表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/39

05. 聖女のオーラは作れます


「そもそも、私って、本当に聖女なの……!?」


その、絶望的な叫び声が、静かな部屋に響き渡った、その時だった。

私の背後で、乱暴に扉が開く音がした。


「セーラ様!!」

「──え?」


そこにいたのは、血相を変えたルカだった。

さっきまでの飄々とした態度はどこへやら、彼は本気で焦っている顔で、鋭い目つきで部屋を見渡している。


「今の悲鳴は…!?ご無事ですか!!」

「なっ…!あなた、鍵をかけてたはずなのに……!というか、入ってこないで!」


私は咄嗟に、両手で顔を覆い隠した。


部屋に異常がないことを確認したルカは、ハッと我に返ったように、いつもの食えない笑顔を浮かべた。だが、私の様子を見て、再び、その眼差しを鋭くする。


「申し訳ありません。あまりに切羽詰まったお声でしたので。…ですが、レディーのプライベートに、無粋でしたね」


コホン、とわざとらしい咳払いを一つすると、彼は、必死に顔を隠す私にゆっくりと近寄ってくる。


「お顔を隠して、どうかされました?まさか、お怪我でも…見せてください」


有無を言わさぬ力強さで、彼の手が私の手首を掴んだ。

抵抗も虚しく、いとも簡単に両手が引き離され、私の素顔が露わになる。それを目にした、ルカの眉が大きく動いた。


── 終わった。


ここにいるのは、華やかなオーラなんて欠片もない、地味な女。化けの皮が剥がれた、まがい物の聖女だ。

じわりと視界が滲んでしまい、私はとっさに俯き視線を逸らした。


静寂が、部屋を支配する。


しばらく待っても、予想していた軽蔑の言葉は、降ってこなかった。

恐る恐る、視線を動かして彼をチラリと見上げる。


「……」


真剣な瞳が、私を見下ろしている。──心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

(な、なんなのよ、そのイケメンオーラは…!黙ってないで、何かいったらどうなのよ!!)


とうとう、その沈黙に耐えきれなくなった、その時───。



ぶはっ、と。


ルカが、大きく顔を歪めて、盛大に噴き出した。カァッと、真っ白だった私の頭に、一気に血が上る。


「なっ、なによ!?笑うことないじゃない!悪かったわね、こんな顔で……!どうせ、まがい物よ!!」

「いえいえ、失礼…。あまりに必死なご様子でしたので……、てっきり、何か大変な問題が起こったのかと…」


くつくつ、と、ルカは、おかしそうに喉を鳴らしながら続ける。


「それが、こんな……少しも、悪くなど………ふふ、いえ、よかったです。お怪我がなくて何より。本当に安心しました」


「何がよ、大変な問題だわ!!国中をあげて祭り上げていた聖女がこんな『地味顔』だってバレたら、いったい、どうなるか…!」


幻滅されるだけで済むのなら、まだ良い。最悪、この城から追い出されるかもしれない。そう思うと、声がどんどん小さく、弱々しくなる。


「…こんな顔じゃ、部屋の外にも出られないわ。どうしたら、いいのかしら……」


再び、じわりと目頭が熱くなる。私の思い詰めた様子に気づいたのか、ルカは完全に笑いを収めた。代わりに、あの飄々とした、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。


「お困りなら、僕が、お手伝いしましょう。宮殿(ここ)で淑女の皆様のお世話をしていますから、化粧の手順くらいは分かりますよ」


そう言って、私を鏡台に座らせると、手を伸ばして、いくつかの化粧品を手に取り始めた。




◇◇◇




そして、数分後───。


鏡の中には、再び『華やかで清廉なオーラ』をまとう、聖女セーラがいた。


完璧な再現とはいかないまでも、十分に、聖女らしい雰囲気を醸し出している。私は、安堵のため息をつき、鏡越しに静かに佇む彼に問いかけた。


「……化粧だと、最初から気づいていたの?」

「まあ、なんとなく」


ルカは、悪びれもせずに言う。


「レディーのお化粧崩れをチェックするのも、従者の仕事のうちですから。ご安心を。王子や団長たちは、全く気づいていないと思いますよ」

「……そう」


相変わらずの飄々とした態度。思えば、彼は、最初から周囲の他の人々とは態度が違っていた。聖女セーラの『見せかけ』の美しさに誰もが見惚れる中、ただ一人、少し冷めた目で私を観察していたっけ。


読めない彼の態度が、少しだけ癪にさわりながらも、今は感謝の気持ちの方が大きかった。


「とにかく、助かったわ。ありがとう。…それで、悪いのだけど、最初からやり方を教えてくれる? まず、クレンジングはどれかしら」


私はそう言って、決意と共に、それらしいボトルを手に取る。


「……わざわざご自分でなさらなくても。僕が毎朝やってあげますよ?」

「結構よ、身支度くらい自分でやるわ。大体、あなたがいない時に困るじゃない」

「専属侍従ですから、いつでもお傍に控えておりますよ」


少しだけ詰まらなさそうな顔をしたルカをせっついて、私は、自力で、聖女の顔の再現を試み始めた。



しかし、練習は困難を極めた。


私が練習したのは、自分の能力を最大限にアピールするための「勝負メイク」。

だが、この『聖女の顔』に求められているのは、庇護欲をそそり、相手の警戒心を解く、「愛されメイク」だ。


全てが、私の信条と真逆だった。


(違う…!眉の角度が、まだ攻撃的すぎるわ…!もっと、こう…困っているように見せるのよ!そう、同期のあかりみたいに…!)


何度も描いては消し、を繰り返す。

その様子を、ルカは呆れ半分、感心半分といった顔で眺めていた。


「セーラ様は、本当に努力家ですねぇ」

「……瀬良」

「はい?」

「私の名前よ。セーラじゃない。本当は、瀬良というの。瀬良姫乃」


この全てを見透かしたような男の前で、偽りの名前を名乗り続けるのが、急に滑稽に思えたのだ。秘密を一つ共有したのだから、二つも三つも同じことだ。


「セラ・ヒメノ…」ルカは私の本当の名を確認するように、小さく繰り返した。そして、悪戯っぽく微笑む。


「わかりました!では、これからは『ヒメ』とお呼びしますね」

「なっ…!」

「自立心が旺盛で、力強く、気高い…。実に、貴方らしい素敵なお名前です。ヒメ。ねっ、いいでしょう?」


そう言って、彼は悪戯っぽく片目をつぶった。

その言葉に、私は何も言い返せなくなり、やがて諦めたように大きくため息をつく。


「……勝手にしなさい」


ぷい、と顔を背けてメイク練習を再開しようとした私の手に、そっと、ルカの少し冷たい手が被せられる。


「っ!?」

「今日は、そこまでに。一生懸命な貴女は……見ていて飽きませんが、少し加減を覚えた方がいい」


驚いて振り向くと、いつの間にか、すぐ隣にきていたルカの真剣な眼差しがあった。


有無を言わさぬ、しかし優しい声でルカが言う。


「ちゃんと寝て、肌のコンディションを整える。それも、明日の貴女を完璧にするための重要なタスクですよ。ヒメ」


返事を待つこともせずに就寝の準備を始める彼に、私は、なすすべもなく筆を置くしかなかった。






お読みいただきありがとうございます!

第五話、いかがでしたでしょうか。姫乃とルカの距離も、少しずつ近づいてまいりました。

ぜひ、ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ