二十
炎の竜巻の威力はとんでもないもので、湿地帯だったこの八階層をあっという間に焼け野原に変えてしまった。
流石に二度目ともなると二人ともそこまでの驚きはなかったが、大群戦にこの戦法は一番はまることを理解した。
唯一生き残っていたレッドリザードも瀕死の状態で、直接の勝負が最後までできなかったことは少し残念に思う。
「勝ったとは思わないけど、悪いな」
きっちり止めはさして魔石は回収した。
またもや階層内部を破壊してしまったことで次の階段はゆっくりと探すことができ、ついでに休憩も挟んでから私たちは九階層に降り立った。
そこは岩山といったところだろうか。ところどころに緑も見えるが、基本的には大きな岩がゴロゴロと転がっているような場所である。
待ち構えていた魔物は空を埋め尽くす無数のワイバーン。目に入った瞬間思ったね。
ああ、これはやばい。
「ルト!これから言うものをできるだけ詰め込んだ術式を作ってほしい!今!」
「わ、わかった!」
「増幅、強化、転送、追尾と風もだ!できるか!?」
「や、やるしかないっ!」
「その意気だ!」
階段を降りて少し進んだところで突然空を埋め尽くすほどのワイバーンが現れた瞬間私たちは全力で走り出していた。
なんとかルトに指示を伝え、追いついてきたワイバーンを一体光の大剣で斬り落とす。とりあえずこの攻撃が通るのはありがたい。
走るのをやめ、ルトを背に庇いながら迫ってくるワイバーンを迎え打つ。
大剣の攻撃は通るとはいえ、私の腕力自体は全く歯が立たない。不意打ちで一体落とせはしたが、それからは弾くのがやっとでせいぜいが脚を切り落とすくらいだ。
爪が当たり頬や腕の辺りが切れるが、そんなもの気にしていられる余裕はない。
「エル!風と強化ならすぐいけそう!」
「頼んだ!」
「っと、はい!」
宙に描かれた術式が突然視界に入ってきて驚いた。これ飛ばすこともできたのか。
そう思ったのも一瞬で、私はすぐさまそれに触れ、そこから魔力で作った杭を放った。
ギャーギャーと悲鳴のような声が複数上がる。
思った通り私の杭は術式で強化され更には風を纏って飛んでいったのだ。その速さと威力はかなりのもので、余裕でワイバーンを貫通する。
だが、それで減ったのは全体の一割くらいである。
「プラス増幅!できた!」
背後から聞こえた声に合わせて目の前に術式が出現する。またそれに向かって杭を放てば、先程のよりも数が数倍に跳ね上がって飛んでいく。これで半分くらいは減らせたはず。
それでもまだ多いワイバーンが襲いかかってくるのを、私は大剣を振り駆け回って跳ね返し続けた。
この場を乗り切る為にはルトの術式に頼る他ない。今は全力で彼を護ることが最優先である。
何度も、何度も、何度も、何度も。大剣を強く握りワイバーンを跳ね除け続ける。
すると急に腕の力が一瞬抜けた感じがした。
(やば!)
咄嗟に目の前に壁を作ってその場を凌ぐ。一撃で割れたがその一瞬で腕の力は戻っていた。
(これが、体の疲労ってやつか)
だとしたら私が動けなくなるのも時間の問題だ。
この緊迫した状況だからわかる。疲れは感じていないのに体の疲労が溜まるというのは思っていた以上に厄介だ。
(ルト……!)
思わず願ってしまうくらい焦りが出始めた頃である。
「追尾もいけたよ!」
その声と同時に現れた術式に、私は迷わず杭を放った。
風を纏い、強化され、数を増やしたその杭は、空を自在に飛び回るワイバーンを追尾し確実に落としていく。
こうなればあとはこれを続けるだけだ。
私は脚を止め術式に杭放ち続けることに集中する。もう剣を振るわねばならないほど近くにワイバーンはいない。
(あと少し……!)
最後に残ったのは一割ほどだろうか。
カランと剣が落ちたのも気にせず空を見ていると、ついにルトは最後の一つを完成させた。
「エル!終わったよ!」
「はは……やっぱり天才はすごいなぁ……」
現れた術式に杭を放つとそれは手元でパッと消え、残っていたワイバーンを一体残らず撃ち落としてみせた。
残ったのは地を埋め尽くすワイバーンの残骸と、座り込んだまま立てなくなった私たちである。
「ここで引き返すっていう手もあると思う」
焚き火を前にルトがそんなことを言い出した。ワイバーンを殲滅した数時間後のことだ。
あれからダンジョンに吸収されたワイバーンの残骸は夥しいほどの量の魔石を残して綺麗さっぱり消え去っている。
正直拾う余裕は無かったので、今も周囲には高価なはずの魔石がゴロゴロ転がっている。
「エルはすごいよ。ここまで来られたのは本当に奇跡だ」
「……まだ落とし物は見つかってないじゃないか」
私は大きくなったシロの羽に埋もれながら疲労困憊の体を休めていた。どうにも脚に力が入らなくてしばらく動ける気がしない。
ワイバーンにやられて傷だらけになっていた体はシロが治してくれたので問題ない。
「……次の階層に、ある気がするんだ」
「!わかるのか?」
「うん。この階層に来てからなんとなく感じてる。あれは本当に特別なものだから、近くにあればわかるんだ」
「だったら、」
「わかるんだよ。次の階層にいる魔物がなんなのか。僕にはわかる……」
膝を抱えて小さくなったルトがなんだか子供のように見える。
「八階層のリザード、九階層のワイバーン。そして次の階層にあれがあるなら、そうだと思う。……ダンジョンは、最下層に近付く程似た系統の魔物が出るから」
そしておそらく次が最後だと。このダンジョンは十階層で終わりなのだと言う。それには私も同意見だ。
もし本当にここがルトの落とし物を核としたダンジョンなら、それが最下層にあっても不思議じゃない。ならば次に出てくるのがボスということにもなるのだろう。
「僕に魔石を譲ってくれた……あのペンに使われている魔石の持ち主……ブルードラゴンがきっといる」
「なっ……!」
ブルードラゴン。それは海のどこかに住んでいるといわれる伝説上の魔物である。数少ないドラゴン種の一体で、見た目からブルーと頭に付けることもあるが基本的にドラゴンは全てドラゴンと呼ぶのが一般的だ。
その姿を見た者はほんの僅かしかいないと聞くが、まさかその一人がこんなところにいるとは。
私からすればそんな伝説の生き物、存在していたんだと思うくらいである。
ドラゴンと言うくらいだからワイバーンに似た姿形をしているのだろうか。大きさはどのくらいだろう。ブレスをはくって本当だろうか。聞きたいことは山ほどあるが、目の前のルトは聞けるような様子じゃない。
「きっと十階層は海だよ。そんなところでドラゴンと戦うなんて勝ち目がなさすぎる……」
確かに海でブルードラゴンと戦うのは無謀というものだ。
だが、同時にこうも思う。
ドラゴンの魔石を使った道具はドラゴンの弱点になり得るのではなかろうか。
十階層のどこかにルトの落とし物があるとして、それを見つけて手にできたとしたら。ルトの術式は伝説をも落とすのではないか、と。
少なくとも私は行く価値があると思っている。
「その道具がルトにとって本当に大事なものなら、行くべきだと思う」
「でも、危険だ。今度こそ死んでしまうかもしれない。そもそもこんな危険なダンジョン聞いたこともないよ……」
私は他のダンジョンに入ったことがないからここがどれだけ危険なのかはわからない。だが旅をしてきたルトか言うのならそうなんだろう。
私だって死にたくはない。けれど今側にはシロがいるし、勝算が無いわけでもないのだ。
あとはルト自身が覚悟を決められるかどうか。
「ルト。お前はどうしたい?」
「僕は……」
どうしても嫌なら私は共に引き返そう。依頼主がいいと言うのにこれ以上進む理由もない。
しかし少しでも進む気があるのなら。
「い、行きたい……」
「わかった。進もう」
一緒に伝説を落としに行こう。




