十六
ルトと名乗ったエルフの男は術式を自由自在に扱う天才だった。
紙に書いた術式を幾つか服に忍ばせているようだが、それ以外にも指先をクルクルと動かして宙に描くこともできる。どんな仕組みなんだと問えば、魔力で宙に描いているだけだよと返ってきた。いや意味がわからんが。
「僕はね、生まれつき魔力量が少ないんだ。それこそ宙に術式を描くのが精一杯ってくらい。自分の魔力で魔術が使えなくてね」
でも目があった、とルトは言う。
彼の目は人や魔物が使う術が術式として見えてしまうのだと。
「いろんな術式を覚えて組み合わせてってやっているうちに外から魔力を取り込む方法を見つけたんだ。今はそれに頼りっきりというわけさ」
お互い焚き火を前に向かい合いながら今度はルトの話を聞く。
魔力量が多い種族として有名なエルフに生まれて、その特性が当てはまらないのはどれだけの苦労があっただろう。例え術式が見える目を持っていても、それを扱えるまでにどれだけの努力をしたことだろう。
「最初は仲間たちに認めてもらいたかっただけなんだ。でも今では気味悪がられてしまって。ほら、僕は人が苦労して生み出したものを見ただけでほとんど使えてしまうから」
へらりと笑うその顔がどこか寂しそうに見えるのは気のせいではないはずだ。
それからルトはエルフの里に居づらくなって旅を始めたこと、旅先で困っている人の役に立てるよう道具に術式を刻むようになったこと、遺跡が好きで幾つか調査したこともありそれを絵として記録していたことを話して聞かせてくれた。
あの集落にあった魔術もルトが旅をしている最中に残したものなのだそう。
ルトの術式は本人の特性故に外から魔力を取り込むことを前提に作られている。
だからこそその術式は誰にでも使えるし、道具に刻んで残せば書いた本人が近くにいなくても発動する。
莫大な魔力を消費するはずの幻影魔術が発動したまま残り続けていたのは、術式を刻んだ石を大量に地面に埋めているのだと教えてくれた。
井戸はやはり海から海水を転送しているらしい。ここまでくれば鍋の謎もわかったも同然だ。
「あの石は?転移の魔術なんて聞いたこともないぞ」
「旅の途中でそういう魔物を見たことがあってね。その時に覚えたんだ」
「ということは完全に魔法なのか」
「うん。でもあれは必要な魔力量が桁違いで一度しか使えないんだよね」
「何度も使えなくてよかったと思う。あんな魔道具が出回ったら世界中が大混乱だ」
「魔道具?」
「人を惑わす魔の道具という意味だ」
「そんな大層なものかなぁ」
「お前は!物の価値を!知らなすぎだ!」
旅先で配り歩いていたというだけで寒気がするくらいなのに。まだ表に出ていないのが不思議なくらいだ。
こうして話してみればルトはかなりのほほんとしたお人よしだということがわかる。
黙っていればどこかの王子にも見える容姿をしているが、こんなのに国を任せたらあっという間に崩壊しそうだ。
「あ。そういえば、さっきの魔法も再現できたりするのか?」
「さっき?」
「私の腕の火傷を治したあれだよ」
「ああ。うーん、無理なんじゃないかな」
シロの再生の魔法。あれを間近で見たルトなら術式を再現できたとしてもおかしくない。そう思ったのだが、できないものもあるのだと言う。
「あれは特別な魔法だよ。特定の魔力でしか発動しない。その辺の魔力を取り込んだだけじゃ無理だ」
「そうなんだ……やっぱりシロはすごいんだな……」
「当然だろう。その魔力を使いこなしているお前もなかなかだがな」
「いや、私はまだまだ……って」
喋るんかい。
集落でもここに来てからもずっと黙ってるから他の奴とは話したくないのかと思っていた。けれどここで話し始めたということはそういうわけでもないらしい。
顔を上げてみると焚き火の向こうで私の膝にいるシロを凝視しているルトがいる。
「び……っくりした……すごい魔物なのは見ればわかるけど、会話までできるんだ……」
「ふん。俺はフェニックスだぞ。姿を見られるだけ幸運だと思え」
「フェッ!?」
カチン、という音が似合いそうなくらい固まったルトはちょっと面白かった。顔が良いから余計に。
石化から復活した後は膝をついて祈り出すわ、お目にかかれる日が来るとはとか言いながら泣き出すわで少し大変だった。
「フェニックスといえば復活と再生を司る幻獣の一柱。僕たちエルフからすれば信仰の対象だよ。なんでそんな魔物がここに…?」
「まあいろいろあってね。シロは私の保護者みたいなものなんだ」
「エルには好きなようにさせると決めているからな。俺はそれに付き合うだけだ」
「改めてエルって何者……?」
「人間だよ。一応ね」
確かに幻獣を連れ歩く人間とか意味がわからないよな。シロと出会う前の私ならきっと似たような反応をしたと思う。
でも、もうこの生活が当たり前になってしまった。
常にシロが側にいてくれるのはありがたいし安心できる。情けない姿は見せたくないとも思う。まだ頼ってしまうことばかりだけれど、いつかシロに何か危険が迫るようなことがあった時に力になれるくらいにはなっておきたい。
ふかふかな背中をそっと撫でなから考える。
だからこそ、知りたいことがある。
「今の私は訳あってシロの魔力しか使えない。魔法は多少使えても魔術が全く使えないんだ」
私はシロの魔力を持っていてもやはり人間だ。魔物のように自在に魔法を操ることはできない。
ならばどうにか魔術を使えないものかと自分でも考えてはいるのだが結局まだその答えに辿り着けていない。
そんな時に出会ったのが彼の術式だ。
ルトの術式は自然界の魔力で魔術を発動させている。それも魔力が無い人間にも扱えるような状態で、だ。
私はその技術がほしい。
だがそれは、ルトが努力の果てに編み出した技術だ。そう易々と他人に渡っていいものじゃない。何よりルトの人の良さに付け入るようなことは私がしたくない。
「要相談ではあるが何か困っていることがあれば力になる。その代わりにルトの技術の一端を私に教えてほしい」
家を燃やしてしまった負目もある。彼は何も言わないけれど、燃えて無くなったのは外側だけじゃない。
「律儀だなぁ」
そう言いながらも私の押し売りがましい取引きに応じてくれるらしい。何かを言いたげな様子ではある。だが、言いにくいことなのか、それとも私では力不足なのか。
言い出すのに迷っているようなのでしばらく黙って待っていると、やがておずおずと口は開かれた。
「その、前に大切な物を落としてしまって。取りに行きたいんだけどすごく危険な場所なんだ。エルさえよければ一緒に来てくれないかなって……」
「詳しく聞いても?」
「うん。えっと、」
それは今から二十年くらい前。ルトが旅先で訪れたとある小さな遺跡の散策をしていた時のこと。突然現れた魔物に驚き慌てて逃げたはいいものの、大切にしていた道具を落としてきてしまったらしい。戻ろうにもルトは戦闘面では役立たずなのだと言う。
「よくそれで旅なんかしようと思ったな?」
「うっ……す、数秒透明になれる魔術があるからね。隠れるのは得意なんだ」
もちろんこの二十年の間に何度か自力で探しに行こうとしたことはあるらしい。
だが、何故か日を追うごとにその周辺の魔物の活動が活発になっていく。見たこともない大型の魔物まで姿を見るようになったんだとか。
「最後に行ったのは三年くらい前かな……びっくりしたよ…ダンジョンになってるなんて……」
「……は!?ダンジョン!?」
びっくりはこっちのセリフだ。ダンジョンになった?いったいどういうことなんだ。
「いや、待て…まさか、お前が落としたものって術式刻んだ道具か?」
「そうだよ。それも珍しい魔物の魔石を使って道具から僕が作ったものでね。僕にとっては最高傑作だったと言ってもいい。もう二度と作れないだろうしすごく大切にしていたものなんだよ」
「あ〜〜……」
ダンジョンとは、この世界の各地に存在する自然発生した特殊な魔術空間のことである。
とはいえ見つかっているダンジョン自体はそれほど多くない。地図と睨めっこしながら場所とその発生条件を研究していた頃が懐かしい。
私の結論から言うと、ダンジョンはおそらく魔物が多いもしくは魔力濃度が高い場所に発生する。
調べてみると現在確認されているダンジョンがある場所は、昔から魔物が多く生息していた地域ばかりなのだ。それも人が暮らせないような濃い魔力が発生していたのだという。
魔物が多いから魔力濃度が高くなるのか、魔力濃度が高いから魔物が集まるのかは不明だがこの二つは発生したダンジョンにも大きく関係するものだ。
それを考えると、ルトの魔道具はダンジョン発生の鍵になり得るのではなかろうか?
なんせ自力で魔力を取り込める上に魔物の魔石を使っているときた。そして何より本人が最高傑作とまで言う代物だ。絶対やばい。
「お前……すごいな」
「えっ……あ、ありがとう……?」
褒めてない。
とはいえ今回求められているものが純粋な戦闘能力だということはわかった。
魔物と戦えるのは私としても願ったり叶ったりだ。自分の力がどこまで通用するかを測るのにちょうどいい。行ってみる価値はある。
「わかった。とりあえず行けるとこまで行ってみよう」
「いいのかい!?」
「うん。でも私は魔物との戦闘経験が少ない。もし倒せない魔物が出てきたら全力で逃げることになる」
「それでも僕一人で行くよりずっと可能性があるよ。ありがとう!」
まだ落とし物が見つかるかもわからないのに本当に嬉しそうに笑ったルトはどこか幼く見えた。それだけその道具が大切だったのだろう。
力になれるといいな。
心からそう思った。
「それにしても、私のこの見た目で戦えるのか不安にならないのか?」
「いいや?僕たちは相手の魔力が見えるからね。エルは弱そうには見えないなぁ。ちなみに幾つなんだい?」
「……もう少ししたら十一かな」
「すごいね!僕なんかこれでも百五十年は生きてるよ!」
「それは……よく生きてこられたな?」
隠れるのは得意と言っていたが、それだけで旅をしながらもここまで生きて来られたのはある意味奇跡なんじゃないかと思う。
まあそれだけルトの能力が高いということなんだろうが。
「なぁ、もう少しルトの使える魔術を聞きたいんだがいいか?」
「もちろん。僕もエルの使う魔法について聞いてもいいかい?」
「うん。それじゃあまずは――」
こうして、私とルトの話はここから三日間続いたのである。




