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放浪のエル  作者: ゆう
第一章
23/88

二十二



「ルト?大丈夫か?」



 十階層へと続く階段を降りている途中、背後でルトが足を止めたのがわかり思わず振り返った。



「……ちょっと昔のこと思い出してね」



 声が震えていたので泣いているのかと思ったが、その目に涙は見えない。

 昔のこと。ドラゴンと出会ったときのことだろうか。死に際に魔石を譲ってもらったと言っていたが、確かにそんな状況の思い出だとしたら良いものかどうかは怪しいところだ。



「なんでもいいが気はしっかり持っておけよ」


「うん。進むって自分で決めたから、大丈夫。行けるよ」



 その強い言葉に頷いて私も前を向いた。


 九階層で体力が回復するまでしっかり休んだので体調は万全だ。

 対ドラゴン戦とあっていくつか作戦も用意している。あとは気持ちの問題だが、この分なら大丈夫だろう。


 懸念点があるとすれば、ルトの落とし物がどういった状態にあるかということだ。なにぶん道具を核にしてダンジョンが作られるなんて聞いたこともないので。

 これから向かうのが最下層だとして、落とし物自体がボスのドロップアイテムと化していた場合は最悪だ。ドラゴン戦の要として考えているのに倒さないと手に入らないなんて積んだも同然である。

 だが、おそらくそれは無いと私は思っている。


 ダンジョンの魔物は、入ってきた生物を迎え打つ為に内部で生み出されたいわば細胞のようなもの。

 本体の一部であることに変わりはないが、それぞれがそれぞれの意思で動く独立した組織である。そんなものに核となる道具をわざわざ預けるだろうか。

 最下層に最強の魔物。それなら大事なものは護らせるのが鉄則だろう。ダンジョンが生きているというのなら、尚更。


 長い階段を降りてしばらく、ようやく出口が見えた。下まで降りた私たちの目の前に広がっていたのは、予想通りの海。それもどこまでも続くだだっ広い海のど真ん中である。階段の一歩先は足場もない。

 空はどんよりと曇っていて今にも雨が降りそうな天気である。



「あっ!あった!あれだよ!」



 ルトが真っ直ぐ海の向こうを指差した。見れば確かに少し距離はあるが青く光る何かがある。

 やっぱりドロップアイテム化はしていなかった。それだけわかれば十分である。



「拾ってすぐさま離脱するのが一番だが、それができるかどうか……」



 ルトには道具を拾ったらまず転移の魔法を試すように言ってある。もし使えるなら一瞬でダンジョンから出られるのでボスと戦う必要も無くなるからだ。可能だとわかれば私も後を追って転移すれば完了だ。



「それより何もいないみたいに見えるけど、隠れてるのかな?」


「ちょっと待て今魔力感知で……っ、」



 一瞬身体が凍りついたような気持ちになった。それほど魔力感知で見える魔力が強大だったから。



「シロの魔力もこんなんじゃないのに……」


「隠しているに決まっているだろ。あんな状態でその辺をうろつけると思うか」


「思わない……」



 あんなのその辺にいたら大事だ。最早それ自体が災害だとすら思う。

 そんな魔力が悠々とその辺を漂っている。現状視界に映らないところを見るとおそらく上か下。うーん、考えたくないなぁ。


 でも行くしかない。



「シロ、お願い」


「わかった。ほら乗れ」



 小鳥サイズからググッと大きくなったシロに二人で乗り、力一杯しがみつく。

 もし本当に十階層が海で足場がなかったらこうするしかないと事前に決めておいたことだ。



「振り落とされるなよ」



 そうして返答する間も無くシロは大海原へ羽ばたいた。


 ――速い。


 呼吸もままならない速さになるべく風の抵抗を受けないよう頭を下げていると、下を見ろとシロが無茶を言うので私はなんとか下を覗き込んだ。



(なにか、いる……)



 今のシロよりも大きいナニカが海の中を同じスピードで動いている。明るい青い光りがぼうっと灯っているので暗い海でもよくわかる。

 その光景はまるで海が発光しているかのように綺麗で、けれど青い光が魔物の形を浮かび上がられせたその時、ゾワリと全身に寒気が走った。その瞬間だった。


 突然海から水柱が立ち昇った。それは一本ではなく二本、三本と次々に増えていく。それを避ける為不規則に飛び回るシロに私たちはしがみつくのに必死だった。



「出てきたか」



 やがて水面から離れた上空にシロが止まったことで、私たちはようやくその姿を目にすることができた。


 聞いていた通りの青いドラゴンだ。

 深い海の底を思い起こさせるような青い体に角や翼の内側の金色がよく映える。そんな体の内側に見える流れるような青い光。これがさっき見えていた光の正体だろう。

 まるで海が形をもったみたいな魔物だ。いや、魔物というより芸術作品にすら思う。そんな見事なドラゴンである。


 体長は頭のてっぺんから尻尾の先までで大体今のシロの三倍くらい。

 水の柱が幾つもそびえ立つ海の上を大きな翼を羽ばたかせて浮く姿は異様な圧力があった。

 存在感が圧倒的すぎて思わず息をのんでしまう。



「シロとあれだったらどっちが強い?」


「さぁな。戦ったことなどないからわからん」


「幻の鳥と伝説のドラゴンだもんな……戦いになったら国が滅びそう……」



 幻だ伝説だと言われるのは、その伝承故かはたまた逸話からなのか。正直単純な強さとはあまり関係がないように思える。が、見ただけでわかる。あのドラゴンは間違いなく強い。


 ふとその目線の先を見ると、そこには薄らと光る魔力の膜に覆われた何かがある。

 水面に近い場所で波に揺られることもなく静止している様子はそこだけが異空間のようにも見えた。

 どうやらドラゴンはあれに近付く者を攻撃してくるようだ。



「ルト」


「……うん。間違いないよ。あれは、僕が落としたペンだ」



 横にいるルトを見れば青ざめた酷い顔をしている。見知った相手とはいえ、彼が昔出会ったドラゴンは既に瀕死の状態だったという。こんな海の化身めいた凶悪な魔物ではなかったのだ。恐怖が勝って当然である。


 だが、私たちは進まなければならない。



「それじゃあ予定通りに」



 強く頷き合って、私たちはもう一度シロの背にしがみついた。


 光る空間に向けて急降下を始めたこちらの様子に気付いてか、ドラゴンはすぐに動き出した。

 周囲の水柱を伴いその巨体に似合わないスピードで一直線に突き進んでくる。


 だから私はタイミングを見てしがみついていた手を離した。落下したまま空中に投げ出されて風で服が激しくはためく。


 あんな巨体のドラゴンからしたら人間の中でも小さい私など、その辺に落ちている塵のようなものかもしれない。当然だ。素の筋力は街のチンピラにだって敵わないただの子供である。

 力もない。権力もない。女だからと話も聞いてもらえない。この世界は実に理不尽だ。


 でも私はシロに出会ってその魔力を借りて生きている。ようやく使いこなせるようにもなってきた。

 だから少なくとも今の私は自分の思った通りに戦える。

 今回は頼もしい奴も一緒だしな。



 そうして私は仕舞い込んでいた大量の紙を風に乗せてばら撒いた。その全てに術式が刻まれている。上の階層で私が寝ている間にルトが用意しておいてくれたものだ。


 魔力を辺り一帯に巡らせ、紙のひとつひとつに収束させるイメージ。杭の形を作り出せばそれは風を纏い、強化されて更に数を増していく。私だけの力だと百ちょっとが限界というところもルトの術式を通せば数は一気に跳ね上がる。

 こうして辺りにはあっという間に数えきれないほどの光の杭が広がった。


 結界を作って着地した私は広げた手のひらを天に向ける。


 標的はドラゴン。伝説の魔物。


 いまだにシロたちを目指し突き進むそいつにまずは私を認識させる。



「鬼さん、こちら!」



 言葉と同時に手を振り下ろした。

 すると宙に留まっていた光の杭たちが一斉に消える。


 次の瞬間、ドラゴンのすぐ真上に現れたそれはまるで豪雨のように降り注いだ。同時に結界の壁を水柱の内部に生成していく。幾つも幾つも、海流を断ち切るように。


 上がっていた水柱が弾けて消えた。

 杭に押しやられてドラゴン本体も海面に叩きつけられた。シロの魔力はドラゴンの鱗すら貫くらしい。刺さっているのを確認して私は手のひらをグッと握りしめた。――瞬間、海の中で大きな爆発が起きる。


 衝撃で海に大きな穴が空いたのを私は空から見下ろしていた。

 我ながら現実とは思えない光景だが、ドラゴンがこの程度でやられるとは思わない。



(シロたちは……よかった、着いたみたいだな)



 光る空間の中にシロとルトがいるのがここからでも見える。足場はシロが結界を作っているらしい。辿り着いてもその場に留まっているのを見ると、やはり転移の魔法は使えなかったと考えるべきだ。

 そして、核となるものを手にしてもダンジョンが消える様子もない。



 耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が響き渡る。

 見れば、穴の空いた海が元の姿に戻っていく中をドラゴンが飛び上がってくる。



(やっぱりあれを倒さないとダメってわけか)



 私は剣を手に取り、構えた。

 ドラゴンは真っ直ぐにこちらを見ている。どうやら私を敵と認識したらしい。これでやっと戦える。


 心臓が激しく鼓動していた。

 緊張と、少しの恐怖と、強敵に認識された高揚感。

 死ぬ気は微塵もないが、命をかけて戦うならこういう瞬間がいい。自然と口角が上がっていた。


 合図は光。ドラゴンの口の端から光が溢れて漏れ出している。それがわかった瞬間私は飛び出していた。


 まるで空間を貫く矢のように。真っ直ぐ伸びてきたブレスは、ギリギリで回避したものの服の端が焦げていた。

 おそらく高圧の魔力に水が混ざったものである。火でもないのに焦げたのは、ドラゴンの魔力が雷のような性質を持っているからだろう。言うまでもないがあれに当たったらひとたまりもない。


 私はといえば魔力を収縮させる方法を応用して、自分の背に翼を作っていた。

 これは上の階層での休憩中に練習し習得したもので、見た目はシロの翼と似通っている。一人でも飛べるのは便利なのでこれから重宝しそうである。

 しかし難点を言えば、これを使っている最中は他のことができない。


 ドラゴンのブレスは息が続く限り途切れないらしい。一度回避しても追いかけてくる。試しに結界を作ってみたが、それは一瞬にして破壊された。



(なんとか逃げられるてはいるけど…くそ!なんて力だ!)



 ブレスが海面にぶつかると、まるで刃物で斬りつけたようにスッパリと切れ目が入っている。その周囲が沸々と沸騰しているから、相当な高温だということもわかる。



(シロの魔力しか使えない今の私からしたら羨ましい限りだよまったく!)



 別にそれが嫌なわけじゃないけど。やっぱり手数が多いのは羨ましい。



 あー、なんか、腹が立ってきた。



 ブレスが途切れた。その瞬間弾かれるように私は一直線にドラゴンに向かって駆け出した。

 追撃してこないところを見るとブレスの連発はできないのだろう。


 ならば反撃だ。


 ドラゴンの頭上まで来て翼を消す。そうしてまた紙を取り出した。ルトからもらっていた術式の一つ。風と強化を剣に追加して、落下の勢いで切り掛かると、鼻先に軽く傷が入った。



(深くはない……が、全く効果がないというわけでもない……か!)



 ブオン。音がして、体勢を変えたドラゴンの尻尾が襲いかかってきたのをまた翼を作って回避する。

 今度は背に。次は翼に。図体のでかいドラゴンと違って私は小回りが効く分攻撃を連続で繰り出しやすい。

 そしてまた来るドラゴンブレス。それにより強制的に距離を取らされてしまった。けれどもう一度飛び掛かる。



(なんだ!?)



 近くに寄ると突然海面に青い魔法陣が幾つか現れた。

 魔法が来る。そう思った直後にもの凄い勢いで細い水柱が私目掛けて立ち昇ってきた。



「――っ!」



 回避しきれず肩と腿の辺りに掠めてしまった。

 燃えるような痛み。血が飛び散る感覚。一瞬意識が飛びそうになったのをなんとか堪えて瞬時にその場から離れた。

 けれど離れすぎると今度はまたシロたちが標的になってしまう。翼を作っている間は自分で治療することもできない。



(どうするか……)



 やはりドラゴンは強い。


 預かった術式はまだ残っているけれど、それでもどこまで足止めできるか。と、焦り始めた私の頭に聞き慣れたシロの声が届く。


 ハッとして二人の方を見ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。



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