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24. SIDE:A / 未来には光を、悪意には断罪を


宰相執務室を包む静寂の中、私は、聖女セーラからの最終報告を待っていた。

夜会から数日、彼女が集めた情報が、私の計画の成否を左右する。


やがて、彼女は約束の時間通りに、一人で姿を現した。

その顔には、もはや初対面時の健気な演技も、夜会で見せた悪女の演技もない。冷静で、揺るぎない自信に満ちた瞳で私を見据える。それこそが、素の彼女の姿なのだろう。


「さて、聖女殿。私の弱みは、首尾よく握れたかな?」


私は、試すように、挑発的な笑みを浮かべて問いかけた。

彼女は、その挑発に少しも動じず、静かに首を横に振る。


「いいえ。残念ながら。閣下の不正に繋がる証拠は、何一つ見つかりませんでしたわ」

「ほう?」

「代わりに───こちらを」


彼女が差し出したのは、一枚の魔光石。そこには、私が喉から手が出るほど欲していた、腐敗貴族派閥の不正な資金の流れを示す、完璧なレポートが記録されていた。


(見事だ…)

私は、内心で感服のため息を漏らした。


彼女は、夜会で私が与えた役割をこなしつつ、その裏で、私自身の真の目的すら見抜き、私が必要としていた「答え」を、完璧な形で提示してみせた。


「期待通りの働きだ。認めよう。あなたは、まさに、我が国の『聖女』だ。褒美は望む通りに。あの『瘴気検知装置』開発における国家予算の承認でよろしいか?」


だが、彼女は、再び首を横に振った。

聖女のように清廉とした仕草で、しかし、悪女のように妖艶な笑みを浮かべる。


「あら。素敵なお申し出ですが…。あいにく、わたくしが欲しいのは、閣下の施しではございませんわ」


その言葉に、私の眉がぴくりと動く。


「ほう…?ならば、何が望みだ?」


彼女は、私の目を見据え、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。


「わたくしが構想しておりますのは、この国の未来を創る、全く新しい二つの組織です」


凛とした声で、彼女は一つ目の構想を語り始めた。


「一つ目は、『王立魔導技術院』。ゼノン様のような、埋もれている天才たちの研究成果を、国家の利益へと恒常的に結びつけるための、全く新しい組織。将来的には、利益を生み出し続ける、国の新しい『エンジン』そのものになりますわ」


私は、内心で舌を巻いた。


(……ほう。金や地位ではなく、国の未来を創る『仕組み』そのものを要求するか)


それは、私の想像を、遥かに超えていた。


(……才能を国家管理下に置き、その果実を独占する、か。小娘が考えたにしては……。なるほど、悪くはない)


私が内心で彼女の言葉を吟味していると、彼女は間髪入れずに二つ目の組織について語る。


「そして二つ目は……、その『技術院』が生み出す『瘴気検知装置』を国中に配備し、王国全土の『瘴気』の動きをリアルタイムで監視する、『王立戦略情報室』。この国を『データ』によって導く、国の新たなる『羅針盤』ですわ」


その言葉に、私の思考が瞬時に止まる。


(……正気か、この女は…!?)


彼女が言っているのは、王の目すらも届かぬ、この国の裏側を、「データ」によって完全に支配する、新たな諜報機関そのものだ。


見誤っていたと認めざるを得ない。目の前にいるのは、聖女などというお綺麗な偶像ではない。国そのものを改変しようと考える、革命者……あるいは、最も排除すべき危険因子だ。


彼女は、私の内心の葛藤を見透かすように、悪女のように妖艶に微笑む。


「いかがかしら、宰相閣下。『技術院』と『情報室』の設立…。ご承認いただけまして?」


私は、ゴクリと喉を鳴らし、ようやく声を絞り出した。


「───なるほど。実に見事な構想です、聖女殿。ですが、貴女は一つ、根本的な勘違いをなさっている」


そして、試すように、冷ややかな視線を彼女に注ぐ。


「『技術院』と『情報室』、それはもはやただの組織ではない。国家の富と情報を独占する権力の中枢そのもの。それを、何の政治的背景も持たない貴女に、私が易々とくれてやるとでも? 聖女様のお考えは、野心と呼ぶには……あまりに無邪気すぎるようですな」


私が腕を組み、冷ややかに突き放した、まさにその時だった。

聖女の可憐な唇が小さく弧を描いた。くすり、と無邪気そうな笑みを漏らす。


「まあ……閣下こそ、何か勘違いなさっているご様子。ご安心ください。これらの設立と運営に必要な資金は、わたくしの個人資産で、すでに確保済みですわ」


(…なんだと…!?)


私は、驚愕に言葉を失った。聖女ブランド事業で莫大な富を得ているとは聞いていたが、国家レベルの機関を独力で設立できるほどの規模だというのか?


彼女は、私の動揺を見透かすように、続けた。


「わたくしが閣下に望むのは、資金ではございません。ただ一つ───『王立』という『権威』のみ」


その言葉に、私は初めて彼女に対して、明確な『脅威』を感じた。


(資金が、ある…!つまり、私が許可せずとも、彼女はやる気だ。そうなればどうなる?王家の管理外に、ゼノンの革新的技術と、国の悪意を監視する力が生まれる。……あまりに危険だ。野放しはできない)


(だが、もし私が『王立』の権威を与えれば?その力は王家…私の管理下に置かれる。リスクはあるが…。危険な野良犬を、首輪をつけて飼い慣らすことができるなら。そのメリットは……)


(……いや。この思考に意味はない。選択肢は……初めから、一つしかない!)


見誤っていた。彼女は褒美をねだりに来たのではなく、取引を持ちかけに来たのでもない。シンプルに、『脅し』に来ていたのだ。



呆然とする私に、彼女は、挑戦的な笑みを浮かべて最後の一手を打った。


「この権威を与えてくださるなら、これらの機関が生み出す『力』と『富』の全ては、王国に帰属するものと誓いましょう」


彼女は机に手をつき、わずかに身を乗り出す。その瞳が、私を射抜いた。


「ですが、もしそれが叶わないのであれば、わたくしはただの民間事業として、この計画を遂行するまで。───宰相閣下。あなたの熱意と覚悟次第では、この国の未来そのものを、貴方に差し上げますわ。いかがなさいますか?」


私は、ゴクリと喉を鳴らし、ようやく声を絞り出した。


「……君の勝ちだ、聖女殿。だが、答える前に、一つ確認させてくれ。その先で、君は一体何を成そうとしている?」


私の問いに、彼女は、初めて、心の底から楽しそうな、無邪気な笑みを浮かべた。


「あら、ご存じなかったのですか?わたくしの目的は、最初から一つだけですわ」


彼女は、芝居がかった仕草で、優雅に胸に手を当てる。


「『清濁を併せ持つ』というアルマンド様の思想、心から共感いたします。だからこそ、わたくしは、それを実践するのです」


そして、彼女の瞳が、絶対的な自信と、揺るぎない決意の光を宿した。


有能な人材(みらい)には光を、悪意には合法的排除(だんざい)を。───この国に遣わされた『聖女』として、わたくし、最大限に尽くしたいと思いますわ」


私は、彼女のその言葉に、完全に思考を奪われた。

私の陳腐な現実主義を、彼女は、国家を動かすための、神々しくも恐ろしいほどの、壮大な理念へと昇華させてみせた。


戦略で私を追い詰めただけではない。思想においてすら、私の上を行くというのか。


しばらく、呆然と彼女を見つめていたが、やがて、込み上げてくる笑いを抑えきれなくなった。


「───は、はは…。ははははは!見事だ!参った!私の、完敗だ、セーラ殿!!」


込み上げてきた衝動のままに、腹を抱えて笑う。

彼女こそが、この国を、そして私自身をも変える、唯一無二の存在だ。


私は、涙を拭うと、全ての芝居をやめ、自分が水面下で進めていた腐敗貴族の一掃計画の全てを打ち明けた。


「お察しの通り、私は貴女を試していた。正直、あなたの夜会での演技は、私にしてみれば稚拙と言う他ない。だが、貴女は……私の想像を、遥かに超えていた」


確信した。彼女こそ、私の長年の計画を完成させる、最後のピースだ。逃す手はない。最高の賛辞と共に、すぐさま正式なオファーを出す。


「私の、右腕になってはくれないか。この国の膿を共にえぐり出そうじゃないか。公私ともに、私の『パートナー』に……」


しかし、彼女は静かに首を振った。


「いいえ、私は『聖女』ですから。特定の派閥には与しませんわ」


なるほど。──それは、実に残念だ。私は、わざとらしく肩をすくめて見せた。

しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべて、別の提案をする。


「ならば、結構。パートナーではなく『政治上の協力者』として、今後も貴女の知恵を拝借したい。代わりに、貴女の進める改革には、宰相府が全面的に便宜を図ろう。……これは取引です。悪くはないでしょう?」


「───ええ。すべて、神の御心のままに」


彼女は一つ頷き、そして清廉優美な仕草で会釈した。その顔には、美しく、そして妖艶な微笑が浮かんでいた。



─── それは、王国の光である『聖女』と、政治の闇を縫う『宰相』の間に、誰にも知られることのない「共犯関係」が結ばれた瞬間だった。







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