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放浪のエル  作者: ゆう
第二章
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二十五

第二章開始です!



 穏やかな川の流れに沿って歩くこと二十日程。

 もうそろそろ集落がある辺りまで下ったかというところで、私たちは束の間の休息を取っていた。


 峡谷の底にあるこの場所は、流れる川に沿う砂利道だ。草木も多く涼しくて何より川には魚がいる。ならばやることは一つだろう。


 流木を削って作った竿に植物から作った紐をくくり付け、狩った魔物の骨で作った針を結べば釣竿ができる。餌も倒した魔物の一部を使ったので少し心配だったが、これがよく釣れるのでびっくりだ。

 魚なんて魔法を使えば簡単に捕まえることは可能だが、こういうのは気持ちの問題なのである。ほら、泳ぐ魚は釣りたいじゃないか。

 そうして釣った魚はその場で捌き、焚き火で焼いて食べる。集落でもらっていた塩を振ると最高に美味い。


 食事は取らなくても生きられる体を持ってはいるけれど、やはり美味いものは食べたくなるものだ。



「それ何匹目だい?」


「二十三匹目」



 早々に食事を済ませたルトは何やら絵を描きながら私が魚を爆食いする様子を観察している。というのも、どうやら今の私は胃袋に底が無いようなのだ。

 食べれば食べるだけ入っていく。満腹感というものを感じない。薄々感じてはいたが、これもシロの魔力の影響なのだろう。食べた物はいったいどこへ消えているのかは流石に調べようもないのでわからないが。


 ルトはそんな私を見ているのが楽しくて仕方がないらしい。正直意味がわからない。



「それよりそっちはどうだ?」


「そろそろ良いと思うよ。食べる?」


「……それじゃあ一つだけ」



 私が手を差し出すと、ルトが側に置いてあった鍋から乾燥させた肉を一つ取り出して渡してくれる。

 これはここへ来るまでの間に狩ったホーンラビットを私が解体して処理した肉だ。ダンジョンから出てようやく作れるようになったので干し肉にしておいた。

 持ち歩く保存食として作っているのだが……まあ、無くなったらまた作ればいい。鍋も手に入ったことだしな。



 それは数日前。私が形状変化の魔法を使った時のことだ。


 ルトが紙に描いた術式を地面に広げ、その上にダンジョンで回収した魔石を置く。使うのは大量にありすぎて数個しか持ってこられなかったワイバーンの魔石である。

 私が術式に触れ、作りたい形をイメージすると淡い光を放ちながら魔石はゆっくりとその姿を変えていく。



「よし、できたぞ」


「一発で成功?やっぱりエルはすごいなぁ」



 ワイバーンの魔石は深い緑色をしていたから、同じ色の鍋が出来上がった。術式を刻むことを前提に作ったので、耐久性に特化した持ち運びやすい深めの片手鍋である。仕上げに鍋底にルトが術式を刻んで完成。

 これでいつでも美味しい干し肉が作れるようになったというわけである。



 受け取った干し肉の塩を軽く洗い流してから食べながら、私は広げていたものを片付けた。

 鍋は紐で背中にくくりつけて両手が空くように。釣りの道具は私では持ち運べないので仕方なく処分した。必要になったらまた作ろう。


 あとは焚き火を消して剣を下げれば旅支度はすぐに整う。



「シロ、お願い」



 そうして私とルトを乗せてシロが空に舞い上がった。


 私たちの旅は急ぐものではないので、必要が無い限りは徒歩での移動と決めている。今回はこの崖を登るのに手っ取り早いからお願いしたまでだ。



「この辺りに来るのは久しぶりだなぁ」


「そういえばルトが集落を作ったのは三十年前って住人が言っていたな」


「それからすぐにペンを落として近くに家を建てたから全然来ていないんだよね」



 確かそっちは二十年くらい前と言っていたような気がする。なるほど、エルフにとっての十年は、すぐという感覚になるのか。

 私なんかこの体になってからまだ十年しか生きていないのに。種族の違いとは面白いものである。



「集落の前で降りるがそれでいいか?」


「うん、それで大丈夫。ありがとう」



 こうしてあっという間に目的地に辿り着いた私たちは、相変わらず消えない幻影魔術を通って正面から集落の中に入ったのだ。



「…………あれ?」



 なんだろう。前にここに来た時と雰囲気がどこか違う気がする。


 人間や獣人たちが一緒に暮らしているのは相変わらずなのだが、視界に入る人の数が少し増えているように感じるのだ。

 というか、立っている建物が少し立派になったような――



「エル……?」



 呼ばれて声のした方を見ると、見知らぬ一人の青年がいた。身長が高く体格がガッシリとしている。その手にはナイフが握られていて、側には解体中のロックバード。


 誰だこいつはと思ってしまったのは仕方がないと思うのだ。



「うわ、本当にエルだ!お前やっぱり生きてたか!というか身長全然伸びてない……いや、そもそも成長してなくないか……?」



 駆け寄ってきた男は私の前にしゃがむと不思議そうに顔を覗き込んでくる。


 この集落にこんな知り合いいただろうか。向こうはこちらを知っているようだが、私には全く心当たりがない。


 わけもわからず黙っていると、男はハッとして立ち上がった。



「俺、アルバンだよ!五年も経って忘れたのか?」


「は……??」



 この男は今なんと言った?アルバン?


 アルバンって、あのお人よしのアルバンか?


 いや、あいつはまだ子供だったはずだ。弓矢が得意で私をやたらと化け物扱いしていて気の強い女に少し弱い。そんな少年だったのに、目の前にいるのはどう見ても大人の男である。


 というか今、五年も経ってと言ったか?



「五年?私がここを出たのはついこの前なんだけど……」



 どういうことだ?と側に立っていたルトを見上げると、彼は少し考えた後に私の耳元に寄ってきた。



「あのダンジョン、もしかしたら外と時間の流れが違ったのかもしれない。中では数ヶ月経っていても外では数日だったって話は聞いたことがあるよ」


「なるほど。その逆で外では五年も経っていたってことか……」



 五年あれば世の中は変わる。集落に住む人間は増えるし、子供は大人にだってなる。

 目の前の男が私と共にクイーンビーを討伐しに向かったアルバン本人だということも、この様子では嘘ではないのだろう。


 なんだか取り残されたような気分になるのは私が人間だからなのか。



 ふと頭を過った父のことを私はすぐさま振り払った。今更家がどうなっているのかを気にしたところで私には関係のないことだ。



 どうあれ本当に五年が経っているのだとすれば、アルバンにとっては五年前と姿の変わらない子供が目の前に立っていることになる。こういう種族もいるにはいるが、生憎私は人間だ。実に奇妙な光景だろう。



「……アルバン、久しぶり。覚えてはいるよ。私の方は見ての通り何も変わってないんだけど、その辺はまあ色々あったってことで」


「わぁ、すごい雑な誤魔化し方」


「いいんだよ。説明する方が面倒だ」



 元から変な奴だと思われているんだ。そこに今更何が加わろうが大した変化は無いだろう。好きなように解釈してくれたらいい。


 そう思って言ったのだが、ここから話は思わぬ方向に転がっていくことになる。



「……そうだよな。エルも強いしあいつらとやり合ってても不思議じゃないか。呪いとかもあるみたいだし……大丈夫、詮索はしない」


「いや、なんの話だ」


「なにって、悪魔だよ。二年くらい前から王都の周辺に出るっていう。魔王が復活したんじゃないかって噂もあるくらいだし、当然エルも知ってるだろ?」



 知るわけがない。私の常識は五年前で止まっているんだぞ。二年前のことなんて知るはずがない。


 それよりなんだ悪魔って。魔王って。いくら五年で世の中は変わると言っても流石に変わりすぎだろう。



「なあ、魔王ってあのお伽話の魔王だと思うか?」


「そうだと思うけど……でも、あの魔王は勇者に打ち滅ぼされたって聞いてるよ。復活するなんてことあるのかな?」



 それはこの国に伝わるお伽話。

 今から二百年は前の話だ。仲間を引き連れた勇者と、悪魔を従えた魔王の大きな戦いがあったらしい。勝ったのは言うまでもなく勇者側だ。

 そうして世界に平和が訪れたという、なんともありきたりなお伽話がこの国には存在するのである。


 そのお伽話が事実が否かは正直どうでもいいと思っている私なのだが、悪魔が出るという話は少し気になる。

 悪魔とはいったいどんな生物なのだろう。剣で切れるだろうか。魔術や魔法は通じるだろうか。どんな攻撃手段を持っているのか。少し考えるだけで戦ってみたい気持ちがむくむくと湧いてくる。



「正直僕はエルが魔王だって言われても驚かないよ?」



 それを素で言ってくるんだから、ルトは度胸があると思う。

 あのダンジョンでの出来事はどうやら彼の価値観を大きく変えてしまったらしい。



「一先ず魔王は置いといて、私はリーニアに用があって来たんだ。アルバン、あいつはいるか?」



 ともあれまずは金である。


 私がそう言うと、ちょっと待ってろと言ってアルバンは集落の中に走っていった。



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