百四
森の中はやはり魔物の魔力が多く見える。今私たちがいるこの辺りには今のところいないようなのだが、きっとそれも一時的。食事を済ま出たらさっさと移動してしまった方がいいだろうな。
おっと。アロウとボウドには処理を頼んだはずなのだけど。先程の魔物の大群はあの場所にそのまま残されているらしい。あの数を解体したにしては再び姿を見せるのが早いと思ったら……
「そういえばさっきの魔物はどうしたんだ?処理を任せたはずだが」
「ああ、あそこで解体しても肉も素材も持ちきれねぇからな。後で他の冒険者連中も呼ぼうと思って血抜きだけして置いてある」
「へぇ。そこは意外としっかりしているんだな」
「意外ってなんだ意外って!」
キッと吊り目を更にキツくして睨みつけてくるボウドは置いておいて、考えがあるなら魔物の方は放置でいいかともう一度魔力感知で辺りを見渡してみる。
と、一瞬ポゥッと強まる魔力の反応が見えた。これは誰かが魔術を使った時の反応だ。魔物討伐の依頼を受けた冒険者は他にもたくさんいると言っていたし、おそらくそのうちの一人なのだろう。ここからそう遠くはない距離なので、ちょうどいい。
「王都まで送ってやることはできないが、近くに他の冒険者がいるならそこまでは付き合ってやってもいい。ただし、報酬はもらうけどな」
「ほ、報酬か……俺たちに渡せるものがあるかどか……」
顎に拳を当てて考える素振りを見せるアロウに、私は言葉を続けた。今欲しいのは情報だ。彼らが王都の冒険者だと言うのなら知っているはずの情報が私は欲しい。
「勇者の再来と言われている奴がいる冒険者パーティの情報が知りたい。特に今の居場所だ。依頼を受けているならその詳細とかな」
「げっ、お前らダーガンさんたち探してんのかよ。あの人らはそうそう捕まんねぇぞ」
「ダーガン?それがリーダーの名前か?」
「違う違う。ダーガンさんは闘技場の元剣闘士だ。勇者に引き抜かれてパーティに加わったって言ってたぜ」
ああ、そういえばそのパーティは少年剣士とテイマーの他に元剣闘士の大男がいるという話だったな。そんなことを辺境伯の屋敷であの胡散臭い男が言っていたのを思い出す。
ついでに他の二人の名前は知っているのかと聞けば、アロウもボウドも首を横に振っていた。
「確か、勇者って言われている割には弱そうな名前だったような……」
「お前たちにだけは言われたくないと思う」
私が言うのも何だが失礼すぎるボウドの言葉はさておき、そのダーガンという男が勇者パーティに加わった経緯を言っていたということは、この二人はそいつの知り合いなのだろうか。見ず知らずの奴にわざわざ語ってやる内容でもないと思うのだが。その問いにも二人は首を横に振る。
「ダーガンさんは、俺たちが冒険者になる前に勤めていた店の常連だったんだ。店の中で話しているのを聞いたことがあるだけさ」
それは盗み聞きと言うのではなかろうか。何だかいちいち突っ込むのが面倒になってきて、私は黙ったまま話の続きを待った。
「俺たちが前に勤めていたのは王都でも人気の食事処でな。まあ料理の腕はそこそこで下処理くらいしかやらせてもらえなかったんだがな」
「おかげで魔物の解体だけは一流だぜ。って言っても結局それしか能のない奴は役に立たねぇってんで追い出されたんだけど」
「ボウドはまだいいさ。俺なんかほどんど皿洗いだった」
「これから何で稼げばいいんだってんで二人で冒険者を始めたわけよ」
「いや、お前たちの話はどうでもいい」
なぜ私はこいつらの話を律儀に聞いてやっているんだろう。
完全にこちらの話は聞いていなさそうなルトとシンディは、私の横で千切った丸パンをスープに浸して食べている。思わず私も手を差し出して丸パンを受け取った。うん、やっぱりスープとパンの相性は最高だ。屋敷でたくさんもらっておいてよかった。
「それで?結局お前たちはそいつらが今どこにいるのか知っているのか?」
「そういやダーガンさんたちも魔物討伐の依頼を立て続けに受けてるってギルドで噂になってたな」
「ああ。王都の北東部の……ほら、先月悪魔が出たっていう。確かあの辺りに向かったって話だったと思う」
ようやく有力な情報が出てきたな。とは思ったが、よく考えたら王都の北東部と言えば神殿がある方角じゃないか。先月悪魔が出たという話も気になるがしかし、今一番関わりたくない場所の近くに目的の人物がいるかもしれないなんて、いったい何の因果だろう。
「ちなみに、そいつらがもう依頼を達成して王都に戻っている可能性は?」
「あの人たちの強さを考えればそれも無いとは言い切れねぇが……」
「だが、今あの辺りは特に魔物が増えているって聞くからな。いくらダーガンさんたちでも原因がわからないまま帰ってくるとは思えない」
冒険者ギルドの討伐依頼が出続けてる以上、魔物増加の原因はわかっていないと見るべきか。だとするとその勇者パーティはしばらく王都には戻らないことが予想される。
このまま王都に行っても待ちぼうけを食らうくらいなら危険を承知で神殿の方へ向かってみるのもいいのかもしれない。けれどそうなると王族が黙っていないだろうし、面倒事が増えるのは目に見えている。
さて、どうするべきか。
もう一度周囲を魔力感知で見渡しながら考える。
魔物増加の原因が今わかってしまえば簡単なのだが、どうやらそう簡単にもいかないらしい。
森の中の魔力は確かに外と比べると濃い気がする。魔物の数も相変わらず多い。しかしその原因はと言われてもわかりやすい異常が発生している様子はないのである。
どうするべきかと考えあぐねていたところ、久しぶりに思える声が頭に響いて私は思わずハッとした。
(この辺りは懐かしい力の気配がするな)
(シロ!起きてたのか)
最近日中はもうほとんど出てこないシロがフードの中でもぞもぞと動き始める。側にアロウやボウドがいるせいで顔を出すことはないけれど、頭の中にははっきりとその声が響いていた。
(お前たちからしたら遥か昔のものだろう。あの樹が作っている結界とも似た気配だ)
(あの樹って聖樹か?それってもしかして古代魔術関連なんじゃ……)
王都にある聖樹。シロの魔力を得たことで魔物の侵入を許さない結界を生み出しているという。
それは古代の魔術であり今も尚詳細が解明されていない未知の力――というのは世間の話で、私の中でそれが魔法と呼ばれる魔物の力である、と一つの答えは既に出ている。
シロの再生や私たちの契約。そのどちらもが魔法だ。私が使う針や杭の攻撃だってそう。私の結界は聖樹の劣化版とすら言えるだろう。
そんな古代魔術こと魔法は、今世間で知られている全ての魔術の原点だった。しかし同じものではない。魔法を解析する過程で人間や亜人が独自に生み出した力こそが魔術なのだから。
現代の魔術師たちが同じ魔術と思い込んでいくら研究を積み重ねても、古代魔術が解き明かされることが無いのはきっとそんな理由が根底にあるのだと私は思っている。
そんな魔法の気配が、ここに。
「――興味があるな」
思わず呟く。口角が上がる。
魔物増加の原因と関わりがあるかは不明だが、魔法の気配と聞いて私の食指が動かないわけがないのである。
「よし。その調査、私たちもしてみようか」
ちょうど今問題の場所に居合わせているのだ。この機を逃す手はない、と楽しげに告げる私に、ルトとシンディはもぐもぐと口を動かしながらお互いに顔を見合わせていた。




