19. 悪徳宰相からの召喚状
「───つまり、瘴気というのは……人間の負の心…悪意や私利私欲が凝縮されたものなのね!」
私の言葉に、ゼノンが興奮したように頷く。
そして、目の前にある羅針盤のような魔道具──私たちの共同研究の最初の成果、『瘴気検知装置』を、彼は誇らしげに指し示した。
「ああ。この装置は、その『負の心』が発する、ごく微細なマナの揺らぎを捉えることができる。君の言う通りだ、セーラ。これを使えば…」
「ええ!国中に配備すれば、どこで、誰が、どんな理由で瘴気を発生させているのか、原因を特定できるかもしれないわ!」
これまで曖昧模糊としていた「世界を救う」というプロジェクトの、最初の具体的な道筋が見えた。胸の高鳴りが止まらない。
(すごい…!なんて大きな一歩かしら!)
この興奮を誰かに伝えたい!今すぐ、大声で喜びを分かち合いたい───!
私が、そう思ったまさにその瞬間、バターン!と研究室の入り口の扉が勢いよく開いた。
「───ヒメ!!」
そこに立っていたのは、いつもの涼しい顔とは程遠い、血相を変えたルカだった。
私が驚いて振り返るより先に、彼はすごい勢いで部屋に飛び込んできた。息を切らしながら、私の両肩を掴み、頭のてっぺんから爪先まで、何も異常がないかを確認する。
「ヒメ!ご無事ですか!?」
「え?ええ、もちろんよ。それより、ルカ!ちょうどいいところに!これよ、この装置を見てちょうだい!」
「………もう、あなたを止めるのは無理だと、理解しました」
彼は、私が無事であることと、部屋の散らかり具合を一瞥して、深いため息をついた。その呆れたような目に、私は少しだけむっとしてしまう。
「今が、何時だかお分かりですか?ゼノン様に挨拶に行くとおっしゃったきり、戻っておられないので、何かあったのかと…」
ルカの言葉に、壁際で時を刻む、ゼノンが作成したという魔法の時計に視線をやった。月の満ち欠けで時を示すというその道具は、もうすぐ日付が変わることを示している。研究に没頭するあまり、文字通り、時間を忘れていたようだ。
「せめて、お一人で行動するのは控えてください。こんな深夜まで、男性と二人きりなど…。外聞が悪いですよ」
「なによ、心配してくれてたの?ありがとう。でも、自室に戻ったところで、あなたと二人きりなのは変わらないじゃないの」
「僕は、専属従者ですので…」
不満げに口を尖らせるルカがおかしくて、私はくすりと笑う。
ゼノンも、私たちのやり取りを、少しだけ面白そうに眺めていた。
◇
「では、また改めて。今日の成果、本当に素晴らしいものでしたわ」
ルカに強く促され、私は後ろ髪を引かれる思いで、ゼノンの研究室を後にした。
深夜の王城は、しんと静まり返っている。私の足音と、半歩後ろを歩くルカの足音だけが、大理石の廊下に響いていた。
「…ご機嫌ですね、ヒメ」
「当たり前でしょう?プロジェクトは、今日、大きな進捗を見せたのよ。これで、この国を救うための、具体的な第一歩が踏み出せるわ」
私の頭の中は、先ほどの興奮と、これからの計画でいっぱいだった。
『瘴気検知装置』を国中に配備するための予算計画、人員配置、そして王宮へのプレゼンテーション…。やるべきことは、山積みだ。
(まずは、誰に話を通すべきかしら。やはり、国王陛下…?いや、実務レベルで話を進めるなら、各省庁のトップを抑えるべき…?)
思考の海に沈む私に、ルカが、静かだが、どこか険のある声で言った。
「…その計画に、ゼノン様は、不可欠なようですね」
「ええ、もちろんよ。彼は、このプロジェクトの技術責任者だもの。私と彼は、最高のパートナーよ」
「……そうですか」
その声に含まれた棘に、今朝のやり取りを思い出して、私は内心で小さくため息をついた。
彼の懸念は、もっともだ。私と魔術師団がこれ以上親密になれば、他の組織が黙ってはいないだろう。だからこそ、距離を置こうと判断したのだから。
───でも、状況は一変した。今は、リスクを取ってでも研究を進めるべきだ。
「ねぇ、ルカ。心配しなくても、大丈夫よ。私は、ちゃんと全体を見ているわ」
「…………」
「すごくいいアイデアを思いついたの。そのために、この研究だけは形にする必要がある。まだ構想だけだから、詳しくは言えないけど…。きっと、絶対に必要なことよ。だから、もうちょっとだけ、大目に見てちょうだい」
「──ええ。わかりました。ただし、時間管理はお忘れなく」
私は、くるりと振り返ると、「もちろんよ!」とルカに笑い掛ける。つられるように、ルカは、困ったような、はにかむような複雑な笑顔を見せた。
自室に戻り、ようやく一息つく。
今日、私たちは、この世界を覆う病の「正体」を突き止めた。
そして、その病巣を暴くための「武器」を手に入れた。
(大丈夫。きっと、うまくいくわ)
私は、これから始まる、壮大なプロジェクトの成功を確信し、満ち足りた気持ちで、眠りについた。
───翌朝。
この研究を耳にした、宰相アルマンド・ヴォルテールからの、緊急の召喚状が届くとも知らずに。
新章・宰相篇スタートです。
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