二十九
道中聞いた話だが、男の名はドルガントといってこの街の兵士を束ねる長なんだとか。領主のギルバーとは旧知の仲で、今でも親交があるという。
それならあの息子をなんとかしろと言ってみたら、できるものならやっていると返ってきたのでそれなりに苦労はしているようだ。
ドルガントの家に着き、その妻の了承を経て私たちは中に通された。大きくはないがしっかりとした家だ。モンティス伯爵領の兵士長というだけあって給料はそれなりに良さそうである。
妻のクラリスは背が低く、美しいというよりは可愛らしい女であった。グリズリーのようなドルガントと並ぶと親子のように見えなくもない。しかし互いに信頼しあっているという空気感は伝わるもので、醸し出される空気は穏やかで落ち着くものだった。ただ……
「エルちゃん、今度はこれを着てみてくれない!?」
「えぇ……まだ続くのかこれ……」
クラリスは街の仕立て屋に勤めるデザイナーだった。
そのせいか部屋一つを丸々衣装部屋にしているようで、私の姿を見るなり連れ込まれてから小一時間は着せ替え人形になっている。
ひらひらしたどこぞの令嬢のような服から、ピシッとした男物の隊服まで、あらゆるものを着せられて私は疲れを感じないはずの体が疲労を訴えているような気がしていた。
解放されたのは、暗くなってきた外の様子に気付いたクラリスがそろそろ夕飯の支度をしなくちゃと部屋を出ていってからである。元の服はぼろぼろだったので適当に動きやすそうな服を借りて、私はようやくドルガントとの話し合いの席に着いたのだ。
ルトとドルガントはテーブルを挟んで世間話に花を咲かせていたらしい。
兵士の仕事はいいのかと思えば、どうやら私たちの対応こそが今日の彼の仕事のようだ。流石に領主の家族が迷惑をかけた相手をそのまま放り出すことはできなかったか。
「悪いな。うちには子供がいないからクラリスもはしゃいでいるようだ」
「まあいいよ。ああいうのは初めてだからちょっと新鮮だったし」
新しい母はもちろん産みの母ともあんな風に会話した記憶はない。服なんてずっと男物しか着てこなかったし、髪も短かったから私には無縁の世界だと思っていた。
クラリスが触れ、櫛で解かし、編み込んだ私の髪は今綺麗に整えられている。それがなんだかとても不思議で、少しだけ切なくもあった。
「それよりも頼みって?」
「ああ、その……シンディのことなんだが」
シンディ。自分のことをディと言っていた青藍の民であるあの女のことか。アレクの護衛だと言うが、その女とドルガントの間に一体なんの関係があるのだろう。
「あの子は私が兵に引き入れた。まだ君と同じくらいの時だ」
同じくらいということは年齢で言えば十歳前後。見た目はともかく今の私は一応十五歳になっているのだが、それでもシンディの方が少し歳上だ。
「一人で修行に出てきたそうでな。容姿の特徴が青藍の民のそれだと気付いた時は驚いたものだ」
「僕も見るのは初めてだったよ。あまり人里に出てこない民族だって聞いてたから驚いた」
「そんな奴がわざわざ武者修行の旅でもしていたって言うのか?」
そんなことをしなくても十分強いだろうに。私もシロの魔法が無ければ敵わなかったとすら思う。実際剣は折られてしまったし。今の私には片手鍋しか武器と言えるものがない。
ドルガントは渋い顔でテーブルに置いていたコップを手に取り水を一口飲み込んだ。
「それが……私の勘違いだったんだ」
「勘違い?」
「あの子の言う修行は、強さを求めるものではなかった」
それなのに、シンディの力はきっと人々の役に立つと考えて兵に招いてしまった、とドルガントは酷く後悔している様子だった。
兵に所属したシンディの活躍は目覚ましいものがあったという。
戦闘能力がずば抜けているのだ。並の兵士では歯が立たない。それどころか数年も経てば誰も敵わなくなってしまった。そんな時だ。
シンディが貴族の集まる祭りの場でとある令嬢に怪我を負わせてしまった。
それは不慮な事故だった。
定期的にこのクランデアで開催される祭りはとにかく人が多い。王族も足を運ぶことがあるくらい賑わう盛大な催しだ。そこで起きた盗賊による軽い窃盗事件が全ての始まりだった。
人の多い会場で、それでも追い詰めた盗賊をシンディが蹴り飛ばした先に貴族の集団がいたのだ。集団に突っ込んだ盗賊に押し潰された運の無い令嬢が怪我を負い、しかもそれが第二王子の婚約者だったもんだから大問題に発展した。
その場はギルバーがなんとか治めてくれたはいいものの、シンディには多額の賠償金が課せられてしまう。
そんな人物をそのまま雇い続けることはできない。貴族として信用問題に発展するからだ。だからギルバーはシンディを解雇する事に決めたのだ。
――待ってください!お金は働いて必ず払います!だからどうかここで今まで通り働かせてください!
ギルバーはその願いを退けた。
「ギルバーの判断は間違ってない。厳しい言い方だろうが、そんな厄介者を置いておけるほど貴族社会は甘くない」
「エル、詳しいの?」
「……まあ、少しはね」
仕事を失って金も払えないシンディはお尋ね者となってしまう。この国に住むには絶望的な状況だ。
例え村に帰ったとしても、果たして騎士団にも追われる罪人を村の者は快く受け入れてくれるだろうか。
そんな時に手を差し伸べたのが、あの厄介息子のアレクだったのだ。
「あの子はシンディが青藍の民だと知って、自分の護衛として雇いたいと父親に進言したのだ」
「それじゃあ、賠償金の支払いのためにあの子の護衛として働かざるお得ない状況なんだね……」
あの時アレクの事を恩人と言っていたのはこれかと私はようやく納得した。
しかし、だからこそ言える。
「その状態をどうにかしてくれという依頼なら私は引き受けないぞ」
そんな状態に陥ったことは不憫に思うが、運が無かっただけだとも言える。
私は罪人を逃すほどお人よしじゃない。何よりそれが原因で私までお尋ね者になったらどうしてくれる。ドルガントがその対価を払えるとは思えない。
そう思ったのだが、ドルガントは首を横に振った。
「一月後にまた祭りがある。その目玉のイベントに、シンディを引きずり出してほしいんだ」
「イベント?どんな?」
「簡単に言えば女が芸を披露する場だ」
そこには王族もやってくる。大抵の女は貴族に見初められる為に磨いた自分を魅せる場なんだとか。例え貧民であろうとも、特出した芸は貴族の目に止まる。
とはいえ女を見世物にしているという話は聞いていて気分の良いものではない。
「そんなイベントのどこが良いんだか」
「まあ、そう言わずに聞いてくれ」
そのイベントで優勝すれば賞金が出る。それも、シンディの賠償金を返済できるくらい多額の。
これはチャンスだ、と力説するドルガントに私思わずテーブルに肘をついて考えてしまった。
それを狙いにいくというのか。無謀にも程がある。
「もちろん私からも出てみたらどうかと話はした。だがシンディは護衛の仕事があるからと頑なに拒否するのだ。そんなものイベントが始まれば貴族は会場に集まるのだから私たちだけで事足りる。罪があろうがなかろうが出場自体は自由なんだぞ。このチャンスを活かさずどうするか!」
「待て待て。そもそもあの女にそんな芸があるのか?ただ強いというだけなら結局力を買われて雇われるだけだぞ」
賞金で賠償金は支払えるかもしれないが、それでいいのか?
今の奴隷のような扱いに問題があるというなら、別の貴族の元で雇われるという手は確かにあるが……
「ああ、君も一度見てみるといい。私の依頼を受けてくれるかどうかの答えはそれからで構わないよ」
そうして場所と時間を聞き、この話は一旦終わったのである。
話を終えた後、私たちは四人で一つのテーブルを囲んで夕飯を食べた。
クラリスが作ってくれた食事は貴族の食卓に並ぶような豪華なものではなかったが、それよりもずっと美味しく感じたのでちょっとした感動を味わった。これが家庭の味というのだろうか。店で食べるものとは違う。屋敷の料理人が作ったものとも違う。とても優しい味だった。
何よりも、食事をしながら会話を楽しむというのは良い。料理が更に美味しくなる気がする。クラリスは明るくよく喋る女だったので、終始賑やかなひと時だった。




