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放浪のエル  作者: ゆう
第二章
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五十



 この日の天気は雲一つない快晴。



 街の復興もかなり進み、通りには行き交う人々の姿も戻っている。ざわざわと騒がしい雰囲気は、初めてこのクランデアを訪れた日を思い起こさせた。


 思えばもう二ヶ月近くこの街に滞在していたことになる。

 最初に訪れたのは飯屋だったか。あの場所も戦いに巻き込まれて一度は消えてしまったのだが、今は再建されて数日前に再び開店したばかりである。



 そんな街を横目にゆっくりと歩いて私はバダロの鍛冶屋までやってきた。


 少し前までは煙突から煙が上がっているのを毎日見ていたが、数日前からそれも見られなくなった。昨日様子を見に行ったら明日出直してこいと言われあっという間に追い出された。そして翌日を迎えた今、ハンマーのマークが描かれた戸の前に立っている。


 ここに来るのも最後かもしれない。そう思うと少し寂しさを感じてしまうのは仕方のないことだった。

 やっぱり長居しすぎたな。内心苦笑しながらも戸を開けると、もう耳に馴染んだベルの音がカランと響く。



「おお、そろそろ来る頃だと思っておったぞ」



 いつもは店の奥の工房に籠っているバダロが今日は出迎えてくれた。手招きされてカウンターまでやってくると、布が敷かれたそこに白い鞘に収められた一振りの剣がある。


 私が何かを口にする前にバダロはそれを差し出して、持ってみろと得意げに言った。



「軽い……!」



 受け取った瞬間、その軽さに驚いた。鞘に入っている剣とは思えない程の軽さである。鞘も柄の部分も白く、鍔の部分だけが金色だ。長さは私の身長の半分も無いくらいに短い剣。


 私がゆっくりと鞘から剣を引き抜くと、外側の印象とはガラリと変わり黒い剣身が現れる。よく見ればそこには何やら見慣れない溝が掘ってあり、それを指先でなぞってみると一瞬だが白い何かが溝の中を通った気がした。



「それは説明するより試してみた方が早いだろうな」


「試す?」


「お前さん、剣に魔力を纏わせると言っておっただろう。それを試してみるといい。……外でな!」



 その場で剣を構えると焦ったバダロの声に止められたので、私たちは鍛冶屋の外に出た。


 そうして改めて剣を構える。


 子供の私でも楽に持てる軽さなので、とりあえず片手で。言われた通り体の中の魔力を薄い膜のようにして剣に纏わせていく。すると、ある程度の量を流した瞬間グイッと引っ張られる感覚があった。



「うっわ……!」



 ぶわりと辺りに風が舞う。


 いや、風じゃない。これは剣から溢れ出した魔力の圧だ。

 咄嗟に剣を見れば先程の溝が白い魔力で埋まり、不思議な模様が浮かび上がっている。



「その剣は魔石を使っておるからとにかく魔力の通りがいい。扱いは少し難しくなるが、お前さんの戦い方にはこれが一番だと思ってな」



 聞けば、王都の騎士団の人間が持つ剣にも似たようなものがあるのだそう。


 それは自分で魔力を流すのではなく、剣が勝手に吸い上げるという危険なものらしいのだが。しかし、魔力のある者が持てばあらゆる魔術を剣を通して撃てるようになってしまう。


 そんな剣を、魔剣というらしい。


 だから私が今手にしているこの剣は、疑似魔剣ということになる。



「使った魔石の種類だけの魔力がその剣には宿っておる。念じれば炎も出るし水も出るだろう。重さもある程度は変えられるようになっておるから、あとはお前さん次第だな」



 その言葉に、私の中の探究心が高まってくるのを感じていた。


 魔力を流す事であらゆる魔術を撃てる、自由度の高い剣。シロの魔力を纏わせただけでもあれだけの圧だった。


 ならばその量を調整できたら?

 他の魔力と合わせてみたら?


 いくらでもやれる事がありそうで、思い付いたものを片っ端から試してみたくてうずうずする。


 こんなに凄いものを手にできるなんて!



「ありがとう、気に入ったよ……!」



 なんだか宝物を手に入れたような気分になり、鞘にしまった剣を思わずギュッと胸に引き寄せると、それを見ていたバダロは一瞬驚いた後ニッと口元を引き上げて笑っていた。



「お陰様で、儂も良い仕事ができたよ」



 こうして新たな剣を手にした私は、バダロに感謝を伝え挨拶を交わしてから名残惜しくも鍛冶屋を後にした。





 冒険者ギルドまで戻ってくると、入り口の側で待っていたルトと合流する。

 どうやら鉱山で描いた魔物の絵は無事にギルドが買い取ってくれたらしい。その絵を元にこれからあの鉱山も解き明かされていくんだろう。



「絵が広まれば、ルトの名も一緒に広まっていくんだろうな」


「画家への第一歩って感じかな。僕の絵に値段を付けてもらえるなんて思いもしなかったよ」


「それだけ価値があるってことさ」



 少しだけ夢見心地なルトの様子に、なんだか私まで嬉しくなってしまうのだ。





 伯爵邸に続く道の前まで来ると、ギルバーとドルガント、それから大きなバックパックを背負ったシンディが並んで私たちを待っていた。

 その大きさで邪魔じゃないかと思ったが、シンディには全く関係ないらしい。どうやら中身のほとんどが服や装飾品といった踊りの為の道具らしく、旅芸人というのも大変だなと私は思った。


 彼女が今着ているものも十分に舞台映えしそうな服である。これは数日前、クラリスが普段着としてシンディの為に用意したものだった。餞別にと、代金はギルバーが支払ったとのことだ。



「エル、シンディを頼むぞ」


「もう!兵士長は心配しすぎです!」



 まあ、ドルガントにはシンディを兵士に引き入れてしまったという負目があるからな。しかも彼女を娘のように心配しているので、こういうのはいつまで経っても直らないんじゃないだろうか。

 シンディも本気で怒っているわけではないみたいだし、私はそんな二人の様子に少しだけ笑いながらも了承を返しておいた。世話になるのは私の方かもしれないけれど。



「結局あの子に謝らせる事はできなかったね。申し訳ない」


「いいよ。そのことはもう忘れたから」



 ギルバーはアレクが謝罪の一つも口にしなかったことを気にしていたらしい。本当は今日見送りに連れて来れたらよかったんだけど……とボソボソと呟いた後、しかしあいつがもうこの街にいないことを告げられる。



「アレクが、王都の学院に?」


「そうなんだ。実は一月半ほど学院が長期休暇でこっちに帰ってきていたんだよ。今まで学院でのことはシンディに任せていたんだけど、辞めてしまったからね。心配だ……」



 ギルバーの息子贔屓は多少収まってはいるらしいが、この調子ではまだまだ続きそうである。その辺はリリシアがいるので大丈夫だろう。


 それにしても、王都の学院か。

 すっかり頭から抜け落ちていたが、十二歳から通える貴族が集まる学院だ。アレクは十三歳。通っていてもなんら不思議な事ではない。

 しかし今まではシンディに任せていたという事は、彼女も王都の学院へは行った事があるのだな。こちらは少し意外だった。



「それでは!行ってきます!」



 それぞれが挨拶を交わし、最後にシンディが大きく手を振って二人とは別れた。





 少しずつだが営業が再開したという仕立て屋は忙しそうだった。

 そんなところにわざわざ顔を出したのは、クラリスに最後の仕事を頼んでいたからである。



「はい、これ。二人分のローブね」


「わぁ、ありがとう!」



 歓声を上げたのはルトだ。彼はこの街に来て真っ先に種族が原因で面倒事に巻き込まれたからな。相談した結果、なるべく尖った耳が隠せるようなローブを着ておこうということになったのだ。


 私の分も頼んだのは、いつも肩にいるシロを周りの目から隠す為に必要だと思ったから。

 なるべくフードの内側を厚くしたいという私の要望を正しく受け取ってくれたようで、裏地には柔らかいが膨らみのある生地が使われている。


 着てみると、フードを下ろしていても襟が立つような作りになっており、これなら小鳥サイズのシロが十分隠れられそうだった。



(居心地はどう?)


(悪くないな)



 フードの裏地が折り重なった部分に埋もれたシロの声がどこか満足そうに聞こえて、私は思わず笑ってしまった。


 ローブといえばシンディの持つベールも形を変える事ができるので、バックパックから取り出したそれを変化させて羽織っている。どうやらお揃いにしたかったらしい。

 シンディの場合それ自体が武器なので、いつでも使えるように出しておくのはいいのかもしれないな。



 クラリスには今度こそ金でしっかりと代金を支払い、こうして私たちの旅の準備は整ったのだ。


 ベルトで腰に下げた剣と、紐でくくりつけた収納袋。その上に新たにローブを纏って私はようやく旅らしい格好に落ち着いた事に安堵した。



「それじゃあ、私たちはそろそろ行くよ」


「ええ。またクランデアに寄ることがあったら顔を見せに来てね」


「……うん」



 こうして、私たちは二ヶ月ほど滞在したクランデアの街を後にした。


 行き先は話し合った結果、私がまだ訪れていない王都の西側という事に。シンディの生まれ育った村がある方角だというが、そこに立ち寄るかは今の所不明である。



 別れは悲しくもあるが、街を出た私は先のことに思いを馳せていた。


 これから向かう先にはいったいどんな世界が広がっているんだろう。どんな出会いがあるだろう。そんなことを思いながら、ふとどこまでも続く空を見上げる。


 この日の天気は雲一つない快晴。


 それ以上に、晴れやかな気分だった。























 目的地であるクランデアの街までもう少し。


 彼女が住まう屋敷から遠く離れたこの地にやってきたのは、その街の領主である伯爵に主人から預かった手紙を直接届ける為だった。

 手紙には、少し前に開催された祭りに招待されたが出向けなかったことへの謝罪が記されているらしい。その祭りで噂でしかなかった魔王が現れたことに対する見舞いと今後の対応についても。内容が内容だけに信頼のおける使用人に頼みたいと選出されたのが彼女だったのだ。


 クランデアの街に現れた魔王は、居合わせた者たちでなんとが退けたと聞いている。祭りで冒険者も多く集まっていたというし戦力は十分だったのだろう。破壊された街の復興には王都の魔術師が数名派遣されたらしい。



 奇跡的に人的被害も無く一先ず収束した事件であるが、魔王復活の話は瞬く間に国中を駆け巡った。主人を含め、あちこちの貴族がその対応に追われているのも彼女は知っている。

 だからこんないち使用人のお遣いに馬車を出せる余裕はなく、ここまで来るのにも街で運行している業者の馬車を幾つか乗り継いでやっとといったところだった。


 クランデアに入る為には検問所を通る必要がある。その為彼女は街の近くの街道で馬車を降り歩いて向かうことにした。

 屋敷で着ているいつものメイド服ではなく、旅用の動きやすい服に大きめのカバン。身分証として主人の家紋を出すまで使用人だとも気付かれなかった。



 そうして列を作っている検問所をようやく通過できたと思ったその時。


 ローブを纏った三人組とすれ違う。



 一番目立つのはフードを目ぶかに被った、おそらく男。武器も持たず斜めがけのバッグを一つと随分と軽装である。顔はフードで見えなかったが、装いから冒険者というよりは商人という印象を受けた。


 それからこちらもフードを被った褐色肌の若い女。歳は十七、八と言ったところか。大きなバックパックを軽々と背負っているので見た目によらない力を持っていることはなんとなくわかる。人は見た目では判断できない。


 そしてもう一人。旅人にしてはやけに背の低い子供が目に止まる。荷物は少ないが三人の中で唯一武器らしい武器を携帯しているのが不思議だった。冒険者だろうか。しかしあんな小さな子供がギルドに登録できるとは思えない。


 つい立ち止まって後ろを振り返ってしまったのは本当に無意識だった。


 子供らしい大きな瞳は力強い光を宿す金色。下ろしたフードの中に吸い込まれるような見事な長い桃色の髪。


 ふと、彼女の脳裏に浮かぶ人物がいた。



「お嬢様……?」



 目の色も髪の色も記憶にあるものと酷似している。髪はあんなに伸ばしている姿は見たことが無かったけれど、それは確かに五年前から行方不明になっている少女の色で、彼女は思わず息を飲んだ。


 けれど、あの少女が消えてからもう五年も経っている。例え生きていたとしても、もっと成長しているはずなのだ。


 そう思っても、今見た子供の姿が瞼の裏に焼き付いてしまって離れない。



「生きて、る?」



 あの色を持っている人間を彼女は二人しか知らなかった。主人の前の奥様と、その娘。今はもうあの屋敷には影も形もない母娘(おやこ)


 思わずグッと握り込んだ拳は力を入れすぎてふるふると震えていた。


 湧き上がってくる感情は、感動ではなく憎悪に近い。



「失敗……?私が?」



 そんなこと、許される筈がない。



 握っていた拳をゆっくりと開くと、スッと感情の波が引いてくるのがわかった。

 もし本当に失敗していたのなら、それは今から取り戻せばいいだけだ。幸いまだ依頼人にはこのことが知れていないのだから。


 とにかくまずは情報を集めよう。あの少女の事を自分は知る必要がある。


 けれど。


 まずは主人のお遣いを済ませなければと、伯爵邸に向けて彼女はまた歩き出した。

 





 彼女の名はミリア。



 ミリア・リーラント。



 現在も辺境伯家の屋敷に仕える一人の使用人であり、消えた少女の専属メイドだった元暗殺者の女である。







第二章、完

ここまで読んでくださりありがとうございました!

これにて第二章は完結です。一旦幕間を挟んだ後、第三章開幕となります。


まだまだエルの旅は始まったばかりなので引き続きよろしくお願いします!


ブックマーク評価感想レビューなどいただけますと励みになりますのでよかったら…!

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新しい武器……! ワクワクが止まりません! バダロといい、登場人物が優しくてすごくいい……!
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