三十八
食事が終わるとシンディは仕事の為屋敷に戻っていった。
待ち合わせは夕方に仕立て屋となっている。それまでまだまだ時間があるので私たちも時間を潰さなければ。
「僕は展示された作品を見てくるよ。エルはどうする?」
「そうだな、そっちも気になるが……私はもう少し屋台を回ってくるよ」
「まだ食べるの?」
「食べ物以外もあっただろうが」
屋台で売り出されているのは食べ物だけではない。先程歩いてそれを知っていたので、見て回りたいとここからはルトとも別行動になった。
戻ってきた大通りは相変わらずの人の多さである。飯時が過ぎたにも関わらず食べ歩きをしている者がほとんどで、私も早速新しく焼き鳥を購入した。まだ食べるの?と再び脳内でルトが言っている気がするが無視だ。
食べ物以外となると、景品をかけて遊びを提供している屋台が多い。主に輪投げや的矢がそれだろう。あとは魔術師なのか顔を隠した占い師がいたり、力比べの腕相撲をしている集団がいたり――
「って、何やってんだあいつ……」
わぁっと盛り上がる集団の中に見覚えのある少年を見つけてしまった。腕相撲に参加しているわけではなさそうだが、周りを取り囲む輪の中に一人だけいる黒髪は結構目立つ。それもやたらと動き回っているから余計に。
関わらない方がいい。そう思って踵を返そうとしたところ、そうはさせるかとでも言うようにそいつは私の名を呼んだ。
「エル!」
ぶんぶんと大きく手を振ってにこやかに駆け寄ってくる魔王とは。同じように現れたシンディとはこちらの気持ちの持ち用が全然違う。
逃れられない現実に私は溜め息を吐きながらもそいつが目の前にやってくるのを待った。
「エル!会えてよかった!」
「私は全然よくないんだけど」
暇なのかと問えば暇なんだよと返ってくる。噂の魔王がいいのかそれで。
「おっ、それロックバードの肉?オイラにもちょーだい!」
「は!?」
パクリ、と持っていた焼き鳥にかぶりつかれて思わず声を上げてしまう。私が買った肉だぞという気持ちを込めてキッと睨め付けてみるが、全く効果は得られなかった。それどころか実に美味そうに食べるものだから諦めたのは私の方である。
どうやらこいつ――魔王ゼグは通貨を持っていないらしい。だからこの祭りに来てみても何もできずにふらふらしていたのだという。
私からすれば魔王と名乗る奴が律儀に金を払って何かをしようとしている方が不思議でならないのだけれど。
「なぁ、ちょっと来てくれよ!オイラあれやりたくてさ!けど参加料払えねぇとダメって言うんだぜー!」
あれ、とゼグ指を刺した方にあるのは当然腕相撲で盛り上がっている集団である。
どうやら街の力自慢が開いている催しのようで、そいつに勝てればそれまでの参加料をごっそりもらえるといった感じらしい。次々と挑戦者が現れてはあっという間に敗れていくので積まれた賞金はかなりのものだ。
「あれに参加するのか……?お前が……?」
どう考えても魔王が勝つだろ。力自慢とは言え相手は人間だ。そんな事くらいこいつだってわかっているだろうに。……いや、でも。ちょっと面白そうだなと思ってしまった私が悪かったのだと思う。
「うあぁぁぁ!」
「いえーい!オイラの勝ちー!」
ズドンと音を立てて地に叩きつけられた男とその横でぴょんぴょん飛び跳ねている魔王の姿に、思わず頭を抱えたくなる。こいつも空気を読んで少しくらい手加減をするんじゃないかと思ったがそんなことはあるわけがなかった。
周囲の見物客のゼグを見る目は驚きの中に少しの恐怖が混ざっている。十歳前後の子供に力自慢の大人の男が負けたのだからそれも当然だろう。
しかも男の叫び声を聞きつけ警備をしていた兵士まで集まってくる始末。他人のフリをしてやり過ごそうかと思っていたところで、またもや空気を読まない魔王は余計なことをしてくれた。
「エル!やったぜ!約束通り賞金は山分けな!」
「名前を出すな馬鹿……」
「君はエルというのか。友達なら一緒に来てもらえるかい」
バッチリ聞かれた名前を呼びながら兵士が私にまで声をかけてくる。今更無関係とは言えない雰囲気にまた一つ溜め息が溢れる中私は大人しく兵士に従った。
これ以上騒ぎが大きくなっても困るから仕方なく、だ。
せめてもの抵抗でドルガントの名前を出してみたところ、兵士は彼を連れてきてくれた。
「騒ぎを起こした子供だとエルの名前が出てきた時は焦ったぞ」
「悪いな。私も巻き込まれたんだ」
原因を作ったのも私だけれども。
ここは伯爵邸の広い庭の一角。屋敷の方から現れたということは、どうやらドルガントは屋敷内の警備に当たっていたようだ。今は王族も来ているというから、兵士長がその護衛に当たるのは至極当然のことである。
知った名を聞いて持ち場を離れてでもやってきたというドルガントは、私の横で賞金を受け取れなかったと不貞腐れている黒髪の子供を見て目の色を変えた。
「この子供は……もしかして、例の?」
「ああ。普通に祭りを楽しんでいたよ」
以前伝えた特徴と同じことに気付いたらしい。しかしどこからどう見ても人間の子供にしか見えない姿に戸惑いはあるようだ。私も初対面の時のアレが無かったらただの子供としか思わなかっただろうからその気持ちはわからなくもない。
「なぁこんなところに来て何すんだよ。オイラあっちの賑やかな方に行きたい!」
駄々っ子のように言いながら私の服を掴んでグラグラと揺する力はどう考えても人間に子供のそれじゃないのだが。
「お前賑やかなのが好きなのか?」
「好きだぜ!その方が楽しい!」
楽しい。楽しい、か。
前に会った時も遊ぼうと言って私を連れ出していたことを考えると、こいつの行動はその辺りの感情が動機になっているのかもしれないな。
まるで子供。いや、本当に子供なのか。生まれたばかりと言っていたし。
だとすれば何がキッカケで暴れ出すかもわからない。なんて厄介な存在だろう。
同じような結論に至ったのだろうドルガントがちょいちょいと手招きをするので、私は嫌な予感がしながらもしゃがんだ彼の話を聞く。
「その子供を見張っていてくれないか。そうならないのが一番だが、万が一暴れられたら我々で対処できるかわからん」
「まぁ、できる範囲でやってみるけど……」
そうなると仕立て屋に行くのは憚られる。何をしでかすかもわからない奴をあんな場所に連れて行けるものか。
この報酬は高くつくぞ、とムスッとしたまま見上げた私にドルガントは頷いた。
「ギルバーにも伝えておく。報酬は後で相談させてくれ」
「わかった。シンディとルトにも伝言を頼めるか?」
「ああ。事情は伝えておく」
シンディの着付けに立ち会えないのが残念だが、私がいたところで何かやることがあるわけでもない。そちらはルトとクラリスに任せて、私は私のできることをしよう。
今日一番大事なのは、シンディが無事に初のステージを後悔なく終われることなのだから。
「よし、ゼグ。遊びに行こう」
祭りは始まったばかり。こうなったら私もとことん楽しんでやろう。そう決めて、ゼグに声をかけるとそこには銀色の瞳を輝かせる子供がいた。
「オイラ、エルと勝負したい!」
「勝負ってお前、戦いは無しだぞ。屋台の出し物でならいいけどさ」
「じゃあそれで!」
こうして私とゼグは屋台巡りをすることになったのだが、何分連れの魔王は加減というものを知らないので、あちこちで物を壊して回ることになる。
屋台荒らしの子供たち、と私までセットに扱われるようになるのはあっという間のことだった。
損害賠償はドルガント、もしくはギルバーに頼むことにしよう。