五
(ん……あったかい……それに……ふかふか……)
「意識が戻ったか?」
(……?だれ……もうすこし、だけ……)
「まだ寝足りないならそれでもいいが、もう三日も寝ているぞ」
(みっか……?三日も……)
「はっ……!」
「やっと起きたか」
目が覚めた。それはそれは良い目覚めだった。
真っ白で柔らかく温かい羽に埋もれていたんだ。世界一の羽毛布団かと言いたくなるほどの心地よさだった。
「ほう、俺を布団扱いか」
「あ。いや、ごめんなさい」
「素直だな」
寝起きで頭が回っていないのもあって、座ったままだが頭を下げた私にシロは軽く驚いているようだ。
そこでふと違和感に気付く。
なんだか頭が重い。いや、感覚の話ではなく、もっと物理的に……。
「な、なんだこれぇぇぇ!!!!」
思わず叫んでしまったが仕方がないと思うのだ。
「かっ、髪!髪が伸びてる!」
しかもやたらと長い。多分私の身長の倍はある。
「気持ち悪い!なにこれ!」
「ああ。どうやら契約の影響で俺の魔力がお前に流れ込んでな。それで、こうなった」
「こうなった!?」
さっぱりわからん!
いや待て落ち着け私。
シロは最初から契約後に何が起こるかわからないと言っていたではないか。何か起きていちいち驚いていたらキリがない。
「シロの魔力が流れ込んだからこうなったと仮定すると魔物の魔力が何か、いやこの場合フェニックスの再生能力が私の体になんらかの影響を及ぼした可能性が高い。だが私の体自体は特に変わっていないようだしなぜ髪だけがこんなに伸びたのかを考えると魔力と人間の髪にはなんらかの繋がりがあるのではないかと」
「ほれ切るぞ」
「はっ?」
言葉と同時に考察が切られたが髪も切られた。躊躇もなくサクッと腰辺りで切られた髪は軽くなってふわりと広がった。
切られた先はといえばシロがこれまた躊躇なく食い始めるから私の顔は今真っ青だろう。
「お、美味しいの?それ……」
「ん。いやな、どんどん伸びてくから先に少しつまみ食いしたのだが、これがなかなか美味くて俺も驚いている」
「そ、そう……」
「また伸びたら貰おう」
「……ハイ」
そういえば私は生かしてもらうことと引き換えにこいつの食糧になったのだ。
魔力を渡すということだったはずだが、この反応を見るに私の髪には少ながらず魔力が宿っているんだと思う。契約違反というわけでもないのだが、いかんせん目に悪すぎる。
こうなったらもう慣れるしかない。きっとそのうち慣れるさ。
「……それで、三日寝てたってどういうこと?」
「それも俺の魔力が原因だろうな。エルの体が耐えきれずにオーバーヒートを起こしたといったところだろう。流れ込む量に制限をかけてもう一度再生をかけたら落ち着いていたぞ」
「な、なるほど……?」
それってもしかして結構危ない状況だったのではなかろうか?知らないうちに二度目の命の危機に陥っていたのでは?……うん。この件は検証が必要だな。
「お前も何か食っておけ。俺の力で維持はしていたが意識があるなら食うのが一番だ。そこの果物は好きに食ってくれていい」
そこと示された方を見ると確かに果物らしきものが山になって積まれている。他にあるのは木の枝と、見たこともないくらい大きいの葉っぱくらいだ。
そういえばここはどこなんだろう。
気を失う前に聞いたシロの寝床だと思うのだが、この空間は明らかに木製だ。私たちは雲より上にいたはずなのに。
出入り口らしい穴はあるが私の身長より高いので外を覗くことも叶わない。これは素直に聞いた方が早いか。
「シロ。ここ、どこ?」
「王都の真上だ」
「は……?」
「正確には聖樹の中だな」
「は……??」
王都?王都だって??
脳裏に地図が過ぎる。
大陸の中央に位置する王都フロンティル。王族の城があり、貴族の大半が通う学院や魔術師が多く在籍する教会、騎士団や各ギルドの本部もあるという。
その大都市の北部には雲をも突き抜ける巨大な木――聖樹が祀られていて、その木に宿る古代魔術が王都全体を護っていると本で読んだことがある。即ち魔獣避けの結界だ。
しかもその古代魔術は今も解明できた者は現れていないんだとかなんとか。
そんな木に穴を開けて寝床にしているのかこいつ??
「いや……いや、あんたも一応は魔獣だろ。何故結界の大元である聖樹に近付けるんだ?なんともないのか?」
「そう言われてもな。お前の言う結界というのも元はと言えば俺の魔力を取り込んだこの木が勝手にやり始めたこと。俺の魔力が俺に効くわけがない」
「……なるほど。驚くだけ無駄だってことはわかった」
ああ、くそ。頭が痛い。
いくら本を読み込んでもわからなかった事実がこうもあっさり手に入るなんて。
聖樹の結界の謎なんてそれこそ世界中が欲しがる情報だ。この情報だけでもいったい幾らの値が付くだろう。
なにより聖樹の結界は古代魔術だ。それが元々シロのものだと言うのなら、シロが使う力も古代魔術である可能性が高い。
私の傷を癒した再生の力。名を与えられた時の何かを書き換えられたような感覚。そして私たちの間に成された契約。これらが古代魔術というのなら、あの時現れた魔法陣に現代で言う術式が組み込まれているはずである。
(私は幸運だ)
誰も知らないような事実に手が伸ばせる場所にいる。そう思うと少し、いやかなりわくわくする。
(全てを解き明かしてみせる!)
さて、そうとなればやはりまずは腹ごしらえだ。それからいろいろと検証をしよう。
「っと、と……あれ、脚に力が入らない……」
意気込んだところに早速壁が立ちはだかった。
どうにも脚に力が入らず立ち上がることができないのだ。まるで疲れ切った後のような感覚で、少しの間考えを巡らせてから私はどこか満足そうにあくびをしているシロの方を見やる。
「魔力が枯渇してるんだけど」
「俺が食っているからな」
なんてこった。
魔術師の魔力は活力にも等しい。当然魔力を使い切れば動けなくなるし意識を失う恐れもある。
私の現状からすると、動けない意外に特に異常がないのはシロの魔力が流れ込んでいる影響だろう。
先程量の調整をしたとシロは言った。それがどれだけの量かはわからないが、とりあえず私がこうして座っている分には問題ないくらいであるはずだ。
だが困った。これでは自力で動き回ることは困難である。契約上、止めろと言うわけにもいくまい。
「……ごめん、それ取って」
「ん」
仕方がないので頼ることにした。
何かの魔術だろうか山になっていた果物がいくつか飛んできて側に落ちる。林檎だ。これは知っているもので少し安心した。いったいどこから持ってきたのかは聞かないでおこう。知らなくてもいいことはある。
「あ……これ美味い……」
しゃくしゃく。しゃくしゃく。
それから私は夢中で林檎を食べた。今まで食べた中でも一番と言えるくらい美味しい林檎だった。いくらでも食べられると思っていたら、いつの間にか山になっていたそれを全て食い尽くしたことには少し驚いた。
魔力が枯渇している影響なのか、それとも契約が関係しているのか、こんなに大食いではなかったはずなのになと思いながらも自分の体の変化にそろそろ慣れ始めている私がいる。
「なぁ、私がシロの魔力を使えるようにするにはどうしたらいい?」
自分の魔力を自由に使っていいとシロは言っていた。ならば遠慮なく使わせてもらおう。
魔力が枯渇しているのならあるもので代用するまでだ。
「まずは認識するところからだな」
「認識……」
目を閉じてみる。
自分の内側に意識を向け、集中する。
「呼吸を深く……肩の力を抜け……わかるか」
「……わかる」
暗い闇の中を漂っているような感覚があった。その中にふと灯る白い光。柔らかくてどこか落ち着く不思議な光。これは、魔法陣だ。私の中にシロの魔法陣がある。
「それが契約の証。魔力はそこから流れ込んでいる」
「ここから……」
言われてみれば確かに魔法陣の周囲に炎のような揺らぎがある。シロの羽と似たような見た目だ。おそらくこれがシロの魔力ということなのだろう。
見ているとぬるま湯に浸かっているかのようで、頭がぼんやりとし始める。そんな中で無意識に伸びた私の手がそっとそれに触れた瞬間だった。
「っ!」
突然目の前が真っ白になった。
「こら、せっかく調整してやったのに自分で開けてどうする」
パタリとその場に倒れた私に呆れた声が降ってくる。ぐるぐる回る視界に気分が悪くなってきたところでシロが再生をかけてくれた。
「うぅ……これは……キツい……」
「まぁ気長にな」
「うん……」
気長にって。シロはこの状態の私にいつまででも付き合ってくれる気でいるのか。魔物のくせに優しい奴だ。
再生をかけてもらって落ち着いたとはいえ、起き上がるのが億劫になった私はそのまま眠ることにした。もちろん世界一ふわふわふかふかの羽毛に埋れて。