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三十七



 ついにクランデアの祭り当日。


 朝から賑やかだとシンディが言っていた通り、籠っていた仕立て屋から外に出てみると溢れんばかりの人の多さに私は一瞬眩暈を覚えた。

 日に日に人が多くなってきている実感はあったのだが昨日と比べてもかなり多い。正直甘くみていたな、と私は祭りというものの認識を改めるのだった。



「今日はお店も忙しいから、シンディちゃんが来る夕方まであなたたちも遊んで来るといいわ!」



 と、クラリスを始めとする仕立て屋のスタッフたちに送り出された私とルトはそのまま大通りにやってきた。

 びっしりと並んだ屋台に道を埋める人の波。熱気と活気に溢れた雰囲気に当てられ不思議とテンションも上がってくる。


 こんな光景を見るのは初めてだ。

 あちこちに笑顔があり、争いも無く、大勢が一つの催しを楽しんでいる。子供も大人も、性別も種族も関係なく。なんて素晴らしい光景だろう。



「ルト、食べられそうなものもあるぞ。制覇しよう。端から端まで全部だ!」


「あはは、僕はそんなに食べられないよ。だから荷物持ちってことで。好きなもの買っておいで」


「む、なんだか子供扱いされている気がする」


「エルは興奮すると子供っぽくなるからな」


「シロまで……!」



 二人に比べたらまだまだ子供であることに変わりはないが年齢的にはもう十五だぞ。なんだか温かい目で見られている気がするのはいったいどう言う事だろう。

 賑やかな街。珍しい食べ物。いつもとは違う浮き足だった雰囲気。これがはしゃがずにいられるものか。



「ふん、いいよ、どうせ子供だっ」


「あ、拗ねた」


「拗ねたな」



 そう言って笑う二人には構わず私は人混みに突入した。


 人で溢れ返った道はとにかく歩きづらい。体の小さな私にとっては目の前に動く壁が大量にあるようなものだった。ぶつからないように、蹴られないように、と人の間をなんとか進んでいく。そうしているうちにやっとの思いで屋台の前に出る事ができた。

 そこにあったのは丁度食べ物の屋台だったらしく肉の焼けたいい匂いがする。


 串に刺さった肉を焼いたものだ。それが皿に並べられている。その横に置かれた板にはバッファローの串焼きと書かれていた。バッファロー!



「これを三つ!」



 私が指を三本立てて店主に声をかけると、頭に手拭いを巻いたその男は気前のいい返事をして皿に置いてあった串焼きを鉄板に乗せてもう一度焼き始めた。



 ジューーー



 肉の焼ける音ってどうしてこんなに腹が減るんだろう。私の場合本当に腹が減ったわけではないのだが、感覚的にそんな気がしてくるから不思議である。



「はいよ!」



 代金は手持ちの銀貨で支払って串焼きを三本受け取った。

 少し焦げ目の付いた熱々の肉に耐えきれずかぶりつくと、少し硬さはあるがじゅわっと口の中に肉汁が溢れ出してくる。肉に塩をかけて焼いてあるだけだ。それなのに、なぜかこれはとんでもなく美味いものに思えた。



「うまぁ」


「あっはは!嬢ちゃんいい顔すんなぁ!」



 店主に笑われながらその場でもきゅもきゅと肉を食べていたところで追いついてきたルトにも一本分けてやる。



「それにしても、バッファローなんてよく手に入ったな。あれは群れで行動するからランクの割には危険度が高かったと思うが」


「なんだ、知らないのか」



 店主が言うには、最近やたらと強い冒険者パーティが王都で活躍していているのだそう。おかげでレアリティが高く品質も良い魔物の素材が多く出回っているらしい。

 王都からさほど遠くはないとはいえ、別の街であるこのグランデアの祭りでもこうして提供できるほどだ。確かにその冒険者パーティとやらの活躍は大きいのだろう。



「リーダーは勇者の再来!なんて言われてんだぜ!」


「勇者ねぇ」



 悪魔がいて魔王もいるのだから、勇者だっていてもおかしくはない。そう思っている今の私には正直どうでもいい話題だった。



 串焼きを食べ終えた私はすぐさま隣の屋台へ移動した。こっちは何の食べ物だろう。細長い紐状のものに野菜や肉を混ぜて焼いている。



「焼きそば……二つもらえるか!」



 なんだか懐かしい響きだなと思った。それがなぜかはわからないが、迷わず私は購入した。



「ルト、持ってて」


「はいはい」



 これだけ屋台があるのだから、まずは買えるだけ買ってどこかで落ち着いて食べた方が良さそうだ。そう思って私は買った焼きそばの包みをすぐさまルトに預けて次へ移った。


 焼きそば、お好み焼き、魚の塩焼き、唐揚げ、ポテト、林檎飴にカステラ。目に入る食べ物は次々に購入して大通りを進んでいく。

 昔はそう簡単に手に入らなかった調味料や小麦粉などを使った食べ物が目立つのはそれだけこの世界が豊かになった証だろう。


 世界に魔術が広まってからというもの、平民でも手軽に調味料や加工品が手に入るようになった。それもこれも魔術が研究され使える者が増えた影響であると言えるだろう。

 人間では魔力を持つ貴族の限られた者しかなれない魔術師だが、亜人を含めるとそれなりの数がいるのだ。今はそんな魔術師たちが各地に散らばり人々の生活を豊かにするための仕事をしている。


 まだまだ不便はあるけれど、いい世の中になってきたものだ。私がそう思うのは、もっと便利な世界を本能が覚えているからなのかもしれなかった。



「あっ!エルー!」



 山になった荷物を抱えて座れそうな場所を探していると、同じく食べ物をいっぱい抱えたシンディがやってきた。側にアレクの姿が無いということは、仕事中ではなさそうだ。



「おはよう。仕事はいいのか?」


「おはようございます。アレク様はまだお休み中なので、ギルバー様に許可をいただいてご飯を食べに来ました!」



 そう言うシンディが持っているのは、ほとんどが甘味の類である。どうやら彼女は甘い物が好きらしい。これだけの甘味となると若い女は躊躇いそうなものだが、常に動き回っているシンディには関係ないのかもしれないな。


 その後、一緒に食べませんかという彼女の誘いに乗って私たちは場所を移動した。



 伯爵邸からも近い訓練場は石造りの立派な建物だった。一階は扉も無く外から中が見えるような造りになっている。吹き抜けの二階には階段を上がれば行けるらしい。

 訓練場の周囲は手入れの行き届いた芝の庭が広がっている。こちらでも訓練ができるようになっているのだろう。今日はテーブルが並べられていて誰でも使える休憩場所として開放されているようだった。


 そんなテーブルの一つを確保して、私たちは購入した食べ物を広げてみた。私の分だけでも相当な量だが、シンディのも追加されて最早隙間もなくなっている。



「これだけ集まると圧巻だね。見ているだけでお腹がいっぱいになりそう」


「ルトは食べられる分だけ食べるといい。残りは全部私がもらうよ」


「ディが買ったこちらの甘味もお好きに食べてくださいね!クランデアで採れた桃なんかいかがですか?とっても美味しいですよ!」



 差し出された器にはカットされた桃がどっさりと入っていた。これだけあるのならいいかと遠慮なく一つを摘んで口に運んでみる。


 噛んだ瞬間じゅわりと溢れ出した甘い汁。ひんやりとしていて柔らかく、つるりと喉を通っていく感覚に私は思わずシンディを見上げていた。



「うまいな!」


「ふふ、ディの好きなものを気に入ってもらえたようで嬉しいです!」


「僕ももらっていい?」


「どうぞどうぞ!」



 こうして朝の食事は賑やかに始まった。


 屋台で買ったものは、貴族の屋敷でも旅の途中でも食べられないようなものばかりで面白い。

 特に粉物はいろんな食材が混ざっていてなかなかに食べ応えがあった。ルトなんかは野菜が大量に挟まれたお好み焼き一枚で腹一杯と言い出すほど。

 それから甘味類も実によくできている。最初に食べた桃は本当に美味かった。カステラというコロコロとした一口大の焼き菓子もとても美味い。これはおそらく卵の味だ。食用の肉や卵を作る為、鳥の魔物を飼う者も珍しくないというからこうした屋台でも提供できるのだろう。


 それもこれも全ては魔術の賜物だ。



 甘味を頬張るシンディはいつも通り元気そうなので安心した。これなら夜のイベントも大丈夫だろう。

 衣装も完成したし、私にあと出来るのは見守ることくらいである。



 食べながらふと訓練場に目を向けると、着飾った女たちが集まっているのが目に入る。夜の参加者だろうか。何かを持っている女が多い。



「作品を持参して披露する方もいるのですよ。その場合は早い時間から展示が許されているんです」


「へぇ、それって誰でも見られるのかい?」


「はい。どなたでも観覧できますよ。兵士の方が警備していますので、何か変なことをすれば捕まっちゃいますが」


「そ、そんなことしないよ!僕は単純に興味があるだけだから!」



 そういえばシンディはルトが絵描きだということをまだ知らないのだったな。魔術が得意とは話したが、あの夜以降二人は直接会っていなかったような気がする。

 まあ、私から話すことでもない。機会があればそのうち知るだろう。


 そう思って、私は残っていた最後のポテトを摘んで口に放り込んだ。うん、うまい。



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