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四十


今回はシンディ視点です。



 幼い頃の思い出。


 村に住む他の子供たちと毎日一緒に特訓をする。もちろん武術の特訓だ。生まれつき高い戦闘能力を持つこの民族は、特訓を重ねれば重ねるだけ強くなれるからサボろうなんて思う子はいない。

 なにしろ青藍(セイラン)の民はこの国では立場の弱い民族だから。他の大陸からの移民だからと酷い扱いを受けることもあるという。

 だからこそ、力はつけておかないといけないんだ、って。それが大人たちからの唯一の教えだった。



「いってぇ!シンディにまたやられた!」


「あはは!あいつ強いもんなぁ!もう大人だって勝てねぇよ!」


「シンディがいてくれたらこの村も安泰ってもんだな!」



 そんな会話が聞こえてくる度に、自分は多分、みんなよりも少しだけ力が強く生まれてきたのだと思う。みんなと同じだけしか特訓をしていないのに十歳になっても未だに負け無しなんて凄いってよく言われるから。


 だから将来は立派な戦士になって、村とみんなを護るんだ。ずっとそう思っていた。



 あの日までは。



 その日は朝から天気が良くて、雲一つない快晴だった。

 いつものようにみんなと特訓をして、汗を流してから戻る途中、聞こえてきた大人たちの会話の中に旅芸人という単語があったのだ。その知らない言葉が妙に気になって思わず尋ねてしまった。



「旅芸人ってなんですか?」


「ああ、旅をしながら芸を売って生活している奴らさ。今近くの街道に来ているんだってよ」



 そのせいで街道に街に住む人たちが集まってきているんだそう。

 隠れるように住んでいるディたちにとって、確かにそれは大問題だった。



 でも、どうしてだろう。



「芸を、売って……」



 今までの人生の中で一度も触れる機会のなかったその存在に興味を持った自分がいた。

 だから、大人たちの目を盗んでこっそりと村を抜け出したのだ。


 街の人間に見られても大丈夫なように。髪と肌を覆える灰色のローブを身に纏って。街道を一人駆け抜けた。


 そうして見えてきたのは、街道沿いの草原に集うたくさんの人影。丸く円を描くように広がった人混み。

 一瞬躊躇したけれど、意を決して足を踏み出した。みんな円の中央を向いていて後からやってきた小汚い子供には誰も気付いていないようだったから。


 度々上がる歓声の中に何かの音楽が聞こえてくる。それが何か知りたいのだけれど、あまりに人が多くて子供の身長では中を除くことも容易ではない。

 それでもなんとか隙間に身体を捩じ込んでようやく見えるようになったその光景を一生忘れる事などないのだろう。


 楽しげな音楽とそれに合わせて舞う踊り子。一瞬で心を奪われた。




「村を出る……?自分が何を言っているのかわかっているのか……?」


「はい。ディはこの村を出て、やりたいことができたのです」



 ――夢


 そう、これは夢だ。



 あの日見た、綺麗で素敵な踊り子のように自分もなりたい。たくさんの人の前で披露したい。笑ってほしい。それは、この村で戦いを学ぶことよりもずっと素晴らしいことに思えたから。


 難しい夢であることくらいわかっている。この髪色と肌がある限り、青藍の民という事実は隠せない。戦闘能力に特化した民族をこの国に住む人たちが嫌厭していることも知っている。

 それでも、この夢を諦める理由にはならない。だから。



「ここへはもう、戻りません!」



 そう、覚悟を決めて村を出た。


 みんなの期待を裏切ってしまったことは申し訳なく思う。村を出ると言い出したディに誰一人として良い顔はしなかったのも仕方ない。でも、自分で決めたことだ。自分一人でやり遂げてみせる。そう決めて旅に出た。



 実のところ、灰色のローブを纏って一人で旅をしていた期間はそれほど長くはない。出てくる魔物は難なく倒せたし、解体も村でやっていたので食料にも困らなかった。


 旅をしている間は毎日あの日見た踊り子の姿を思い浮かべては練習を積み重ねていた。

 最初は全然上手くいかなくて、それでも諦めずに何度も何度も。足の皮が擦り切れて歩くのが厳しくなっても、思い通りの動きができようになるまで練習は一日だって欠かさなかった。

 そのうち自分で動きを作れるようになって、知っている曲を口ずさみながら自由に踊ることが何よりも楽しかった。



 クランデアの街に辿り着き、兵士長と出会ってからは兵士として働きながら空いた時間に練習を重ねた。


 踊り子になりたいという夢を知らなかったらしい兵士長は、青藍の民の特徴を持つ子供を立派な兵士に鍛えたかったのだと後に言う。

 当時は夢を追うにもお金が無く、給料の出る仕事というのがとても魅力的で断らなかっただけなのに。数年後に謝られるなんて思ってもいなかった。



 けれどそんな仕事の最中、失敗をしてしまった。


 お貴族様のご令嬢に傷をつけてしまうなんてあってはならないことだった。

 良くしてくれたギルバー様も兵士長も力を尽くしてくれたのはわかったけれど、降りかかった賠償金はとても払える金額じゃなくて。


 そんなディを必要としてくれたアレク様は、恩人だと今でも思っている。


 どれだけ汚い言葉を浴びせられても。歩くのが辛いくらい傷をつけられても。

 貴族だがまだ加減も覚えていない子供のやることだ。反抗したっていいと兵士長は言ってくれたけど、アレク様がいなければディはとっくにお尋ね者になっていた。そうなれば夢を追うどころの話じゃない。少しでも可能性を残しておけることが嬉しかったのもまた事実。


 ……でも。


 兵士長が言ってくれた。リリシア様の品評会に出てみたらどうかと。お前の実力なら賞金を手にすることだって可能なんじゃないかって。


 それを聞いて気付いてしまった。


 長く伸びた手入れの行き届いていない髪。傷だらけの肌。夢にまで見た綺麗な衣装を買えるお金も手元には無い。

 こんなぼろぼろの姿で人前で踊れるわけがない。こんな傷で満足のいく踊りができるわけがない。


 わからなくなってしまった。


 恩人であるアレク様の護衛を続けていると結果的に夢からどんどん遠ざかってしまう現実が。



 エルが現れたのは、そんな時。



 今まで戦って負けたことなんてなかったのに、まだ小さなその子供は簡単にディを倒して見せた。自分の強さを疑ってすらいないその堂々とした佇まいに敵わないと悟ってしまった。


 護衛としてアレク様を護れず、負けたことでお叱りを受け、心が折れかけていたのだと思う。

 上手く体が動かないことが悔しくて、これからどうしていくのが正解かもわからなくて、溢れ出してくる涙を止めることができなかった。



 そんな時に手を差し伸べてくれたのも、エルだった。



 ディよりも強い人。傷だらけで上手く動かなかった体を一瞬で治してしまった人。


 そんな人が、背中を押すと言ってくれた。戦ってみないかと言ってくれた。



「リリシア様!」


「あら、シンディ。どうかした?」



 あの奇跡のような夜が明けてからリリシア様を尋ねた。言わなければならないと思った。この魔法が消えてしまわないうちに。



「ディを、品評会に参加させてください!」



 リリシア様はそんなディの姿に驚いていたようだけれど、すぐに微笑んで手を握ってくれたのだ。



「もちろんよ。やっと言ってくれたわね」



 待っていたわ、とリリシア様は言った。その言葉があまりにも優しすぎて、また泣いてしまった。




「エルが来られない……?」


「うん。例の魔王が現れちゃったみたいでね。見張りを頼んだからって、ドルガントが……」


「そう、ですか……」



 護衛の仕事を他の兵士に頼み、騒ぐアレク様に誤り倒してからやってきた仕立て屋にエルの姿はなかった。

 ルトが事情を教えてくれたけれど、正直すごく不安になってしまって。そんなディの内心を悟ったのか目の前に差し出されたのは、明るい藍色の美しいベール。



「これ、エルと僕の力作なんだよ」


「すごい……」



 宝石が散りばめられているかのようにキラキラしていて触れるととても柔らかい。シルクのような手触りだ。それにどこか暖かさを感じる。こんなに美しいベールは見たことが無かった。


 そこでようやく少し落ち着いてきて、室内に目を向ければテーブルの上にディの姿絵があるのが見えた。衣装や装飾品のアイデアと共に、驚くくらいたくさん。



「ああ、実はこれ僕が描いたんだ」


「ルトが?」


「こう見えても画家志望だからね」



 だから品評会の作品にあんなに興味を示していたのか。変なことをすると捕まっちゃいますよなんて、酷いことを言ってしまったかもしれない。

 朝のことを謝っていると、クラリスが手拭いや桶や何かの木箱を持って部屋に入ってきた。



「まずは身だしなみを整えなくちゃ!お湯で体を拭いて、髪を切りましょう。衣装を着たらお化粧をしてあげるわね」



 ルトにお湯を沸かしてくるように指示をして、ディがポツンと座っている間にも忙しなく動き回るクラリスには本当に頭が上がらない。



「大丈夫。エルのことだからきっとどこかで見ているよ。だから頑張って」



 お湯を沸かして戻って来たルトのその言葉でディの不安は完全に晴れたのだ。



「はいっ!」



 衣装の上に灰色のローブを纏う。仕立て屋から会場に向かうのに衣装のままでは行かれないからというルトの提案だ。奇しくも村を飛び出した時と同じ姿で懐かしくなってしまう。



 ルトやクラリスと共にやってきた訓練場の外でリリシア様の姿を見つけ駆け寄ると、その側には二人の女性がいた。



「シンディ、貴女に相談があるのだけど――」



 笛吹きのメルディア。歌い手のアイリーン。彼女たちも今日の品評会にディと同じ部門で出るのだという。

 そんな二人はこのクランデアで生まれ育ったらしく、ディの兵士時代もそこで起きた事件のことも知っているようだった。



「シンディ、貴女の力になりたい」


「踊るなら音楽がいるでしょう。私たちに任せなさいな」



 でも、ライバルであることには変わらない。芸では負けないと笑いながら語る二人に深く深く頭を下げた。



 ああ、なんて恵まれているんだろう。



 村を出た時は一人で頑張らなきゃという思いでいっぱいだったのに、気付けばこんなにもたくさんの人が支えてくれて、背中を押してくれている。



 ――応えたい



 今できることを全部やって、みんなに恩返しがしたい。そう思った。



 そうして今、この訓練場の中央に立っている。


 たくさんの人。たくさんの視線。緊張も相まって心臓がバクバクと激しく脈打っているのがわかる。夢にまで見た舞台とはいえ、初めてであることに変わりはない。それでも。



(エル。見ていてくださいね……)



 たくさんの人に助けられた。それに気付けたのも、今この場に立てていることも、あの夜に貴女が手を差し伸べてくれたから始まった奇跡のようなものだから。



 一歩を踏み出して顔を上げると、目に入った満月の下に大好きなクランデアの桃と同じ色の髪を持った少女の姿が見えた気がした。それだけで心が落ち着いていく気がするから不思議である。


 思わず口元が緩むのを実感しながら、身に纏っていた灰色のローブに手をかけると、それを勢いよく脱ぎ去った。



 あとは、思うまま、踊るだけ――



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