23. 仮面の下の素顔
夜会から戻った私は、もはや優雅さなどかなぐり捨てて、データにかじりついていた。
テーブルの上には、夜会の招待客リストと、王城の見取り図。そして、その中央には、ゼノンが急遽しつらえてくれた、魔光石のプレートが淡い光を放っている。
「───ルカ、次のデータを投影して」
「かしこまりました」
私の指示に従い、ルカがプレートに触れると、光の粒子が集まり、夜会の会場の立体映像を映し出した。その中を、いくつかの赤い光点が、蠢くように移動している。
これは、私が夜会で身につけていたブローチ型の「瘴気検知装置」が記録した、人間の「悪意」のデータ。研究室でゼノンが検知装置から取り出したデータを、順次、ここに転送してくれているのだ。
「マルティン侯爵、瘴気レベル『高』。会話内容は、鉱山利権に関する不正な口約束…。間違いないわね」
リストとデータを照合していく。
腐敗の噂がある貴族たちの瘴気レベルが、軒並み高い数値を示していた。
(これで、証拠は揃った。いつでも、彼らを断罪できる…)
だが、私の眉間からは、深い皺が消えなかった。
「…おかしいわね」
「何がです?」
「アルマンドよ。彼の瘴気レベルが、ずっと、クリーンなままなの」
事前に、「瘴気検知器」の検証は十分行った。非情なまでに客観的な事実を突きつけてくることは確認済みだ。だが、アルマンド自身からは、不正に繋がるような、強い「悪意」は一切検知されなかった。
それどころか、彼が積極的に接触していたのは、いずれも瘴気レベルの高い、腐敗が噂される貴族たちばかり。まるで、彼らの「悪意」を、探っているかのように…。
(まさか…)
一つの、仮説が、私の脳裏に浮かび上がる。
もし、彼の「悪徳宰相」というイメージが……すべて『演技』だったとしたら?
もし、彼が、ただの悪党ではないとしたら?
その目的は、きっと───
「───ヒメ」
思考の海に沈んでいた私を、ルカの、少しだけ不機損な声が引き戻した。
「いつまで、そのお姿でいるおつもりですか。いい加減、その化粧を落としてはどうです」
言われてみれば、私はまだ、夜会で身につけていた、あの派手なドレスと「悪女」の化粧のままだった。分析に夢中で、すっかり忘れていたのだ。
ルカが顰め面で、私を見下ろしている。少しだけ面白くなって、わざと彼をからかうように言った。
「あら、この姿、夜会では大変好評だったのよ?蠱惑的ですって」
「……僕は、好きではありません」
「悪女よりも、もっと……素直な女性がいい」
彼が、ぽつりと小さな声でこぼした。
その率直な言葉に、冗談のつもりで声をかけた私は返すべき言葉を失う。
思わず、マジマジと彼を見つめていると、彼は、拗ねたように、ふいと視線を逸らした。
──ここ最近の、ルカは過保護だ。
あれもダメ、これもダメと、口うるさい。でも、それは私のせいでもある。彼の小言の一つ一つを、私が綺麗に無視して、心配ばかりかけているからだ。
私は、自分の纏う「悪女」の仮面を、そっと心の中で剥がした。
そして、ただの「瀬良姫乃」として、彼の心配と協力に、心からの素直な言葉を口にする。
「……ルカ。いつも、ありがとう。心配させてごめんね。あなたがいてくれて、本当に助かっているわ」
いつになく素直な感謝の言葉に、今度はルカが、虚を突かれたように、絶句する。
その珍しい反応が、なんだか少しだけおかしくて、再び悪戯心が湧いた私は、からかうように微笑んでみせた。
「───『素直な女』がいいんでしょう?」
その言葉に、彼は、はっと我に返ったようだった。
そして、やられたとでも言うように、苦く笑う。降参だと言うように、小さく手を上げると、すぐにいつもの食えない笑みを浮かべた。
「ええ、そうです。……ですが、悪女も悪くないのかもしれませんね」
「なによ、急に?」
「悪女でも、聖女でも…どんな貴女でも。僕は……好きですよ」
その最後の言葉だけが、まるで囁くように私の耳に届いた。
ドキリとして、それが彼の意趣返しだと気づき、私は照れ隠しに軽く彼を睨みつける。
そんな私を見て、ルカが声を立てて笑う。
その笑顔は、本当に楽しそうで嬉しそうで。そして、どこまでも優しかった。




