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08. SIDE:G / 朴念仁な騎士団長の騎士道


「───ゲイル団長! 聖女様がお見えになりました!」


土埃と鉄の匂いが染みついた訓練場に、部下の緊張をはらんだ声が響く。


──来たか。

俺は眉根を寄せ、振り下ろしかけた訓練用の剣を鞘に戻した。


「分かった。第二兵舎の会議室へお通ししろ。丁重にな」



聖女から突然アポイントメントの打診があったのは、二日前のこと。


俺が露骨に怪訝な顔を返すと、聖女の使者はこう告げた。

『騎士団の今後のビジョンについて話がしたい』と。聖女の言葉らしからぬ、ちぐはぐな内容に、俺はますます眉を顰めた。




──そもそも、聖女とは。


この停滞した世界を救うべく、王国の威信をかけて召喚した奇跡の存在であると、そう聞いている。


事実、あの日、召喚陣の中に現れた彼女は、神々しいまでに美しく、清らかな気配をまとい、まさに『聖女』を体現したかのようだった。


だが、同時にひどく儚げにも見えた。あんな華奢な少女の肩に、世界の命運などという重責を背負わせるなど…。到底、男のすべきことではない。


しかし、城の連中はそんなことなどお構いなしだ。あの少女一人で世界が救われると、無責任な期待を寄せている。


そして、当の彼女は悲嘆にくれることもなく、健気にも、毎日、自室にこもり、一心に祈りを捧げていると聞く。


その彼女が、なぜ、このむさ苦しい騎士団へ…?




考えがまとまらぬまま会議室の扉を開けると、瞬間、ふわり、と花の香りが鼻をくすぐった。この汗くさい兵舎において、そこだけがまるで別世界のように空気が澄んでいる。


従者を一人だけ伴い、彼女はそこに佇んでいた。窓から差し込む光が、ゆるく波打つ亜麻色の髪をきらきらと照らす。


俺の気配に気づいた彼女が、こちらを向いて可憐に微笑む。


その瞬間、室内にいた部下たちが、ほう、と一斉に溜息をつくのが分かった。呆れと、諦めにも似た気持ちが同時に沸き起こる。


だが、責めることはできない。その絵画のような美しさには、俺自身も、一瞬、呼吸を忘れたほどだった。



「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。私は、聖女のセーラと申します」

「……騎士団長のゲイル・アイゼンハイドです。もちろん、存じております」


凛と響く声。そして、射抜くように真っ直ぐな、大きな瞳。

その純粋な光に感じる、どうしようもない居心地の悪さ。


「……して、聖女殿。本日はどのような用件で」

「ええ。早速、本題に入りましょう。ルカ」


俺の言葉を遮り、彼女は鈴が鳴るような可憐な声で、しかし鋭く告げた。彼女の言葉を待たずして、控えていた従者が俺たちの前に数枚の資料を手際よく並べ終える。その連携は、まるで歴戦の部隊のようだった。


そこから、彼女による説明が始まった。

騎士団の現状、日々の訓練内容、兵站の課題…。その内容は驚くほど多岐に渡り、的確だった。


その話の間中、誰もが、固唾を呑んで、食い入るように彼女を見つめていた。


だが、正直に言えば、俺も、そこにいた部下たちも、彼女の話の半分も頭に入ってきていなかっただろう。我々を惹きつけていたのは、彼女のその姿そのものだったからだ。


真剣な表情。真摯な声。華奢な指先で、大きな資料を一生懸命に指し示す仕草。

こんなにも頼りなげな少女が、我々武骨な騎士と対等に話そうと、必死に頑張っている。その事実だけで、胸の奥が熱くなるようだった。


なんと『健気』で『純真』なことか。

世間を知らぬ穢れなき聖女殿を、我ら騎士は何としてもお守りせねばならない───。


俺たちが言葉もなく見惚れていると、彼女は話を終えたらしい。やり遂げた、とでも言うように輝いた瞳で俺たちを見渡し、こう締めくくった。


「───いかがでしょうか? 皆様のご意見をお聞かせください」


彼女が、より一層、美しく微笑んで見せる。

それが、引き金だった。


「はっ! 聖女様のお声、なんと心地よく…!心が洗われるようでした!」

「俺は、その光り輝く微笑みに魂を射抜かれました!貴女の笑顔のためなら、この命も惜しくありません!」

「聖女様! 俺の剣技をご覧ください!この通り!」

「俺の筋肉も!ほら、すごいでしょう!?触ってみますか!?」


堰を切ったように、部下たちがどうにか彼女の気を引こうと、我も我もと騒ぎ始めた。

その野獣のような勢いに怯えたのか、彼女の微笑みが強張り、凍りつく。やがて困惑したように、その美しい瞳が不安げに揺れ始めた。傍に控えていた従者が、そっと彼女の肩を支えるのが見えた。


俺は、腹の底から大きく息を吸った。


「───静まれッ!!」


俺の一喝で、ようやくその場が水を打ったように静まる。聖女は、俺の声に驚いたようにびくりと肩を震わせ、大きく目を見開いている。


───これ以上、彼女を怯えさせるわけにはいかない。


俺は一度、大きく息を吐きだし、できるだけ穏やかな声色を意識して口を開いた。


「聖女殿。貴女様のお心遣いには、心から感謝する。だが、これは我ら騎士の務め。貴女にご心配いただくことではない」

「なっ…!」

「それに、ここは訓練場。我々の戦場です。貴女のようなお方が頻繁に出入りされては、兵の士気が乱れましょう。申し訳ないが、今後は出入りをお控え願いたい」


猶も何か言いたげな彼女と、露骨に落胆する部下たちを一瞥し、俺は「訓練に戻る!」と号令をかけた。


振り返ることは、しなかった。

もし、振り返って、あの曇りない瞳で懇願されでもしたら、俺の決意が鈍ってしまうと分かっていたからだ。



── あの、俺をまっすぐに見つめてくる純粋な瞳。

彼女の存在に、一番、心を掻き乱されているのは、他の誰でもない。この俺自身だったのかもしれない。





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