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放浪のエル  作者: ゆう
第一章
20/87

十九



「エルって本当に人間?」


「開口一番がそれか」



 戦闘が終わり、倒れたブラックウルフがじわじわと溶かされて地面に吸収されていく様子を眺めていたらルトたちがやってきた。顔を見るなりじとっとした目を向けられたが、生憎人間を辞めたつもりはない。

 まあ驚いて腰を抜かされるよりはこうした冗談――ではないのかもしれないが――や軽口をたたいてくれる方がずっといい。



「それよりこれを見てくれ」



 溶けたブラックウルフの中に緑色に光る魔石がある。どういうわけかこちらは溶ける様子がない。

 このまま放置しておけばブラックウルフの肉体は全てダンジョンに吸収され魔石だけがこの場に残りそうだ。

 クイーンビーの魔石は後から一度目にしたが、こうして魔物から出てくるところを間近で見るのは初めてだ。



「ダンジョンでは魔物の魔石はドロップアイテムとして持ち帰る人がほとんどだよ」


「とは言ってもな……」



 体内に埋まっていたはずなのに綺麗な状態で顔を出したその石を手に取る。拳大のその緑色はブラックウルフの瞳の色によく似ていた。


 魔物の魔石は価値がある。売ればものによってはそれなりの値段になるし、装備や装飾品にだって使われるから需要が高い。

 色の濃さや魔力量は持っていた魔物のランクと比例する。強い魔物を倒せばそれだけいい石が手に入るのだ。


 そんな魔石の買い取りは主に街のギルドで行っている。

 だが、そこを利用するには登録が必須なのだ。条件はかなり緩いと聞くが少なくとも十歳の子供に登録はできない。

 だからクイーンビーの魔石も売りに行かせたくらいなのに。



「私が持っていても宝の持ち腐れという感じがしてな……」



 またあの集落で誰かに売りに行ってもらおうか。……いや、そんなお遣い感覚で任せていいものじゃない。

 リーニアの一件だって男の命と引き換えに頼んだことだった。


 そもそもクイーンビーの魔石は所有者が曖昧だった。

 私は討伐を依頼されただけでそんなものがあるとは思っていなかったし、依頼主であるアルバンに所有権を主張されたら嫌とは言えない。

 それを私が受け取ったのは一重に彼らの温情によるところが大きい。次からああ言った依頼を受ける時は事前に決めておいた方が良さそうだ。



「ルトは魔石はいらないのか?」



 私は手の中にある魔石をルトに差し出した。彼は魔石から道具を自作したと言っていたし、それなら使う機会があるかもしれないと思ったからだ。

 そうでなくても魔力の宿る石だ。私が上の階層でやったように術式にこの石を組み込めば魔術の威力が桁違いに上がるはずである。


 それに今回も出てきた魔石をどうするかというか取り決めはしていない。ルトにも十分これを受け取る資格はある。

 しかしルトは青い顔で両手を顔の前で勢いよく振った。



「い、いらないよ。実は僕、魔石の扱い得意じゃなくてね」


「えっ、でも道具作ったって……」


「あれは本当に特殊な状況だったんだ。それ以降魔石で道具を作ろうなんて思ったことはないよ」



 ちなみに得意じゃないというのはどういうことなのかを聞いたところ、青い顔で爆発するとだけ返ってきた。爆発……



「あっ、それならエルが作ればいいんじゃないかな」



 名案だと言わんばかりにパッと表情を明るくしたルトの言っていることが理解できない。

 私が作る?一体何を?



「僕が知ってる術式の中に形状を変化させるものがあるんだよ。昔出会ったシェイプシフターの魔法なんだけど、」


「シェイプシフターだと!?」



 それは確か姿形を自在に変え人を惑わすというあの魔物か。馴染み深いところで言うとダンジョンに度々出現するというミミックもシェイプシフターの一種だと聞いたことがある。

 そんな魔物と出会ったことがあるなんてさすがはエルフ!長生きしているだけのことはある!



「僕はその魔法が上手く使えなくてね。というか知ってる術式のほとんどがそうなんだけど……ともかく、キミなら扱えるかもしれない!」



 シェイプシフターの姿を変える魔法。

 つまりルトは、それを使って魔石を自分で加工すればいいと言っているのだ。ミミックが化けるのは宝箱やアイテムだと言うし、理屈はわかる。が、そんなに上手くいくものなのだろうか。

 いや、ルトの魔道具は道具に術式を刻んだものである。それと同じ要領で魔石に術式を刻めば確かに可能かもしれない。これは、試す価値はある。



「ルト、その魔法……」


「うん。元からそういう約束だし、ここから出たら教えるよ。でも本当に扱いの難しい魔法でね。教えられるけど扱えるかはエル次第だ」


「それは……やり甲斐があるな」



 ここから出たら。

 そうだ。私たちはまだダンジョンの探索中だ。まずは早くルトの探し物を見つけなければ始まらない。



「よし、そうとなれば先を急ごう。この魔石はもらっておくよ」


「うん。あっ……実はあの魔法、失敗すると魔力が暴走して爆発するから魔石はいっぱい用意しておいた方がいいよ」


「爆発ってそういうことか……」



 それじゃあこの先もし魔石が出てきたら私がもらっておくことにしよう。


 こうして私たちは六階層を後にした。



 そして七階層。砂漠。



「うわああああ!!」


「舌噛むぞ!」



 ドゴォオン!と砂の中から現れたのは巨大なサンドワームだ。

 潜ったり飛び出してきたりとまるで泳ぐように砂の中を移動してくるので、一先ず逃げに徹している私は体を強化しながらルトの服を掴んでとにかく走っていた。

 サンドワームは魔法を使ってくるわけではないものの、その大きさと口のような先端がとにかく脅威である。

 それと足場の悪さもなかなかに厄介だ。



「ルト!術式!描いてくれ!」


「この状況で!?」


「この状況で!!」


「む、むり!!」



 あれだけの大きさの魔物に今の私の魔法はあまり効果がないように思えた。ならばやはりルトの術式に頼るしかない。

 走りながらでは無理だというなら安定すればいいんだな。よしわかった。



「いっっっけぇぇぇ!!」



 私は上空に向かってルトを思いっきり投げ飛ばした。ものすごい悲鳴が聞こえるが、無視して自分は踵を返しサンドワームを引きつける。軽くなった分動きやすくもなった。

 試しに魔力の針を撃ってみたが、刺さっても全くダメージが入っているように見えない。



(やっぱりダメか)



 剣で斬り続ければいつかは倒れるかもしれないが、相手が砂に潜る上に莫大な時間がかかってしまう。



(シロ!)


(描けたようだぞ)



 見上げれば、シロの鉤爪に掴まれたルトが宙吊りになっている。

 空中に作った魔力の壁を足場にそちらへ向かえば、周囲に術式がいくつか浮いていた。



「ううっ……」


「泣くな情けない」


「そんなこと言ったってぇ……」



 どうやらルトは恐怖のあまり泣き出したようだ。でもまあ仕事はしてくれたので文句はない。


 私はそれが消えてしまう前に飛び込むようにしてひとつ目の術式に触れた。それは魔力を流し込むと一気に巨大化し同じ大きさの氷の結晶が形成される。

 ある程度のサイズになったら、放つ。そして次へ。

 宙をくるくると移動しながら何度か繰り返すと、いくつもの巨大な結晶に串刺しになったサンドワームが悲鳴をあげてからズドンと倒れていった。



「ふう、終わったな」



 やはりルトの術式を使った後は達成感がすごい。音も衝撃もかなりのものなので体の芯から痺れるような感覚に襲われる。

 正直言ってめちゃくちゃ楽しい。



「ルト、大丈夫か?」


「い、一応……でも次に投げる時は事前に言ってほしいかな……」



 この後はどうせなのでシロに乗せてもらって空から階段を探した。

 サンドワームは倒したが、この階層には他にも魔物がいる。

 高いところにいると遠くからわらわらと集まってくるサンドスコーピオンの群れが見えるので、そいつらが来る前に次の階段を見つけるためだ。シロが自由に飛べる階層はこれができていい。


 八階層へと降りる階段はすぐに見つかった。降りていくとそこにはジメジメとした湿地帯が広がっている。



「湿地帯といえばフロッグ系とかリザード系辺りの魔物がいそうだな」


「うわそれ先に言っちゃうか…本当に出てきたらどうするの……」


「もちろん戦って勝つ」



 魔物と遭遇しないで次の階段を見つけられるのが一番だが、ここまで来てそんなことあるわけがない。必ずどこかで遭遇するはずだ。と、しばらく歩いていると突然魔力感知に反応があった。



「なんだ……?早いっ!!」



 咄嗟に剣を構えて防いだが気付いた時にはもう目の前に敵がいた。

 金属同士がぶつかり合う音が響き、力で押し負けて私は後ろに吹っ飛ばされる。



(シロ!ルトお願い!)


(わかった)



 なんとか受け身をとって戻ると、そこにいる魔物の姿がはっきりとわかる。

 槍を持ったレッドリザードだ。人に近い二足歩行で翼がある。なるほどそれで一直線に飛んできたというわけか。

 レッドリザードがルトに仕掛けた攻撃はシロが結界のようなものを張って防いでくれたので、その隙に変わって斬りかかった。



「お前の相手は私だ……!」



 そこからは互いに譲らない攻防戦となった。

 レッドリザードは地面に足をついたことで攻撃の重さが一層増している。対して私は体が小さく一撃一撃の重さは軽い。ならば手数で挑むのみ。こちとらすばしっこさだけはウルフ並みだ。


 剣での攻撃を続けながら魔力の針を撃ち込む。これは私自身には全く効果がないものなので、自分に当たる分は気にしなくていい。

 しかしレッドリザードは難なくそれを槍で弾いた。流石に弾かれたのは初めてだぞ…!



「エル!囲まれた!」



 ルトの声に切っていた魔力感知を咄嗟に再発動させると私たちを囲むように魔力の反応があることに気づく。

 先行してきたこいつに気を取られていたが、どうやら仲間がいたらしい。

 周りにいるのは普通のリザードだ。翼は無く飛べないところは安心できるが、一体一体かなりの戦闘能力があることはわかる。さてどうするか。


 考えている間もレッドリザードとの攻防は止まず、一瞬でも隙ができれば突き刺されそうで気も抜けない。

 何をするにもまずこのレッドリザードを一旦遠ざけなければ。



「ちょっと嫌だけ、ど、くらえ!」



 打ち出した魔力の針を弾かれる直前に全て同時に爆発させる。途端に辺りが強い光につつまれ私自身も目が眩んだ。



「わっ、エル大丈夫!?」


「問題ない!」



 一応直前に目を閉じたのでダメージは少ないが、少しの間あまり目には頼れなさそうだ。

 魔力感知でレッドリザードが離れたことを確認し、魔力を頼りにルトの背後に背中合わせに立つ。とりあえずこれで良い形には持ってこられた。



「エル、試してもらいたい魔法があるんだけど……」



 そう言ってしゃがんだルトが私の近くに術式を描く。

 なんだろう。火と風の術式が組み込まれていることは理解できるが何が起こるのかはさっぱりわからない。



「全力で……思いっきり、魔力送ってみてくれる?」


「?わかった」



 疑問に思いながらも私はその術式に触れ魔力を送り込んだ。

 するとどうだろう。その術式と同じものが私とルトを囲むようにいくつも展開されていく。そしてその数だけ竜巻が巻き起こったではないか。しかもそれは炎を纏い、当たり一面が赤く染まる。



「わぁ……」



 呆気に取られて思わず声が出た。それだけ繊細で緻密な魔法だったからだ。



「上でブラックウルフが使っていた竜巻の魔法に火を合わせてみたんだ。あと、僕の術式にエルが魔力を流すと巨大化してたのは、単純に魔力が多過ぎて肥大化してるんだと思って、術式を増やす方向に持っていくよう増幅も入れてみたよ」



 ああ、そういえばこのエルフは天才だったなと今更ながらに思うのだった。



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