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28. 建国の神話


自室に戻るなり、私はルカに問いかけた。

どうしても、確かめずにはいられなかったのだ。


「……ねぇ、ルカ。彼は…セイリオス王子は、あんな方だったかしら?」


ルカからの返事は、ない。その沈黙が、何よりの答えであるかのようだった。


初めて会った、召喚の日。彼は、確かにそこにいた。


陽の光をその身に集めたかのような、まるで物語から飛び出てきたかのような王子様。手を取られて見つめられた瞬間、異世界に召喚された混乱も不安も、全て消し飛んでしまうようだった。


だが、今日、あの薄暗い部屋でみたのは、魂が抜け落ちたかのように虚ろな目。あれでは、全くの別人だ。


「ルカ。セイリオス王子について、あなたが知っていることを、全て教えてちょうだい」


私の二度目の問いにも、彼は沈黙を保ったままだった。


「……ルカ?」


振り返ると、彼は、どこか遠い目をして、虚空を見つめていた。その表情は、私が今まで見たことのない、深い憂いを帯びていた。


「……はい」

やがて、私の視線に気づくと、彼はゆっくりと口を開いた。


「僕の知るセイリオス殿下は…、本来、民を導く『太陽』のようなお方でした」


その声には、懐かしむような、そして、痛みを堪えるような響きがあった。


「幼少の頃、殿下の遊び相手を勤めていたことがあります。あの頃の殿下は、いつも光の中にいらっしゃった。そのお傍にいるだけで、心が洗われるようでした。誰もが、殿下を慕い、この国の輝かしい未来を信じていた」


その言葉が、さきほど見た彼の姿との、あまりにも大きな乖離(かいり)を、私に突きつける。


「…どういうことなの?さっきの彼と、あなたの話す王子様は、まるで別人じゃない」

「ええ。何が彼を変えたのか…。それは、僕にもわかりません。ですが、ひとつ、はっきりしたことがあります」

「瘴気観測装置が示した、異常な数値ね」


私の言葉に、ルカが頷く。


「王子は、尋常じゃないほどの瘴気に蝕まれている。その理由を探る必要があるわ。何か、心当たりはないの?」

「……そうですね」


ルカは、記憶を探るように、しばらく黙り込んだ。


「…今思えば。殿下は、大規模な式典など…。大勢の民衆の前にお出になられた後など、ひどくお疲れになっていらっしゃったように思います」

「大規模な式典……大勢の民衆…」


そのキーワードが、私の頭の中で、散らばっていた点と点を結びつけていく。

人々の負の感情が瘴気を生む。王子は、その民衆の負の感情を、一身に浴びてしまっている……?


微かな既視感。この話、どこかで聞いたことが……。


「わかったわ!」

「……あの……ヒメ? まさかとは思いますが…」


私が閃きに声をあげると、すかさず、ルカが私の言葉を遮った。

ただでさえ深い憂いを帯びていた表情に、さらに色濃い疲労の色が浮かんでいる。


「……これは、あの恋愛小説『かの王子は、かの女性の、かの魅力に心奪われる』……と全く同じシチュエーションだ…とでも、言うおつもりですか?」

「言わないわよ!」


彼の失礼な物言いに、私は腰に手を当てて言い返す。


「空気を読みなさいよ、今は非常事態よ!?こんな深刻な場面で、そんなふざけた事言う訳がないでしょう!」

「……そうですか。では、何がおわかりに?」


まだ少し胡乱(うろん)な顔のルカをにらみつけながら、私は、部屋の隅の書棚に近づいた。そこから一冊の本を引き出し、彼の目の前のテーブルに広げる。


「今回の教科書は恋愛小説じゃないわ。これよ。『建国神話』───初代聖女と、初代国王の物語よ」


ルカが眉をひそめる。


「それは、子供向けの御伽噺(おとぎばなし)では?一体、それに何が…」

「そうね。でも、どんな御伽噺にも、元になった『事実』があるはずよ」


私はそう言うと、古びた絵本の、あるページを指差した。


「見て。建国の王もまた、原因不明の『心の病』に蝕まれていた、とあるわ」


そこに描かれていたのは、玉座で苦悶の表情を浮かべる王の絵だった。ルカが、息を呑むのが分かった。私は、さらにページをめくり、別の絵を指し示す。


「そして、ここ。『聖女は王に寄り添い、共に民と向き合い、その祈りで彼を癒した』と…」

「待ってください」


私の言葉を、ルカが遮る。その声には、ただならぬ緊張が宿っていた。


「まさか貴女は、これを…この伝承を、再現するつもりですか?」

「そのまさかよ」


私は、彼の鋭い視線を受け止め、きっぱりと言い切った。


「瘴気という『病』が実在する以上、それを治したというこの伝承にも、何かしらの真実が含まれている。この『王を支え、民衆と向き合う』というプロセスの中に、必ずヒントがあるはずよ」


私の言葉に、しかし、ルカは険しい表情を崩さなかった。


「───ダメです」


その、有無を言わさぬ拒絶の言葉に、私は思わず息を呑んだ。


「危険すぎます。先ほど、お倒れになったのをお忘れですか?あなたの身に、何が起こるか分かりません。僕は、あなたをそんな危険な目に遭わせるわけにはいかない」


「でも、やるしかないじゃない?他に方法が思いつかないんだもの」


私の言葉にも、ルカの険しい表情は変わらない。その頑なな態度に、私は、小さくため息をついた。 そして、すっと視線を厳しくする。今、必要なのは、感情論ではない。


「ルカ。あなたが、心配してくれてるのはわかっているわ。ありがとう。…でも、それだけじゃ、何にもならない。───反対するなら、代案を出しなさい」


私が、強い意志を込めて彼を見つめ返すと、彼の瞳が、苦悩に揺れていた。

私の身を案じる気持ちと、それでも、主君である王子を救うには、私に頼るしかないという事実。その二つの間で、彼が激しく葛藤しているのが、痛いほど伝わってくる。


やがて、彼は、全ての抵抗を諦めたように、深く、長い溜息をついた。


「……わかりました。貴女を止めることは、もうできない相談のようですね」


その声には、敗北を認めたような、かすれた響きがあった。


「…ですが、一つだけ、約束してください」


彼は、私の両肩に、そっと手を置いた。その真剣な眼差しから、もう、逃れることはできない。


「決して、無茶はしないこと。そして、決して、一人で突っ走らないこと。…貴女の剣にも、盾にもなります。だから、どうか…僕を、頼ってください」


その、心の底からの、悲痛なまでの願い。

私は、ただ、こくりと頷くことしかできなかった。


私の返事を見て、彼は、ようやく、ほんの少しだけ、その表情を和らげた。





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