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26. 聖女様の戦略会議#03


聖女の私室は、今や、国の未来を左右する『最高経営会議室』と化していた。


甘い花の香りはインクと羊皮紙の匂いに取って代わられた。繊細な装飾で彩られた空間を、天井まで届く書棚と、様々な図表や地図が貼られた木板が埋め尽くしている。

姫乃が書類をめくり、ペンを走らせる音がひっきりなしに響く中、ルカの入れる紅茶の香りだけが、かつてと同じ、優美な雰囲気を残していた。


この日、その部屋には、国の中枢が集っていた。宰相のアルマンド、騎士団長ゲイル、魔術師団長ゼノン、それぞれ内政、軍事、技術のトップたる三人だ。


その目的は、国の最重要課題──『瘴気』の発生源の特定だった。


全員の視線が、中央に据えられた巨大な黒曜石のテーブルに集中する。

ゼノンの手が盤上を滑るたび、黒曜石の表面に淡い光の回路が走り、複雑な数値やグラフ、王都の地図が次々と浮かび上がっていった。


「これが、王国全土における、過去一週間の瘴気レベルの推移です。広く分布し、右肩上がりに増加しています。特に顕著なのは… 」


ゼノンが、石板に映し出された地図に視線を向ける。

地図の上には、人々の負の感情を示す赤い光点が、そこかしこに点在している。その光は、日を追うごとに濃さを増し、不気味な様相を呈していた。


「───ここ。見て、セーラ。この王都周辺の数値が、ここ数日で急激に悪化している。これは明らかに異常だよ」


「ええ。宰相府と騎士団の連携による不正排除は、順調に進んでいるはずなのに…。瘴気は増え続けている。まるで、根本的な原因が、他にあるとでも言うみたいだわ」


私は、腕を組んで唸った。プロジェクトの進捗は良好なのに、肝心のKPIが悪化の一途をたどる。つまり、前提が……分析が間違っている可能性がある。


早急に方針の見直しが必要だ。

私は、表情を引き締めると、この国をよく知る彼らに、意見を求めた。


「……王都周辺。ゲイル団長。城下の様子はどう?何か、民衆の不安を煽るような事件や、変化はなかったかしら」


「はっ。特筆すべき事件は報告されておりません。ですが、先の模擬試合での勝利以降、改善していたはずの兵士たちの士気に……特に、要人警護を担う上位騎士に、再び、どこか沈んだ空気が戻りつつあるとは感じております。原因は、不明ですが…」


(士気の再低下…。要人警護に当たる上位騎士…。やはり、原因は腐敗貴族なの………?)


私は、次にアルマンドへと視線を移す。


「アルマンド。あなたの方は?城内で、何か政治的な動きや、不穏な噂は?」


「いいえ、聖女殿。腐敗貴族の粛清以降、内政は近年稀に見るほど安定しています。…ですが、一つだけ気になることが」


彼は、眼鏡の位置を直しながら、静かに言った。


「国王陛下のご体調です。先の謁見以来、再び寝室に籠られる日が増えている。それに伴い、城内の空気もどこか重苦しい。……陛下の憂いが、人々の心を曇らせているのかもしれませんな」


──────発生源は、『王家』にある。


その発言の意図に、部屋に息を呑むような沈黙が落ちる。

国の中心であるはずの王家が、国を蝕む原因……。考えたくはないが、データが示す客観的な事実を無視することはできない。



「……すぐに、調査する必要があるわね」


私は、覚悟を決めた。これほどの事態、トップへの報告とヒアリングは不可欠だ。


「ルカ、国王陛下への謁見を…」


そう言いかけて、私は口をつぐんだ。

脳裏に蘇るのは、私がこの世界に召喚された、あの日の記憶。国の存亡をかけた話し合いの場でさえ、「詳しいことはルカに」と全てを丸投げした、あの無責任な姿。


ダメだ。何の準備もなく、彼に話したところで、時間の無駄になるだけだ。


私は、思考を切り替える。

別の選択肢。今、取り得る最適解は───。


ふと、もう一人の人物の顔が思い浮かんだ。

召喚の儀で初めて会った、あの王子。陽光を溶かしたような金髪に、圧倒されるほどのカリスマ。彼は、少なくとも…国王よりはずっと理知的に見えた。


「───訂正するわ、ルカ。セイリオス王子に、お会いすることはできるかしら?」


私の言葉に、それまで完璧な従者として控えていたルカの空気が、ほんの一瞬、揺らいだ。彼の視線が、コンマ数秒だけ、迷うように私とテーブルの間を往復する。

それは、他の誰も気づかないであろう、あまりに微細な変化だった。


だが、すぐに彼は、いつもの食えない笑みを完璧に貼り付けて、優雅に一礼した。


「───かしこまりました、ヒメ。至急、手配いたします」


その返事には、一片の淀みもなかった。

けれど、彼の、ほんの一瞬の躊躇いは、私の胸に小さな引っかかりを残した。






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