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29. 神話の再現検証


ルカに「建国神話の検証」を宣言してから、数日後。

私は、再びセイリオス王子の執務室にいた。


耳には、ゼノンが急遽しつらえてくれた、宝飾品に偽装した極小の魔力通信機が光っている。ルカは、心配を隠せない様子で、私の半歩後ろに控えていた。


「───だから、どうか。私を、あなたの隣に立たせてください」


私は、あの日と同じく、タペストリーを見つめる王子に、静かに、しかし力強く語りかけた。


「建国神話にある通り、聖女は、王の心を支え、共に民と向き合うことで、奇跡を起こしました。わたくしも、あなたの憂いを共に背負いたいのです。さあ、顔を上げてください、セイリオス殿下。あなたの光を、民は待っています」


その言葉が届いたのか、王子は、ゆっくりとこちらを振り返った。彼の虚ろだった瞳の奥に、ほんの少しだけ、正気の光が戻っている。彼から発せられていた、あの粘つくような瘴気が、わずかに晴れたのを、肌で感じた。


「…君の言う通りかもしれない。私が、いつまでもこうしているわけには、いかないな」


彼は、おぼつかない足取りで立ち上がると、バルコニーへと続く扉へと、歩み始めた。





◇◇◇





王城の広大なバルコニー。


眼下には、聖女の姿を一目見ようと、数えきれないほどの民衆が集まっている。だが、その雰囲気は、熱狂とは程遠い。誰もが、生活に疲れた、どうしようもない諦めの表情を浮かべ、広場全体が、淀んだ瘴気に満ちていた。


私の隣に立った王子は、その光景に、一瞬、怯むように息を呑む。

彼の瞳から、先ほど宿ったばかりの光が、再び消えそうになるのが分かった。


───その時だった。


「……王子様…」


群衆の中から、一人の老婆が、祈るように、か細い声を上げた。

それが、引き金だった。


「セイリオス王子様!どうか、我らに、お言葉を…!」

「我らをお見捨てにならないでください!」


諦めに沈んでいた民衆の瞳に、次々と、期待の光が灯り始める。それは、やがて、大きなうねりとなって、祈りのように、王子へと降り注いだ。


その、人々の希望の声を一身に浴びて、セイリオス王子は、一度、きつく目を閉じた。

そして、何かをぐっと堪えるように、深く、深く息を吸い込む。


次に彼が顔を上げた時、私は息を呑んだ。


そこにいたのは、もはや、あの虚ろな青年ではない。

自信と慈愛に満ちた、まばゆいばかりのオーラを放つ、完璧な『太陽の王子』。私の腕の『瘴気検知装置』が示す、彼自身の瘴気の数値が、ぐっと下がるのが見えた。


『セーラ、聞こえる!?』

耳元の通信機から、ゼノンの切羽詰まった声が響く。


『マナの流れが、おかしい……!王都中の瘴気が、いっせいに移動し始めた!一点に……王子に向かって、収束していく…!』


ゼノンの警告と時を同じくして、王子が、民衆に向かって、力強く語りかける。その声は、国全体を震わせるかのように、隅々まで響き渡った。


「我が愛する民よ!顔を上げよ!夜明けの来ない夜はない!この私が、聖女殿と共に、必ずや、この国に再び光を取り戻すことを、ここに誓おう!」


民衆が、熱狂し、湧き立つ。彼らの顔から諦めの色が消え、希望の光が灯っていく。広場を満たしていた、淀んだ瘴気が、明らかに薄れていくのが分かった。


それは、あの建国神話の、初代王のようだった。

光で照らす太陽のように、人々の絶望を消し去っていく。


(これが、王家の力…?あの神話は、おとぎ話ではなかったというの…!?)


だが、私は見てしまった。

民衆が熱狂し、彼らの顔が晴れやかになるのに反比例して、王子の顔から、急速に血の気が引いていくのを。


『まずいよ、セーラ!王子の許容量を、超える…!』


メーターが、先ほどとは比べ物にならない、異常な数値を叩き出している。

民衆から薄れた瘴気が奔流となって、セイリオス王子、ただ一人へと吸い込まれていく。


(瘴気の移動……!?彼が、民衆の瘴気を……絶望を、全て、一人で引き受けているんだわ…!)


演説が終わり、民衆の万雷の拍手の中、王子が、ふらりと、よろめいた。

彼の顔は、真っ青だった。


「殿下!」

私は、駆け寄って、彼の腕に触れた。


その瞬間だった。

まるで、氷の激流に叩き込まれたような、おぞましい感覚。

彼の体内に渦巻いていた、凝縮された瘴気の全てが、私の手を伝って一気になだれ込んでくる。



「───っ!?」



激しい頭痛と吐き気。目の前が、真っ暗になる。

最後に聞こえたのは、私の名を絶叫する、ルカの声だった。






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