05. 聖女のオーラは作れます
「そもそも、私って、本当に聖女なの……!?」
その、絶望的な叫び声が、静かな部屋に響き渡った、その時だった。
私の背後で、乱暴に扉が開く音がした。
「セーラ様!!」
「──え?」
そこにいたのは、血相を変えたルカだった。
さっきまでの飄々とした態度はどこへやら、彼は本気で焦っている顔で、鋭い目つきで部屋を見渡している。
「今の悲鳴は…!?ご無事ですか!!」
「なっ…!あなた、鍵をかけてたはずなのに……!というか、入ってこないで!」
私は咄嗟に、両手で顔を覆い隠した。
部屋に異常がないことを確認したルカは、ハッと我に返ったように、いつもの食えない笑顔を浮かべた。だが、私の様子を見て、再び、その眼差しを鋭くする。
「申し訳ありません。あまりに切羽詰まったお声でしたので。…ですが、レディーのプライベートに、無粋でしたね」
コホン、とわざとらしい咳払いを一つすると、彼は、必死に顔を隠す私にゆっくりと近寄ってくる。
「お顔を隠して、どうかされました?まさか、お怪我でも…見せてください」
有無を言わさぬ力強さで、彼の手が私の手首を掴んだ。
抵抗も虚しく、いとも簡単に両手が引き離され、私の素顔が露わになる。それを目にした、ルカの眉が大きく動いた。
── 終わった。
ここにいるのは、華やかなオーラなんて欠片もない、地味な女。化けの皮が剥がれた、まがい物の聖女だ。
じわりと視界が滲んでしまい、私はとっさに俯き視線を逸らした。
静寂が、部屋を支配する。
しばらく待っても、予想していた軽蔑の言葉は、降ってこなかった。
恐る恐る、視線を動かして彼をチラリと見上げる。
「……」
真剣な瞳が、私を見下ろしている。──心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
(な、なんなのよ、そのイケメンオーラは…!黙ってないで、何かいったらどうなのよ!!)
とうとう、その沈黙に耐えきれなくなった、その時───。
ぶはっ、と。
ルカが、大きく顔を歪めて、盛大に噴き出した。カァッと、真っ白だった私の頭に、一気に血が上る。
「なっ、なによ!?笑うことないじゃない!悪かったわね、こんな顔で……!どうせ、まがい物よ!!」
「いえいえ、失礼…。あまりに必死なご様子でしたので……、てっきり、何か大変な問題が起こったのかと…」
くつくつ、と、ルカは、おかしそうに喉を鳴らしながら続ける。
「それが、こんな……少しも、悪くなど………ふふ、いえ、よかったです。お怪我がなくて何より。本当に安心しました」
「何がよ、大変な問題だわ!!国中をあげて祭り上げていた聖女がこんな『地味顔』だってバレたら、いったい、どうなるか…!」
幻滅されるだけで済むのなら、まだ良い。最悪、この城から追い出されるかもしれない。そう思うと、声がどんどん小さく、弱々しくなる。
「…こんな顔じゃ、部屋の外にも出られないわ。どうしたら、いいのかしら……」
再び、じわりと目頭が熱くなる。私の思い詰めた様子に気づいたのか、ルカは完全に笑いを収めた。代わりに、あの飄々とした、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「お困りなら、僕が、お手伝いしましょう。宮殿で淑女の皆様のお世話をしていますから、化粧の手順くらいは分かりますよ」
そう言って、私を鏡台に座らせると、手を伸ばして、いくつかの化粧品を手に取り始めた。
◇◇◇
そして、数分後───。
鏡の中には、再び『華やかで清廉なオーラ』をまとう、聖女セーラがいた。
完璧な再現とはいかないまでも、十分に、聖女らしい雰囲気を醸し出している。私は、安堵のため息をつき、鏡越しに静かに佇む彼に問いかけた。
「……化粧だと、最初から気づいていたの?」
「まあ、なんとなく」
ルカは、悪びれもせずに言う。
「レディーのお化粧崩れをチェックするのも、従者の仕事のうちですから。ご安心を。王子や団長たちは、全く気づいていないと思いますよ」
「……そう」
相変わらずの飄々とした態度。思えば、彼は、最初から周囲の他の人々とは態度が違っていた。聖女セーラの『見せかけ』の美しさに誰もが見惚れる中、ただ一人、少し冷めた目で私を観察していたっけ。
読めない彼の態度が、少しだけ癪にさわりながらも、今は感謝の気持ちの方が大きかった。
「とにかく、助かったわ。ありがとう。…それで、悪いのだけど、最初からやり方を教えてくれる? まず、クレンジングはどれかしら」
私はそう言って、決意と共に、それらしいボトルを手に取る。
「……わざわざご自分でなさらなくても。僕が毎朝やってあげますよ?」
「結構よ、身支度くらい自分でやるわ。大体、あなたがいない時に困るじゃない」
「専属侍従ですから、いつでもお傍に控えておりますよ」
少しだけ詰まらなさそうな顔をしたルカをせっついて、私は、自力で、聖女の顔の再現を試み始めた。
しかし、練習は困難を極めた。
私が練習したのは、自分の能力を最大限にアピールするための「勝負メイク」。
だが、この『聖女の顔』に求められているのは、庇護欲をそそり、相手の警戒心を解く、「愛されメイク」だ。
全てが、私の信条と真逆だった。
(違う…!眉の角度が、まだ攻撃的すぎるわ…!もっと、こう…困っているように見せるのよ!そう、同期のあかりみたいに…!)
何度も描いては消し、を繰り返す。
その様子を、ルカは呆れ半分、感心半分といった顔で眺めていた。
「セーラ様は、本当に努力家ですねぇ」
「……瀬良」
「はい?」
「私の名前よ。セーラじゃない。本当は、瀬良というの。瀬良姫乃」
この全てを見透かしたような男の前で、偽りの名前を名乗り続けるのが、急に滑稽に思えたのだ。秘密を一つ共有したのだから、二つも三つも同じことだ。
「セラ・ヒメノ…」ルカは私の本当の名を確認するように、小さく繰り返した。そして、悪戯っぽく微笑む。
「わかりました!では、これからは『ヒメ』とお呼びしますね」
「なっ…!」
「自立心が旺盛で、力強く、気高い…。実に、貴方らしい素敵なお名前です。ヒメ。ねっ、いいでしょう?」
そう言って、彼は悪戯っぽく片目をつぶった。
その言葉に、私は何も言い返せなくなり、やがて諦めたように大きくため息をつく。
「……勝手にしなさい」
ぷい、と顔を背けてメイク練習を再開しようとした私の手に、そっと、ルカの少し冷たい手が被せられる。
「っ!?」
「今日は、そこまでに。一生懸命な貴女は……見ていて飽きませんが、少し加減を覚えた方がいい」
驚いて振り向くと、いつの間にか、すぐ隣にきていたルカの真剣な眼差しがあった。
有無を言わさぬ、しかし優しい声でルカが言う。
「ちゃんと寝て、肌のコンディションを整える。それも、明日の貴女を完璧にするための重要なタスクですよ。ヒメ」
返事を待つこともせずに就寝の準備を始める彼に、私は、なすすべもなく筆を置くしかなかった。
お読みいただきありがとうございます!
第五話、いかがでしたでしょうか。姫乃とルカの距離も、少しずつ近づいてまいりました。
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