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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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五十三



 魔力感知で周囲を見ればルトの居場所はすぐにわかる。彼は魔力の保有量が極端に少ないため、小さな黄色い光の粒に見えるのだ。それを追って魔術師と思われるやたら大きな魔力の反応が二つ。

 どうやらルトは上手く隠れたらしく、魔術師の反応は同じような場所をぐるぐると回っているように見えた。



「ルトは透明化の魔法を知ってる。隠れられたら厄介だろうな」



 思わず魔術師に同情してしまうが、その魔法の効果もたった数秒だと言っていた。隠れたはいいが見つかるのも時間の問題と言えるだろう。


 

「いた!」



 足を魔力で強化して走ったので追いつくのはあっという間だった。

 


 煉瓦の家が立ち並ぶ広い道の真ん中に赤髪の女が一人。

 地面に立てた杖を体の前で両手で持ち、目を閉じているので何か魔術を使っているのかもしれない。杖の先にある緑色の魔石が時折微かな光を放っている。


 あれはおそらく探知の魔術。風の魔術の応用技で、上級の――それこそ教会の魔術師くらいでないと使えないような繊細な術である。

 風の流れを読み人や物を探し出す魔術だと本で読んだことはあるものの、私はまだその域に到達すらしていなかった。


 そんな魔術で探しているのは当然ルトだろう。そう思い、私は妨害目的で魔力の針を女の頭上から降らせてみた。



「――!」



 一瞬驚いた様子は見せたがなんの迷いもなくその場から飛び退いた女に私も少し驚いた。

 あの針が広げた魔力で生成されるものだからだろうか。明らかに物質化される前に察知されたとしか思えない反応速度である。



「さすがは教会の魔術師ってとこか」


「……あなた、何者?」



 広い道の真ん中で女と対峙する。

 杖を構え警戒を露わにする女に、私は地面に刺さった魔力の針を消すと被っていたフードを下ろして念の為顔を見せた。



「私はエル。あんたが今追い回しているルトの旅の仲間だよ」


「……さっきのは魔物の魔術よ。信じられないわね」



 おっと。教会の魔術師にはそこまでわかってしまうのか。これは悪手だったかもしれない。

 

 話ができるような雰囲気でもないので、仕方なくこちらも剣を構える。戦うというのならそれはそれで歓迎するというものだ。



「穏便に済ませたいんだけどな」


「得体の知れないものと話なんてできるわけないじゃない。あたしはこれでも教会の魔術師なんだもの!」



 ドウと音がして、女の持つ杖から渦を巻いた風が一直線に向かってきた。魔術師と戦うのは初めてだが、それ以上に危険な奴と戦った経験があるので特に焦りは感じない。

 

 私は風の中に魔力で壁を複数作り、流れを遮ってそれを打ち消した。ダンジョンでブラックウルフと戦った時と同じである。



「なっ……!」


「剣を抜くまでもなかったな」



 これくらいで驚かれるのならその実力もたかが知れている。そう思って剣を鞘に収めていると、両足に何かが絡みつく感覚があった。

 ふと見下ろすと舗装された道の隙間から蔓性の植物が伸びてきているではないか。これも女の魔術だろうが、仮にも教会の魔術師が街を壊していいものなのか。



「かかったわね!あたしの専門分野はこっちなのよ!」



 杖の魔石がカッと光ったその瞬間、足に巻きついていた植物が一気に成長を早めていく。締め付けられる感覚が強くなり、足だけでなく胴体や腕にまで這い上がってくる様は確かに見事だ。

 

 けれど、私には通用しないようである。


 植物に対して少しだけ罪悪感を覚えながら手足を強化して体に巻きついた蔓を引っ張ると、それは簡単に千切れてしまう。

 

 勝負にもなっていないことに気付いたのか、女は杖を抱えながら短い悲鳴をあげていた。



「わかったら少し話を――」



 話をしたいんだけど。


 と、言いかけた瞬間。突然足元の地面が割れて岩のようなものが生えてきたので、今度は私が飛び退く番だった。



「あっはっは!ガキにしてはやるじゃねぇか!」



 そんな男の声と共に、私くらいなら潰せそうな岩が今度は上から幾つも降ってくる。

 しかしこれもそこまでの脅威ではないので全て飛び退いて避けていくと、舗装されていた道がどんどん破壊されていってしまうのだ。本当に良いのだろうかと流石に心配になってきた。



「これも避けるか!それなら――」



 何をするつもりか知らないが、これ以上街を破壊される前に止めようと決めて私は強化の術式を展開させた。そこに魔力を流し込み杭を生成して、魔力の反応がある方へと思い切り放つ。



「うおあー!!」


「あ、しまった……」



 男がなんとかそれを回避したせいで私の攻撃も道を破壊してしまった。

 これでも止めようとしたはずだったんだけどな。そう思いながら派手な音を立てて弾け飛んでいく道だったものを眺めていたら、隠れていたはずのルトが物陰から飛び出して来るのが見えた。



「三人ともそこまで!!」



 あの穏やかなルトが珍しく怒っている。

 声からそれが伝わったことで、私はもちろん他二人もぴたりと動きを止めたのだ。



「街中で魔術使って戦い始めるなんて何考えてるのさ!特にそっちの二人!人に迷惑かけてどうする!エルも応戦しない!」


「お、おお……ごめん」



 思わず勢いに押される形で誤ってしまった。やっぱり普段おとなしい奴が怒ると妙な迫力がある。


 

 私はフードを被り直して静かになった魔術師二人に改めて目を向けた。

 

 最初に仕掛けてきた赤髪赤目の女の横に同じ髪色と瞳の色をした体格の良い男が並んでいる。短いツンツン頭のその男の手には女と同じ木の根が絡まったような杖が握られていた。魔石の色だけが違うようで、男の方は赤に近いオレンジ色。



「ルト、あいつら両方とも教会の魔術師で合ってる?」



 近くに寄ってそう問えば、ルトはこくりと頷いた。

 


「うん。お兄さんの方がアスハイル。妹さんがネルイル。二人ともクランデアで復興の手伝いに来てくれた教会所属の魔術師だよ」



 兄妹か。なるほど、言われてみれば髪や瞳の色だけでなく顔立ちもどことなく似ている気がする。ついでに人の話を聞かなそうなところとかも。

 

 先程までのやり取りを見るに、二人とも目の前のことに集中すると周りが見えなくなるタイプなのだろう。なんて傍迷惑な兄妹だ。



「な、なによその目は」


「いや、面倒な奴らに目をつけられたなと思って」



 私ではなくルトが、であるが。


 とにかく一旦落ち着いた事だし、やっと話ができるというものだ。



「さて、お前たちがルトを追ってきたのはわかる。でもこいつは私の旅の仲間でね。勝手をされると私も困るんだ」



 ルトの前に立って二人を見上げる。身長の低い私は誰が相手でもこうして見上げなければならないのがなんとも格好付かないところだが、体が成長しないのだから仕方がない。


 私の言葉にムッとした顔で一歩前に出てきたのは妹のネルイルの方である。

 持った杖でカツンと地面を突いた姿はどこか威厳を感じさせる。やっと教会の魔術師らしくなったじゃないか。



「彼の魔術は凄いものなの!あなたが何者かはわからないけど、本当に仲間だと言うのなら教会に送り出すべきよ!」


「ルトの力が凄い事は知ってるよ。でもどうするかは本人が決めるべきだろう」



 追われて逃げたという事は、ルトはこの誘いを断っているはずだ。それをこんなところまで追いかけてきて、更に強引に捉えようとしてくるなんて。

 

 それが教会の意向だというのか?

 

 もしそうなら私は彼らをここで叩きのめさなければならない。自分の人生を他人に決められることほど、腹立たしいものはないからな。


 けれどネルイルは首を横に振って、あくまで勧誘だと言い始めた。

 

 そうして先程までの敵意剥き出しの話し方ではなく、落ち着いた物言いをし始めた女の言葉はどこか切実な物だった。



「本人の意思が重要な事くらいあたしだってわかってる。でも、彼がいればもっとたくさんの人たちの力になれるはずだから。諦められないし、考え直してほしくて追ってきたの」



 教会は人々の豊かな生活を支援するための魔術師の集団だ。魔物と戦うために戦闘に特化した者もいないわけではないらしいが、そのほとんどが専門の分野を持った慈善活動家なのである。

 

 だからこそ女の言葉は納得できるものだった。

 ルトの力で救える命は並の魔術師なんかよりずっと多いに違いない。



「でも、僕はエルに着いていくって決めたんだ。だから悪いけど教会には行けないよ。諦めてほしい」



 ルトが私の肩に軽く手を置いてネルイルを見上げているのがわかる。

 

 こんな子供になんでと言いたげな目を向けられるが、先程の戦闘を思い出したのだろう。女がグッと言葉を飲み込んだのがわかった。

 そうして黙り込んでしまったので、話もこれでお終いかと思い始めた時またもや横槍を入れてきたのは兄のアスハイルの方だった。



「要は、そのガキを倒せばいいって話だろ」


「どうしてそうなった」



 こいつ、今までの話は聞いていなかったのか?

 それとも人の話が理解できないのか?


 最早呆れてものを言えない私に杖の先を真っ直ぐに向けて、男は更に理解できない事をはっきりと口にした。



「その男をかけて、俺と決闘をしろ!!」


「だからどうしてそうなるんだ……」



 こうしてルトを巡る争いは、もう少しだけ続くことになる。



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ルト、ヒロインかな……。
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