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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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五十二



 リガンタの街へ入る際、検問所で例のペンダントを見せたら検問官に二度見された。私のような子供がこんな貴重品を持っているのが信じられなかったのだろう。気持ちはわからなくもないが、このペンダントはクランデアの領主を通じて正式に贈られたものなので偽物である筈がなく、疑いの目を向けられながらも私は税金を払わずに検問所を通過する事ができたのだ。きっとこの情報はすぐに王族に伝わるに違いない。



 検問所を通過すると、舗装された一本道の先に大きな闘技場があるのが目に入った。そこへ続く道の途中には同じような間隔をあけて複数の人型の像が立っている。

 それぞれが違う人間を模して作られているようで、着ている鎧や持っている武器も違う。装備は細かく再現されている一方、顔に目鼻口は作られていないらしい。それでも十分迫力があった。



「エル!広い場所を探しましょう!」


「ん?……ああ、わかった」



 そわそわと落ち着かないシンディは今にも駆け出しそうな状態で、私とルトは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。

 

 彼女は私たちも知らないうちにクランデアの商人ギルドで登録を済ませていたらしいのだ。だから新しい街に到着して早速商売の準備に取りかかりたくなったのだと思う。

 商売と言ってもシンディの売り物は、物ではなく芸だけれども。



 そうして街の中を探索すると、ちょうど良さそうな場所はすぐに見つかった。

 

 闘技場のすぐ近く。噴水のある広場だった。所々に長椅子が幾つか設置された場所で、同じく旅の商人と思われる者が数人露店を開いている。

 広場の周りは人通りも多い広い道になっているので遠くからでも見通しがいい。運が良ければ気付いた人が集まってきてくれるかもしれないな。


 私が周囲を見渡しているうちにシンディは噴水の前で荷物を下ろしていた。着替えはできそうにないのでそのままで、一応投げ銭を受け取る為の袋を置いて用意している。

 広場にいる人はまばらであの時の品評会とは違い自力で客を集めなければならない。シンディの踊りにどこまでの集客力があるか、早速試されるというわけだ。

 とはいえ今回は私も力を貸す事になっているので責任はこちらにもありそうだが……あくまで主役はシンディである。


 

 入念な準備運動を終えたシンディがローブを脱ぎそれをベールに変えると、一気に周囲の空気が変わった気がした。

 毛先に行くほど薄い藍色の髪に褐色の肌。この特徴はそれなりに有名で、更にそこに華やかなベールを纏っている美しい女の登場とあれば当然目立つ。現に興味を持ったらしい通行人が数人足を止めた。


 今を逃す手は無い、と真っ先に動いたのは私だった。


 魔力を操作し術式を展開させる。これはこの街に来るまでにルトから習い新しく覚えた幻影魔術の術式だ。

 本来ならその場に存在しないものを有るものとして見せる術なのだが、そこにシロの魔力を流すともう少し自由が効くものになる。



 イメージを固めて魔力を流すと私の目の前の空間に白く縁取られた鍵盤が現れた。試しに指先で触れてみると対応した音程の音が優しく辺りに響き渡る。



 あれは屋敷にいた頃の話だ。


 いつからあるのかわからないピアノが滅多に人の集まらないホールの隅っこにポツンと置いてあったのを覚えている。誰が調律していたのかは結局知らないままだったが、母がたまに弾いていたのを私は物陰に隠れてこっそりと見ていた事が何度かあった。



 そう、母が弾くのは、決まってゆったりとした柔らかい曲。



 私の記憶を再現するように鍵盤は独りでに動き出した。そうして流れ出したメロディに合わせて即興の踊りが披露される。

 綺麗で、つい聞き入ってしまう、けれどどこか儚い幻の曲。本当にこんなものでいいのかと事前に確認したところ、シンディは大きく頷いたので今回こんな形で流すことになったのだ。



「いい曲だね。聞いた事ないけど、誰の曲?」


「さぁな。私も知らないんだ」

 


 シンディから少し離れた場所の長椅子に腰掛け、徐々に集まってくる人々が彼女を囲むのをルトと並んで見守っていた。ルトの手元には紙とペンが用意されていて、早速目の前の光景を絵に起こそうとしているのが窺える。

 

 私にあの楽器を弾くことはできないので、これは記憶の中にある母が弾いたピアノの音だ。シンディが踊りのための曲に悩んでいなかったら一生日の目を浴びる事などなかっただろうものである。

 なんの曲かは知らないが、百五十年以上も生きているルトですら聞いた事がないのなら、母の自作だったのかもしれない。こんなところで披露されるとは流石の母も思わなかっただろう。



「優しい曲だね」


「……そうだな」



 そうしてその曲が終わると、拍手の音がこの場所まで聞こえてくる。もう私たちからはシンディの姿が見えないくらい広場には見事な人の壁が出来上がっていた。

 

 心配は無用だったな。彼女の踊りは人を惹きつける。

 

 私は椅子に深く座り直した。


 続いて流れたのはクランデアの品評会で聞いた勇者伝説の物語を音に乗せたもの。私の記憶にある音楽はこのくらいしかないので流れるものも限られてしまう。

 あの幻影魔術の持続時間も二曲が精々だろうからちょうどいいのかもしれないな、と、音楽に耳を傾けてぼんやりとしていた時だった。



「あ!いたぁー!」



 突然広場に響き渡った女の声に私とルトは同時に声のした方へ顔を向けた。


 そこにいたのは、毛先に少し癖のある赤髪赤目の女だった。年の頃は十五前後といったところか。

 女は自分の身長よりも長い杖を持っていて、よく見ればそれは木の根が絡まるような見た目をしている。しかも頭の部分には何かの魔石らしきものが輝いていた。

 どう見ても魔術師だ。こちら――おそらくルトを指差して叫んだということは彼の知り合いか何かだろうと私が当たりをつけているうちに、隣で慌てて荷物を片付け始める気配がする。



「客みたいだぞ」


「そ、そうだね。まさかこんなところまで追ってくるなんて……僕はちょっと逃げるよ」


「は?」



 そう言うと座っていた椅子から立ち上がりルトは走り出してしまった。その後ろ姿を唖然と眺めていると、先程声を上げた女が後を追っていくのが見える。



「なんだかまた面倒事の予感がする……というかあいつ、街に着く度に誰かに狙われてないか?」



 普通それはどこぞの姫とか幼い子供の役割なのでは。

 

 ついそんなことを思ってしまうがルトの力の有用性は理解しているつもりなので狙われる理由も見当がつく。だが魔術師一人くらいなら放っておいても大丈夫か、という私の考えはシロの次の言葉で覆される。

 


「近くにもう一人魔術師がいるな。こっちはかなりのやり手だぞ」


「本気でルトを捉えようとしてるってこと?」


「おそらくな。前の街でも見た魔力だ。追いかけてきたんじゃないか」



 ということは、クランデアの復興に力を貸したという教会の魔術師か。

 こんなところまで追いかけてくるとは余程教会はルトの力を欲しがっているらしい。やっぱりクランデアでルトを目立たせるのは良くなかったか。

 

 しかし過ぎたことをいつまでも考えていたって仕方がない。逃げたのはルトもこの追跡を嫌がっているということだ。

 ならばこの問題が長引く前に話はつけておくべきだろうと思い、私は重い腰を上げてルトたちの後を追いかける事にした。

 


 その前に、二曲目が終わり笑顔で人々と交流していたシンディには軽く事情を説明して後で闘技場の前で合流しようとだけ告げておいた。

 一度近くで見てみたいと思っていたし、この街にいればどこからでも見える建造物なので合流場所に指定するにはちょうどいい。


 そうして今度こそルトたちを追いかけて私は走り出したのだ。



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