三十三
「そういうわけで、ドルガントの家に一度来てほしい」
数日後の夜。私はモンティス伯爵邸の裏の林に来ていた。もちろんシンディに会う為である。
ルトからクラリスの発注書を渡され、その後にクラリス本人とも話し、できるだけ早くシンディを連れて行くことになったのだ。衣装作りの為の採寸をしたいとのことなので、これを先延ばしにすることはできない。
約束通り踊りの練習中だったシンディは、暗い林の中で私の姿を見つけると目の前に正座をして静かに話を聞いてくれた。足を崩してくれて構わないのに。そう思ったのだが、どうやらこれが彼女の普通らしい。
「兵士長のお家ですか……」
「何か気掛かりなことでもあるのか?」
「いえ。ただ、兵士長はいろいろと心配をしてくれたのに、ディはそれを聞きませんでした。だから……」
確かにドルガントはシンディをかなり心配している。それもまるで自分の娘かのように。
だからこそ彼女の夢を誰よりも応援しているし、この機会をモノにしてほしいと心から願っているのだろう。
「あいつは別に気にしてないと思うけどな。それでも悪いと思うなら結果で返してやるといい」
「ふふ、はい。えっと……採寸、でしたか。今からでも大丈夫でしょうか?」
「ああ。クラリスも待ってる。行こうか」
そうして私たちは街に下りてドルガントの家にやってきた。
テーブルには描き殴られた衣装案がごちゃっと置かれていて、クラリスとルトがそれを難しい顔で眺めているところだった。
私が声をかけると、パァッと表情を輝かせたクラリスが一目散にシンディに駆け寄ってくる。
「シンディちゃん!いらっしゃい!待ってたわ!」
「ひぇぇ……」
勢いのまま抱きついたクラリスにシンディは完全に怯んで変な声を上げていた。それでも体勢を崩さないところを見ると体幹がしっかりと鍛えられているのがわかる。クラリスくらいならそのまま持ち上げて運べそうである。
流石だなと私が思わず感心していたところに奥からドルガントがやってきた。
「シンディ。よく来たな」
「兵士長……」
「エルに聞いたぞ。やる気になってくれてよかった」
シンディは引っ付いていたクラリスをそっと下ろしてドルガントを前で深く頭を下げた。
ごめんなさいとありがとうを告げて顔を上げた彼女はどこか晴れやかな表情だった。
頑張るので見ていてください。そう言って笑ったシンディにドルガントもようやく安心したらしい。
そして彼女は最後にルトを見て、初対面で蹴り飛ばしたことを謝罪していた。
あれはアレクが暴走しただけのこと。命令されたシンディは仕事をしたに過ぎない。ルトの方も術式を使った戦闘以外は本当にダメダメなので、格闘技を使うシンディとは相性が最悪だっただけだ。
「さあ、挨拶も終わったことだし本題に入りましょう。シンディちゃんは借りて行くわね!」
「あわわっ」
仕事が絡むとクラリスは強引だ。シンディの腕を掴んで衣装部屋へと引きずって行く様子を私たちは笑いながら見守った。
採寸は体の隅々を測る行為だ。服を脱ぐ以上これより先は男子禁制である。私は気持ち的には男寄りなので今回はこちら側に居させてもらおう。
部屋からは時折シンディの小さな悲鳴が聞こえてきた。いったい何をしているのやら。外にいる私たちにはわからないが、人間の女には興味が無さそうなルトはともかくドルガントは終始居心地が悪そうだった。
「そういえば聞きたいことがあったんだ。ドルガント、悪魔の話は知っているか?」
シンディの採寸が一通り終わり、ルトとクラリスの二人が何やら話し出したので残りの三人でテーブルを囲む。出されたハーブティーはクラリスのお手製だ。香りが良くて落ち着く味がする。
「悪魔か。私はまだ見たことはないが以前王都から呼んだ指南役が話していたな。あれは一体でAランク相当の魔物だと」
「ディも聞いたことがあります。人型で全身が黒く、翼のある魔物だと。王都でギルバー様が聞いたそうです」
二人の話を聞く限り、このクランデアの街の周辺にはまだ悪魔は出ていないらしい。
ならば悪魔の出現場所とあのゼグという魔王は関係ないということに……いや、流石にそう決めつけるのは早いか。あいつが最近まで王都にいたという可能性も十分にある。
祭りまで残り二十日ほど。何もなければそれでいいのだが、流石にあの存在を無視していいとは思えない。
どうしたものかと少し考え込んだ私をシンディが心配そうに覗き込んできた。
「エル。何か心配事でも?」
「ああ……実は、魔王を名乗る奴と会ったんだよ」
言った途端目の前でドルガントが盛大にハーブティーを吹き出したので、私は思わず眉間にシワを寄せて咳き込む大男を見てしまう。掃除は自分でしてくれよ。
「ま、魔王だと!?」
勢いに任せて立ち上がった彼は兵士長というだけあってあの噂も知っているようだ。シンディは首を傾げているのでその辺りは聞いていないらしい。
私は事のあらましを語った。
冒険者ギルドで謎の子供に出会ったこと。手を引かれ街の外に連れ出されたこと。そしてその子供が魔王を名乗ったこと。
この街に来てからシロは人前で話していないので、その辺りのことは伏せて私は数日前の出来事を二人に話して聞かせた。もちろん魔王の目的が私の魔力という点も言っていない。
「上手く隠していたが一瞬感じた魔力はとんでもないものだった。本物と見てまず間違いはないと思うけど」
「エルが言うのであればそうなんだろう……いや、しかし……」
ドルガントの言いたいことはわかる。
警戒を強化しようにも、そもそもの私の証言が非常に弱いのが問題だ。
いくら危険だと言ったところで子供の戯言と言われてしまえばそれまでである。ドルガントが私の言うことに聞く耳を持ってくれるのは実力を知っているからに他ならない。
「魔王とエルだったらどっちが強いですか?」
「うーん、戦ってみないとわからないな。ああ、でも、ルトがいれば勝てるかもしれないぞ」
ルトには相手の魔術なり魔法なりが術式として見える目と、それからドラゴンの魔石から作られたペンがある。
相手の術を瞬時に読み取り、同じ術式をぶつける事で相殺できるのも私は知っている。それをあのドラゴンとの戦いの中でやって退けたのだから、もしかしたら魔王にだって通じるかもしれない。
私もここへ来るまでの旅の途中でルトから技術を習ってきたが、現状再現可能なのは教えてもらった術式を魔力で宙に出現させることのみ。これは今までの針や結界とも似た感覚なのですぐにできるようになった。
ただ、私には目が無いので、彼から教わる術式をいちいち暗記する必要があるのだが。
「凄い人、なのですか?とても強そうには見えませんが……」
「ルトは一応魔術師だからな」
「魔術……ディには魔力が無いのでわかりません……」
シンディは純粋なだけに容赦がない。それは戦いも言葉も同じらしい。今のは嫌味ではなく単純な感想で言ったのだろうから私はつい笑ってしまった。
大抵の相手には素手で勝てるだけの力を持っているからこそ、術式で戦うルトのやり方が想像できないのも無理はない。
ルトの話にはドルガントも驚いていたが、こちらは人が見かけに寄らないことを知っているので特に何かを言うことはなかった。
「ともかく、懸念事項は共有したからな。祭りに貴族連中が集まるならお前だけでも警戒はしておくことだ」
万が一貴族に怪我でもさせたら今度はいったい誰が責任を取ることになるんだか。頭を抱えているドルガントを見ればその答えは明白である。
さて、そろそろシンディを屋敷に戻した方がいいだろう。採寸という今日の目的も達成され、ティーカップも空になった。太陽が昇るにはまだ早い時間だが、睡眠時間を削らせるのは流石に良くないことくらい私にもわかる。
そういえば、私はこの街に来てから一度でも落ち着いて寝ただろうか。ドルガントやクラリスにはいくらでも泊まっていいと言われているがベッドに入った記憶がない。
(今更他の寝具で寝られる気がしないんだよな……)
贅沢な事を考えている自覚はあるが、それもこれもシロの羽が気持ち良すぎるのが原因なのである。それに、どうやら私には睡眠すら必要がないようなので。
眠ろうとすれば眠れるし、そちらの方が体の疲労回復が早いのは事実だ。だが、それだけだ。
改めて考えると私の体は実に奇妙なことになっている。
食事も睡眠も生きるのに必ずしも必要なものではなく、疲労は溜まるが疲れは感じない。そして身長が伸びないということは、成長が止まっているとも言える。体は十歳の、それも平均より身長の低い子供のまま。
これを人間と呼べるのか?
今の私にはそれすらわからない。
仕方ない。こんな家の中でシロに大きくなってもらうわけにもいかないし、今日のところは外で寝るとしよう。
そう決めて、私はシンディと共に出ることにした。




