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放浪のエル  作者: ゆう
第二章
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三十一



 その後、起きてきたルトにも事情を話すとかなり乗り気で手伝うと言い出した。どうやら私が気に入ったシンディの踊りがいったいどんなものなのか気になったらしい。

 着飾ったシンディが踊り、その様子をルトが描く。もしそうなればもっといいものが見れるかもしれないな、と私はその流れのままルトにも協力を要請した。



「必要なものがあれば言ってくれ。出来るだけ用意するよ」


「わかった、方向性が固まったら知らせるよ。僕はこれからクラリスの店にお邪魔して衣装のデザイン決めを手伝おうと思うけど、エルはどうする?」


「私は役に立ちそうにないからやめておく。そっちは頼んだ」



 そうして二人を送り出して、私は手持ち無沙汰になってしまった。



 施錠されたドルガントの家の前でいつまでも突っ立っているわけにもいかず、街に繰り出した私は今冒険者ギルドに来ている。


 私も一応十五歳になっていることには違いないので登録ができるんじゃないかと思ったからだ。しかし。



「ごめんね。冒険者になれるのは十五歳からなのよ」



 背が足りずカウンターの下から見上げる私を受付嬢は困った顔で上から覗き込んでいる。


 時間の経過が異なるダンジョンに入っていて、見た目は子供のままだが私は十五歳だと正直に伝えた結果がこれだ。完全に作り話だと思われてしまった。


 別にどうしても冒険者になりたいというわけではないが、どこの街も出入りするのにそれなりの金がかかるのだ。

 ギルドに所属すると発行されるギルドカードを提示すれば免除になるので、これからも旅を続けていく為には登録しておきたいのだけれど……この様子だと商人ギルドに行っても同じ扱いをされるだけだろう。


 結局は子供でしかない私はこれからも金を払い続けるしかないのである。なんて世知辛い世の中だ。



(というかさ、ちょっと気付いたんだけど……)



 そう、いい加減気付いたのだ。旅を始めてから私の身長が少しも伸びていないことに。


 どう考えてもシロの魔力の影響である。

 このままでも戦闘に支障は無いのでまあいいかと流せたらよかったのだが、そうも言っていられない現実が今まさに目の前に立ち塞がっているから困った。


 金だ。放浪者はとにかく金がかかる。


 ギルドに登録もできないとなると魔物の素材を買い取りに出すこともできない。商人に直接売るという選択肢もあるが、その場合相場よりもはるかに安い価格で買い叩かれてしまう。それは避けたい。

 やはりルトに登録しておいてもらうのが一番手っ取り早く、且つなるべく金をかけずに旅を進める為にはいいのかもしれないな。


 はぁ、と一つ溜め息を吐いて踵を返そうとした時、ふと隣に誰かが立つ気配がした。



「えぇー!じゃあオイラも登録できないのかよー!」


(――――!)



 思わず飛び退いた私に、受付嬢はもちろん周りで様子を伺っていた冒険者たちも驚いたようである。

 だが、そんな周りの様子を気にしていられる余裕が私には無かった。



(なんだ今の!?)



 意識的に発動したわけでもないのに魔力感知が働いた。それもほんの一瞬。突然隣に現れた化け物じみた魔力に強制的にこじ開けられたような感覚だった。

 ドラゴンも相当だったが、今感じた魔力はそれ以上だ。肩で大人しくしていたシロでさえ羽を膨らませて警戒しているように感じる。



 見ればそこには私と同じくらいの子供が立っていた。


 この国では珍しい黒髪に銀色の瞳を持つ少年だ。

 今度は意識して魔力感知を発動してみても、そこに反応は一切無い。つまり、人間ということになる。



(そんな馬鹿なことあるか!)


(エル、早くこの場から離れた方がいい)



 シロの言う通りだ。こんなわけのわからない奴には関わらない方がいい。

 そう思ったのだが、周囲の大人が私を心配そうに見つめる中堂々と歩いてソレは目の前にやってきた。

 思わず腰に伸ばした手は何も掴まない。剣が無いことを今更思い出す。



「登録できないってんなら仕方ねぇな。オイラたちは遊びに行こうぜ!」


「えっ、うわっ!」



 手首を掴まれ引っ張られた。その力は明らかに人間の子供のそれではない。やばい、と思って足を踏ん張ってみても私の力では止まらなかった。


 大人たちは「友達だったのか」と安心して目を逸らす。誰一人としてこいつの異常性に気付いていない。そんな状況でシロの魔力を使えば目をつけられるのは私の方だろう。



(ふざけんな、こいつら冒険者だろ……!)


(上手く魔力を隠されたな。これでは人間にはわからない)


(だからって……っくそ!)



 仕方ない。こうなったら着いていくしかないかと諦めて、私は抵抗をやめたのだった。



 そうして連れてこられたのは、まさかの街の外である。

 街から出る荷馬車に引き摺り込まれたかと思ったら、門を通過してしばらく経った頃また引っ張られて今地上に足を付けたところだ。

 いったいどこへ行くつもりなのか。相変わらず手首を握って離さない子供は街道を外れ山の方へと進んでいく。


 やがて開けた場所に出ると、周囲に人がいないことを確認してようやく手が離された。


 よく見れば辺りには石が積まれた山やシャベル、ツルハシなんかが置いてある。立ち入り禁止の札が置かれた通路も見える。



(鉱山か……そういえば、魔力が宿った石が出たとか言ってたな……)



 一通りぐるりと見渡してから私は子供に向き直った。相変わらず魔力の反応は無い。



「それで?私に何の用だ」


「やだな、遊びに行こうって言ったじゃん」


「そんなの信じると思うのか。そもそもお前は何者だ」



 明らかにただの人間ではない。

 敵意は感じないのでこのまま戦闘にはならないと思いたいが、情報が無い以上油断はできない。


 私が背負っている鍋に手を伸ばすと、子供の口元が不気味に吊り上がるのが見えた。



「面白いのがいるなって思ったからさぁ」


「……面白い?」



 こいつはいったい何を言っているんだ。そう思った次の瞬間には奴の顔が目前に迫っていて驚く。転移でも使ったのかと思うほどそいつの動きは見えなかった。


 手を伸ばせば触れられそうな距離に迫る銀色の瞳。感情が読み取れずどこか機械じみた冷たい視線。

 ただ、じっと覗き込まれているだけなのに体が言うことをきかなくなる。



 視界いっぱいに明るい光の針が現れたのはそんな時だ。


 まるで閃光のように、数えきれないほど大量に、そして同時に生成されたそれは全て黒髪の子供がいた場所を正確に貫いていた。


 これは私じゃない。シロがやっているんだと私が考えているうちにも、回避して飛び退いた子供にまた針が迫る。



「そんなに怒んなくてもいいじゃんか!」


「ならば近寄るな。これは俺のだ」



 今まで聞いたこともないくらい不機嫌そうな声がした。あのシロが怒ってる、ような気がする。

 だがその攻撃は、攻撃というより牽制に近い。そもそも当たると思っていない感じがする。


 この二人、もしかして知り合いなんじゃないかと思い始めた時、やっと私そっちのけで繰り広げられていたじゃれ合いのようなものは終了した。



「酷い!オイラ生まれたばっかなのに!このくそジジイ!」


「傍迷惑な魔王が生まれ変わっても誰の得にもならんわ!」


「待って今魔王って言った?」



 魔王ってあの魔王か?


 確かに王都周辺に悪魔が出ると聞いてはいたが、魔王の復活なんて噂程度の話じゃなかったのか。

 しかしシロが嘘を言っているとは思えない。それどころかあの子供が魔王という前提で現在二人による不毛な言い争いが続いている。


 いや、魔王が復活していようが生まれ変わっていようがこの際どうだっていい。知りたいのはこいつが私にとって有害であるか否か。その一点のみである。



「おい魔王」


「ん?」



 二人の間に割って入ると飛んでいたシロが定位置である私の肩に戻ってきた。それを確認してから、じゃれ合った末に地面に腰を下ろしていた子供を見下ろす。



「結局お前は何故私をこんなところに連れてきたんだ」


「んー、あの場所じゃ話ができそうになかったから?」


「どうしてそこで首を傾げる」


「だってさぁオイラがその気になればあんな奴らみーんな殺せるんだぜ。それじゃあ取引きもできねぇだろうし、場所を変えてやっただけ有り難く思えよなぁ」


「取引き……?」



 不穏な響きに思わず後退りする私を見てか、ニィッと口角を釣り上げて子供が笑う。

 いつもは私の方から言い出すその言葉も、魔王だなんて呼ばれている奴から言われるとつい身構えてしまう。


 いったい何を言い出すんだ。

 ごくりと生唾を飲んだところで子供は私を指さして口を開いた。



「お前の魔力が欲しい」


「…………なんだって?」



 どこかで聞いた台詞である。


 というか、シロと初めて会った時にも言われた台詞である。


 死にかけた私にシロが求めたもの。生かしてもらう代わりに差し出したもの。美味いからだと魔物であるシロは言ったが、魔王も人間の魔力を食うのだろうか。



「さっきも言ったけど、オイラ生まれたばっかりなんだよ。だからまだ力も魔法も弱くてさぁ」



 なんだろう。目の前の子供は冗談でも言うようにおちゃらけているのに。どこか不気味で、体の底からゾワゾワした嫌な感覚が這い上がってくる。


 きっと私が理解する前に脳が察知しているんだろう。こいつは危険だ、と。



「お前みたいな人間を食えば、手っ取り早く力を得られるのになぁ」



 ――ああ、違う。


 同じことを言っていても、こいつはシロとは全く違う。


 取引きとは名ばかりで、魔力さえ得られれば私の生死などどうでもいいと思っている。


 私にとっての明確な敵。



「悪いけど、私の魔力はもう売却済みなんだよ。お前に売れるものはない」


「あはは!そいつに売ったんだろ!もったいないなぁ、そんな死にかけの鳥に売っちゃうなんて」


「…………は?」



 その言葉に一瞬時が止まったような気がした。



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