34. 【幕間】観測者は、愛を語らない
王城の一画。『聖女』の私室にほど近い、専属従者の控室。
ルカは机の上に置かれた一枚の黒曜石の板──ゼノンが開発した『魔導通信盤』の前に座っていた。姫乃から「実用試験も兼ねて」と渡された、最新の試作品だ。
指でそっと表面に触れると、石板に淡い光が走り、粒子が集まって像を結ぶ。アッシュフィールド家当主──彼の父親の姿を厳格に描き出す。
『…ほう。実に鮮明だな。聖女様の発明品か。噂通りの才覚だ』
温度感のない声に、隠し切れない驚嘆の響きが混じっている。
その言葉に、ルカの口元が、知らず知らずのうちに綻んだ。彼女の功績を褒められるのは、自分のことのように誇らしい。
『見事な働きだ、ルカ。王子殿下の信頼を完全に勝ち取り、聖女様をこうも手懐けるとは 』
父の言葉は、すぐに本題へと移った。声のトーンが、当主から嫡子への、命令のそれに変わる。
『───機は熟した。聖女様を正式に王妃として迎え入れ、我がアッシュフィールド家がその後見役として立つ。速やかに、話を進めよ。これは、アッシュフィールド家当主としての、命令だ』
来たか、とルカは内心で息を呑んだ。完璧なポーカーフェイスを顔に貼り付け、用意していた唯一の反論を口にする。
「時期尚早かと存じます。聖女様の御力は、未だ覚醒の兆しを見せません。不確かな偶像を王妃に据えるは、王家の威信にとっても、我が家の名声にとってもリスクとなりましょう」
『ルカ。それは、本心か?──────つまらん言い訳だ』
父は、息子の言葉を鼻で笑った。
『聖女様の価値は、もはや『奇跡』ではない。その『才覚』だ。ヴォルテールも目をつけていると聞く。出し抜かれる前に、その才覚ごと、王家に取り込むのだ。王家──王子も、それを望んでいよう』
「……父上。そのお話は、ここまでに。この通信盤は聖女様の発明品です。会話の記録が、王立戦略情報室に転送されている可能性もございます」
もちろん、彼のハッタリだ。
父は一瞬だけ不快そうに眉をひそめたが、『…好きにしろ』とだけ言い残し、一方的に通信を断った。
静まり返った部屋で、ルカはしばらくの間、何も映し出さなくなった黒曜石の板を、無表情に見つめていた。
◇
懐中時計が、定刻を告げる。
ルカは深く息を吸い、そして、吐いた。張り詰めていた空気が、ふっと「いつもの従者」のそれに変わる。
(……さて。ヒメにお声がけをしなければ)
ルカは思考を断ち切り、乱れた心を完璧なポーカーフェイスの下に隠すと、彼女がいるであろうテラスへと、足を向けた。
テラスに近づくと、楽しげな声が聞こえてきた。セイリオスと、姫乃の声だ。穏やかな午後の日差しの中で、二人は、心から楽しそうに笑い合っている。
邪魔をするのも、無粋だ。
そう考えて踏み出しかけた足を止めると、彼の目に、親密な二人の姿がはっきりと映り込んだ。
そこにいるのは、『太陽の王子』でも『奇跡の聖女』でもなかった。
姫乃の表情がめまぐるしく変化する。楽しそうに笑い、頬を赤らめ、拗ねたように唇を尖らせる。
セイリオスもまた、憑き物が落ちたような、優しい笑顔を彼女に向けていた。
やがて、ルカの視線の先で、セイリオスが彼女の前に、ゆっくりと跪いた。
彼女の小さな手を取り、その甲に、祈るように口づける。
それを受けた彼女は、驚愕に目を見開き。
そして、次の瞬間……。はにかむように、だが、どこまでも嬉しそうに微笑んだ。
ルカは、軽く目を伏せ───。
その顔に、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
姫乃の視線が、ふいにルカの方を向く。
彼女は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに、時間を忘れていたことに気づいたようだ。
露骨に、「しまった」という顔になる。
「お話のところ、大変失礼いたします。セーラ様、定例報告のお時間です 」
「わ、わかってるわ! すぐ行くわよ!」
姫乃は慌ただしく王子に一礼すると、ルカの横をすり抜け駆け出していく。
「そんなにお急ぎにならずとも」
その背中に向かって、彼は、呟くように静かに付け加えた。
「……ゆっくりで、構いませんよ。──────ヒメ」
その声は、いつもと全く同じようでいて───。そして、少しだけ、切なく響いた。
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最終章・ルカ篇、開幕です。
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