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放浪のエル  作者: ゆう
第一章
8/25



 とはいえすぐに出発とはならず、シロに三日間ほど休息を取らされてから私たちは聖樹の寝床を出た。なんだか心配性の父親みたいだなと思ったのは内緒だ。



「本当にいいのか?」


「うん。あそこなら最適だよ」



 目指すはシャンデンの北、深い森の奥、未開の地。私とシロが出会った場所である。

 あの時は周りを見る余裕もなかったし、どんな土地なのかも確認しておきたい。



「シロは良かったのか?私をあの場に縛りつけておくこともできるだろ」


「そんなつまらんことするか。エルは放し飼いの方が良い」


「はは、なんだそれ」



 相変わらず私の魔力はごっそり持っていくくせに妙に過保護というかなんというか。

 私の食事は果物限定だが毎回用意してくれるし、私が気に入っているから大人しく布団になってくれるし、どこからか服を調達してきた時はちょっと引いたけどおかげで汚れきっていたワンピースは着替えることができた。やはりパンツスタイルは動きやすくて良い。


 ……やっぱりちょっと保護者感があるよな。



「もう着くぞ」


「さすが!早いね」



 王都の上空にあった寝床から地図上ではそう遠くないとはいえ、馬車では半日以上はかかる距離だ。それを一時間もかからずに飛んでしまうのだからシロはすごい。



「どこに降りようか。できれば人間が来ないようなところがいいんだけど……」


「峡谷を越えればほとんど見ないな」


「じゃあその辺りの良さそうなところにお願い」


「わかった」



 そうして私たちは森の奥地に降り立った。


 峡谷を少し超えたところは人の手が入っていない綺麗な森が広がっている。背の高い木々、その隙間から入る木漏れ日、生い茂った草、澄んだ空気。

 大きく深呼吸するとなんでかな、生きてるーって感じがした。



「この辺りの魔物は小物ばかりだ。初心者には丁度いいだろう」



 シロは森の中では飛びづらいらしく小鳥くらいの大きさになっている。

 これなら肩に乗せて歩けるのでしばらくはこのサイズでいてもらうことになるだろう。魔法は変わらず使えるようだし危険もない。


 さて、私の攻撃手段といえば、シロが服と共にどこからか調達してきた剣が一本と魔法である。

 シロの魔力で人間の魔術を使うことが今の私にはできないので、自ずと魔法を使うことになる。とはいえ私が今使えるシロの魔法は攻撃技が皆無だ。なのでこれから編み出すしかない。



「いたぞ」


「ん?あれは……ホーンラビット!すごい!本物だ!」


「あっちにもいるな」


「えっ……あれはキラーラビット!うわぁすごい!」



 本で見た魔物だ!とはしゃぐ私に肩の上でシロが少し呆れている。

 そりゃどこにでもいるような弱い魔物かもしれない。だが私は今まで一度も魔物を見たことのない十歳児だぞ。これがはしゃがずにいられるか。



「よし、行こう」



 手に持った剣をギュッと握り直す。私のような低身長でも扱えるような軽くて短い剣だ。ありがたい。

 ここしばらくは遠ざかっていたが、私は魔術と同じくらい剣術も好きだったんだ。前のような油断や過信はしない。大丈夫。



(森の中を走るのは案外難しいんだな…そんなこと初めて知った。やっぱり本を読んだだけじゃわからないことばっかりだ)



 近付くと向かってきた魔物二体を剣で切り裂く。思っていたよりも力がいる。動きは早いけど小回りがきくのはこっちも同じだ。



「なかなか筋がいいな」


「そう?それならよかった」



 一先ず攻撃手段のひとつとして剣は使えそうで安心した。



「それより初討伐だ。ちょっと感動……!」


「向こうにも同じのが数体いるぞ」


「わかった!」



 そんな感じでシロの案内で私はホーンラビットとキラーラビットを倒して回った。数は必要もないので数えていない。

 初心者向けというだけあって本当にそればかりが出てくるから私にとってはいい運動だった。

 しばらく座ったままの生活が続いたからな。やっぱり体を動かすのは楽しい。



「シロのそれって探知魔法かなにか?それとも魔物の気配がわかるとか?私にもできる?」


「気配というより魔力だな。一定の距離に近付くとその個体の魔力を感知できる。体内の魔力の流れを感じ取れるのだからエルにもできるはずだ」


「なるほど。あれを今度は体の外でやるってことか」



 近くにいた最後のホーンラビットを倒してからその場に立ち止まって目を閉じて集中する。

 自分の中の魔力は感じる。肩に乗っているシロの魔力も感じる。同じ要領でもっと外側に意識を向けてみた。


 ボウッと一箇所、火が灯ったような感覚。



「見つけた!」



 その方向へ走っていけばキラーラビットが飛び出してきた。

 サクッと沈めてもう一度。



「今度はホーンラビット!魔力って魔物ごとに色も形も違うんだな!」



 知らなかったことが知れて嬉しい。やればやるほど精度も上がってきて楽しい。

 魔力の感知をする際に目を閉じて集中している時間なんて惜しいと思い初めたら、いつの間にかそれすら必要なくなった。



「成長が著しいな。さすがエルだ」



 側には褒めてくれるシロがいるし。

 褒められて伸びるっていうのは本当なんだな。



「あれ?知らない魔力がある」


「ああ、あれはワイルドボアだな」


「ワイルドボア!」



 本で見たことがある。牙と蹄を持った突進力の高い魔物である。力で挑んでも勝ち目はない。



(魔術が使えれば腕を強化して対抗できるかもしれないけど……)



 いや、待て。体の組織を弄るのはシロの魔力の得意分野だ。もしかして同じことができるんじゃないか?とりあえずやってみよう。



「回路を作った時と同じように魔力を巡らせて……ってこれめちゃくちゃ時間かかるやつだな」



 魔獣を目の前にしたらこんな悠長なことをやっていられるわけがない。もっと短縮しないと。さっきの魔力感知みたいに。



「短縮……魔力……腕を強化……」


「その回路というやつは使えないのか?」


「あ……使える、と思う」



 そういえばわざわざ最初からやらなくても私の体は常に魔法が発動している状態だ。その回路を利用できれば確かに短縮は可能だろう。

 だがどうやって?魔術なら術式を組み立て発動させるが、魔法に術式は存在しない。



(前回は何をしたいのかを順序立てて思い浮かべたらできたんだ。同じようにやるか?でもそれは結局時間がかかるだけ…ん?)



 そもそも魔法を発動させる必要はないのでは?

 そんなことを閃いて私は自分の手のひらを見下ろした。



「回路をこう、決壊させるイメージで……」



 川から流れ出した水のようにじわじわと広がる魔力を感じる。それを体の内側ではなく外側に。例えば腕に纏わせるとどうなるだろう。



「お……おお……!」



 腕の周りに魔力の薄い膜が張ったように見える。試しに腕をぐるぐると回してみても勝手に無くなることはない。

 強度はどのくらいあるんだろう。と近場の木を叩いてみたら軽く抉れたので驚いた。


 これは、使える……!!


 でもこのままだと剣も持てない。それならもう少し工夫して、手に持った剣まで覆うような膜を作ってみるのだどうだろう。こう、剣を腕の延長と考えて。



「……できた!」



 魔力の膜を腕と剣に纏わせるのは意外にもすんなり成功した。

 というか私は多分魔力の流れを制御するのがそこそこ得意なんだと思う。シロといういい手本が側にいて三ヶ月もそれだけをやり続けたという実績もある。

 だからといって過信するのは良くないけども。



「えっと、さっきのワイルドボアは……いた!」



 気付かれないよう草の影に隠れて近付く。見えた魔物はさっきまで相手にしていたラビット系と比べるとかなりでかい。

 あれが突進してくる衝撃はかなりのものだろう。正面から行くのは避けた方がいい。

 そう思って私は草に身を隠しながら背後に回り込むことにした。


 ワイルドボアは真っ直ぐ進むのは得意だが急に止まったりラビット系のような小回りのきく魔物ではない。ならばこれで正しいはず。


 なるべく音を立てないよう地面を蹴った。



(気付かれてない。これなら……)



 肉を断つ音。

 直後に上がった悲鳴のような鳴き声。


 魔力を纏った私の剣はワイルドボアの体を確かに斬った。だが、



(浅い!)



 いくら強化したといっても軽くて短い剣では致命傷にはならなかったようだ。



(改良の余地あり……)



 見つからないうちにさっさと草の影に身を隠してもう一度背後から攻撃。

 興奮して走り出したワイルドボアは目の前の木々を薙ぎ倒しながら進んでいるので追いつくのは容易である。

 そうして何度も何度も同じことを繰り返しているうちにワイルドボアがついに倒れた。



「勝った……!」



 こちらの粘り勝ちだ。私自身は無傷だが森は多少荒れたし、相手はボロボロだし、楽勝とはとてもじゃないが言えない勝利でも勝ちは勝ちだ。

 自分より遥かに大きい魔物を狩れた喜びはそれなりにある。



「それにしても、これだけ動いても疲れを感じないのはなんでだ?」


「その魔力回路のせいだろう。疲れを感じないだけで疲労は溜まるはずだ」


「なら無理はできないか」



 シロの魔力や魔法があっても死んだ者を蘇らせることはできない。それはここへ連れてきてもらう前に聞かされていたことである。

 疲労を感じないということは限界を悟りにくいということだ。気を付けよう。



「それじゃあ少し休憩しよう。本当は魔物の解体が私にできればよかったんだけど……」



 そうすればワイルドボアの肉も手に入って果物生活から抜け出せたかもしれないのに。でも今回倒した個体はボロボロになってしまったし、何より本で読んだだけの知識では魔物の解体は困難だ。これはどこかで習いたいものである。


 いや、それでも大型の魔物となれば私一人ではできないのでは……?うーん、今後の課題だな。



 それから私はシロに果物をいくつか出してもらって、食べながら森の中を探索することにした。

 魔力感知をしていれば魔物に出くわすこともないので休憩がてら森を見ておきたかったのだ。


 来た時は空からだったので今度は地上を歩いて峡谷まで戻ってくると、切り立った崖の底に川が流れているのが見える。今日は天気もいいので流れは穏やかだ。



「川に沿って下っていけば海、上っていけば山ってところかな?森の中を詳しく書いた地図は見たことないけど魔物以外には住んでないの?」


「いや、亜人の集落がいくつかある」


「亜人!それは見てみたいな」



 亜人と聞いて真っ先に思い浮かぶのはゴブリンやオーク、あとはオーガ辺りだろうか。獣人やエルフなんかは滅多に現れない種族というし、こんな人間の街に近い森に住んでいるとは思えない。



「もう少し下ったところにエルのいた場所がある。あの爆発でできた穴は水が溜まって池になっているな」


「なにそれちょっと気になる」



 脚は自ずと川を下るように動き出した。

 自分が死にかけた場所だ。あの時は天気が荒れていて周りがよくわからなかったからどんな場所だったのかはわからない。だがまぁ、一度見ておいて損はないだろう。

 私の魔術の痕跡も気になるし。


 そうして果物をしょくしゃくと食べながら歩いていた時である。ふと視線を感じた気がして崖の向こう側を見た。

 そこまで広い峡谷ではないからなにがあるかくらいはすぐわかる。



(魔力を感じなかった……あれは……人間?)



 人間の子供がじっとこちらを見ていた。



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