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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
110/114

百七



 そして翌日。

 


「よし、やるか!」



 朝食をさっと済ませて準備を整えた私は、早速地面の調査を開始することにした。

 

 最初に調べる場所は森の中心地。簡易図で浮かび上がったあの四角形の中央付近でもある。基本的にシロの魔力を借りて行うので特に用意するものはない。

 

 気合いを入れてフンッと鼻から息を吐いていると、後ろからボウドとルトの会話が微かに聞こえてきた。

 


「なあ、あの子供なんであんな元気なんだ?俺あいつが寝てるとこ一度も見てないんだけど。大丈夫なのかよ」


「えっ、あー……エルはその、ちょっと特殊というかね。そう、特別なベッドじゃないと眠れない体質なんだ」


「それ大丈夫なのか……?」



 特別なベッドでないと眠れないとかどこのわがまま女だ。いや、間違っていない気もするが。思わず振り向いてジトっとした目を向けると、ルトは苦笑しながらも紙の束を抱えて近くまでやってきた。



 今回もルトには記録を頼んだ。紙の束はその為のもの。普段は絵を描くのに使っている自作の紙だが、調査の為ならとルトが新しく用意してくれたのである。

 

 アロウとボウドは特にやることもないので私の目に入る場所で待機。シンディには引き続き周囲の魔物の警戒に当たってもらっている。



 それぞれ用意ができたようなので早速始めよう、と私はいつもの要領でシロの魔力を操作した。

 

 結界を生成するのと同じ。しかし今回作るものは形が特殊で細長い円柱形である。中は空洞で太さは大体林檎二つ分。長さは一先ず大人三人分くらいでいいだろう。強度はその辺の岩よりも強く、半透明で中身が透けて見えるので、調査に使うには申し分ない。

 シロもまさかこんなことに魔力が使われることになろうとは思っていなかったかもしれない。

 


 空中に出来上がったそれを真っ直ぐに地面に突き立てる。あとはゆっくり刺していき、ある程度埋まったところで蓋をして引き抜けば地面の中身がどうなっているのか目に見えてわかるはずという計画だ。

 

 これを幾つかの場所で行い、森の下の地面が今どういう状態になっているのかを調べること。それが今日の予定である。


 

 しかし、想定外の事態は結構早くにやってきた。


 円柱が地面に半分くらい埋まった時だ。コツンと何かに当たった感覚がした直後、割れたガラスのように弾け飛んだそれは跡形もなく消えてしまったのだ。



「――え?」



 シロの魔力で作られた円柱が、である。悪魔くらいなら足止めもできる強度を持った結界なのに、である。

 あまりにも今目の前で起きた現象が衝撃的で、私はこの時数瞬固まった。


 そして後から頭に浮かび上がってくる古代魔術の可能性。



「そうか、この下に……」



 やはりあるのだ。この下に。シロの魔力すら一瞬で消し去るくらいの強い何かが。

 

 そう思うとむくむくと湧き上がってくる興味と興奮が抑えられず、私はすぐさまみんなに届くように声を上げた。



「予定変更だ。移動するぞ!」



 ここでの地層調査は一旦諦め、今の現象があの簡易図の四角形の中でのみ見られるものなのかをまずは調べるべきだ。

 

 その為にこの後私が向かったのはこの異常の起点となっていると思われる四地点。それぞれを巡り、内側と外側で魔力を地面に突き刺した時に粉砕されるかどうかを見る実験を繰り返す。

 するとどうだろう。やはりというべきかシロの魔力が一瞬で粉々になる現象は、内側でしか見られなかった。



「この地面の下に何かが埋まっていることだけは確かだな。それも結構な広範囲に、だ」



 ルトの手元の紙には森の簡易図ととある四地点を結ぶと現れる四角形、それからシロの魔力を刺して粉砕された場所がバツ印で記入されている。

 外側では一度も粉砕は起きず、内側では一つ残らず粉砕された。つまりこの簡易図に浮かび上がった四角形は、その埋まっている何かと同じ形をしているのではなかろうか。地上で起きている魔力や魔物の異常も関連している可能性が高い。


 巨大な形ある何かなのか。それともダンジョンような空間なのか。

 上から刺しただけでは判断ができず、思いつきで外側から内側へと食い込むように斜めに魔力を刺してみたところ、粉砕されずにどこまでも入っていく様子に私は思わず首を傾げた。場所を変えてみても同じである。



「何かが埋まっているとは言ったが、これは……」


「うん。もしかしたらこの四角の中の地面にだけ高密度の魔力の層があるのかもしれないね。埋まっているのは物体というより魔力そのもの……もしくは、何かの術式……」


「それは少しゾッとするな」



 ルトの言ったことはつまり、私たちは今得体の知れない古代魔術の術式――魔法陣の上に立っているのと同じということだ。何をきっかけに発動し、何が起こるかもわからない。しかもその魔法陣はシロの魔力を粉砕する程の強い力を持っている可能性まであるときた。

 

 なんてこった。この森はとんでもない危険地帯じゃないか。



「どうする?一先ず森を出る?まずは安全を確保してからどうするか考えてもいいと思うけど……」


「そう、だな。何か起きてからじゃ遅い。一旦外に出て、それから――」


「――待って!」



 遮るように言葉を重ねたルトは、先程までの冷静さを捨て持っていた紙の束を急いでバッグに詰め込んでいる。

 

 どうかしたのかと問えば、荷物をまとめたルトが顔を上げるのと、森のどこからかドオン!と大きな音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。



「転移だ!何かが森に転移してきた!」


「えっ」



 ドオォオン!


 すぐ近くから聞こえてきた大きなものが暴れているような音。そこには魔物の鳴き声や木々が倒れる音も混ざっている。


 突然なんだ?転移だと?そんなものが発動した形跡も覚えもないのだが。


 

 軽く混乱していた私は悲鳴をあげながら走ってくるアロウとボウドが目に入ったことで一先ず頭を切り替えることにした。

 

 何はともあれルトの目には転移の術式が見えていて、大きな何かがこの森に現れてしまったことには違いないらしい。ならば考えなければならないのはまず連れの安全だ。



「お前たち、怪我は?」


「お、俺たちは大丈夫だがあいつ!シンディが!」


「突然現れた巨大なブラックサーペントと戦っているんだ!」


「ブラックサーペントが突然現れただと?」



 この森に入ってからサーペント系の魔物は一度も見ていない。それが何故今……いや、転移。そうか、なるほどそういうことか。


 

 私の知っている転移は二種類。ルトが使う同じ術式間を一度だけ移動するものが一つ。それから、そこからリオが独自に発展させた短距離だが無限に使えるものがもう一つ。


 もし、その二つを混ぜたようなものが――同じ術式間を無限に移動できる転移があるのだとすれば。この森にいる魔物が、別の場所から転移してきているものなのだとすれば。

 

 私たちの足元にあるのは、そんな完成形の転移の魔法陣なのではないか、と。


 

 ――魔法とは、今世間で知られている全ての魔術の原点だ。



 ならば、遥か昔に作られたものが現代よりも優れていることだってあり得るのではないか。


 

 ――魔術とは、魔法を解析する過程で人間や亜人が独自に生み出した力のことだ。

 


 細分化され、便利にはなった。けれど一つ一つの力は弱い。いや、弱くなった。

 

 だとすると、私はこう言わざるを得ない。



 魔術は時代が進むにつれ退化しているのだ、と。



「……考えるのは後だな。まずは、」



 バキバキと折れる木々。上がる土埃。森を破壊しながら暴れる巨大なブラックサーペント。その胴体だけが目に入り、私はすぐさま駆け出していた。


 ルトたちの周りには結界を張っておいたので余程のことがない限りは大丈夫だろう。


 そうして森の中を駆け、黒い巨体に近付けばすぐにシンディのベールによる魔術が目に入ってきた。その発生元に向かうとそこには。



「あ!?なんだってこんなところにガキがいやがる!」


「あっ、あれがエルですよ!エルー!少し手を借りてもいいですかー!」



 シンディとその横に大人一人分くらいはありそうな大きな斧を持った見知らぬ大男がいたのである。



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