百十一
探し物が見つかったというのに近付けもしない私は、中心地から少し離れた木の下でシンディに付き添われて休みながらアロウが運んできてくれたルトの絵をじっと眺めていた。
割った地面から姿を現したのは、巨大な魔法陣の中心に下半分が埋まる形で起立した楕円形の物体である。一見何かの卵かとも思ったが、表面に彫られた複雑な模様と剥がれた塗装が人工物であることを証明している。
そしてどうやら表面には深い溝が見られるようで、その箇所もしっかりと描かれた絵を見た私の感想は「開くんじゃないかこれ?」だった。
「ルトが言うには、叩いた時の反響音から中に空間があるのは間違いないだろうって。ただ、おそらく何かの魔術がかかっていて開けられないそうだ」
「魔術、ね。力尽くでもダメか?ダーガンならいけるんじゃ?」
「それは止めていたな。何が起こるかわからないからと」
「そうか……」
一応魔術師であるルトが触れても問題はなさそうだったのでそのまま調査を頼んだが、どうやら難航しているらしい。行ったり来たりを繰り返しながら状況を伝えてくれるアロウの言葉からはなかなか新しい情報が出てこない。
自分で見て触れて調べられないのがこんなに歯痒いとは思わなかった。悔しくて堪らない気持ちもあるが、正直私があれに触れたら粉々に砕けて死ぬ気がするのだ。実際のところはわからないけれど、あの物体を見ただけで頭の中にそんなイメージが浮かび上がってしまうのだから仕方ない。シロからも禁止と言われていることだし、今回ばかりは大人しくしていようと思う。
それから回数を重ねるごとにルトの絵は段々とその物体の全体像が描かれるようになり、周囲の地面がかなり取り除かれたことが見て取れる。それに伴い少しずつだが情報も増えてきた。
周囲に広がる魔法陣は通り抜けが可能であること。物体は下の土を取り除いても微動だにしないこと。つまり今は魔法陣の中心に固定された状態で、その場から動かすこともできないということだ。
物体の表面の素材はおそらく人工的に生み出された金。それも、おそらく魔法を使って。現代の魔術では再現不可能なほどに不純物も無い純粋な金だとルトが絵の横に書き込んでいる。
作られてから二千年は経っているだろうに。錆びた様子もないのはやはり、最初の魔術師の一人であるロキルの力が関わっているのだろうか。
しかし、聞けば聞くほど気味の悪い代物である。
魔法で作られた純粋な金。それを使用して作られた私の身長よりも少し大きい楕円の塊。表面には丁寧に彫られた何かの模様があり、装飾と見られる赤い塗装まで施されている。中はおそらく空洞で、表面に溝が見られることから開くと予想されるそれ。
考えたくは無いが、私は薄々その正体に勘付いていた。
「確かに、気分の良いものではない……が、」
シロは最初からわかっていたのだと思う。
古代魔術――ロキルという男が残した魔法の気配。その魔法には動力が存在すること。その正体。これらの情報をちらつかせれば私が動かない訳がないことも。
誘導された。シロが私を利用した。
そして、私ならばあれを開けると今も信じて疑っていない。
直接触れられないことは承知の上で、シロは私にあれを開けさせようとしているんだ。
「まったく、回りくどいんだから……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、こっちの話だ」
笑い混じりの呟きに首を傾げたアロウには手のひらを向けなんでもないことを告げ、私は再びルトの絵をじっくりと観察した。
楕円形の物体。開くと見られる溝が入っているのは上半分にのみ。蝶番のようなものは無くおそらく嵌め込まれているだけで、かけられた魔術さえ解ければすんなり開くんじゃないかと思うのだけど。肝心のその魔術がわからない。
というか、そのかけられた魔術がロキルの魔法だとすれば現代の魔術師に解析は不可能なんじゃないだろうか。
時代を遡る程強力になっていくと思われる魔術。そしてその生みの親の一人でもあるロキルは魔物の魔法を扱えた。そんな男が残したという転移の魔法陣は約二千年が経った今でも稼働を続けている。
ならばあの物体自体にかけられた術だって……いや、待て。そんな永久機関が存在するはずがない。
「転移の魔法陣にも動力があったんだ。だとすると、ロキルは魔法は使えても魔物と同じようには使えなかったんじゃないか?魔物は自力で魔力を生み出せる。対するロキルは人間だ。だから動力が必要だった」
「な、何言ってんのかさっぱりわからん……」
顔を上げて見たアロウは自分じゃ話し相手にはならない、と言って首と手を激しく振っている。こいつは魔術師ですらないのだから当然だ。けれど私は構わず話を続けた。
「確かに魔術……いや、魔法がかかっているんだろう。ルトが言うんだからそれは間違いない。が、他に動力が見当たらない以上その魔法は今機能していないんじゃないか。だとすると――」
あの物体は、魔法がかかっていて開かないのではなく、かけられた魔法が機能していないから開かないのである。
それ自体が道具であると仮定すれば簡単なこと。現代の魔術師で言うところの魔力切れという状態にあるのだろう。
「アロウ。ルトに伝えてくれ」
魔術は時代が進むにつれ退化している。けれどそれはロキルを含めた最初の魔術師が残したものを後世の人間が学んだことにより起きた現象であって、それに当てはまらない奴がいることを私は知っている。
術式が見える、なんて。そんな奴が生まれてくること自体、ロキルにも想定外だったんじゃなかろうか。
「ルトなら開けられる。そいつに術式を刻んで魔力を自動的に取り込む仕組みを追加してやるんだ」
過去の情報に追記する。
これこそが進化である、と私は思うのだ。
ならばルトは現代で数少ない、魔術を進化させられる可能性を持った魔術師である。
アロウが駆けていく後ろ姿を見ながら思う。
その瞬間を見れないことが少し残念ではあるけれど、あれを開けて出てくるものが何かは既に予想ができている。新鮮な反応は奴らに任せよう。
そろそろ日が沈む黄昏時。ランプをつけた方がいいだろうか、と腰の収納袋に手を伸ばしかけた時。離れた場所でカッと一瞬強く輝いた紫色の光が見えた。
ルトの術式が正常に作動し、あの物体が動き始めた証拠だろう。
割れた地面から立ち上っていた紫色の魔力が薄まり、やがて闇に溶けるように消えていく。動力として組み込まれていた物体が動き出したと同時に魔法陣が消えたことには少し驚いたが、重要だったのは更にその中身だったと思えばさして不思議なことではない。
「うわあぁぁあああ!!!!」
不意に聞こえてきて悲鳴は、その器用さから調査の手伝いをしていたボウドのものである。
見れば酷く慌てた様子でこちらに向けて駆けてくるボウドの姿が目に入る。足がもつれて何度も転びなから。暗くてよくは見えないが、その表情が必死の形相であることは窺えた。
「な、何があったのでしょうか……?」
「多分中身が飛び出してきたんだろう」
まあ、知らずに開けたらそうなるよな。
こればかりは仕方ない、と私はボウドを追ってくるソレを囲むように結界を生成した。
閉じ込められて行き場を失ったソレは地面に付いていた四足を後ろの二足に変え、開いた前足で結界を叩いている。いや、足というよりは腕と言った方がいいのか。だって、どう見てもその動きは人間のそれであるのだから。
「ひ、ひぃ!ひ、人だ、人が出てきたっ……!」
私たちの側までやってきたボウドは、情けなくも地面に突っ伏したまま踠いていた。それに苦笑しながら立ち上がった私は、収納袋から取り出したランプに灯りを灯して結界の中で暴れるソレに歩み寄る。
光で照らせば確かに人の形をしている。
スケルトンのような全身の骨。それを覆う半透明の魔力の膜。それは消えかけているのか空気との境目が現れては消えてを繰り返している。
握った拳で結界の壁を叩いて、けれど壊れない事を理解したかのようにズルズルと地面に伏して蹲る姿は本当に人間らしい挙動だった。
そうして動かなくなったソレは、どうやら魔力がもうほとんど残っていないらしい。
私は目線を合わせるように結界の前に座り込んだ。
「これは人じゃない。生きてもいない。ただの、機械人形だよ」
約二千年前に作られた魔力で動く機械人形。
作られた骨。作られた関節。消えかけた周りの膜は魔力で作られていた肉体だったものか。
これは確かに当時の人間が現代よりも優れた技術を持っていた証だろう。或いは、この制作者だけが異常だったか。
ともかく、これではっきりした。
あの物体は機械人形を収める為の箱。中の人形が動き続ける限り魔法陣の動力として魔力を供給し、魔力が尽きればそのまま忘れ去られ眠りにつくだけのもの。要は棺のようなものであるのだと。




