十七
ルトの案内で進むこと数日、密林の奥にその遺跡はあった。
今まで歩いてきた森は日の光もあまり入らないようなところだったが、急に開けたその場所は遮るものもなく青空がよく見えてとても明るい。
久しぶりに感じる太陽に思わず大きく伸びをした。
ルトが旅先で訪れた遺跡と言っていたからもっと離れた場所なのかと思っていたがそうではなかったようだな。歩いて数日で行けるほど近くに住居を構えたところを見ると、やはり例の落とし物が気になっていたのだろう。
改めて見渡してみると、石造りの塀のようなものが結構奥まで続いているようだ。あちこち崩壊していたり草に侵食されたりと長い間人の手が入っていないことがわかる。
所々には積まれた石の山があったり、大きな石のアーチがあったり、祭壇のようなものまであったりして正直どれも気になって走り出してしまいたい気分だ。
こういう歴史を感じるものが私はとても好きなので。
「もう少し進むと入り口があるんだ。周辺に魔物が出ることもあるけど、ダンジョンができる前よりはかなり減ったかな」
「確かにいくつか魔力が見えるな。見たことないけどあれはなに?」
「ゴブリンだな」
「ゴブリン!」
ここに来てやっとゴブリンか!冒険者が結構序盤で出会うと聞いていたけど、まだ遭遇したことがなかったので正直楽しみだ。
今まで歩いてきた密林に魔物がいっさい出てこなかったのは、ルトが何年もかけて魔物避けの魔術を張り巡らせたかららしい。さすが戦闘役立たずを自称するだけのことはある。魔物を避けることに関しては一級品だ。
石の塀の間を進んでいくとやがて地面が一段下がっている空間に出た。そこには大小様々な石が置かれていて、その並びには何か意図があるようにも思えるが今はそれを探っている場合ではない。
十体くらいのゴブリンが集まって休んでいるのが見えて、私たちは近場にあった石の影に隠れた。
「ちなみに、ルトはゴブリン倒せるの?」
「う、うん。数体なら」
「なるほど。完全に役立たずってわけでもないんだな。でも今回は私が出るよ」
そうして剣を抜いて一人飛び出した。
周囲に他に魔物がいないのは確認済みだ。とりあえずあのゴブリンたちを倒す。
まずは魔法を使わずに純粋な剣だけで近場のゴブリンに斬りかかった。その最初の一体は悲鳴を上げる間も無く倒れたのでこのままで問題なさそうだと判断する。
次に更に近場にいた二体。異変に気付いたが私の姿を見る前にそいつらも沈む。そこでようやく敵の存在を把握したらしいゴブリンたちが、武器を手に立ちあがろうとしたところをもう一体。怒ったのか奇声を上げたところをもう二体。武器を振り上げて駆け寄ってくる残りは回り込んで背後から順にバッサリと。
結果的にに数秒で終わったので、ゴブリンは私でも問題なく対処できるようである。
終わったことがわかったのか隠れていたルトが駆け寄ってきた。
「すごいよエル!今魔法使ってなかったのに!」
「まあ、一応剣もそれなりにね」
「あんなに綺麗な剣捌きはそうそう見られない。キミがたくさん努力してきたことがわかるよ」
「あ、ありがとう……」
たった数秒のことなのにこんなに真っ正面から褒められるとは思わなかった。
なんだがむず痒い気持ちになりながら誤魔化すように近くの地面に見つけたそれに目を向ける。
「これが入り口だな?」
「……うん」
不自然に開いた穴に階段。奥は暗くて何も見えない。これがダンジョンの入り口なのだと理解すると途端に胸が熱くなってくる。
私は軽く深呼吸をして気合いを入れ直した。
「行こう」
階段を降りながら、どうして自然発生したダンジョンに階段があるのだろうということについて考えてみた。
ダンジョンについて学んだ本にも階層を降りるには階段を見つけることと書いてあったと記憶している。だが、こんな綺麗な階段が自然界で勝手に作られるはずがない。ではなぜ階段があるのか。
それはおそらくダンジョンは生きているからだと私は思う。
人は階段を見ればその先に何かがあると思うものだ。
最初は何があるのかわからず恐れるかもしれない。しかしその先を知りたがる者は必ず現れる。そして階段に足をかけるのだ。そうやって人間は今までも世界を広げてきたのだから。
ダンジョンは良くも悪くもそれをわかっている。だからこうして階段を作る。この先に眠る何かを見つけてみろと言わんばかりに。
階段を降りきったそこは、意外にも明るかった。洞窟と言っていいくらいどこを見ても石と土しかないのに隣にいるルトの顔がハッキリ見えるくらいには明るい。
不思議に思ってきょろきょろしていると見兼ねたルトが解説してくれた。
「壁中に細かい鉱物が含まれているんだよ。これらは魔力を当てると暗闇でも発光する性質を持っている。そういう意味ではここは魔力の宝庫と言ってもいい。だからダンジョン内はどこへ行ってもだいたい明るいのさ」
「確かに招き入れた人間の視界を奪ってしまったら意味がないもんな」
「ん?それはダンジョン生物説の話かい?」
「やっぱりあるんだなそういうの」
「あるよ。中で倒された魔物はダンジョンに吸収される。外から入ってきた生物も同じだ。入る度に内装の違うダンジョンなんかも存在する。そんなの、ダンジョンが生きているとしか思えない」
差し詰めここは魔物の腹の中というわけだ。私たちもここで死んだら吸収されて終わり。養分になるだけ。なるほど、いい仕組みだ。ダンジョンは賢い。
「三階層までなら僕一人でも行けるくらい魔物もほとんど出てこないから大丈夫。さあ進もう」
「一応入ったことはあるんだな」
ちなみに何階層まであるかわかるかと問えば、わからないと返ってきた。先は長そうだ。
一階層は広いだけで確かに魔物の数は少なかった。
出てきたのは最弱と言われているスライムや稀にスケルトンが数体。どちらも魔法を使うほどの強さではなかったので剣のみで進むことができた。
倒した魔物がダンジョンに吸収される様子はなかなかに興味深いものがある。
核を破壊されて液体のようになったスライムは、ぶくぶくと泡を発生させながら少しずつ地面に吸われて消えた。
バラバラになったスケルトンは放置しておくと徐々に分解されて砂になり、やがて地面と一体化する。実に奇妙な光景だった。
だがこれを見る限り、ダンジョンは固形物をそのまま吸収することは不可能なのではないだろうか。それも吸収にはそれなりの時間がかかる。だから生きた生物をそのまま吸収することはできない。
「逆に動かずじっとしていれば生きたままダンジョンに吸収されることが可能なんじゃ…?ああいや、生物は生きているだけで細胞が動き回っているからダメなのか」
「なんかすごい物騒なこと考えてるなぁ」
「エルはこうなるととことんまで突き詰めるタイプだからな。放っておくのが一番だ」
「好きなだけ考えてくれて構わないよ。時間はあるし、それに彼女の考えは聞いているのも結構楽しいしね」
そう言ってもらえるとありがたい。私はどうにも興味を持ったことに夢中になりすぎてしまう傾向があるので、隣でその様子を面白がってくれるのが一番だ。
シロはもう慣れたようで気にもしていないらしい。
一階層から二階層、二階層から三階層へと続く階段の場所はルトが知っていた。
ここはどうやら内装が変わるようなダンジョンではないらしい。なので三階層までは行ったことがあるというルトの案内に従えばあっという間に三階層目に到達だ。
出てくる魔物の種類は変わらずに、階を降りるごとに出現率は高まったように思う。それでも私にとっては大した障害にはならなかった。
四階層へと続く階段の場所もルトが知っていたのですぐに辿り着いた。
しかし今までと違うのは、階段を前にした時に流れてくる空気の重さだ。ルトがここから先に進むことを諦めた理由がわかる気がする。
「これは……魔力の質が変わっているのか……?」
「そうなんだ。多分今までは肩慣らしみたいなもので、ここから先がこのダンジョンの本番って感じなんだと思う」
ということは、出現する魔物もガラリと変化するかもしれない。こちらも様子見はここまでだな。
「シロ。ルトに着いていてくれないか。何かあったら護ってやってほしい」
肩にいた小鳥サイズのシロにそう頼んでみると、考えを察したのかパタパタと飛んでルトの頭の上に止まる。
なんだかルトの金髪が鳥の巣に見えなくもないのがちょっと面白かった。
私はそれなりに自衛できるが、ルトがどこまでできるかはわからないからな。基本は隠れてでも自分でなんとかしてもらって、どうにもならない時はシロに護ってもらえば安全だろう。
今回優先しなければならないのは依頼主であるルトの命だ。最悪転移の魔法での脱出があるとはいえ、目的が探し物である以上その手段を取るのは本当に命の危機が迫った時だけにしたい。
ちなみにあの転移の魔法は、二つで一つの魔法なのだそう。
同じ術式を刻んだ石を別々の場所に置き、片方を発動させるともう片方の場所へ飛ぶ。だから私とルトは今それぞれ別の石を携帯しており、対になるもう片方は二つとも燃えた家の側に置いてきていた。
あくまで保険だが、あるのとないのとでは気持ちの持ちようが全然違う。おかげで私は気兼ねなく前に出られるというものだ。
びくびくしながら着いてくるルトと共に階段を降りると、そこに広がっていたのは三階層までの洞窟とは違った雰囲気の鍾乳洞だった。
見上げる程に高い天井からは棘のような岩が無数に突き出しているように見える。ただ明るかった今までとは違い青い光がぼんやりと空間を照らしている。これも鉱物の影響だとすれば、ここは岩に含まれる鉱物の粒が大きいのだろう。ひんやりとした空気と相まってどこか幻想的な風景だった。
「……来る!」
ゆっくりと辺りを観察している暇はなかった。階段から少し先に進んだところで突然周囲に無数の魔力が出現した。魔力感知で見える魔力はかなり多くしかも既に囲まれている。
私は剣を構えながら注意深く辺りを見渡した。しかし視界に魔物の姿を捉えることはできずそこはただ広い空間が広がるだけだ。
「羽音……?」
「エル、上だ!ドウクツコウモリの群れだよ!」
言われて顔を上げれば、ぼんやりとした青い光の中で何かが蠢いているように見えた。目を凝らしてよく見ると確かに無数のコウモリが飛んでいる。
「あれがドウクツコウモリ!群れで行動するのは知っていたがこんなに多いのか!すごいな!」
「感心してる場合かなぁ!?」
放っておいたら階段の方へ全力で走っていきそうなルトを服を掴んで留まらせ、そこから動くなよと念を押しておく。
私に特に焦りは無かった。生憎飛ぶ魔物の大群との戦闘は既に経験済みなので。
大声で会話をしていたからか向こうからこちらの居場所ははっきりわかるらしい。一直線にこちらへ降下してくる無数のコウモリを見て私はその生態を思い出していた。
ドウクツコウモリは視覚ではなく音を頼りに狩りをする魔物である。種類は幾つかいるが、洞窟に住んでいるものを総じてドウクツコウモリと呼ぶ。
奴らは生物の血液を主食としていて、一体の吸血量はわずかなものだがこれだけ大量にいるとなると人一人なんてあっという間に干からびるだろう。
対処法は簡単だ。退化しているが目はある。それも暗所に住む為強い光にめっぽう弱い。
広げた魔力を収束さて圧縮。瞬時に生み出される光の針。私の今の上限で数は百ちょっと。
前は上から落としたけれど、今度は自分を中心にどこまでも進んでいくようなイメージで、放つ!
ヒュンッと空気を斬るような音が連続して聞こえた直後、飛んでいった針があちこちでコウモリに刺さる。
だが今回の目的はそれだけではない。刺さった針に更に魔力を収束させていく。するとどうだろう。針だったものは強い光を発して小さな爆発を起こす。パパパパパパッと上空に作られる光の帯。ひとつひとつの爆発は規模が小さくてもこれだけ数があれば音もかなり響いてくる。
そんな中、針が刺さったり爆発に巻き込まれたり光にやられたりした残骸が大量に落ちてくる様を私は満足気に眺めていた。
この攻撃は思った以上に効果があったようで魔力感知で見える魔力の数は瞬く間に激減した。
運良く生き残った少数も奥の方へと散っていくのが見える。
「よし、上手くいったな」
数が多いだけの相手なら敵ではない。また集まってくるようなら同じ方法で撃退しよう。
だが周囲に見える魔力はドウクツコウモリだけではなさそうだと気付き、早く先に進む為私はルトを振り返った。
「さっさと進もう。また違う魔力が……って、どうかしたのか?」
「あ……はは、ごめん、腰が抜けた……」
「は?ただのドウクツコウモリだろ。この先が思いやられるな」
「いや、どちらかというとキミの方なんだけど……」
「えっ」
「こんな魔術を使える人は王都の教会にだっていないんじゃないかな……ああ、いや、キミのは魔法だったね……すごいや……あはは……」
事前にこんなことができるとは話しておいたはずなんだけど。どうやら聞くのと見るのとではかなり違ったようで、それからしばらくルトはその場から動けなかった。




