十五
「行き先がどこになるかはわかりませんので、くれぐれもお気をつけて。お金の方はこれから街に向かうので一月はかかると思います。また近くに来ることがあったら寄ってください」
「うん。そっちも気をつけて」
翌日、朝早くに数日滞在した集落を出ていくことになった。
もちろん転移の魔術を使う為だ。見送りはいらないと言ったのに、アルバン、ティナン、コルク、リーニアの四人が顔を出したので、今は別れの挨拶を済ませているところだ。
「それにしてもリーニアは随分と……その、強く?なったよな。エルにあんなことされたってのに……」
「エル様に言われたことをちゃんと考えてみたの。一生このまま生きるつもりかって。嫌に決まってるじゃない。私を貶めた奴らに目にモノ見せてやるんだから」
「うんうん!私もできる限りサポートするから一緒に頑張りましょう!」
「な、なんかティナンもリーニアもエルに感化されてないか……?」
やたらとやる気に満ち溢れた女性二人の姿にアルバンはまたもや顔を青くしている。
そんな三人に、こんな騒がしいのも悪く無かったなと改めて思う。貴族として生きていた頃には味わえなかった感覚だ。
「エル、約束忘れるなよ」
「化け物になれってやつ?」
「そ、そうだけど!そうじゃないだろ!」
「わかってるよ」
コルクは森の奥でクイーンビーと対峙した次の日から早速剣の特訓を始めたらしい。目標はお前だと指を刺されて言われたが、まあ頑張れと軽いエールは送ったつもりである。
次に来た時に手合わせでもしてみるのは面白いかもしれない。
「忘れ物は無い?昨日作った干し肉は大事に食べるのよ?」
「作り方は理解したから大丈夫だ。魔物なら自分で狩れる。ホーンラビットなら解体もできるようになったしな」
「それでもエルはまだこんなに小さいんだから……」
「子供扱いは……まあいいか」
「あのエルが折れた……!」
「なんだかんだとお前が一番私のことを化け物だと思っていそうだな」
「そりゃあの戦いを間近で見てたしなぁ…まあお前なら何が相手でも大丈夫な気がするから心配は無用だな」
元気でな、と。ニッと笑ったアルバンはこのメンツの中で唯一出会った時から変わらない態度で私と接していた気がする。案外こういう奴が大物になりそうだ。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
手の中にある石には全く見たことのない術式が刻まれている。
聞いたからこそこれが転移の魔術である可能性にかけられるというものだが、そうじゃなければ何が起こるかわからないこんな劇物気軽に触れられなかっただろう。ましてやこんなに早く使う決断をするなんて。
(これが、人の言葉を信用するってことなのかな)
私は昨日の夜のリーニアの言葉を疑うことなく受け入れた。対価だからというだけではない。嘘を言っている様子はなかったというのはもちろんある。でも。それよりも、ただ信じたいと思ったから。
こいつの魔術に魔力は必要ない。ただ念じる。
やり方は昨日ティナンが鍋を使うのを見た。
(術者の元に……)
そう念じると、石に刻まれた術式が白く発光して同じものが足元に現れた。なんだか少しシロの魔法に似ている気がする。
そうして瞬きをしたその一瞬で目の前の景色は一変した。
まず目に飛び込んで来たのはとにかくどこまでも続く草木だった。さっきまでいた森とは少し異なり、見上げても空はほとんど見えやしない。かろうじて朝だとわかる太陽の光がほんのりと周囲を照らしている。
そんな密林の中に私は立っていた。
「シロ、無事?」
「ああ。転移は成功だったようだな」
「とりあえずは、ね」
気付けば手の中にあった石は粉々に割れている。やはり一回きりのものだったようだ。まあこんなとんでも魔道具が何度も使用可能な方が恐ろしいのだが。
私もシロも異常はないとわかったところで辺りを見渡してみる。するとすぐ後ろにひっそりと家が立っているではないか。
試しに魔力感知を使ってみれば中に魔力の反応がひとつ。ついでに周囲に魔物の気配はない。
「あの転移で飛んだんだから住んでるのは術者で間違いない、よね?それにしては魔力の反応が薄いというか……」
「この魔力はエルフのものだな。だかそれにしては確かに薄いのが気になるな……」
「エルフだって!?」
滅多に人前に出てこないというエルフにこんなに早く会えるなんて!
術者がエルフだというなら三十年前にあの集落を作ってから大して姿も変わっていないかもしれない。それだけ長命な種族である。三十年なんてあっという間だろう。
一気にテンションが上がったぞ。
「行ってみよう。話を聞いてみたい!」
前に立ってみれば三階くらいはありそうな縦に長い大きな家だ。こんな密林の中にあっても綺麗に保たれている。
周囲には蔓性の植物も苔類も多く自生しているというのにこの家の壁は見事なくらい何もない。まるで魔術でもかかっているかのよう。
私は逸る気持ちを抑えながら扉をノックした。
「はーい。今行きますー!」
聞こえてきた声はだいぶ若い。中世的だがおそらく男だ。エルフに対して若いという人間の感覚が当てはまるかはわからないが。
「どちら様ですか?」
「……うわ」
扉が開き、顔を出したその人物を見た瞬間思わず出た声は仕方がなかったと思うのだ。ちょっと予想外で驚いただけだ。
所々跳ねた短い癖っ毛は記憶にある金色より薄く透き通っていて柔らかそう。その間から突き出た尖った耳。飾りのアクセサリー。瞳は宝石のような緑色。スラっとしていて身長は私が見上げるほど高い。
なんというか、全体的にきらきらした印象を受ける男のエルフである。どこぞで王子とかやっていそう。
そんな王子(仮)は視線を落として私を見つけた途端何やら驚いて固まってしまったので、私たちはしばらく無言のまま見つめ合う時間ができた。
流石に年齢も違いすぎるだろうし変な感情を抱くことはお互い無いのだが、その目が時折私の肩にいるシロを気にしているのが引っかかる。
なんだろう。少し嫌な感じだ。
こいつの目を見ているとまるで内側を探られているような妙な気持ち悪さを覚えてしまう。
得体の知れない感覚に無意識に後退りしかけた足をなんとか踏みとどまらせてじっとしていると、不意に何かが視界の端を過ぎる。
追いかけて視線を落とせば足元に紙の切れ端が落ちていた。しかも何か見覚えのあるものが書き殴ってある。
(これは……火の術式……)
あの集落で見たものより細かい書き込みがされている。三十年も経っているのだ。こいつの技術だって進化していてもおかしくはない。
やっと本来の目的を思い出して肩の力を抜いた私はそれを拾おうと手を伸ばした。その時だった。
「それに触っちゃダメだ!」
「えっ?」
時既に遅し。
拾い上げた切れ端は私の手の中で突然燃え上がった。
「あっつ、ぅあ」
あつい、いたい、あつい!
一瞬で火のついた自分の腕が燃えている。
何が起こったのかもわからず立っていることもできなくて、よろけて壁にぶつかれば瞬時に火が家にも燃え移っていく。
しかもその火は驚くほどの速さで広がりあっという間に家を飲み込む大火災が巻き起こった。
な ん だ こ れ は !
「ああっ、ごめん!どうしよう…!」
狼狽えるばかりで役に立たなそうな王子(仮)は一旦放っておいて、私は思わずシロに助けを求めた。
転げ回りながらごめん助けてと喚く私にシロは小鳥サイズからズズッと大きくなり燃えていた腕の上に乗った。すると水でもかけたように一瞬で鎮火したので、どうやらシロの羽根は耐火性があるらしい。
そうして私は事なきを得た。
とはいえ家の火災が収まったわけではない。抱えたシロに再生の魔法をかけてもらいながらなんとかその場を離れた私たちは、家が燃える様を遠巻きに眺めているしかなかったのである。
「腕は大丈夫かい?」
「ああ。もう治ったよ」
「そっか。よかった」
火災は一日中続き、収まったのは次の日の昼頃だった。
地面に膝を立てて座りぼんやりとその様子を眺めていた王子(仮)には正直かける言葉がなくて、静かに隣に腰掛けると初めての会話が成立した。
「ごめんね。僕の不注意だ。あんなものその辺に置いておいたのがいけなかったよ」
「いや……私も不用意に触れて悪かった……」
こいつの術式は魔力の無い人間にも扱えるような代物だと知っていたはずなのに。触れただけでも何かが起きる可能性を考えていなかった。
まあ確かにあんな劇物をその辺に置いておくのはどうかと思うが、突然訪ねてきたのはこちらなのだ。
怪我は治るが焼けた家は戻ってこない。今回の場合どちらかというと向こうの方が傷が深い。
これでも少しは反省しているんだ。腕の中に収まったままでいてくれるシロの羽の感触に現実逃避してしまうくらいには。
「珍しい魔物を連れているね」
「……わかるのか?」
「僕は目が良いんだ。そんなすごい魔力を持った魔物早々お目にかかれない。それに……君も。普通の人間じゃないね」
なるほど。私たちを最初に見た時驚いていたのはこれか。
「その魔物の魔力が君にも流れてる。それは内にある魔法陣のせいかな。でも君はそれを自分の意思で制御できているね。すごいな」
「……お前は、なんというか、気持ち悪いな」
「気持ち悪い……」
体の内側を見られているみたいでぞわぞわする。はっきり言って気持ちが悪い。私の中のシロの魔力だけでなく魔法陣まで見えるなんて。
こいつの目は一体どうなっているんだ?まさかエルフがみんなこうというわけではないだろうな?
「そ、そうだ。僕に何か用があったんじゃないのかい?」
「ああ、でも……いいのか?その、家が……」
「良くはないけどそれはまた後で考えるよ。とりあえず話を聞こう」
本人がそう言っているのだから私がこれ以上気にしても仕方がない、か。
ならばと私はここへ飛ばされて来る前に集落で見た魔術に興味を持ったことを隠さず伝えた。
維持され続けている幻影魔術、海水の湧く井戸、火を使わずに調理ができる鍋、それから砕けてしまった石のこと。術式を見たのは鍋と石だけだが、どちらも見たことのない形状をしていたこと。魔術は魔力を持っている者にしか扱えないはずなのに、持たない人間も扱えていたこと。それは外から魔力を得る仕組みが術式に組み込まれているからだろうという自分の予測まで。
こうして考えを語る時間は思いの外楽しくて、私は夢中で話していた。
「それで……って、聞いているのか?」
「えっ、ああ、聞いてるよ。ただ、少し驚いてしまって」
どれだけ話していただろう。
魔術と魔法の違いや魔力の種類、今の自分の状況でどうしたら魔術を使えるかとか、最近いろいろと考えることが多くて溜まっていたものを全て吐き出したような気さえする。
気付けば辺りは薄暗くなっていたし、最初は座っていた私は立ち上がって身振り手振りのやりすぎであちこち動き回っていた。
男は話を遮ることなくぽかんとした様子をしていたけれど、どうやら聞いてはいるらしい。
「君はすごく勉強熱心というか。分析が好きなのかな。いろいろ考えられるのすごいなぁって」
「すごいのはお前の術式だ!魔術師たちが何百年とかけても未だ解明できていないものまで術式化されている!名が知られていないのが不思議で仕方ないぞ!」
魔術と魔法の違いだって気付いている魔術師は早々いないだろう。それを組み合わせた術式なんてこいつ以外他に書ける者がいるだなんて思えない。
「あの術式を見て、これを生み出した奴は天才だとすら思った。話を聞いてみたかったんだ。だからここに……」
暗くて細かい表情の違いはあまりわからなかったけれど、目の前の男が一瞬泣きそうな顔をしたような気がして私は思わず言葉を止めた。
何か酷いことを言ってしまっただろうか。
シンと静まりかえった中で最初に動いたのは男の方だ。長い間座っていた体勢を変えて立ち上がると、服のポケットの中から何かを取り出す。
何かと思えば男の指先でポッと火が灯り、お互いの表情がはっきり見えるようになった。燃えているのは私が燃やしたのと同じ火の術式が書かれた紙。
「まだ名乗ってなかったね。僕のことはルトと呼んでほしい」
「……他に名前があるような言い方だな」
「そうだね。でも、君にはそう呼ばれたいんだ。ダメかな?」
いいや、と私は首を横に振った。
名前など人の本質を語るのに重要ではないと知っているから。
「私のことはエルと呼んでくれ」
「はは、わかった」
今度は面白そうに笑っている。とりあえず気を損ねたわけではなさそうなので一安心だ。
「今焚き火を用意するから待っててくれるかい。エルとの話は長くなりそうだ」
「手伝うよ。ああ、干し肉があるが食べるか?」
「わ、嬉しいな。家が燃えちゃって何も無いから分けてもらえると助かるよ」
それは静かな密林の奥で、これから長い時間を共にする友人との出会いだった。




