにせよ、その声は私の背中を刺すように突き刺さってくる。

 私はただ、与えられた仕事をこなしているだけ。

 書類の整理も、食事の手配も、紅茶の温度も。誰より丁寧に誠実に間違いなく。

 殿下のために失敗がないように――それだけを考えてきた。


 それ以上の望みなんて、持ったことはない。


 ……なのに。


「……やはり、私なんかが目立っているように見えるのかしら」


 誰もいない廊下で、ふと自嘲気味に呟いた。

 派手なドレスを着ているわけでもない。声を張ることもない。

 けれど、王弟殿下の側にいる――それだけで、人は好き勝手に色を塗る。


 まるで私が、何かを『奪った』かのように。


 書庫から執務室へ向かう途中、また誰かの視線を感じた。

 書記官の数人が、私の後ろ姿をちらりと見て、あからさまにひそひそと声を交わしていた。


「まさかあの子が、殿下のお気に入りとはね。何か特別な手を使ったんじゃないのかしら?」

「意外と腹黒いのかもよ……見た目に騙されちゃだめだって、周りが言ってたわ」

「地味なくせに、要領だけはいいんだな」


 その言葉を聞いた瞬間、思わず足が止まりそうになった。


 けれど、止まってはいけない。

 振り返ってはいけない。言い返しても、誰も信じてはくれない。

 私は……「地味でおとなしい令嬢」であり、「王太子に捨てられた女」であり、「今は王弟の傍にいる、不相応な存在」なのだから。

 だから、ただ黙って耐えるしかない。

 部屋に戻ったあと、私はミーナにだけ、ぽつりと零した。


「……私、何か、間違ったことをしているのでしょうか」


 ミーナは一瞬言葉を探すように眉を寄せ、そして静かにけれど力強く言った。


「お嬢様は、何一つ間違っていません。間違っているのは見てもいないものを勝手に語る者たちです」

「でも、私が殿下の傍にいること自体が……きっと皆、納得していないんです」

「納得していないのは、王弟殿下様の近くにどうして近づけたのかしら、と言うことに腹を立てているだけです。それは正当な怒りではありません……妬ましい奴らです!成敗してやりたい!」

「ふふ、ありがとうミーナ」


 その言葉に、少しだけ目頭が熱くなった。

 けれど涙は見せなかった。泣くことは、負けてしまう気がしたから――私は、ただ、ここに「必要とされている」からいるだけ。

 それが、誰かの妬みや嘲りの的になるのだとしても――私は、私の場所を、簡単に手放したくはなかった。


 ある日、アレックス殿下が王宮の中央庭園で閣僚との打ち合わせをしている間。私はその隙を縫って手元の文書整理に集中していた。

 気持ちの良い秋風が吹き抜け、金木犀の香りがほのかに漂う。

 穏やかな時間――のはずだった。


 けれど、その空気は、突然の声によって切り裂かれた。


「……まあ、こんなところでお姉様にお会いするなんて」


 背後から響いたのは、聞き慣れた甘い声音。

 振り返らずともわかる――妹、カトリーヌだ。

 そしてその隣には、嘗ての婚約者――グラン王太子の姿があった。


「噂は本当だったんだな、まさか、アレックス叔父上の『夜伽』をしているとは」


 グランの声には、あからさまな嘲笑がこもっていた。

 背筋を冷たいものが駆け抜ける。それでも私はただ静かに頭を下げる。


「私は、殿下の世話係として任務を――」

「ふふ、またそれ? ほんっとに真面目よねサーシャお姉様」


 カトリーヌが笑う。爪を立てるように音のない棘を突き刺してくる。


「でも、世話係って……お仕事なのに、ずいぶん『距離』が近いみたいだけど?色々噂があるわよ」


 私は何も答えなかった。

 言い返したところで、さらに燃料を注ぐだけだとわかっていたから。


「何よその顔……やっぱり調子に乗ってるのね」


 カトリーヌの視線が、私の手元に置かれた銀のポットとカップに向いた。


「こんなところで紅茶なんて、ずいぶん優雅……まるで自分を貴族気取りしてるみたい」

「……やめなさい、カトリーヌ」


 口に出したつもりだったけれど、声にはなっていなかった。

 その瞬間、彼女は手に取ったカップを。


 ぱしゃっ――私の胸元に、躊躇なく傾けた。


「あっ……!」


 服の前が濡れ、熱くも冷たくもない紅茶が胸元を這う。

 ほんのりと香るジャスミンの香りが妙に現実感を強めた。


「きゃ、ごめんなさい? 手が滑っちゃって」


 カトリーヌは口元を手で覆い、芝居がかった声を出した。

 グランはそれを見て、鼻で笑う。


「まあまあ、そう怒るな。君は『世話係』なんだろう?なら、それくらいの汚れ仕事慣れているはずだ」

「グラン様、それはさすがに――」


 「言い過ぎ」と言うでもなく、「庇う」でもない。

 カトリーヌの声音は、むしろ楽しげですらあった。


「サーシャ、君は昔から「地味で退屈」だったけど……まさか今になってこんな滑稽な立場で再登場するとはな。いや、いい見世物だよ」


 ――どれだけ、丁寧に仕えても、どれだけ、礼を尽くしても。

 この人たちの目には、私は最初から「つまらない女」でしかなかった。


「……そのようなつもりは、ありません」


 ぎりぎりのところで声を絞り出した、その瞬間――


「その言葉に、どれほどの意味がある?」


 鋭く、鋼のように冷たい声が上から降ってきた。

 風が止み、空気が一瞬で張り詰める。

 カトリーヌもグランも、そして私自身もその声の主を確かめるために、ゆっくりと顔を上げた。


 ――そこに立っていたのは、アレックス殿下だった。


 いつもと変わらぬ黒の軍服を身にまとい、灰色の瞳には一切の感情がなかった。

 いや、多分感情を押し殺して立っているのだとすぐにわかる。

 まるで剣の刃を、鞘の中にぎりぎりと収めているかのような――そんな、緊張感。


「……お、じうえ」


 グランが眉をひそめるが、アレックス殿下はゆっくりと私の隣へと歩み寄り、まっすぐに彼らを見据えた。


「――サーシャは、私の大切な人だ」


 その一言が、庭園の空気を大きく揺らした。

 周囲にいた廷臣、侍女、書記官たちが、一斉に息を呑むのがわかった。


「彼女は私の命令を忠実に遂行し、私にとって必要不可欠な存在だ。そんな彼女に対して侮辱と嘲笑を浴びせるとは――貴族の名を冠する者のすることか?」


 言葉の一つ一つが、刃のように研ぎ澄まされている。

 カトリーヌがわずかに後ずさりし、グランが口を開こうとした。


「叔父上、誤解です。これはただの……些細な口論に――」

「黙れ」


 低く、震えるような声。

 まるで大地が軋むかのような圧に、グランが反射的に口を閉じた。


「些細な口論?ならば、貴族令嬢に紅茶を浴びせるのは、王家の新たな礼儀なのか?聞いたこともないな」

「そ、それは……手が、滑っただけで……!」


 カトリーヌが青ざめた顔で弁解する。けれど、アレックス殿下の目は冷たいままだ。


「ではその滑った手は、王宮の出入りを当面禁じられても構わないな。無礼者……私の屋敷に近づく必要はない」

「っ……!そ、そんな、あたしはただ……!」


 周囲の廷臣たちが騒めく。

 中には、あからさまにカトリーヌから視線を逸らす者さえいた。

 女王候補と言われた令嬢が、公衆の面前で出入り禁止の処分を受けるなど、前代未聞の出来事だった。

 アレックス殿下はグランにも目を向ける。


「そして……王太子という立場を盾に人を見下すことに慣れすぎているな」

「叔父上、私はただ……正しくない関係を指摘しただけだ。叔父上と彼女の距離は、宮廷でも問題視され――」

「――その『距離』を取り沙汰する者がいれば私がすべて責任を取る。だが、王太子であるお前が私の私的空間に口を出す資格はない」


 その言葉に、グランははっきりと顔を歪めた。

 王太子としての『上』の立場がこの場ではまるで意味を成していない。

 ようやく、それに気づいたのだろう。


 しかし、それはまだ――『甘い』。

 アレックス殿下は一歩前に出ると、ゆっくりと腰の剣に手をかけた。


「おじ、うえ?」


 グランの声が震える。


 鞘から抜かれる音が、空気を切り裂いた。

 鋼の刃が日光を受けて、きらりと輝く。

 それだけで、周囲にいた侍女も廷臣も、誰一人として声を出せなかった。

 その剣は、静かに――けれどはっきりとグラン王太子の胸元へと突きつけられる。


「これが『王家の剣』だと、忘れたか?」


 アレックス殿下の声は、低く抑えられている。

 けれどその一言には、王族としての威厳と剣士としての殺気が込められていた。


「お前の口がもう一度サーシャを侮辱すれば――私はこの剣を振るう。例え相手が王太子であろうと嘗ての婚約者だった女を嵌めるなど、お前にはない」

「な……っ、何を言って――っ」

「黙れ、グラン。王太子の地位に胡座をかいて他人の努力を貶めるのは『王』の器ではない……お前に譲るぐらいなら、俺がもらう……そのように、兄上に伝える」


 剣先がさらにわずかに近づき、グランは目を見開いて一歩後退した。

 彼の顔からは、もはや余裕も尊厳も消え失せただ怯えがにじんでいた。


 その様子を見ていた廷臣たちは、次々と視線を逸らし始める。

 誰も、王太子の味方をしようとしない。

 それほどまでに――アレックス殿下の威光は絶対だった。


 そのあと、アレックス殿下は剣をゆっくりと引き、鞘へと戻した。

 鋼が静かに収まる音とともに、庭園に再び、息ができる空気が戻る。

 そして彼は、私を一度だけ見下ろし、静かに目を細めた。


「サーシャ、下がっていていい……ここから先は、私が片付ける」

「で、殿下……」


 その瞬間、こみ上げてくるものがあった。

 あの冷たく、強く静かな剣が――私自身のために抜かれたという事実。

 私は膝を折り、深く礼をしてその場を後にした。


 背中には、アレックス殿下の気配。

 私を傷つけた者に剣を抜いてくれるほどの『重み』を持った存在が今は私の味方だという事実だけが、確かに心を支えてくれていた。

 

    ▽



 あの日以来、噂はぴたりと止んだ。


 アレックス殿下が、皆の前で私を「大切な人」と言った――たった一言、それだけのはずなのにそれは王宮中に大きな波紋を広げた。

 皮肉なことに、あれほど軽んじられ、見下されていた私が、今では「王弟の大切な人」として注目を集める存在になっていた。

 侍女たちは以前のように嘲ることはなくなり、寧ろ過剰なほど丁寧に頭を下げるようになった。

 書記官や廷臣たちも、私の前を通るたびに挨拶を欠かさなくなった。


 ――けれど、私は戸惑っていた。


 嬉しくないわけじゃない。

 でも、それがアレックス殿下の庇護下にあるからというだけで、私という人間を見ているわけではないということもよくわかっていた。

 だから私は、これまでと変わらず、目の前の仕事にだけ集中することにした。

 殿下の好みに合わせて紅茶の温度を整え、書類の並び順を意識し、靴の磨き具合にも手を抜かない。

 誰に見られていようといまいと、それは私が私であるための『形』だった。


 ――グラン殿下は、あの日以降、公の場から姿を消した。


 体調不良という名目で政務を一時的に離れていると発表されたが、実際には王家内部でも問題視されているという話を耳にした。

 侮辱された女性を前にして笑い王弟に剣を向けられた王太子――その未熟さと品位の欠如は、宮廷内で静かに囁かれやがて王の耳にも届いたのだろう。

 後継ぎの座に揺らぎが生じたわけではない。

 だが、一部の貴族たちが、「アレックス殿下の方が王にふさわしいのではないか?」と密かに語りはじめているのも、また事実だった。


 そしてカトリーヌ。


 彼女は、あの庭園での一件の後、父の命令で社交界から遠ざけられた。

 表向きは「体調不良による静養」。

 けれど、裏ではあの場で起こした無礼な行動が問題視され、王宮への出入りも制限されていると聞いた。

 カトリーヌ本人は反発したようだけれど、父はあの一件で重く責任を問われ王からの叱責も受けたのだという。

 社交界での立場を守るために、令嬢を『自宅謹慎』させるしかなかったのだろう。


 結果として、あの二人は『表舞台』から退いた。


 けれど、それでも私は、安堵するわけではなかった。

 私が手にしたのは勝利ではない――それは一歩間違えれば、また失われるものだと、身に染みていたから。

 だからこそ、私は驕らず、浮かれず、淡々と与えられた務めを果たし続ける。

 そうして初めて、この居場所に私自身の価値を積み重ねていける気がするから。


 ――数日後のある午後。


 殿下の執務が早めに終わった日、私は私室で道具の手入れをしていた。

 そこへ、控えめなノックの音。


「……どうぞ」


 扉が静かに開き、現れたのは他でもない――アレックス殿下だった。


「少し、時間はあるか?」

「……もちろんです」


 微笑みながら答えると、殿下は手に何か小さな包みを持って、部屋の中へ入ってきた。


「今日は……少し話をしに来た」


 アレックス殿下は、扉を閉めるとまっすぐにこちらへ歩み寄り、私の向かいに静かに腰を下ろした。

 私も紅茶を淹れながら、何処か胸の奥がざわつくのを感じていた。

 いつも通りの静かな時間――のはずなのに、今夜の殿下の瞳はほんの少しだけ、深く見えた。


「……お前と出会って、もう一ヶ月以上になるな」

「はい。あっという間でしたね」

「いや、私にとっては……久しぶりに時間というものを意識した一ヶ月だった」


 言葉の意味に戸惑う暇もなく、彼は続けた。


「お前の働きぶりには何度も助けられている。だが、それだけじゃない」


 彼の視線が、カップ越しに私の目をとらえる。

 まっすぐで、逃げ道のない目だった。


「お前が傍にいると、私は……落ち着くんだ。誰の目も、言葉も、思惑も――何も気にせずにただそこにいてくれるお前が今の私には必要なんだ」

「……殿下?」


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 言葉は淡々としているのに、まるで熱に浮かされているような、そんな空気を纏っていた。


「……他人に期待するのは、無駄だと思っていた。信じる必要も愛する必要も……」


 彼は一瞬だけ、遠い目をした。


「だが、お前だけは違った。お前は『私』を見てくれている」


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 紅茶の香りも夜の風も全てが遠くなって、彼の声だけが耳に届いてくる。


「お前は、私にとって――必要な存在だ。だから……これからも、私の隣にいてほしい」


 ……ああ。

 それは、労いではなかった。

 ただの感謝の言葉なんかじゃなかった。

 明確な『感情』が、そこにあった。


「……わたしなんかが、となりにいてもいいのですか?」


 問う声は震えていた。

 自分では気づかなかったけれど――ずっと、ずっと、この言葉を求めていたのだと、自覚する。

 彼は頷く。その仕草に一切の迷いはなかった。


「お前が『地味』だとか、『つまらない』だとか――そんなものは、くだらない。他人の価値観でお前を見る者に私は興味がない……私は、私の目で見たお前を……必要だと胸を張って言える」


 堪えていた涙が一筋、頬をつたった。

 嗚咽は出なかった。

 ただ、胸の奥が、痛いほど温かかった。


「……ありがとうございます。私も殿下の傍にいられることを……誇りに思います」


 そう答えた瞬間――彼の指が、そっと私の手に触れた。

 ほんの一瞬。

 でも、その手は確かに震えていた。


「……そう言ってくれて、嬉しい」


 その言葉の後に彼はゆっくりと手を引いた。

 けれど、その手のひらには何かを抑え込んだような微かな力が残っていて。


 彼は笑わなかった。

 ただ静かに、けれど真剣な目で、私を見つめ続けていた。


 私にはまだ、それがどれほど深い『想い』なのか、気づいていなかった。

 けれど、あの夜の殿下の沈黙は――その一言の裏に隠された言葉にできない何かは――誰よりも真っ直ぐで、不器用で、誠実な、彼なりの愛のかたちだったのかもしれない。

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