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三十六



 翌日、私たちはクラリスが働く仕立て屋にやってきた。


 中は物が多く、壁一面に服が飾られている様子はかなりの迫力がある。

 壁に沿うように置かれた棚の上には小物類が、部屋の中央に置かれた大きなテーブルには沢山の布の束が。書き殴られたスケッチなんかもまとめてテーブルの隅に置かれている。


 そんな中を通り抜け、案内されたのは更に扉を一つ開けた先にある作業部屋と思われる場所だった。

 先程の部屋より狭く、物も多い。一段と狭い通路は人一人が通るのがやっとという感じである。しかし部屋の端に置かれたテーブルのその上に乗っている黒い機械は、使い込まれているとわかるのに率直に綺麗だと思った。



「これ、ミシンって言うんだって。針に魔石が使われていて、どんな布同士も縫い合わせられるんだよ」


「……すごいな」


「そう、これが私たちの商売道具。魔物の素材から作られた布は並の針を通さないことがほとんどなの。今回もそうね。だからこの子が必要だと思って」



 ルトはもう何度か来ているのでミシンのことは知っていたらしい。勝手知ったる様子で部屋の奥から布の束を持ってきてそれをクラリスに渡している。白く美しい布だ。思わず見惚れていると二人がくすくすと笑う。



「これ、エルが送ってくれた糸で編んだ布だよ」


「もうできたのか!」


「急いで発注したんだから。特急料金だからすっごい高いよ〜」


「エルちゃんがくれた魔石、ありがたく換金させてもらったわ」



 換金分で足りたならそれでいいのだが、もしかして報酬としては足りなかっただろうか。この仕事でクラリスに損をさせるのは望むところではないので、後できちんと全ての費用を聞き出した方が良さそうだな。そう心に決めて、早速作業に取り掛かった彼女の手元を見やる。

 布と共にテーブルに置かれたのは様々な形に切られた紙。これは型紙というらしい。どうやらその形に合わせて布を裁断するようだ。



「エルはこっち」



 と、後ろからルトに声をかけられて見学はここまでとなる。


 振り返ったところにあったテーブルには、見覚えのある物が並んでいた。


 ルトの描いた形状変化の術式。鉱山から持ってきた魔石の数々。タランキュラスの糸。これは残り分か。

 その横に置かれた紙の束には装飾品と思われる絵が沢山描かれていて、もしかしてと私はつい引き攣った顔で側にいたルトを見上げてしまう。



「これ全部、魔石や糸から作ってほしいんだよね」


「やっぱりか……」



 ざっと見ただけでもかなりの量だ。専門家にこれだけの量を依頼するとなると金も時間もかかるのは目に見えている。だから私が魔法でというのはわかるのだが……うん、やっぱり多いな。



「いや、やるよ。頑張ります」



 衣装作りを持ちかけたのは私だ。祭りまでももう半月を切っている。時間がない以上できる者がやるべきだろう。



 こうして私の果てしない装飾品作りが始まったのである。



 術式が描かれた紙を広げ、その上に魔石を一つ置く。作り出す物の色は素材に使う魔石に引っ張られるのでそれも確認しながら紙に描かれた完成イメージをなるべく細く頭に叩き込んだ。

 そうして術式に触れてゆっくり魔力を流し込む。

 すると術式が淡く光り、乗っていた魔石も同じように光り出す。あとは私の頭の中にあるイメージを再現するように――



「――できた」



 流していた魔力を止めると、そこには綺麗にカットされた宝石のような魔石が一つ。指先で摘めるくらいの大きさだが、光の加減でキラキラと輝いて見える。

 綺麗だ。量が無ければ純粋にそう思えるんだけどな。そう苦笑しながら、ルトが用意してくれた浅い木箱にそれを置く。中にはもう何個かもわからないくらい同じ物が並んでいた。

 これを更に加工して一つのアクセサリーを作っていくのだと思うと気の遠くなるような作業である。しかもこの魔法、かなり繊細で失敗すると爆発するらしいので一切気が抜けないときた。



「疲れた……」



 魔物と戦って駆け回るのとは全く違う疲労感が襲ってくる。

 抱えられるくらいの大きさになっているシロの羽に顔を埋めて現実逃避を始める私にルトがハーブティーを淹れてくれた。



「お疲れ様」


「ありがとう……」



 装飾品を作り始めて数日。いい加減脳の処理能力が限界を越えそうな感覚がある。この疲労感はシロの魔法があってもあまり回復しないようだ。一番効くのは睡眠だろう。そんなことはもちろんわかっているけれど、その時間も惜しいくらい今は仕事が山積みだった。



「美味い……」



 クラリスが作った茶葉で淹れたハーブティーだ。相変わらず気持ちを落ち着けてくれる良い香りがする。



「疲れているところ悪いんだけど、これ」


「なんだ……追加?」


「うん。これはアクセサリーじゃなくて前にも言ったけどベールっていう薄い布でね。クラリスと話したら、やっぱりエルが作るのがいいんじゃないかって」



 差し出された紙を受け取ると、シンディと分かる絵の後ろにふわりと浮く柔らかそうな布が描かれている。その周りにはびっしりと文字で詳細が書いてあった。



「……これ、大丈夫なやつか?」


「大丈夫って?」



 少し読んだだけでもわかる。これはとんでもない代物だ。いや、普通のベールなら何ら問題はないのだろうが、この紙に描かれた物は恐らく普通ではない。

 ルトが持っているあのペンを思い起こさせる内容に、こんなものを作ってしまって大丈夫なのか心配になってくる。


 ルトとクラリスはいったい何を考えているんだ。シンディに兵器でも持たせる気か?



「まあ、これでいくと二人が決めたなら文句はないんだけどな……」


「シンディの戦闘スタイルから見てもこれが最適だと思うんだけど……」


「いや、戦うわけじゃないんだから」



 女の戦いではあるのだけれど。


 一応ルトの言いたいことは分かる。シンディの戦闘スタイルと踊りは切っても切り離せないところがあるからだ。それは滑らかな動きだったり、指先まで意識された綺麗な構えだったり。

 しかし、初対面の時の戦闘しか見ていないルトの想像力からはこんな兵器が生まれるのかと静かに驚きながら私は再び手元の紙に目を落とす。



(よし、この際とことんやってやろう)



 そう。この時の私は疲れていた。



「これならタランキュラスの糸をベースに幾つか魔石を組み合わせればいけるはずだ。ルトの力も必要だから手伝って」


「もちろん!」



 こうして人知れず世界にまた一つ兵器が生み出されることになる。止める人間はここにはいなかった。



 その後、私は作業を続けながらも数日おきにはシンディの様子を見に行き、衣装の進捗を伝えたり雑談をしながら日々を過ごした。


 日が経つにつれ街の賑わいが増し、祭りの為の飾り付けもあちこちで見られるようになる。大通りに屋台なんかも組まれてきて、いよいよ街はお祭りムードに突入していった。


 シンディが参加する目玉のイベントは夜に開催される。場所はモンティス伯爵邸からも程近い訓練場が使われるらしい。

 普段は兵士たちの訓練に使われている場所だが、祭り当日は外から来る貴族はもちろん街の人間や冒険者も入れるように開放される。もちろん貴族とそれ以外は離されるだろうが。


 ああ、そういえば。祭りをあと数日後に控えた日にギルバーが王都から帰還した。それも王族を連れて来たらしく、兵士長であるドルガントは忙しそうだった。


 息子のアレクと一悶着あった子供の話はすぐに伝わったようで、ギルバーが相手の子供を探しているぞとは聞いたが、のこのこと出て行ってやるほど私は暇じゃない。その辺もドルガントに誤魔化しておいてもらった。



 そうして私たちは幾つか不安を抱えながらも祭り当日を迎えたのである。



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