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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
102/113

九十九



 屋敷の前の広い庭は私とアスハイルも勝負をした場所なので、模擬戦はそこで行うことになった。


 庭園から移動し、まずは使っていた食器なんかを片している間にどこからか聞きつけたのか訓練をしていた兵士たちも集まり、今では向かい合って立つ二人を囲んだ見物人の壁が見事に出来上がっている。


 騎士団の人間が戦う姿を見られる機会となれば確かに兵士たちが集まってくるのも頷けるが……憧れの眼差しを受けているのがあの胡散臭い男じゃなかったらなと思わなくもない。



「僕が勝ったら次はエルちゃんと戦いたいなぁ」


「勝ってから言ってください」


 

 普段着に着替えて来たシンディの周りには見慣れたベールが浮いていて、対するソロは騎士らしく剣を使うようだ。

 

 屋敷の扉の前に座った私は両隣に腰掛けたルトとリオ、それから後ろに立っているレイドと共にそんな二人の様子を眺めていた。



「見たところあの女は青藍の民だろう。お前以外に負けたことが無いと言うのも本当だろうが、あの民族が得意としているのは格闘技だって話じゃないか。ソロ相手にどう戦うつもりだ?」


「そういえば私も彼女が戦っているところは見たことがありません。騎士相手に素手で大丈夫なのですか?」



 なるほど、普通はそういう反応になるのか。

 確かにシンディは私たちとは違って魔力を持っているわけではない。自分の力だけでは魔術も使えないただの人間なのである。

 剣のような武器を扱う訓練すら受けたこともないはずだ。そもそも本業は踊り子で、騎士団の人間に比べたら戦闘が身近にあるわけでもない。

 

 けれど、共に旅をしていれば見えてくることもあるもので。

 

 

「まぁ、シンディだからな」


「シンディだからねぇ」



 相手は仮にも騎士団長の子息。私もルトもソロの実力は知らないが、少なくとも知っているらしいレイドは一般人が敵うような男ではないという確信を持っているのだろう。


 けれど私とルトはそれでも焦りを感じることは全くと言って良いほどになく、公平を期すために開始の合図を任されたその辺の兵士が二人の間に立ったことで話すのをやめて見守る体勢に入ったのだ。

 ちなみに出てきた兵士はあのお調子者である。流石に大役を任されたとビクビクしているのが手に取るように伝わってきた。



「そ、それでは――始め!」



 合図と共に先に動いたのはソロの方だ。


 先手必勝とばかりに数歩で詰めた距離の先で身を低くしたまま鞘から一気に剣を引き抜く。その動きは私の知っている剣士のものとはどこか違う気がしてほんの少し興味が湧いた。



「なぁ、あいつの動き」


「ああ、あれはソロが東の島国に行った時に習得してきた剣術なんだと。本来剣ってやつは相手を突くとか叩き斬るものだが、あれはただ斬るのに特化した技だ」


「へぇ……」



 よく見ればソロの持っている剣も私が知っているものとはだいぶ違う。細長く反った形のそれは、一見脆そうにも見えるが剣と比べて軽そうで素早い動きのソロには合っているのかもしれなかった。

 

 しかし、そんな技を持って初手から遠慮なく斬りにいった辺り使い手の性格が窺える。相手が一般人だろうが女だろうが容赦はしない。それがわかる一瞬だった。



「でも、凄いな。あれを初見で避けるか」



 レイドが驚くのも無理はない。


 ほとんど予備動作もないまま空中に舞い上がったシンディは、どうやら布でしかないはずのベールを一瞬固定させることで自在に足場を形成する術を身につけているらしい。

 何もない場所に突然障害物が現れるようなものだ。それを掴んで移動することもできるし、空中で方向転換することだってできる。

 

 しかも他人が触れれば元の布に戻るのだ。空を斬ったソロの剣が布に引っかかり、その瞬間を逃さず絡めたベールを強く引けば細い剣はひとたまりもない。



「なっ、んだ、それぇ!?」



 単純な力勝負になれば青藍の民相手に勝てないことはわかっているのか、剣が折られたらもうどうしようもないことを悟ったのか、咄嗟に手を離したソロはあっという間に無防備な状態になった。奪った剣はシンディの手に渡る。



「初めて見る形の剣ですね。よく斬れそう」


「……返してもらえるかな?」


「奪い取ってみたらどうですか?」



 にっこりと、笑うシンディがなんだか怖い。


 その笑顔を受けてこちらも薄く笑ったソロが服の内側に忍ばせていた短剣を持ち出すのが見えて、流石に剣を一本奪われたくらいじゃ終わらないかと少し感心しているところである。


 そこから始まる剣による攻防。


 シンディは初めて扱うはずの剣を熟練の剣士並みに使い熟していた。しかもそこにベールの足場が加わり、自由自在に空中を飛び回る姿は戦っているのに優雅で目を奪われる。



「なんなんだあの女……」


「うん、まあ、あれが天才って奴だよ」



 思わず呟かれたレイドの言葉にさも当然と言った風に答える。


 私とルトは知っているのだ。シンディは確かに青藍の民という戦闘民族だが、その戦闘能力にはそれだけではないものがあることを。踊り子を夢見てきた彼女が誰よりも体の使い方が上手いことも、初めて扱う道具でも感覚で使い熟せてしまう才能も。


 そんな彼女に私たちが持たせてしまったのは、紛れもない兵器なのである。



 短剣でシンディと渡り合っているソロの実力は確かなものだ。それはわかる。騎士団としての実力も認めよう。けれど、今回は相手が悪かった。それだけだ。



 ベールを足場に距離を取ったシンディが、容赦無く剣を槍のように投げる。その腕力でとてつもない速度を出したそれをソロは逆手に柄を掴んで受け止めた。普通に凄い。思わず「おおっ」と声が漏れたほど。


 しかしすぐさまシンディがベールを二つに分け扇の形を作ったことでその場の空気は凍りついた。



「だから、何それー!?」



 ソロの叫びを聞き流して扇を一振りすれば生み出される竜巻。もう一振りすればどこからともなく現れる大波。一瞬でここら一帯だけ嵐のような天気になり、周りにいる兵士たちも強い風に立っていられなくなったのか地面に伏している者ばかりだ。


 扇の先からひらひらと伸びた飾りが硬さを帯び、ついにはそれで斬りかかってくるシンディを青い顔で受け止めたソロは、足元の水に足を取られて体勢を崩していた。


 そうして二人が竜巻に飲まれたかと思えば巻き上がった水に視界が遮られ見えなくなってから少し。

 

 パッと竜巻が弾けその中から上空に飛び上がったシンディが姿を表したことで、私たちはその模擬戦の勝者を知ったのである。




 

「勝ちました!」



 すっきりとした表情で私たちの前に降り立った彼女の後ろを覗き込めば、潰れたフロッグように地面に伸びているソロがいる。着ている服はぼろぼろ。水を被っているので髪までぺったり。怪我もしているようで、切れた服の間から見える素肌が赤く染まっている。

 まぁ、傷は深くなさそうだから放っておいても大丈夫だろう。怒らせてはいけない者を怒らせたのだ。自業自得である。



「お疲れ様。また一段とベールの使い方上手くなったね。技の種類も増えてきているみたいだし」


「ディのやりたいこと全部できるので考えるのも楽しいのです!」



 和やかに話し始めるルトとシンディとは対照的に、顔を真っ青にしたレイドが後ろから声をかけてきたので私は振り向いて耳を貸す。

 


「いろいろ言いたいことはあるが一番の問題はあの布だ!魔術師でもない人間がどうして魔術を使っている!なんだあれ!」


 

 真っ先に言われたのは先程のソロの叫びと同じもので、どう返すのがいいのかは正直悩んだ。

 

 とりあえず、大人びて見えていたレイドもこうして捲し立てている様子は年相応に幼く見えるな、とそんなことを思いながら目を逸らしてみるが追求は止まず、案外しつこい奴だと知る。

 


「どこで手に入れた!?もし本当に誰でもあの威力の魔術が使える道具だとすれば国宝級の代物だぞ!」



 そんなにか。そこまで言われてしまっては余計に私とルトの合作だと言うわけにもいくまい。

 

 もしレイドの言うことが本当だとすればルトのペンや私の収納袋も似たような扱いをされそうだ。これはやはり知られてはいけない類のものと察した私は誤魔化す方に舵を切ったのだ。



「あいつもシンディ相手によくやったと思うよ。実力は申し分ないし、これからは私たちの代わりにこの屋敷を頼んだぞ」


「いや、お前たちみたいな規格外な奴らの後を託されても困るんだが……って、俺は別に戦いに来たわけじゃないだろう……」



 今度は自分の言ったことに頭を抱え始めるレイドはきっと純粋で真面目なやつなのだ。


 揶揄い甲斐のありそうな奴だなと思ってしまったことは流石に黙っておこうと思う。



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