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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
62/91

六十



 リガンタの街を出てから三日。

 

 ルトも少しは馬に慣れてきたようで頻繁に落ちることはなくなっていた。とはいえ集中力が切れたり少し速度を上げようものならあっという間に振り落とされるので、それに合わせて私たちの進みはかなり遅いものになっている。


 そうして進む街道は整備されているだけあって平坦な道が続いていた。道の周辺もかなり開けており見通しが良く、大きな魔物が突然襲いかかってくることもない。リガンタの街に着く前はわざわざ森の中を選んで進んでいた私にとっては少しばかり退屈な道のりだった。



「エル。暇なのはわかるがそれは良いのか?」


 

 馬の手綱を握っているわけでもない私は、抱えられるくらいの大きさになったシロに体重を預けて相変わらずふかふかの感触を堪能していた。

 こんなに何もしない時間は今まで生きてきた中でも初めてな気がしている。正直言ってかなり暇だ。どうにも落ち着かない。



「一応それ幻獣だろ」


「私たちはずっとこんな感じでやってきてるから」


「それもどうかと思うが……」



 と、私があまりにも気持ちよさそうにしているのが気になったのか、アスハイルも真っ白い羽に触れようと手を伸ばしていた。しかしそれを拒んだのはずっと大人しくしていたシロである。

 クチバシで一突き。ぐさりと音がしそうな勢いに、アスハイルの叫び声が辺りに響き渡った。



「いったぁぁあ!!」



 シロのクチバシがアスハイルの手の甲に突き刺さった瞬間を間近で見てしまった私は思わず驚く。だって、今までシロが人を拒絶したところを一度も見た事が無かったから……



「どうしたの?何か嫌だった?」


「いや、なんとなく」



 おお。シロでもそんな事があるんだな。

 アスハイルの何がそんなに気に入らないのかはわからないが、私がシロのやる事に文句を言うわけもない。



「それなら仕方ないか」


「おい……!」



 再び体重を預けてふかふかの感触を楽しむ私に、背後で何やら言っている男がいたが全て聞き流しておいた。


 

 そんな穏やかな道すがら、私たちは通りかかった小さな村に立ち寄る事になったのだ。

 馬を休ませたかったというのもそうだが、ネルイルがそろそろベッドが恋しいと呟き始めた為である。野宿もまだたった数日じゃないかと言ったらじっとりとした目を向けられたのでそれ以上は口を開かないでおいた。

 

 そうして立ち寄った村は、村というには随分と荒れた雰囲気の場所だった。

 人口は前に滞在した集落よりもずっと少ない。壊れて修繕もされていない建物が多く見られ、外を歩く住民にも活気がなく路上で眠る人間の姿もちらほらと目に入る。貧しい人間の溜まり場。そんな印象の村である。


 ここは、ポロの村。


 村に立ち入ってすぐに出会した痩せこけた子供がそう教えてくれた。ついでに泊まれる場所があるかと聞いたところ、村の奥に一軒だけ存在する宿屋を教えてくれたので今日はそこで一泊することに。

 

 稀に私たちのような旅人がこうしてやってくるらしく、宿屋は村の数少ない収入源なのだと私たちは金蔓としてそれなりに歓迎されているようだった。

 

 ちなみにその宿屋の代金は相場からはかなり高くて驚いた。宿の質からしたら見合いそうもない値段だが、村の連中からしたらそれだけ困っているということなのだろう。それを承知の上でアスハイルは黙って結構な大金を支払っていた。



「こういう村って結構多いんだよね」



 二つ借りたうちの一部屋で休んでいた時、窓から外を眺めるルトがそんな事を言い出した。ベッドは各部屋に二つずつ。私はシロの羽に埋もれて寝るので他の四人で二部屋だ。兄妹は併設されている小屋に繋いだ馬の様子を見に行っている為今ここにいるのは私とルトとシンディの三人である。



「街に住めなくなったあぶれ者が流れ着く場所って言うのかな。大きな街の近くには必ず貧しい村があるものなんだ」


「北はギルバー様が目を光らせていますからあまり見かけませんでしたが……南に行くほど荒れていると聞いた事はあります」


「北は山向こうの大国の進行を抑制する為に莫大な防衛費が注ぎ込まれてるって話だからね。その分南は酷いものさ」



 長く旅をしていただけあってルトは国の内情にもそれなりに詳しい。ただし彼が密林に引き篭もる前の情報なので正確性には欠けるのだが。とはいえこういった村の存在は地図には記されていないので、例え古いものであっても情報を持っているのはありがたかった。

 


「そういう場所をいっぱい見てきた。この村はまだ良い方だよ」

 

 

 きっとルトが一人で旅をしていた頃はこういった村を回っては、慈善活動家まがいな事をしていたのだと思う。術式を刻んだ道具を与え、自ら集落を起こすような事までして。数ヶ月共に旅をしただけでも、その様子は容易に想像ができると言うものだ。


 

 あの日――父に女として生きろと言われた日。何か仕事を任せてくれれば必ずや完璧にやり遂げてみせると豪語した自分。

 けれどきっとあの頃の私が父の仕事を手伝っていても上手くはいかなかったんじゃないだろうか。今ならそう思うのだ。

 

 私は世界を知らなすぎた。自分の力を過信していた。本や資料を読んで知った気になっていた世界は、紙の上だけではわからない事が山ほどあると思い知らされている。今も、まさに。



「私に、何かできればいいんだけどな」

 


 別に慈善活動家になりたいわけじゃない。この村の連中を哀れに思ったから言っているわけでもない。自分で変わる努力をしない奴を助ける義理など無いと思う気持ちもある。

 ただ、あの頃、父の跡を継ぐと思っていた私にも、責任の一端はあるんじゃないかと思わなくもないだけだ。もう貴族ではないからと無関係を装うのは違うんじゃないかと思うだけだ。


 貴族と平民。同じ人間でありながら生まれながらに優劣が決まっている関係性。

 

 私たちが魔力を持って生まれてくるのは何のためなのか。最近、その意味を考えてしまう時がある。

 

 ミリアと戦って、魔力を持たない人間の犯罪集団があると聞かされてからだ。

 彼らはいったい何の為にそんなものを組織したのだろう。なぜ魔術師を無力化するような道具を生み出しているんだろう。


 きっと、この溝を生み出しているものこそが、魔力なのだ。


 ならば、私にはやるべき事があるんじゃないか、と。

 

 そんな焦燥感に、駆られている――












「あ〜数日ぶりのベッド!硬いのがちょっと残念だけどやっぱりこれよね!」


「明日には野宿に戻るけどな」


「エル!それは今言わないで!」



 兄妹も戻ってきたところで明日からの事を話し始める。

 

 私たちはリガンタの街からゆっくり三日をかけて南に進んできたわけだが、ここから辺境伯領に向かうとなると街道を進み街を一つ通過するのが一番の近道だった。

 そこはスイストンという街で、南の端が海に面している為港があり水産物が有名な街である。辺境伯領からはシャンデンの次に近い街なので、私も情報だけはそれなりに持っている街だ。

 

 しかしスイストンは治安に不安のある街だった。

 街を統治している領主にも黒い噂が絶えず、教会から何度か使者を送ってもその尻尾を掴む事はできていない。だから今の今まで放置されているのだとアスハイルはどこか悔しそうに語っていた。



「さっき外で聞いたんだが、この村でも何人もの行方不明者が出ているって話だ。おそらくスイストンの領主が絡んでると俺は思う」


「そんな決めつけちゃっていいのかな」



 確かに。ルトの言う通り最初から決めつけてかかるのはどうかと思うが、そういう噂のある領主なのだから疑われても仕方がない。

 そういうわけで兄妹はどうせ街には立ち寄るのだからと、スイストンでは教会の使者として行動すると言っていた。仕事熱心な奴らである。

 

 犯罪集団やミリアの行方についての情報を得る為にも早く父に話を聞きたいとのことだったが、それくらいの寄り道はいいんじゃないだろうかと私も思う。 

 港があるなら美味いものも多そうだし、市場があるという話も聞いたことがあるからな。それを思うと少しだけ楽しみになってくる。


 こうしてポロの村で一晩を過ごし、翌日には港街スイストンへ向けて私たちは旅立ったのだ。

 


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