十二
子供は厄介だ。力もないのになんでもやりたがる。なんでもできると思っている。
そう言う私も子供である。力も無く、自分一人では何もできない。
だからシロに出会えたことは私にとって幸運だったのだ。シロが私を選んでくれたことはそれこそ奇跡だと思える程に。
でもその奇跡は子供だった私が自分の力で手繰り寄せたものなのだと、そう信じたい。
「コルク!ダメだ戻れ!」
私たちがいる場所よりも更にクイーンに近い木の影から、姿が見えなくなっていた筈のコルクが走って出てきてしまった。
私たちよりも前にいるということは本当に先に辿り着いていたのかと驚きを通り越して感心する。
しかしその腕には大量の石を抱えており、光の雨が当たらない場所からクイーンに向かって投げ始めるではないか。いくら運が良いとはいえ流石にそれはまずいだろう。
「危ないっ!」
アルバンが咄嗟に矢を放ちコルクに迫っていたキラービーを仕留める。それでも石を投げ続ける子供についにクイーンの意識が向いてしまった。
そうしてまだ生き残っていたキラービーたちが一斉にそちらへ飛んでいく。
その瞬間走り出したのはアルバンで、コルクの元へ文字通り飛ぶように駆けつけてはその身を自分の腕の中に庇った。本当にお人よしだ。
私はそんな二人の前に結界を張った。もちろんアルバンに何かあればせっかくの取引きが無駄になってしまうからだ。
自分から離れた場所に物を生成することもできるようになり、一気に数をこなしたおかげであっという間に上達もした。
キラービーのスピードなんかよりこちらの生成スピードの方が早い。とりあえずこれで二人のことは心配ないだろう。あとは……
顔を上げた先に見えるのはクイーンだけ。
私は剣を再び強く握り今度こそ地面を蹴った。
※
エルがさっき使っていた壁のようなものに護られたらしい。自分も腕の中にいるコルクも怪我ひとつない状況に安堵する。
小さな体は震えている。そりゃあんな魔物と対峙すれば俺だって怖い。こんな小さな子供にこの状況は酷だろう。
だが、それでもコルクが自分よりもはるかに大きく強い魔物に立ち向かったことは事実なのだ。
エルのような魔術が使えなくても自分のできることで戦った。こんなところまで着いてきたことは叱らなければならないけど、その勇気は誇るべきものだ。
「ご、ごめん、アルバン……おれ、みんなのために、何かしたかったんだ……おれが今生きてるの、みんなのおかげ、だから……」
「ああ、わかるよ」
俺もそうだから。
だからエルの手を借りてここに来た。
「あいつ、姉ちゃん殺した、んだ……おれの、ねえちゃん……」
「……うん」
「おれ、あんなやつに、たすけられても、う、うれしくないっ……!だから昨日、アルバンとあいつが話してるの聞いて……おれが先にって……」
「……うん」
泣きながら、縋りながら、つっかえながら話すコルクは痛々しかった。
集落に来たばかりの、自分と年齢が近いだろう女の子。しかも身内の仇だという存在。半信半疑だったが、あの魔術を見た今ならわかる。
エルには人を殺す力がある。
だけど、ここまで一緒に来たからこそわかることもある。
あれは子供だ。酷く大人びてはいるけれど、たまにすごく子供らしい一面が垣間見える。
興味のあることに惹かれ、目を輝かせて、怖いものなど無いのだというように突っ走っていってしまうところがある。
そんな彼女が大人びていると感じるのはなぜなのか。
普段は男のような振る舞いが目立つ。考え方も論理的で相手をよく観察してものを言う。
派手な魔術ばかりが目立つが剣の腕はかなりのものだ。どれだけ特訓してきたんだろう。魔術だって、存在は知っているくらいの俺でもあんなすごいものだなんて聞いたこともない。
今のエルは、子供だと感じさせないくらいの努力の上に成り立っている。そう感じる。
「お前がエルを嫌うのは仕方ないと思うよ。あいつはきっと――」
魔物の断末魔が聞こえて俺たちは同時に空を見上げた。
腰の辺りまである髪をなびかせ信じられないくらい大きくて長い光る剣を振り抜いて、自分よりはるかに大きいクイーンビーを真っ二つにしているエルの姿がそこにある。
辺りに降り注いでいる光の雨のようなものは、あれだけいたキラービーをほぼ殲滅したとんでもない凶器だ。それなのにその中にいるエルには全くダメージはないらしい。
魔物が崩れ落ち、勢いを殺しきれなかったのか空中で一回転したエルがふわりと地面に足をつくまでのその短い時間。
俺にはその背中に白い鳥の翼のようなものが見えた気がした。
「エルはきっと、自分の力でどんな困難な道も切り開いていく人間なんだ」
他の誰もができないことも考え、必要な力をつけ、そして進んでいくことができる。強い人だ。
強引すぎて巻き込まれてしまう奴もいるんだろうけど、な。
※
クイーンビー討伐完了。一時はどうなることかと思ったが、シロのおかげもあって無事に倒すことができた。
(あ……でも結構限界……)
(足が震えているな)
(立ってるのがやっとだ。疲れてはないのに足に力が入らない。変な感じ)
(仕方ない)
と、足元に魔法陣が現れたと思ったら足の力が戻ってきた。シロの再生の魔法だ。やっぱりシロの方が早いし回復力も尋常じゃない。
(動けるだろうが今日はもう大人しく休め)
(はい。ありがとうパパ)
(パパ……?)
(いや、シロってちょっと父親ぽいなって。過保護だし)
(パパ……)
(あれ?満更でもない感じ?)
嘘だろ冗談のつもりだったのに。いやでも私を拾って名前までつけたんだからもうパパでいいんじゃ……?
でも私の魔力ごっそり持ってくんだよなぁ……そのせいでいちいち苦労してるんだけど……
「エル!無事か!」
聞こえてきた声にハッとする。
声の方を見ると完全に存在を忘れていたアルバンがコルクの手を引いてこちらに歩いてきていた。とりあえず怪我はないようなので取引きにも支障はないだろう。よかったよかった。
「無事だよ。残ってたキラービーは散ったみたいだね」
「ああ。クイーンが討伐されたからな」
あの魔物は巣を作りクイーンが生まれることによってあそこまでの群れになることがほとんどだ。それが無くなればまた別の住処を求めて散っていくと本で読んだことがある。
そこでふと辺りを見渡せば地面は魔物の残骸で埋め尽くされた酷い状態になっていた。
目の前の大木にはキラービーの巣がびっしりと作られている。恐る恐る近付いてみると、中にいた幼虫も光の雨にやられているようだった。これならまた増えることもない。
「うん。これでこっちの仕事は終わりかな。次はそっちだよ」
「わかってる。だが一度集落に戻ってからでいいか?」
チラリと側にいるコルクに目を向けたアルバンが何を言いたいのかはわかる。
私だって鬼じゃない。子供を送り届けることくらい構わないさ。
そうして歩き出した私を呼び止めたのは、今まで大人しくしていたコルクだった。
「……え、エル!」
初めての名前呼びだったので少し驚いた。
文句を言うでも石を投げるでもなく、何か自分の中で葛藤をしているような様子だ。化け物だ人殺しだなどと騒いでいたとは思えない変わりようである。
「……その、アルバンも。危ないことして、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
そうして頭を下げる。
自分の非を認め、謝り、感謝が言える。それはすごいことだと思う。私にはできないことだから。
「私は、謝らないよ」
「……いい。どうせおれ、許せないと思うし」
許さなくていい。私がコルクの姉の命を奪ったことは事実だ。その罪が消えることはない。
そしてきっと私はこれからも、必要とあらば誰かの命を奪うだろう。
「おれ、強くなるから。もう護ってもらわなくても大丈夫なくらい、強くなる。おれがみんなを護れるくらい……っつよく、なるからさ……」
だから、と続いた声は震えていた。
「エルは、もっと強くなって、おれなんかじゃ敵わないくらいすごい奴で、いてくれよ……!じゃないと許さないからな……!」
「……それ、どっちにしろ許されてないな」
「許さないけど!おれより弱いやつに姉ちゃんを殺されたって思うのは嫌なんだよ!どうせなら何やっても勝ち目のない化け物になれ!」
「結局化け物……」
「今だって十分化け物だろ…」
「お前もやっぱりそう思ってたか」
そうして私たちは帰路に着く。
なんだかんだと帰り道は賑やかでそれなりに楽しい旅路になった。
こういうのも悪くはないかもしれない。そんなことをほんの少しだけ思うくらいに。
幻影魔術を超えると集落の門の前にティナンの姿があった。
ティナンは私たちを見つけると涙を流して駆け寄ってきて同じく泣き出したコルクを抱きしめる。
(これからのこと、考えたんだけどさ)
泣き続ける二人におろおろと狼狽えるアルバンを一歩引いたところから見ながら私はシロに告げる。
(すごい奴。なってみようかなって思うんだよね)
(曖昧だな)
(うん。でも、とにかく、すごい奴)
戦いで誰にも負けないような。あるいは誰もできないことを成し遂げるような。力も富も権力も名声も手に入れられるならなんでも欲しい。
世界で唯一の何者かになりたい。
そんな壮大で曖昧な夢を持ってもいいだろうか。
(好きにすればいい)
(これからも旅は続けたいし、シロの魔力がんがん使うよ?それでもいい?付き合ってくれる?)
(初めから言っているだろう。俺の魔力は自由に使えばいい。エルが強くなるとお前の魔力も質が上がるしな)
(えっ、そうなの?それって美味しいってこと?)
(ああ。もっと肥え太ってくれていいんだぞ)
(ぷくぷくに?)
(ぷくぷくに)
そんな会話がなんだか面白くて思わず笑ってしまった。私の場合、溜まるのは知識や経験の話だけれど。
ぷくぷくか。頑張ろう。




