四十五
突然伯爵邸の方から真っ直ぐに伸びてきた青白い光に遮られ、私たちの攻防は終わりを迎えた。
同時に飛び退いた私とゼグの間を高密度の魔力砲が突き抜けていく。巻き込まれた悪魔の大群が光の中で消滅していくのが見えた。
(ルトか……!)
こんなことができるのはあいつしかいない。
咄嗟に魔力感知で街を見渡すと、いつの間にか悪魔は全て討伐されているようだった。
ルトもそうだがおそらくシンディも頑張ってくれたに違いない。なんとなく誇らしい気持ちになりながら私はもう一度今度は視覚を頼りに周囲を見渡した。
どす黒い魔力の海からの攻撃も止まり、今の一瞬で意識が逸れたからか私が広げた魔力も消えている。今追撃されたら反撃ができない。しかし、そうはならないだろうことはわかっていた。
やがて青白い光が弱まっていくと、その向こうにつまらなそうな顔で宙に浮くゼグの姿が見えてくる。一応約束を守る気はあるらしい。
「悪魔は消えたぞ」
「くっそぉ、もう少し遊べると思ったのによー」
十分遊んだだろうが。街を半壊させといてまだ満足しないのか。
私はゼグにやられて服はボロボロだし体も傷だらけだし、疲労も溜まってきていてそろそろ限界が近いというのに。
対するゼグはあれだけやり合ったのに無傷だ。結局私はこの魔王に傷一つつけられなかったことになる。
「あんな仲間がいるなんて反則だー!」
「知らずに勝負を持ちかけてきたのはお前だろ。こっちの勝ちだと思うけど」
私は毅然とした態度を崩さなかった。
ここで引くわけにはいかないから。せっかくルトたちがやり遂げてくれたのだ。勝てずとも追い返すくらいのことはやらないと気が済まない。
「わかってるよ。今日はもうやめる」
そうして見覚えのある黒いモヤがゼグの体を包んでいく。魔王式の転移だかなんだかわからないが、こうして見送るのは二度目である。しかしあの時とは違うものが二つ。
「次はもっと面白い遊びを考えておくからな!」
私がこのふざけた子供を本物の脅威と認識したことが一つ。そして。
「次は、勝つから」
確かな対抗心が芽生えたことがもう一つ。
このまま負けっぱなしでいられるものか。次に会ったら絶対に勝つ。そう決めて、フンと鼻を鳴らした私をゼグはニッと口元を釣り上げて笑っていた。
そしてようやくゼグの姿も消え、足元に広がっていた魔力の海も消えると、朝日が昇り始めていることに気付く。
街を囲む塀の向こうから差し込む眩しいくらいのその光を見た瞬間、私は視界が回るのを感じていた。
(あ……落ちる……)
背中に作っていた魔力の翼が維持できなくなったのだ。疲労のせいなのかそれとも気が抜けたからなのか、頭から真っ逆様に落ちていくのを止める術が私にはなくて。
(シロ……)
思わず呼びかけた直後――ふわりと感じた浮遊感。
ふかふかで柔らかく、温かくて落ち着く、真っ白なシロの背中に私の体は受け止められた。
(あれを相手によくやったな)
(……うん)
まずは褒めてくれる。そんなところが好ましいと思う。
私はあまり力の入らない腕で精一杯シロの背中にしがみ付いて羽に顔を埋めていた。
(だめだ……ねむ、い……)
そうしてそのまま私は眠りに落ちたのだ。
これは後からルトに聞かされたことだが、クランデアの上空に突如現れた白い大きな鳥を幻獣フェニックスだと即座に理解した者は少なかったらしい。
残されている文献も少なく、一般人はもちろん冒険者ですら限られた者しか知らないような幻の魔物であるからだ。
私が住んでいた屋敷にあった本も古いものだったし、書かれていたのはそういう存在がいるということくらいで挿絵もなかった。
ただ、気付く者は確かにいたのだ。
それは、王都の騎士団とも繋がりのある兵士長だったり、冒険者に紛れていた不穏な輩だったり、領主としてあらゆる知識を持った伯爵だったり、真っ先に避難させられ伯爵邸の窓越しにその光景を見ていた王族だったり。
火種は静かに生まれいく。
そんなことなど知る由もない私は五日間ぐっすりと眠り、起きた時にはもうほとんどが終わっていた。
「……なんて?」
「復興もだいたい終わったよって」
いや、まだ五日しか経っていないんだよな?
そう思いながら埋もれていたシロの上によじ登って壁にある窓から外を覗くと、そこには元通りとまではいかずとも戻りつつある街並みが広がっていた。
「……なんで?」
復興など不可能なくらい破壊されていた場所もあった筈なのに。
というかここはどこだ?
室内だということはわかるが、五日寝て伸びた髪が視界を奪っているので内装が何もわからない。唯一ルトが入ってきた戸が見える程度である。
髪はシロが何も言わずにむしゃむしゃと食べているのでそのうち無くなるだろうから今は無視だ。
「ここは復興が始まってから最初に建ててもらった小屋だよ。訓練場の敷地内だから今は兵士以外来ないんだって」
どうやらあの後小屋まで作って私を隠してくれたらしい。訓練場の敷地内ということはドルガントの指示だろうか。領主であるギルバーや他の貴族連中だっていただろうに。よくこんな勝手が許されたものだな。
あれだけ派手に暴れたんだ。私の存在は各所に知れ渡ってしまっただろう。いったいどうやってこんな小屋に押し込めるに至ったのかは気になるところである。
「復興の方は街の人たちが頑張ったんだ。あとは居合わせた冒険者が手伝ってくれたのと、王都から教会の人たちが援助に来てくれたのと、あとは僕も結構活躍したんだよ?」
「うん。まあ、大半はルトの手柄だと思うよ」
これだけ早くここまで持ってこられたのだ。ルトの術式が大いに活躍したに違いない。
だが、それはルトの存在と術式が世に知れ渡ってしまったことを指す。
目の前のルトに特に変わった様子はないので、何か問題が起きたという事はないのだろうが……今後もそうだとは限らない。
それに、王都の教会と言えば魔術師の集まりだ。今回は復興に役立つ魔術を使える者が派遣されて来たのだろう。
クランデアから王都まで馬を走らせて丸一日ほどの距離。往復二日と見て、魔術師が活動を始めて今日で三日目。それでも十分早い。
やっぱりルトの存在が大きかったのだ。そう思うと、それだけ力のある魔術師を教会の奴が放っておくとも思えない。
どうやらこの短期間で問題が山積みになってしまったらしい。
私も、ルトも。今一度、今後の身の振り方を考える必要がありそうだ。
「そういえばドルガントが、エルが起きたら一緒に伯爵邸に来てほしいって言ってたよ」
「ああ……うん、わかった」
どうしよう。あまり気が進まない。
伯爵邸にということは、おそらく私を呼んでいるのはドルガントではなくギルバーだ。
この街に来て一月と少し。ついに領主が出てくるか。
今回の件、街を破壊したのは傍迷惑な魔王なので私に恨み言を言われても困るのだが、だからといって全く関わっていないわけではない。事前にその存在を知っていて、更に兵士長であるドルガントに見張りを直々に頼まれてもいた。責任を追求されるとしたら間違いなく私だろう。
息子のアレクの件も伝わっているというし、何か罪に問われても不思議ではない。そう思うと、伯爵邸に出向くのは憂鬱以外の何ものでもなかった。
正直このままバックレたい。
そう思いながらも、更なる面倒を呼び起こしそうなので、私は仕方なく伯爵邸に向かうことにした。




