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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
109/131

百六



 ふふん、と得意げに笑うボウドは宣言通り数十体の魔物を短時間で解体してみせた。その手腕は本当に見事なもので、正直それを職にした方が食っていける気がしたのだが、そういえば前に勤めていた食事処ではそれしか出来ず追い出されたんだったな。世の中そうそう上手くはいかないものである。


 そうして解体された肉や素材は一先ず収納袋に入れておくことにした。既に大量に入っているので容量が心配だったのだが、とりあえず全て収まったので良しとしよう。

 けれどこの収納袋はシロの異空間とは違い、入れたものは通常の時間の経過に合わせて劣化していくようなので、肉は早めに処理する必要があるのが考えどころだった。後で時間ができた時に干し肉でも作ろうか。


 小さな袋に大量の肉や素材が吸い込まれていく様子を見たアロウとボウドはまた口をあんぐりと開けて驚いていた。



 さて、魔物が片付いたところでようやく調査開始である。


 ルトとシンディにはシロが古代魔術の可能性のある気配を察知していることを、アロウとボウドには魔物増加の原因を私なりに調べてみるとだけ伝え、若干の食い違いがありながらも私たちは動き出したのだ。


 

 まずは私の魔力感知で魔力の濃淡が強い場所を見つけ、その周囲に彷徨いている魔物の量を観察しながら沿うように森をぐるりと一周した。ルトにはその道筋を紙に描き起こしてもらいながら、襲いかかってくる魔物はシンディに任せ、私は歩幅と歩数で距離を割り出したり……と、言うだけなら簡単だが実に数日を要する作業だった。特に私とルトは夢中になっていたので何日経過したかなど覚えていない。


 ルトは前に一人で旅をしていた時に遺跡を巡りながら絵を描いていたと言っていたので、元からこういう作業が好きなのだろう。かくいう私も負けず劣らず、未知を探る過程を大いに楽しんでいた。



「一先ずここまでの成果をまとめよう」



 何日目かの夜。焚き火を囲みそれぞれが食事を取っている中で私は手元にある紙に目を落として口を開いた。

 もう隙間もないくらいにびっしりと書き込んだ紙。元はルトに描いてもらった森の簡易図である。

 


「数日調べた結果、魔力の濃淡の境目は森のとある四地点を結ぶほぼ直線上にあった。そして今のところ、その四地点を結んでできる四角形の内側だけで魔物が増加するという現象が見られている」


「魔力の濃度が外より濃いっていうのと魔物増加には関連がありそうだよね」


「ああ。だが、多少形は歪でもこんな図形が自然に出来上がるとはどうにも思えない」


「でも起点になっていそうなその四地点には何も無かったよ。周囲に生えている草木にも異常は見られなかった。念の為土も調べてみたけど成果は無しだね」



 ルトとやり取りをしながら別の紙に情報を整理する。

 書き込むのに使っている黒と赤が切り替えられるペンは、魔物の素材からルトのペンを模して私が作ったものだった。

 

 材料はドラゴンの魔石のような貴重なものではなく、ランクの低い魔物の血や骨なんかを素材として使っているのでそう長くは保たないのだが。しかしこの森は魔物が多く出現しているので、ルトの術式があれば何度でもまた作り直せるから遠慮なく使わせてもらっている。



「うーん、人工的なものだとは思うんだけどな……」



 簡易図に浮かび上がった四角い図形。その中でのみ発生している魔物の増加。けれど古代魔術の痕跡らしきものはまだ何も発見できておらず、どうしてこの場所だけ魔力が濃いのかもわからない。


 魔力感知で見ても特質した異常は無く、シロはなんらかの気配を察知しているのに、術式が見えるルトの目には今のところ何も映っていない。……これが意味するのはなんだ?



「目に見える場所には無い、か」



 だとすると見るべきは平面ではなく立体だ。木の枝が絡まっていてあまり見えない上空か、はたまた私たちが踏みしめているこの大地の更に下か。

 

 せめてもう少し何か取っ掛かりがあれば、この先の方針も決まりそうなのに。うーんと再び唸る私とルトの横で、残り三人が話している声が聞こえてくる。



「あんた、あれに混ざらなくていいのかよ」


「ディには難しいことは分かりませんので。それに魔物の相手をするという仕事をいただいていますし、そこに集中しておきます。適材適所、ですね!」


「確かにシンディは凄いよな。ここの魔物でも一撃で仕留めてしまうんだから」


「ここの魔物?他とは何か違うのですか?」


「気付いてねぇのかよ。強すぎるってのも困ったもんだな。明らかにここの魔物は他と比べて強いだろうに」


「――待て。それ、詳しく」



 思わず会話に入ってしまったが……なんだって、魔物が強い?


 ルトとシンディを交互に見るが、二人は首を傾げるだけだった。私もこの森では何度か魔物と戦ったが、特に強いという印象は受けなかったと思う。



「俺らからすりゃあどの魔物もランクが一つずつくらい上がってる印象だぜ。まぁ、自分たちの実力不足の言い訳にしか聞こえないかもしれねぇが……」


「いや、いいことを聞いたよ。その感覚はお前たちからしか得られなかった」



 私もシンディも基本的に素材が取れる魔物は一撃で仕留めるようにしているから。その方が傷が少なく、肉も素材も良質な物が取れる為だ。

 それだけでなく、ダンジョンやクランデアの街で戦った奴らが通常滅多にお目にかかれないような高ランク帯の魔物ばかりだったので、少し感覚が麻痺していたようだな。


 私は改めてアロウとボウドに向き直った。



「他に気付いたことがあるなら遠慮なく言ってくれ。突破口になるかもしれない」



 こうして誰かに意見を求められること自体が二人にとっては珍しいのかもしれない。顔を見合わせてどこか嬉しそうに話し始めるところは、最初と比べると随分と軟化した気がする。それがいい変化なのかどうかは私には判断ができないが。



「魔物が強いってことに関係してんのかは知らねぇが、解体は少しやり辛いよな」


「俺はボウドの補助しかしてないけど確かに肉……というか筋肉がしっかりしている印象だな。持った感じが凄く重い」


「というか、やたらと獣多くねぇか?魔物ってもっと他にもいるだろ。虫型とか、スライムとか。あれはあれで解体方法や下処理の仕方も違うんだぜ」


「スライムはともかく虫型の魔物って食べられるのか……」



 ボウド曰く、虫型の魔物は上手く処理をすれば食べられるし、意外と栄養があって平民の間じゃそう珍しいものでもないらしい。いいとこのお嬢様じゃあ食卓に並ばないのも無理はない、と言われたのにムッとして、今度どこかで見かけたら食べてみようと心に決めた。


 それはともかく、魔物の解体から得られる情報というのは貴重である。


 ランクが上がったと感じる程の強さ。発達した筋肉。私とシンディはなんでもスパスパと斬ってしまうので、その辺りを気にしたことはなかったな。

 

 それからアロウの言った解体した後の重さというのも気になる。そこが異なってくるとなると、魔物が単に一時的な強化を受けただけとも言い難い。成長しているのか、もしくは。



「獣ばかりというのも確かに奇妙だ……」



 森には虫型の魔物が付き物だ。それがこの森に入ってから一度も遭遇していない。いるのはボアやグリズリーといった獣系の魔物ばかりだった。


 これは明らかに異常である。

 魔力感知では見えなかった確かな異常。



「なるほど、少し見えてきたな」



 数日滞在してみたが、私たち人間の体にはなんの影響も無い森の中。その中のとある四地点を結んだ四角形の内側でのみ見られる魔力と魔物の異常現象。

 そして、まるで成長したかのような獣型の魔物たちは数が増え、いてもおかしくない虫型の魔物は姿さえ見られない。

 

 何かが魔物にのみ影響を与えているとしか思えないじゃないか。


 

 人間には関わりが無く、魔物にはあるもの。


 そう、例えば、古代魔術――魔法とか。



「楽しくなってきたな」



 思わず口元が緩むのは仕方のないことだった。だって、未知を追うのはこんなにも面白い。



「明日からは地面のもっと下まで調査をしてみよう。獣ばかりというのも見方を変えれば全て地に足のついた魔物には違いない」



 食事の後は各々が睡眠を取っている中、私は森の簡易図を眺めながら眠らずに一晩を過ごすのだった。



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