一
金髪の美しい女だった。
母が病で亡くなってからたった数ヶ月の後に父が屋敷に連れてきた新しい母。
その人は十歳なったばかりの私より五つ年下の幼い子供を連れていた。父と同じ髪色に新しい母と同じ瞳の色を持ったその子供は私の弟なのだそう。
父は二人を歓迎し、そして弟の方を跡継ぎにすると宣言した。
「納得できません!私は幼い頃よりこの家の跡継ぎとして教育を受けてきました。貴族としての立ち居振る舞い、剣の稽古や魔術の鍛錬、父上のお仕事についても!」
とにかく必死だった。父の執務室に押しかけ、廊下まで響く大声を張り上げてしまうくらいに。例え使用人たちに聞かれようが引くわけにはいかなかったんだ。
辺境伯である父を支えられるように。いずれはその跡を継ぐように。死んだ母はずっと私にそう言い聞かせていた。実際にその為のあらゆる教育を受けてきた。
剣も魔術も既に大人に負けないくらいの実力はあるつもりだ。勉強だってしてきた。あと二年もすれば王都の学院にも入学できる。そうすれば私の能力の高さを証明もできるはずだ。それなのに……!
「っそうだ!何か仕事を任せてはいただけませんか。必ずや完璧にやり遂げて……っ!」
大きな溜め息に言葉が詰まる。
あのな、と心底呆れた声がした。
「髪を短く切り男の服を着ていくら見た目を取り繕ったところでお前は女だろう」
家督を継がせる事はできない、と目の前の父は言う。
死んだ母は二人目以降を授かる事が出来ない体だった。女児を一人産んだだけで貴族の夫人としては役立たずとなってしまったというわけだ だからこそ人一倍見栄っ張りで気が強く、責任感も強く、一人娘を男児として育てようなどと思いついてしまった人だ。
この父はそんな母がどれだけ私の教育に力を入れていたかも知っているはずなのに。
「お前は難しいことを考えずとも良い」
「それは……」
「ああ、これを機に新しく服を仕立ててはどうだ。お前の桃色の髪に合う華やかなドレスなんていいと思うぞ」
「私は……」
「今まで彼女の勝手に付き合わせてしまってすまなかった。これからは無理に男として振る舞う必要はない」
――違うのです、父上。
私は母の理想に嫌々付き合っていたわけじゃない。剣の稽古も魔術の鍛錬も勉強も、そこに私の意思は確かにあった。
だからこそ受け入れられない。
母がまだ生きているうちに外で別の女と子供まで作るなんて。
私が女だったから?跡継ぎがいなかったから?ならばなぜ女に家督は譲れないともっと早く言ってくれなかった?
母と私の今まではいったいなんだったんだ。
ドレスなんていらない。
女に家督を譲れないと言うのなら、今まで通り男として生きる。だから!
「父上……!」
「アリシエル」
アリシエル・シファン
それがこの人から与えられた私の名。
そして、
「お前は女として生きなさい」
明日には消える女の名だ。