十二章:五話(終話)
一月一日 夕方
境内の人間たちで行った初詣。その後は解散して各自好きな所に出かけていた。
そして、初詣から帰って来たは良いが、境内の一つ手前の民家に入って行く者が二名。先に着いていた一番若い男性が一名。
「ひでぇ話しだわな」
「俺も初めて術を使った。出来れば使いたくなかったなぁ…しかも結ちゃん相手になら尚更ね」
「これ意外の解決策があれば良かったのにな」
「仕方ないよ。皆んなの為を思って神がそれを選んだんだ。その度合いは・・・俺には操作できない。一見今回の騒動には関係ない事だとしても、今後覚えていると不都合な事に関しては多分・・・」
境内に住む、前世・・・よりもさらに前の記憶を持つ神代の【神宮 神在月】は、境内の隣の家の大楽寺家の縁側でお茶を飲んでいた。そして、やってきた神崎神社の神主である【神崎 界星】とその弟の【神崎 陽朔】に言った。
「去年一年間に起こった『神代を脅かす騒動に関する記憶』を根こそぎ消して辻褄合わせに改ざんするなんてひでぇ以外の何者でもないわ」
「そんなこと言ってくるのは神崎の術が効かない神在月だけだから痛くも痒くもありません」
「会長も、社長も、医者である壱葉もグルだもんな」
「俺は悪いとは思ってます」
「陽朔はちゃんと心のある人間だもんな」
「何その区別」
「・・・騒動の時、結が光に当てられて壊れないように指輪を渡したのは陽朔なんだろ?」
「はい」
「そうなの。この弟そういう格好いいことさらっとやってくれちゃってさ!」
「俺は指輪にかかった術も、ネックレスのチェーンの部分にかけられた術もちゃんと見えてるからさ」
「ッハァ?!チェーンにも術を掛けてた?!」
「それでなきゃ、指輪が割れちゃって光を浴びたのに、一週間足らずで目を覚ましたりなんかしないよ」
「そうか、西園寺側はもっと遅かったもんな」
「つまり、光に限らず、大体の術だったりが効きずらいようになってたんだろ?あのネックレスが」
「はい」
「結は騒動の後もずっとつけたままだった。あれをつけてれば、大晦日の界星の術だって効かなかった。つまり、結に記憶を残せたのに・・・兄である界星の邪魔をしないように外したんだよ健気にも」
「あのまま結さんに術が効かなかったら、契約不履行で今度は兄さんに災いが起こるからね。忘れることで結さんも不安なく過ごせるならそれが一番いいことだって思ったんです。たとえ、俺の気持ちが違ったとしても」
元日なんて外に出しているバケツに氷が張るほど気温は低い。しかし、男3人は縁側で話をしている。見かねた家の婦人が声をかけた。
「まぁまぁ、今更隠すことなんてないでしょうに。中であったかいもの食べながら話して頂戴な。年寄りは心配で仕方なくてね。お節介なんだよ」
「悪いな!ばあさん!」
「あ、どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。こちら、お守りと御祈祷と、あと小豆とか冬の山菜とか・・・」
「本年もお世話になります」
隣に住んでいる神在月は普段から顔を合わせることがある為気軽に接する。神崎兄弟は改まって挨拶をする。
「そうか、陽朔には本当感謝だな。あの騒動で境内に来る直前まで、今回の件に関わった人間根こそぎ罰当てに行ってたんだってな」
「ちょっと多かったので流石に時間が掛かってくるのが遅くなりました。もうちょっと早ければ結さんが光を浴びる前になんとか出来たかもしれないんですけど・・・」
「俺はあの光を見えることはできても止めたり防ぐことは出来ないからなぁー・・・はぁーーー。致し方ないとはいえ結ちゃんの記憶まで消して改ざんするなんて・・・本当に心苦しい。もう罪悪感で一緒になれないよ。記憶消した男と結婚するなんてなんかもう結ちゃんが可哀想、不憫過ぎてあぁ居た堪れない、もう付き合えもしない、諦めるしかない」
こたつに入っている3人。界星は自分が行った事が人の為とはいえ、意中の人にした事を己で許すことが出来ない様子。卓に突っ伏してしょぼくれている。
「兄さん、もしかしたら今後結さんが兄さんに興味を持ってくれる事があるかもしれないよ?諦めるのはまだ早いよ」
「陽朔の方が可能性がありそうだけどな。その力はお世話係を光から守ることができる力だ。結ちゃんが惹かれる要素満載なんだよ」
「そうだったっけかな」
「さっきも言ったけど、俺の力はお世話係を”守る”力はないわけ。陽朔の力も、別に『お世話係を守る事が目的の力』じゃないじゃん。本来は『バチ当て』の力だし。要はさ、メガネ直そうとして精密ドライバー買ったら、時計も直せちゃいましたっていう万能型なんだよ」
「バチ当て様はすごいねぇー」
「いい事ばかりじゃないですよ。こっちは自分で度合いコントロールしなくちゃいけないので、間違えるとしっぺ返しみたいな大事故を喰らいます」
「三年前に酷いのやったもんね。でもあれば他の人を守る為に自分から喰らいに行ったようなもんだろ?」
「それで、21歳の高校三年生か・・・大変だな。神社と境内周辺の悪意のある問題全てに対して、全てバチ当てが出向いてるなんてな。陽朔学校ちゃんと通えてんのか?」
「大丈夫。いつも放課後とか夜中にバチ当てに出向いてるから」
「寝れないじゃん・・・」
見えない力や一部の限られた人しか知らない情報が次から次へと出てくる。
そう、こういう力や能力を持った者達に守られ、神代の儀式は行われている。神の力を受け、そして届け、自分達が惑星を守る一端を担っていると思っていた神代でさえ、更に守られている存在だ。
「今日、みんなで初詣に行ったんでしょ?でも、長月くんはメガネの女の子と先に二人一緒に歩いてたわね!」
卓の様子を見に来た婦人が会話の間が丁度良いと思い、今朝見かけた事を質問した。
「ああ!彼女神部のメイドなんだ。長月が一目惚れしたみたいでね。なんか思いの外上手く行きそうなんだよ」
「長月くんにも春が来たのね?!やだ嬉しいわぁ!あら、もうお茶が無かったのね、気づかないでごめんなさいな。御代わりは如何ですか?それともお酒にしますか?」
「酒貰おうかな!あ!ばあさんそうだ、今朝置いて行ったヤツあるか?」
「はい、あれね、あんなにいっぱいのノート・・・孫が学校で使うのと同じようなノートよね」
「いいよいいよ、持つのは俺がやるから」
神在月が12冊のノートを界星の前に出す。
「ほらよ、これで全部」
「こうやって、書物が増えるんだなぁ。別に悪いことじゃないけど」
界星は愛しい女性の綺麗な字で綴られたノートを優しい目でみる。
一月から順番に書かれている。内容は本当に些細なことで、一般人が見ても差し支えのない内容ばかりだろう。境内の庭で焼き芋パーティーをした。節分の日の献立、バレンタインのお茶会、ひな祭り、お花見、端午の節句と鯉のぼり。子供の日の事では、自分がお邪魔したことも書いてあり、界星は嬉しい気持ちになる。
「悲しいですね。せっかく結さんが書いた、事実なのに。これが手元にあれば、記憶と違うから混乱してしまう」
「回収したは良いけど、書物って言ったって大変だよな。このノートに書かれている事は全部事実だが、もしまた結がノートを書こうだなんて思い始めて、去年の出来事と比較した事を新しいノートに書く。しかし、事によってはそのノートに書かれている去年の事は改ざんされた記憶の事かもしれない。それが今後残ったとして、同じ日付なのに二つのノートで違う事書かれてるんだ。管理が杜撰になったら、どっちが事実か変わらないよな」
「その整合性の為の神在月でしょ」
「全部は覚えてねぇってば」
「さて!晩御飯食べれないと困っちゃうだろうから、おつまみでもどうだい?軽く食べてって頂戴」
そう言って、大楽寺夫人は塩もののつまみとお酒を出した。
「おぉ!ばーさんありがとう!」
「頂きます。あ、陽朔は高校生だからお酒は!!」
「それもう良いでしょ。中身は二十一歳なんだから」
「そういえば、二つ聞いていいか?」
「神在月なら幾つでもいいよ。多分」
「・・・なんで今の霜月と、先代予定だった霜月の年齢が近いかわかるか?たったの5歳差だったんだろう?」
「先代・・・。あぁ、紛らわしいから番号を振ろうか。今代の霜月を1。神代に一度も成らなかった先代”予定”の霜月を2。結果、今代の霜月からしたら”先代”にあたる御隠居であるおじいさん霜月さんを3」
「もし、3の霜月の爺さんが捧げ納めを迫られてない状態だったら、そもそも2の霜月は生まれる必要もなかっただろう?あと五年は境内に居れたら不要だったじゃないか?」
「でも、実際は捧げ納めをして境内を出る必要が生じてしまった」
「・・・全部神のシナリオ通りだっていうのか?だったらなんか全部操作されてるみたいで生きてても楽しくないな。自分の感情、感覚、それすら造りものだって言われてる気がするな」
神在月が、不機嫌そうな顔をした。
「そこまでじゃないって、保険だよ。でも実際に3の霜月さんは捧げ納めが必要だった。でも、1の霜月はまだ高校生。2の霜月が、短いか長いかは人によるけど、4、5回本殿に入れば後は神部が全て保証してくれるし晴れて自由の身だったんだ。1の霜月も、大学に行けばきっともっと良いことが用意されてたんだ。もちろん、今の霜月が不幸だって言ってる訳じゃないよ?」
「神在月さん、なんて言うか・・・もちろん、決めるのは俺たち側です。でも、神事に携わる者として、ボーナスを人生の中で沢山用意してくれてるんです。つまり、2の霜月さんが本殿に入らず儀式を行わなかった事で、2の霜月さんと1の霜月さんに渡るはずの幸運が不要というか、不発というか・・・行き場を失った幸が不幸に転じてしまったんです。その転じた不幸が今、2の霜月さんに降り掛かってるんです」
「・・・お前たちっ・・・!?なんか覚えることいっぱいで大変だなぁ?!」
「いやいや、何十回分もの人生覚えてる神在月さんに比べたら別に」
「・・・そもそも霜月を知ったきっかけは『同級生に神代が居る』って所が先だったから最初はなんともなかったけど。これだけ仲良くなっちゃったらさ、なんか術かけるのとか本当に申し訳ないというか苦しいというか。知らぬ顔して人の記憶変えてさぁ・・・参っちゃうよね。でも、俺の性格だとあと二日位したら立ち直るんだろうけど」
冬は陽が落ちるのが早い。三人が集合した時は、西陽が強く、夕焼けが綺麗な時間だったが、現在ではとっぷりと落ちている。
「あーあ、皐月。結ちゃんの事好きなの忘れちゃったかな・・・。あぁ、まぁ好きの自覚はあってないようなもんだけど。ライバルが減るのは良いけどこれは反則なような気がしてならないなぁ」
「忘れる術をかけたのは界星だろう」
「だから、俺は度合いは操作できないんだってば。術使ってまでライバル減らそうとか思わないし、そもそもそんな私情で術使えないし。あ・・・そうそう。神崎から・・・というか、神部からだけど。去年の夏休みにアルバイトしてた彼女が持ってた禁断の記録の本。見る?」
鞄から取り出した本は、非常に年季が入っている。中の紙は捲ったら折れたり破れるのでないかと思う程のパリパリ加減だ。
「ちょっとお世話係をかじっただけの人だろ?」
「だったら良かったんだけどねぇ・・・取り逃してしまったんですよ。見てください、ココ」
「全くもって恐ろしいわ。書いてある通り」
「『神崎の能力恐ろしき。人であって人で非ず。異能を使う神の手先。近寄ることなかれ』」
「あ?待てよ、その先もまだなんか書いてあるぞ?もっと汚いからとんでも無く読みづらい・・・というか読めない」
神在月が目を凝らしたり、角度を変えながら見てもそごれてシミになってしまったその箇所は読み取ることが出来ない。
「本当、読めなくて助かったよ。ただでさえ、『神崎の能力恐ろしき』を八重ちゃんと櫻に見られて誤魔化すの必死だったんだから。これ読まれてたらもう大惨事だったよ」
「なんて書かれてるんだよ?」
「・・・知ってる?結局子供が出来なかった、宮守に養子に入ったお世話係の人が最初に結婚した相手・・・」
「・・・まさか、”神有月”だったとか?」
「惜しい。”神無月”さん」
「どうやら、件のお世話係さんに結構話しをしてしまったらしいんですよね」
陽朔が話に加わった。
「当時のバチ当ての指示書というか指令が残ってます。要は、秘密を知ったその女性の記憶を改竄するようにと。しかし、女性は境内から出て他の男性と結婚して子供を産んだ後はしばらく消息がわからなくなったようです。それは、バチ当てが何かしたのではなく、何かされると知っていたから逃げたのです」
「神無月がそんなこと喋ったならそれこそ他の神代と一緒で本人も災いだらけになるだろう?」
「それが、十月の神代にだけはないんだよ。だから喋ったんじゃないかな。ほら、今回の件だって神在月には効いてないんだし。」
「俺知らないぞ!?でも確かに・・・それ、俺に言っても良いのかよ・・・別に悪用しないけど」
十月担当を・・・というより、神代という人生を何度も経験している神在月が驚いた。
「良いよ。知ってても知らなくてもどうせ神在月には何も不幸は起きないんだし。多分」
兄と神在月が話しているのを見て、空いたつまみの皿を陽朔が下げた。台所の流しへ持っていくと、婦人が白菜ときゅうりの塩漬けを新しく更に盛っている所だった。
「あら!お皿ありがとうね。・・・で?その本の読めない所にはなんて書かれてたんだい?」
「・・・これは、本当に一部の人以外知られると困っちゃうんですよ・・・
【十月の神代は神の魂の分身。神に神の術も技も力も効かぬ】。バチ当てやその他の存在や事実を知ったそのお世話係は、ずっと姿をくらましていた。だからバチ当てが出来なかった。しかし広まる事は無かった。何故なら、広める事ができない様に予め本人に念の為で術を掛けられていたんだ」
「バチ当ても出来ない大層な技だね?そんな事出来るのは…」
「流石ですね。内緒ですよ?もうずっとお世話になってる大楽寺家だからお話ししますけど・・・」
そう言って陽朔はクイズかの様に話し始めた。
「では改めまして!神代、それも十月の神代である神無月とこれほどまでに親しくなり、内情を知った一度は籍入れをした他人を取り逃してしまった。
神主もバチ当ても、術をかけて対処していないのだとしたら、どこかでその話しをしてバラされたりしないか?と思いませんか?」
「そうね、現に書物に残ってしまっているからね。取り逃しなんてしたら、当時のバチ当て様にも”相当なバチが当たった”んじゃないのかい?」
「それが当たらなかったようです」
「おやまぁ!なんでだい!」
二人だけの空間に、白々しく、まるで劇の様に話をまとめながら進める。
「"当てる必要がなくなった"んじゃないでしょうか?」
「年寄りには難しいねぇ、想像力の欠如が著しいわぁ。早く答えが知りたいね!」
大楽寺の婦人はワクワクしながら漬物のタッパーを冷蔵庫へとしまった。
「代々、もしかしたら・・・と疑われ続けた言い伝えがあったんです。それを確証へと変えたのが、その日記の最後の一文でした。どうにも、”神代には十月の神代以外にも特別な存在が時折いる”という疑いがあったんです。しかし、そのふわッとした言い伝えだけで何をどう言っているのかはさっぱりでして・・・しかし、この日記の通り、ここまで内情を知っているのに、外部には漏れていない。先月の騒動は、この日記の秘密とは別件でしたからね。なんで神主もバチ当ても対処していないのに・・・?そう・・・居るんです。自由に術や罰を与えることが出来て、特になんでもないような当たり前の日々を過ごしている、特段特別を欲しがらず、当たり前に紛れている。必ず境内にいる訳ではないが、時折人間界に降りてきては人間・・・神代としての人生を楽しむと。その存在が人間界にいる時、もしバレたら直接手を下されます。きっと、例のお世話係の件に自分の事がバレて外部に漏れないような状態にしたんだと思います。それなのに、間に合わなかったのかこの日記にだけはそれが記されていた。つまり、この日記は何かされる前に残した、その重要な事が書かれている初めての書物なんです。
確信してから、我々も勘付かれないように気をつけながらその人物とは接してます。この間、兄が全員にかけた術でさえ、きっとその対象には効いていない。きっと今も効いた振りをしているんです・・・。
本来、神代からは男の子しか生まれないんです。絶対的な男児の跡取りが欲しいから。神代は男しかなれませんから。そして、お世話係との恋愛感情が生まれない理由は、お世話係は神代と結婚した場合、男児しか生まれなくなるからです。女児でないと座標が務まりませんからね。どちらの家系も繁栄のために恋愛感情が生まれないんです。しかし、それを自由に変えられる存在が・・・
・・・ここに書いてあるのはこうです。【幾多の神、時折抜け出しては人間界で人間を楽しむその証拠が判明】」
「待って?!もしかしてあの中の誰かがそうなのかしらっ!?」
陽朔の前で手を組み、楽しそうに続きを待つ。
「はい、そうです。その証拠が
【女児の生まれる神代は神本体である】」
一年が十一カ月しかない君たちへ・完
※2025年12月11日 誤字修正
【一年が十一カ月しかない君たちへ】
12章5話をもって完結となります。読んでくださった方には、本当に感謝致します。
引き続き小説はゆっくりながらも書いていく予定です。今までの作品の続編も書いたりいたしますので、もしよろしければ過去作などご覧になって見てください!
本当にありがとうございました!!




