四十九
ルトに用意してもらった転送の術式をバダロに預けた後、私たちは念の為ドルガントに声をかけてから例の鉱山にやってきた。
街ですれ違いざまにに投げかけた「鉱山行ってくる」の一言にドルガントは酷く驚いた様子だったが、何かを言われる前にさっさと逃げてしまったので返答は聞いていない。
メンバーは私とシロ、あとは約束していたルトと、話をしたら行きたいと言い出したシンディの四人だ。
私一人でも十分進める鉱山なので正直戦力過多ではないかと思ったが、まさにその通りで道中は私とシンディの魔物の奪い合いが勃発したのである。
「やぁッ!」
スパン、と頭から尻尾の先までを真っ二つに斬られた巨大なトカゲ。轟轟と燃え盛る炎を背負ったそのトカゲは一瞬にして撃沈した。
何故布であるはずのベールで炎が切れるんだろう。製作者であるはずの私ですらそんな事思ってしまうのだが、シンディが両手に持ったベールの扇で次々と魔物を倒していく様は見ていて清々しくもある。
私も負けていられるか。
硬い鉱物で体を覆ったウルフを魔力の針で串刺しにする。硬いと言ってもシロの魔力の敵ではない。動きも遅くて的が絞りやすかった。
すると次から次へと同じような魔物が湧いてきたので、展開した増幅の術式を鍋で叩くことで風を纏わせた針を大量に撃ち込んでやる。派手な音と上がった土埃の中、魔力感知で見える魔力はもう残っていなかった。
「二人ともすごいなぁ」
そんな私たちから少し離れた場所で岩に腰掛けているルトは、のんびりと出現した魔物の絵を描いている。一応その頭の上にはシロが待機しているので危険も無い。
というのも、どうやらルトは冒険者ギルドからの依頼で魔物の絵を描いているらしいのだ。
確かにこの危険な鉱山も出現する魔物の詳細がわかれば難易度を正確に把握できるようになるだろう。もしかしたらこの封鎖もいつかは解かれる日が来るかもしれない。
絵として情報を売れるというのは、この世界を生き抜く上でのルトの最大の強みかもしれないな。
伯爵邸から出た時に商業ギルドに用があると言っていたのは、書いた絵を売る為に登録する必要があったからなのだそう。収入源が出来たことは旅の仲間としても嬉しいものである。
「それにしても、手に入れた素材全部送っちゃって大丈夫?」
「ん?構わないだろ。バダロも魔物の素材はなんでも使えるって言ってたし」
「バダロ爺様は凄腕の鍛治師ですから!きっと大丈夫ですよ!」
魔石とその他の使えそうな素材を次々と術式で転送する私とシンディに、ルトは苦笑いしながらも我関せずといった様子で自分の作業に戻っていった。
そして、私たちが鉱山からクランデアの街に戻ったのは入ってから実に七日後のこと。
顔を出したバダロの鍛冶屋で店に入りきらなかった素材が外に山積みになっているのを見た。
「買い取るとは言ったが全ては無理だ。ギルドに卸すか領主に引き取ってもらうといい。珍しいものばかりだからきっと高値で買い取ってくれる」
「とは言ってもな……」
ギルドへはルトがいるので問題なく売れるだろう。ギルバーの方にもドルガントを通せば買い取ってもらえるかもしれない。
だが、売ったところで大金を受け取っても困るのは私たちの方なのだ。
そんな物重くて持ち運べるわけがない。あって困るものではないのは確かだが、旅をする上で荷物は極力少ない方がいいに決まっている。
どうしたものかと悩んでいたところ、素材の山を見上げていたルトがふと思い付いたように魔石を一つと紙に描いた形状変化の術式を持ってきてそれを私に差し出した。
「エル、ちょっとこれで小さい袋を作ってくれるかい?」
「いいけど……」
いったい何に使うんだろう。
疑問に思いながらも私は術式の描かれた紙を地面に置きその上に魔石をコロンと乗せた。
不思議そうに見守るシンディとバダロ。しゃがんだ私は術式に触れそっと袋のイメージを固めながら魔力を流し込んでいく。
同じくしゃがんだルトは宙に何かの術式を描き、その一箇所をペンで引っ掛け手首を捻る。すると術式はシュルシュルと解けて紐上になっていった。
私の手元で変化を始めた魔石にその術式を織り込んでいく様子は、シンディのベールを作った時と同じ作業である。
そうしてできたのは、魔石とルトの術式で編まれた手のひらに乗るくらいの小さな袋。
「これは……?」
作ったはいいがルトがどんな術式を織り込んだのかがわからない。
素材が魔石と術式だけなので丈夫そうだが少し硬さが気になった。両手の指先で袋の口を摘んで開くと、中は何故か底も見えないくらいの白一色。
「ほら、シロがよくどこからか果物を出してくれるだろう?」
「ああ、あの異空間から物を出している……って、」
そんな物、こんなところでポンと作っていい物なのか?
下手したら国宝レベルなのでは?
相変わらず自分の作った物がとんでもない魔道具だということを理解していないルトは、また素材の山を見上げて「入るだけ入れてみようよ」と呑気なことを言っている。
「……バダロ、今のは見なかったことにしてくれ」
「恐ろしくて誰にも言えんわ」
側にいたシンディも今見た現象自体に感動しているらしく、事の重大さに気付いたのは私とバダロだけだった。
そうして私は無限にも思える収納道具を得てしまったのである。シロの魔法ということで、その魔力を使える私にしか扱えない道具だったのは本当に良かったと思う。
バダロが買い取れずに残った素材は全て収納に入れておくことにした。売ってもいいが今後どこかで何かに活用できるかもしれないからな。持ち運べるようになったのなら、そうしない手はないだろう。
剣の作成にはまだ時間がかかると言うので、私たちはその夜なんだか久しぶりにも思えるドルガントの家にやってきた。
ここも魔王と私の戦いに巻き込まれたエリアなので、家は立っているが家具はまだほとんど入っていないようだ。クラリスの衣装部屋も、みんなで囲んだテーブルも無くなってしまったのは少し寂しくも思う。
「でもよかった。こうして一人も欠けずにまたみんなで集まることができて」
手渡された皿には温かいスープ。今はこれしか作れないからと言ってクラリスが用意してくれたものである。
今はまだ物が少なく大変だろうに。こうして顔を出した私たちを嫌な顔一つせずにもてなしてくれる。
彼女の職場である仕立て屋も被害に遭ったという。なんとかミシンだけは持って避難できたと言うが、他のものが全て無くなってしまったんだとか。
それでも彼女は笑うのだ。生きていれば大丈夫。そう言って。
「ドルガント。お前、いい女を選んだな」
「んぐ、」
私の言葉に盛大に咽せたドルガントが苦しそうにしているのを横目に、私はスープをスプーンで掬って一口ずつ噛み締めるように味わった。
「なんだ急に……そもそも子供が言うことかそれは……」
「世の中には家族の命なんてどうでもいいと思っていそうな女もいるからな」
もちろんあの屋敷にやってきた金髪の女のことである。
それに比べてクラリスは、赤の他人である私たちのような者の心配までしてくれる。生きていれば大丈夫、なんてことも言ってしまう。
「少なくとも私は、クラリスのような女が母親だったら良かったのにとは何度か思ったよ」
「エル……」
だが、本当にそうだったのなら今の私はここにいないのだ。そう思うと、私の母たちはあれで良かったのかもしれないと思えてくるから不思議である。
ドルガントが物言いたげな目をしているのを見なかったことにし、私はわいわいと楽しげに話す他三人の姿に目を向けた。
鉱山での出来事を楽しげに話すシンディ。相槌を打ちながら興味深げにそれを聞くクラリス。描いた魔物の絵を並べて見せるルト。
そんな光景も今ここにいなければ見られなかったものだから。私はこんな時間こそ大切にしたいと思うのだ。
何も無い部屋で床に直接座り、雑談をしながらスープを飲む。傍から見ればおかしな光景かもしれないが、それは私にとっては文句のつけようの無い温かな食事の風景だった。




