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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
104/114

百一



 それからというもの、リオは失敗ばかりで仕事にならなかった。流石にこのままではいけないと判断したレイドによって強制的に休憩に入ったのはいいが、リオは終始黙ったままとぼとぼと歩いてガレオラスの寝室に入っていってしまったのだ。



「あーあ、あれは相当寂しいんだろうねぇ。可哀想に」


「そんなこと言われても私にはどうすることもできないんだよ。連れていくわけにもいかないし」


「だからって相手は子供だぞ。もっと丁寧に説明してやった方が良かったんじゃないか」


「私もお前も同じ子供だろうが」


「生憎俺はもう成人しているつもりで働いてる。お前に子供の自覚があった方が驚きだ」



 開けた扉の影から並んで顔を出してリオを見送った私たちは、それから執務室の長椅子にそれぞれ腰掛けた。

 ソロはもう部屋の隅で蹲っているのには飽きたらしい。目の前のテーブルに並んだ書類を指で摘んで眺めている。その姿に一つため息を吐いてから私は話を戻すことにした。



「休憩ついでにまだ聞いておきたいことがあるんだが、王都周辺は今どんな状況なんだ?」



 王族と神殿の水面下の争いのこともあるが、少し前までは悪魔の出没で騎士団も人員不足に悩んでいると聞いた気がする。

 スイストンの街で会ったサフは、クランデアでの一件以降悪魔が少なくなったことで遠出できるようになったと言っていた。果たしてその後はどうなのか。あの魔王は再びどこかに現れてやしないのか。

 

 王都周辺と言えば神殿だって無関係ではいられないはずだ。その神殿と聖女は悪魔をどう見ているのかも気になるところだった。

 なにせ、魔王も聖女も共に勇者伝説の登場人物であるのだから。


 私のそんな疑問に口を開いたのはレイドである。



「神殿の方はわからない。だが今の王都はそれなりに安定していると思う。悪魔の話を聞かなくなったわけではないが、前に比べたら随分と減った。魔王がまた現れたという話も耳にしない。それに、王都には騎士団や教会の他に勇者の再来と言われている冒険者もいるからな」


「勇者の再来……そういえばそんな話どこかで……」



 ふと記憶を辿って思い出す。

 クランデアの街の祭りで屋台を巡っていた時に聞いた話だ。やたらと強い冒険者パーティが王都で活躍しているのだと。そいつらがランクの高い魔物を狩っているおかげで品質の良い素材が多く出回っているのだと。

 その冒険者パーティのリーダーが勇者の再来と言われているとかなんとか。



「俺も何度か見かけたことがある。三人組のパーティだったはずだ」


「そうそう。一人はリガンタの街の闘技場で剣闘士をしていた大男らしいよ。リーダーはレイドくんと同じくらいの少年剣士で、もう一人は魔術師だね。噂ではテイマーだって話だよ」

 

「テイマー!」



 それは魔物を従える能力を持った者の総称だ。冒険者としての職業は魔術師と統一されるのだが、テイマーの能力を持つ者はその中でも僅かしかいないという。


 剣闘士や剣士にはあまり興味は湧かないが、テイマーには一度会って話を聞いてみたいと思っていたところである。

 思わず身を乗り出した私に二人は少し驚いている様子だった。



「そのテイマーには王都に行けば会えるのか?」


「さ、さあ。彼らは冒険者だ。王都を拠点として活動しているのは確かだが、依頼で出ていることの方が多いと思うが」


「そうか……なら王都の冒険者ギルドでそのパーティが受けた依頼について聞ければ……いや、詳細を教えてもらえるわけがないか……」



 けれど王都を拠点にしているのであれば、私も王都にいればいずれ会う機会が巡ってくるかもしれない。

 

 王族や神殿の聖女、魔王と悪魔、それから勇者と面倒事の予感しかしない奴らが集うような場所に近付くのは本来避けたいところだが、テイマーがいるのであれば話は別である。

 

 私にとってテイマーとは、それほどの価値のある存在なのだった。



「行くか、王都」



 口元が緩むのを感じながらもそう呟くと、持っていた書類をテーブルに戻しながらソロが「へぇ」と驚きと感心を混ぜたような声をあげた。

 どうやら私が自ら王族に近付くような行動を取ることが余程信じられなかったらしい。

 


「エルちゃんがそんなにテイマーに興味があるなんてびっくりだなぁ。もしかしてキミのその力に関係が?」


「単純な興味だよ。テイマーの力は学んでどうにかなるものじゃないからな。気になることはとことん追求したい性格なんだ」


「わぁ。キミってやっぱり典型的な魔術師タイプだね。王都の教会に入るなら僕も賛成するよ?」


「入るわけないだろう。私は慈善活動には向かないよ」



 上手く誤魔化せたかはわからない。

 テイマーの力を知れば、私とシロの契約についても少しはわかるんじゃないかと思っているだなんて、王族の回し者である男に話せるわけがないだろう。


 

 私はただ、シロと契約を交わす時にその名が出たことを忘れていなかっただけなのだ。


 今の私がどんな状態なのか。今後もシロと共に旅を続けていけるのか。そしてそれに期限はあるのかどうか。

 

 シロですら何が起こるのかわからないと言っていたこの契約の正体を、私は少しでも解き明かしたい。


 もちろん、これからも続けていく為に。



 それに比べたら王子や聖女、魔王に勇者など些細な問題なのである。



「そうと決まれば数日中にはここを出るよ。引き継ぎ作業をさっさと終わらせよう」



 私が再び書類に目を落とせば、レイドも同じように作業を再開する。リオはしばらく戻ってこないかもしれないが引き継ぎ作業は私たちの間で完結する事柄ばかりなので問題ない。


 別れは確かに悲しいことではあるが、それも仕方のないことと割り切れてしまう私はきっとこれからも一つ所に留まることはないのだろうなと思っている。



「これは手強そうだ。この先キミの歩みを止める誰かは現れるのかねぇ」



 呟いたソロの声はどこか楽しげだった。

 王族の回し者と白状しているくせに、私が大人しく王族の手に落ちるとは微塵も思っていない様子である。


 

 私は目線を書類に固定したままその呟きについて考えた。

 

 歩みを止める誰か。もしそんな奴がいるのだとすれば、きっとそれは私自身だろうと。もしくはシロか。

 

 少なくとも他の誰にも私たちの邪魔はさせない。それだけは確かだ。





 そうして夜にはルトやシンディにも王都行きを告げ、この日から三日後の朝に私たちは辺境伯の屋敷を出ることになったのだった。


 私にとってはこの場所からの二度目の旅立ちとなる。前回とは違い見送られる形での旅立ちだ。少し気恥ずかしくはあるげれど最後になるかもしれないので挨拶はしっかりしておこうと思う。


 

 ソロは護衛として仕事を続けるらしい。そもそも深追いはしない前提の任務なのだそう。私を怒らせて神殿にでも逃げ込まれてはいけないからと。

 

 今後は兵士たちの訓練を見てくれると言うのでその辺りは任せておいた。口を開けば胡散臭い男だが、腕は確かなようなので心配はしていない。

 あのシンディと戦ったことで逆に兵士たちの尊敬の念を集めているのが解せないところではあるけれど。まぁ、意外と良い関係を築けているみたいなので良かったんじゃないだろうか。

 


 レイドとは引き継ぎ作業とついでに精神干渉系の魔術についての意見交換をした後、出来る限りリオの夢の方もどうにかできないかと個人的な相談をした。

 すると彼はどこか気まずそうに自分の好物が甘味だと告げ、リオが菓子職人を目指すと言うなら全力で支援しようと申し出てくれたことには驚いた。

 

 どうやら私が心配しなくとも、リオとレイドはこれからの良き相棒になれそうだ。

 いつの日か旅先で彼らの考えた菓子を見かける日が来るかもしれない。そう思うと、未来の楽しみが増えた気がして嬉しくなった。



 そして。


 あっという間に時間は過ぎ、私たちは旅立ちの朝を迎える。



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