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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
113/115

百十



 一瞬生成した翼で落下の速度を弱め湿った大地に降り立つと、割れた地面の隙間から紫色の光が薄い幕のように立ち上っていた。それに近付くにつれて体に走る痛みが強くなる。まるで体の中のシロの魔力が反発しているかのようで、私は思わず顔を出していたシロをフードの中に押し込めていた。あまり意味はないだろうが、シロをこの魔力に近付けたくないと思ってしまった為である。



「エル!」



 真っ先に駆け寄ってきたのはシンディだ。その後ろからダーガンとルト、ついでにアロウとボウドも駆けて来る。皆一様に地面から発生している紫色の光に驚きつつも、割れた箇所を避けながらなんとか私のところまでやってきた。



「驚いた!お前、勇者よりよっぽど強いじゃあねぇか!」


「当たり前です!一緒にしないでください!」


「ああ?なんで嬢ちゃんが怒ってんだぁ?」



 とそんな二人のやり取りになんだか急に気が抜けた気がした。

 ふは、と笑った私に何を思ったのか側でしゃがんだシンディが顔を覗き込んでくる。なんだろう。その目を見返すと伸びてきた指先が軽く頬に触れ、その冷たさに少し驚く。


 どうやらこれはシンディの手が冷たいというよりも、私の体温が上昇しているらしい。目の前にいるシンディが心配そうに眉を下げている。



「体調が悪そうです。またあの時のような――魔力過多、でしょうか。すみません、ディは詳しくなくて……」


「魔力過多だって?エル、大丈夫?」



 今度はシンディの横にしゃがんだルトも心配そうに顔を覗き込んで来るから、なんだかむず痒い気持ちになりながら私は正直に紫色の光の影響であることを告げた。おそらくこの魔力が私の内にあるものと相性がすこぶる悪く、反発しているのだろうと。

 元の持ち主であるシロには今のところ影響は無さそうだとも周囲に聞かれないように知らせておく。



「それなら早くここを離れた方がいいんじゃ……」


「いや。どうやら足元のこいつには動力があるらしいんだ。それを見つけたい」



 私の言い方で情報源がシロであることは察したのだろう。一瞬考えた様子だったけれど、私が言い出したら聞かない性格なのを思い出したのか、ルトは渋々ため息を吐きながら了承の意を示してくれた。心配してくれているのに悪いな。

 

 だがこのままこれを放置しておけば何かの拍子に魔法陣が発動してしまうかもしれない。先程のブラックサーペントやダーガンのように何事もなく飛ばされるだけならまだいいが、予期せぬ事故が起きないとも限らない。停止できるならするべきだ。

 

 それに、長い間存在すら気付かれていなかったものが今になって魔物の異常という形で地上に現れているのも引っかかる。

 同じ魔法陣がこの森の地下と神殿の近くあったとして、その間を魔物がただ行き来しているだけなら数の増加や成長といった異常には繋がらないはずだろう。

 

 まさか、魔法陣の誤作動?

 それとも動力の劣化?

 

 いや、そんな現象聞いたこともない。と言っても、そもそも私の知る術式には動力など付いていないのだが。


 考えても無駄かと一旦思考をやめ、私はフードの中にいるシロへと意識を向けた。

 


 (シロ。私もあまり体が保ちそうにないから頼らせてもらうけど、動力ってどの辺りにあるかわかる?)


 (この力の中心だ。地面を掘り起こせば出てくるだろう。だが、エルはあれに触れるなよ)


 (わかった。ありがとう)



 触れてはいけない。それがなぜなのかは教えてくれなかったけれど、シロがそう言うなら従おう。


 私はルトから森の簡易図を受け取り、そこに描かれた四角形の中心を指し示す。現在地はそこよりももう少し西である。



「ここに埋まっているものを掘り起こしたい。ダーガン、お前の力を借りられるか」


「んあ?そいつぁ構わねぇが、そんなとこに何が埋まってるって?」


「さぁ。歴史の遺物か――それとも、もっととんでもない何かか。掘ってみないとわからないな」



 シロが警戒するくらいの代物だ。予想するには情報不足で、今の私には思いつきそうもない。

 それでも私はその正体が何なのかをこの目で見て確かめたい。そうして思わず口元に浮かんだ笑みを見てか、ダーガンは器用に片眉を上げて興味深そうに私を見下ろしていた。



「お前……性格はかなり違うが、ラグナと少し似てんなぁ」


「ラグナ?」


「うちの魔術師だ。常にやかましい女だが、偶に今のお前みたいに不気味に笑いやがる」


「不気味って……」



 言い方は失礼極まりないが、要は魔術師らしいということだろうなと思う。

 

 未知を目の前に出されると調べずにはいられない。わからないことが楽しくて仕方がない。魔術師という生き物はそういった人間が多いことで有名だ。だから私とその女が似ているというよりは、二人とも魔術師らしい魔術師なのである。


 

 そんなことよりも、ようやくダーガンの口から名前が出てきたな。そのラグナという女が私の探しているテイマーの力を持った魔術師だろう。ダーガンのパーティメンバーで魔術師ならばもう間違いはない。


 常にやかましい、というのは少し気になるところだが、魔術師らしい魔術師か。それは、会うのが楽しみだ。



 それはそうと今は動力を探す方が先である。

 

 行こうか、と歩き出した私は体調を心配したシンディに止められ、彼女に横抱きにされて森を進むことになった。有り難いけれどやはり少し気恥ずかしい。良い仲間を持っているなと高らかに笑うダーガンの声は森中に響いていた。





 そして私たちは、簡易図に描かれた四角の中心までやってきた。この辺りもブラックサーペントが暴れた痕跡があり、折れて倒れた木々があちこちに散らばっている。

 シロの再生の魔法を使えば元に戻すことも可能かもしれないが、これは魔物と自然との間に起きた事象である。時間はかかるだろうがいつかは元に戻ると思えばわざわざ私が手を出すことでもない。



「この辺りを掘り起こしたいんだが、手っ取り早く地面を割ってもらえるか?」


「おいおい、随分と雑な注文だなぁ」


「できなければ無理にとは言わないが」


「馬鹿言え。出来るに決まってるだろう」



 動力とはいえあの強力な魔法陣に組み込まれている代物だ。シロの魔法を持ってしても傷がつけられるかもわからない。ならば多少手荒でも地面を割ってしまうのが一番楽で手っ取り早い方法だと私は考えた。


 シンディに抱えられたまま指を刺して細かい指定を出していくと、斧を手にしたダーガンがその場所へとのそのそと歩いていく。対する私たちは邪魔にならないように少し離れ、いいぞと声を投げ掛ければダーガンが静かに頷くのが見えた。



「なぁ、今更かもしんねぇけどよ、」



 緊張感のある空気の中で申し訳なさそうに口を開いたのはボウドである。静かだなと思っていたが、どうやらいつ話を切り出そうかと頃合いを見計らっていたらしい。


 ダーガンが握った斧を肩の上で構え、異様な空気を醸し出しているのを眺めながら「なんだ」と聞き返してやれば、ボウドはそんな大男を指差して当然の疑問を口にした。



「なんでダーガンさんがここにいるんだ……?」


「なんだ。聞いていないのか」



 ドゴオォオオン!!


 振り下ろされた斧が地面を叩き割る。湿った土の塊が辺りに飛び散りぼとぼとと音を立てて落ちていく。

 けれど、濡れた大地を一撃で割ることは叶わなかったのか、再び振り上げられた斧がもう一度、更にもう一度と何度か強い衝撃を与えた後に明らかに聞こえてくる音が変わる瞬間があった。


 そして現れる紫色の光。一瞬にして辺りに広がった薄い幕のような光と、その中で割れて迫り上がった大地に立つ斧を担いだ大男という絵面は少し異様な雰囲気があったけれど……一先ず任せた仕事は達成してくれたようなので何も言わないでおこう。



「話は後だ。シンディ」


「はいっ」


「ちょっ、ああ、また聞けなかった……」



 肩を落とすボウドと横でその背に手を添えるアロウへの説明は後回しにして、私たちは割れた地面の中を進む。

 軽い足取りでひょいひょいと飛んで移動するシンディはあっという間にダーガンの元へと辿り着いていた。



「何か見つかったか?」



 光が立ち上る割れ目から中を覗き込んでいる男の横まで来て私たちも同じように地中に目を向ける。すると、全体像はまだ見えないものの魔力とは違う金色の輝きが一瞬目に入った気がした。その瞬間。



「っ、う、」


「エル!?」



 込み上げてくる吐き気。思わずシンディの腕の中から飛び降り、地面に胃の内容物を吐き出してしまう。


 

 一瞬見えたのは何かの卵のような金色の塊だった。正確な大きさはわからないが私の身長よりは大きいんじゃないだろうか。

 魔法陣と思われる魔力の層の中に埋まるその物体の表面には細かく彫られた何かの模様と、微かに残った剥げた赤い塗装。それから、じわじわと漏れ出す澱んだ魔力。


 表面上はとても美しい造形物にも見えるその塊。けれど、一目見ただけで込み上げてきた吐き気と粟立つ肌。何より私の内にあるシロの魔力が明らかな拒否反応を示している。



 触れるなって?


 いや、これ以上近付ける気もしない。



 ねぇ、シロ。

 


 ――アレは、なんだ?



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