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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
112/114

百九



 ルトに教わった術式を使えば巨大な氷の結晶を撃ち込むことも可能だが、シンディやダーガンの攻撃が通らない以上同じく弾かれるのは目に見えている。あの巨大なブラックサーペントはダンジョンで戦ったサンドワームとは違い、硬い鱗を纏っているので。

 

 とはいえシロの魔力を使っても、私が生成する針や杭は小型から中型の魔物には有効でもここまで大型となるとほとんど効果がないのである。

 剣を強化し、更に纏わせ大剣を作っても、あれは大きくなればなるほど持続時間が短くなってしまうものだ。魔物を一撃で倒すと考えれば問題はないのだが、この先それでは倒しきれない敵が現れないとも限らない。

 


 思い返せばクランデアの街で戦った魔王にも有効打はあまりなかったように思う。魔王を退けたと周りからは持て囃されても、実際のところ傷一つ付けられなかった事実は変わらない。

 

 このままではダメだ。それはずっと思っていたことだった。だからそろそろ新しい攻撃手段を確立しておきたかったのだ。


 

 ブラックサーペント。恨むなら私の前にお前を飛ばした転移の魔法陣を恨んでくれ。





 結界で足場となる壁を作りそこに立つ。手に持つ剣を目の前で構え、シロの魔力を少しずつ流し込みながらイメージするのは燃え盛る火。

 

 森で火の魔術は厳禁だとか周囲の木々に燃え移ったらどうするとか考えなければいけないことはいろいろあるけれど、そんな問題はブラックサーペントの周囲に空洞の円柱型に作った結界を張ることで解決した。私はすこぶる冷静である。


 結界の中に閉じ込められた魔物は逃げ場が無くなったことに気付いているのかいないのか、上空に佇む私をなす術もなく見上げているだけで特に動きは見られなかった。当然だ。ブラックサーペントに翼はない。幾ら胴体を伸ばしても空にいる敵を掴むことは不可能なのである。


 そんな私の更に上空には、剣から漏れ出した赤い魔力が塊となって膨れ上がっていた。轟々と燃え盛る炎。その塊。シロの魔力と合わさって圧縮された炎はまるで天に浮かぶ太陽のようで、異様な存在感を放っていた。



「まずはひとつ。消えてくれるなよ」



 剣を振り下ろす。切先はこちらを見上げるブラックサーペントへ。それと同時に動き出した炎の塊は最初はゆっくりと、けれど徐々に速度を上げていき地面に到達するまではそう時間は掛からなかった。

 

 円柱の結界に沿って上がる火柱。轟く轟音。肌が焼かれそうなくらいの熱風が辺りに吹き抜け、結界を張ったにも関わらずその外で木から火の手が上がったことには流石に少し慌ててしまった。

 だから再び剣を構え、イメージするのは冷たい水。いや、この場合は空気を冷やすだけでいい。そうして自然と生まれた上昇気流と天を覆い始める雲。次第に降り出した大粒の温かい雨があちこちで上がり始めていた火と火柱を少しずつ消してくれる。



 火柱の中心にいたブラックサーペントはまだ形を留めていた。とはいえ黒炭と化してほぼ死にかけの状態だったのだが。魔術への耐性を持っていると思ったがどうやら限度もあったらしい。



「この火球は作るのに時間がかかりすぎる。もっと短縮しないと使えないな。大きさも変えないと敵が動き回っていたらあんなもの当たらないじゃないか」



 うんうんと唸りながら目の前の剣を眺めて考える。

 複数の魔物の魔石を素材として使って作られた剣。私がイメージした属性の魔術をある程度自由に使えるようになっている。シロの魔力と合わせることでその威力は跳ね上がり、調整も可能という大変便利な代物だ。問題があるとすれば扱いがかなり難しく、私もまだ完全には使い熟せていないことだろうか。


 他にも試してみたいところだが、ブラックサーペントはもう虫の息。別に痛め付けたいわけではないのであと一つくらいで終わりにしよう。


 

 そうして振り翳した剣に魔力を流し、イメージするのは風の刃。シンディがよく使っているものなので思い浮かべるのに時間は掛からなかった。使い勝手が良さそうで私もやってみたかったのでちょうどいい。

 

 ある程度の魔力を流した剣を勢いよく振り下ろす。飛び出した風の塊は目にも見えるほどの白い魔力を帯びていて、黒炭と化していたブラックサーペントに当たるといとも容易く真っ二つに切り裂いたのだ。

 しかしそれだけではとどまらず、そのまま森の大地を削り取りながら魔力が尽きるまで進み続けてしまったことにはまた少し慌てた。うん、これももう少し調整が必要だな。



「思っていたよりあっさり終わったな」


「図体がでかくなったところで俺の魔力の敵ではないわ」



 ひょこりとフードの中から姿を見せたシロが下を覗き込んでいる。

 確かにシロの魔力に渡り合える魔物はそうそういないだろう。思いつく限りでも傷一つ付けられなかったのはあの魔王くらいのものである。あとは、そうだな……



「そういえば、これだけやってあれは大丈夫かな」



 降っていた雨も止み、雲が晴れて元の青空が顔を出し始めた頃、ようやく私もシロの目線の先を追って地面に目を落とす。

 あまり気にせず力を使ってしまったが、地面に埋まっていると思われる転移の魔法陣は無事だろうか。シロの魔力で作った結界を触れただけで粉砕するほどの代物だから大丈夫だとは思うのだけど。



 ブラックサーペントの残骸が残る辺りを見渡してふと気付く。抉れた地面の隙間から紫色の光が漏れ出している。その光を見た瞬間にビリビリと体に走った感覚は、覚えのあるものだった。



「魔術具の感覚……どうして……」



 王都の教会が追っている犯罪集団が使う魔術具。魔術師を無力化したり、使った者をレイスに変えてしまったり、人体に悪影響のあるものばかりかと思えば術を強化する道具まで存在した。誰が作っているのかは未だに不明だが、魔術師であることは確実だ。

 

 そんな道具を見ると体に現れる痺れのような痛みをどうして今感じているのか。しかもあの紫色の光は確かに今までに見てきた魔術具からも発せられていた色である。



「ねぇ、シロ。あれは、なに……?」



 魔術具と同じ気配を漂わせる魔力。これが古代の魔術と関連があるのだとしたら。あの道具たちは、その制作者は、犯罪集団の先導役とは、レイランが口にしたお告げの主とは、いったい。


 見えそうで見えない真実をシロに求めるのは狡いのかもしれないけれど。思わず尋ねてしまった私は、体に走る痛みに対抗する為両腕でぎゅうっと体を押さえつけていた。



「……あれはロキルの魔法だ」


「ロキル」



 知った名だ。この世界で出回っている歴史書や魔術書を開けば必ず目に入る大昔の魔術師の名である。


 魔物が使う力を人が理解できる術式という形に書き起こした最初の魔術師の一人。ロキル・アンティ。

 

 今ある全ての魔術の祖。その中でも特に有名な男だ。それだけ多くの功績が残されている。彼がいなければ現代でこれだけ多くの魔術師は生まれていなかったかもしれない。それどころか、魔術によって発展してきたこの国は今のような姿をしていなかったかもしれない。


 そんな男の、魔法、だと?



「あの男はエルが思っているような偉大な人間などではない。俺でも理解不能な頭のおかしい奴だった」



 私の記憶を読んだのか、本から得たロキルという偉人の情報にシロは心底呆れている様子だった。というか、頭のおかしい奴だった、って。見てきたように言うんだな。

 

 シロがそれだけ昔から生きているということか。実際ロキルは凡そ二千年前に生きていたとされる人間である。



「ロキルは魔物の力を正しく理解し、使っていた」


「魔物の力……魔法……」


「あれは魔物にも理解し難いものだったが」



 それじゃあ今見えているあの紫色の光は、そんな頭のおかしい男が残した魔法なのか。シロがそこまで言うような奴だ。残された魔法が私の常識に当てはまるものなのかすら疑わしい。


 危険だとは思いつつ、知りたいとも思ってしまう私がいるのだけれども。



「これだけ長い間残っていたとなると動力があるのだろうな。見たいなら止めないが、おそらく気持ちのいいものではないぞ」


「……それでも」



 私は体に走る痛みを深く深呼吸をすることでやり過ごし、立っていた結界の壁から一歩足を踏み出した。


 私が知っているのは本で語られる偉人としてのロキルのみ。そこにシロが言うような事実はどこにも記されていなかった。都合が悪かったから残されなかったのか、改ざんされているのか、現代ではそれを知ることはできない。


 けれど、私は思うのだ。

 

 重力に従って落ちる中でふと呟いた声は自分でもわかるほどに楽しげだった。



「――隠された歴史にこそ価値がある」



 それがどれだけ悪意に塗れたものだったとしても。


 私はそれが、知りたいと、思う。



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