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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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十二章:二話



「一ヶ月時間はちゃんと過ぎているのに、本人たちの時間の経過感覚はない。怪我も治らないから本人の体の時間は進んでいないのに、それでも実際の時間はすすんでいる。


一年に一ヶ月ずつ他の人とズレが生じる。十二年で一年分狂うんだ。


時間が経過しているのに、何も変わらないまま生きているものがこの世にあると思う?ないよ。


神代の体を器として力を通している時、力は膨大な量だ。その、力の大きさは神代ではなかったら体を壊すのに十分なものだ。意識がはっきりしていたらとてもじゃないが平常心ではいられない。だから認識もできないようになっている。

それに、意識があって自律神経が働けばお腹は空くしトイレにも行きたくなる。紙垂から出られたら困るから時間を止めてるんだ。


「なんで情報量が多いなんてわかるんだ」

神崎うちが持ってる記録で残されてる。あと、見ててわかる。

元々は神崎がやっていたこの儀式だが、体調不良者が絶えなかった。神崎の者の体には意識を飛ばす仕組み・・というか術が効かない者が多い。けれど、儀式は行わなければ加護がもらえず惑星ホシが荒れる。そこで、神崎から『神事に関わる一部』を担う者達として分家のように作られた部隊が『神部』だ。その神部の中から、この儀式にふさわしい、体調不良にならない体、耐えられる、適性のある者を造り生まれるようにと大昔の神崎当主が神と契約した。そして、適性のある者が生まれる家系を『神宮』と命名した。今は境内なんて呼んでるけど、前はみやって呼ばれてたからね。


神部が、神宮を支える土台や環境作りを行って、神宮は子孫繁栄をして、次世代の神代を産み続けてもらう。

そのために神部が大企業に成長してこうやって神宮家に生まれる神代に手厚くしてあげられるようにしたんだよ。



 ごめんね、大昔のこととはいえ、みんなに被害を与えてしまった」


 別に、これは神崎さん個人が悪いわけではないのではないだろうか。言ってしまえば、神崎さんだって望んで神崎神社に生まれたわけではないのだろうから。




「力を体という器を使って流し込んでいる時に中断は出来ないんだ。

動かれては困る。本殿というのは、神崎が選んだ安全な場所であり、非常に守られている。

毎度神代の入れ替わりの時に新しい紙垂をつけてるだろう。紙垂と神代がセットになって初めて”清めらた神の力の通り道”が完成する。


しかし、通り道を作ったとて、それはいわば高速道路というか、専用道路が作られただけのようなもの。


『どこの』『何を』目印に力と地上に向けて落としているかというと、それが・・・お世話係なんだ」



「はい?」

 自分でも思う。随分と間抜けな声が出た・・・。


「お世話係を目掛けて力を落とし、その先の本殿、そして紙垂と神代という器でできた神聖な専用道路。そこに吸い込まれるように入っていくわけだ。


お世話係とは境内に留める・・・もうはっきり言おう。お世話係とは境内に縛り付けておくための(てい)のいい名前だけであって、神の光からしたら力の落とし先・・・『行き先』である大事な『座標』なんだ」




 私があの光の座標?




「座標として選んだ理由は、神部や神宮などを分けた時に、座標も分けようってことになった。元々神崎に支えてくれてた女性が、自分がずっとここにいて座標になりますと名乗り出たとか。つまり木札を変える『籍入れ』は『座標対象の変更』っていう事なんだ。

茉里ちゃんから結ちゃんに変わった時に、札を入れ替えた。あれが、ただの札変えにしか見えなくても、あれだけで、力の行き先の座標が変わるんだ。





お世話係という『座標』を頼りに力は降りてくるが、本殿本体に掛けた術と紙垂と神代という専用道路である『結界』は、”近くに来た”光を引き寄せる磁石のような働きをしている。天からの加護を誘導してるんだ。

その最中に、本殿の扉を無理やり開けようものなら『結界』は壊れ、力が専用道路から座標であるお世話係に向かってくる。そうすれば、力は惑星(ホシ)に届かないし、力に対して耐性のないお世話係の体は保たないだろう。座標としての役目しかないお世話係が力を浴びるなんて、宇宙服を着用しないで宇宙に飛び立つようなものだから。


だから、あの誓約書や規約は、座標で居てくれるお世話係を護るためのものなんだよ。

そう、神崎、神部、神宮でもない方が、契約してくれたんだ。境内・・・当時の言い方で言う『宮』を『守る』ために・・・」



 ここで明かされた新事実に驚きを隠せない。

 え?私があの光が本殿に向かって来るまでの目印?そんなこと聞いたこともない?


「ねぇ、そんな光喰らって、結ちゃんは大丈夫なわけ?!」

 皐月さんが声を荒げた。

「一週間近くも寝てたんだ。大丈夫とは言えない状態だったけど、今は問題ないと壱葉から聞いているよ」


「でも、結ちゃんはずっと境内に居続けなくちゃいけないわけじゃないんでしょ?今までだって境内離れて出掛けてたことだってあったんだから!」

「全部月末を外してるだろ」

「でもお正月は・・!」

「次の神代が本殿で”唱えた時”に境内かすぐそこのアパート位の距離に居れば問題ない。月中はどこにいても問題ない。月末に休むことは許可できるが、境内から遠く離れることだけは許可できない。止むを得ない場合は、こちらで代わりのお世話係を手配するようになってる」

 長く話していた神崎さんに変わって、社長が皐月さんの質問に答えた。社長は知っていたようです。しかし、私の隣にいる八重さんや、桔梗さん、櫻さん・・・そして、もちろん神部に勤めていない双葉さんと壱葉さんはこの事をご存じなかったようだ。5人とも驚いた顔をしている。



「普段は、こんな風に外から攻められる事など無いんだ。知らなくて良いし、知らない方がいいこともある。余計な事実を知れば、ふとした拍子に口に出してしまう危険性も上がる。リスク回避の一つだ。知らないならそれだけで済むが、知っているからこそ言えないとばかりの顔をしたら双葉みたいに勘のいい人間なら気づかれることもあるだろう」

「・・・だからずっと6、7個の事同時に考えて俺に気づかせないように・・・すんませんね」

「さぁ、もう粗方話したんだ。いいだろう。一週間近く経つとはいえ、まだ完全に緊張が解けていない者もいるだろう。解散する」


 言って、一番に社長が足を動かしました。



「界星、お疲れさま・・」

「霜月・・・。ごめん。色んな事黙ってた」

「いいんだよ、全部全部、俺たちのを思っての事だろ?」

 そう言って、同級生の思いやりが繰り広げられております。一方で・・・



「納得いかない。俺じゃなくてもよかったじゃ無いか・・・!!!なんで!!」

「ちょっと、卯月!一回俺の家に・・・!」

「なんで・・・!!子供の頃から夢と楽しみを奪われて・・・!!やっと掴んだものさえこんなもんで・・・!!どうして!!」

「いい加減にしなさいよ!!!!!あんたのその被害者意識もう黙ってらんない!!神代になりたくなきゃ前の霜月みたいに来なければよかったでしょ?!」

 隣で八重さんが怒鳴り始めた事に私は驚きました。


「何馬鹿なこと言ってんだ?!次の卯月は生まれてないんだぞ!霜月の時とは違うんだ!」

「一緒よ!!!次が生まれてないからなんだっていうのよ?!生まれてないから仕方なく本殿に入る事を”選んだのは自分”でしょ?!それしかないとか、他がいないとか!!そんな他人のせいにしたってね、結局は”自分の足で()()()()()()歩いて”本殿に入ったんでしょ?!全部自分で決めた事じゃないの馬鹿なのはアンタの方でしょ?!」

「っなっ!?お前何言ってんだ?!」


 ここで、私は耳を手で塞がれた。目の前に神崎さんがいる。

 目が合って、苦笑されました。しかし、八重さんと卯月さんの声はその手を通り抜けて聞こえる。


「先代予定の霜月はね!結局本殿に入る予定だったその月!!その月からどんどんと災いがこれでもかって降りかかってんのよ!今ですらね!!会社では前月までの好成績が嘘のように急降下!社内で起きた事件の濡れ衣を着させられ!住んでいた家を交通事故で壊され!道を歩くだけでスリや無差別の傷害事件に巻き込まれ続ける!!これ本殿に一回も入らなかった罰として一生続くのよ!!本殿に入らない者に神部は手助けをできない!本殿に入らない裏切り者を手助けしたら今度は神部も裏切ったとみなされるらしいわ!!だから一回でもいいから入れって言ってんの!!

 アンタも次の四月に入りたくなけりゃ入らなければいいわ!!ただ!霜月の時と違って、次の卯月が育ってないどころか生まれてもない時点でやってみなさい?先代予定の霜月よりも悲惨な目に遭うわよ?!でも来たくなければ来なくていい!!その覚悟があるならさっさとあの女の実家の会社で今すぐ働けばいいわ!!」

「・・・そんな事聞いて・・・!そんな事聞いて本殿に入らないなんて言えるかよ!!」

「はい!!わかった?!あんたは今”そんな事聞いて本殿に入らないなんて言えるかよ!!”って自分で決めたの!あんたが自分で言ったの!!脅しでもなんでもないから!決めたのは自分なの!わかる?!」

「・・・っうるさいっ!!わかったよ!!」





「っちょっ!!八重!結ちゃんの隣で馬鹿でかい声出すなって・・!!」

 双葉さんが呆れた顔をしています。そして、神崎さんが手を緩めてくださいました。


「っあ!結ちゃんごめんなさいね?大丈夫?」

「はい・・!ちょっとびっくりしましたけど特には・・!」

「本当?!無理してない?!気を遣ってない?!大丈夫?!サチエー!!来て!!結ちゃんお部屋まで連れてって!」

「はい、かしこまりました」



 サチエさんに支えてもらって、ゆっくりと廊下を歩く。



 霜月さんは神崎さんが黙っていた事に対して、”神代の為”と考える人。しかし一方で、卯月さんはご自身の思う通りにいかない事が多かったのかとても不満が多い様子だ。確かに、自分で決めた事ではない事ばかりだろう。私だって、お世話係は小さい頃から言われていた事だ。でも、なんの疑いも、疑問も持たなかった。他になりたい職業があったかと聞かれると思い出せないほどに。

 やはり、人というのはそれぞれなんだな。そう考えながら部屋へ着いた。

 私が横になるまでサチエさんは見守ってくださいました。すごく優しいなぁ。


「宮守さん」

「はい」


「これは、良い方に捉えていただきたいのですが」

「はい?」

「私がここに呼び出された十二月一日から、皆さんずっと宮守さんの事を心配されてました」

「そう・・・なんですか」

「迷惑かけたとかそういうことではありません。皆さん、心底宮守さんが大事なようです。特に、神崎神社の者は狂ったようにしてました」

 狂った・・・とは。

「神代はもちろんですが、あのような性格と言いますか、能力のせいで他人に興味を持ちずらい双葉さんや、女性の友人が昔から少ない八重さんや、仮面かぶってるかの如く表情筋があまり動かないあの社長でさえ、とても心配されてました。なので、なるべく早くお元気になられて、皆さんにいつもの宮守さんを見せて差し上げてください」

「・・・ありがとうございます」

 予期せぬ事を言われて少し照れます。しかし、厄介者だとか変に思われなくて本当によかったです。





 十二月十日



「来週には、神代の家族も境内に戻ってくるってさ!」

「そうなんですか!よかったです。まぁ、壊れたところのほとんどは修復が終わりましたもんね。いくつか樹は無くなっちゃいましたけど」



 もう、厚着が必要な寒さです。晴れてこそいますが、空気はとても冷たい。そんな中、境内の端にある、今回被害を受けなかった渋柿を神代の皆さんが採ってくださり、私とサチエさんで皮を剥いております。


「結ちゃん本当に大丈夫?その体制辛くない?」

 皐月さんがとても心配してくださってますが・・・

「これくらい大丈夫ですよ!!」

「さて、剥き終わりましたね。では、私はこの柿を熱湯消毒して参ります」

「じゃぁ俺、離れの台所まで運びます」

「助かります」

「あ!サチエさん!良いですよ、私がっ・・・!」

「いいえ。こんな時に『渋柿を食べてみたい』と空気の読めない事を言い始めたのは社長です。宮守さんには剥いて頂いただけでも感謝です。あ、この報酬として、こちらのゴールドカードを・・・」

「大丈夫です!!お気持ちだけで!!」







 そのまま縁側で休んでおりました。

「いくら日中で日差しがあるからといって、流石に冷えるよ?」

 神崎さんがいらっしゃいました。本日は納品で、台車と一緒に境内に入ってきました。 



 例の光を浴びた件から、何日も寝ていたり、しばらく記憶や体の調子がイマイチだったので忘れておりました。



「あの、神崎さんそういえば・・・西園寺財閥の方や、外嶽議員などはその後どうなったんでしょうか・・・?」

「その後?・・・あぁ!大丈夫だよ結ちゃん、それこそ心配しないで!全部()()()()()になってるからね!」

 無かった事になってるとは・・・!


「・・・企業秘密だよ」

 少し悲しそうな顔で神崎さんが言いました。

「まだ言えないことが、あれ以上の事があるんですか?」

「うん。実はね。もう参っちゃうよね、言えない事だらけだからさ、うっかりいっちゃいそうになる時あるし。でも、もし知りたいなら結婚すれば全部教えられるよ!晴れて神崎 結になればね!」

「爽やかな顔してなんて条件突きつけてくるんですか。大丈夫です」

「残念だなぁ」



「・・・まぁ、言えるのは、この後始末は陽朔のお仕事だよ。陽朔は優秀だから大丈夫」

「陽朔さんが?!だってまだ高校生・・・?!」

「陽朔は俺より力が強くて俺よりできることが多いから。今回境内に来るのが遅れたのも、同じ件で先にやっておかなくちゃいけないことが山ほどあったからね。それで遅れちゃったんだ」

「・・・私たち、知らないところで本当にいろんな方のお世話になってるんですね」

「それが聞けただけで幸せです」


「それで、陽朔さんは次いつ境内にいらして下さいますか?」

「結ちゃんが会いたいって言うなら二度と連れてこないよ」

「なんですかそれ?!『会いたいって言うならすぐに連れてくるよ?』の間違いでは?!」

「嫉妬だよ!わかるでしょ?!」

「お礼くらい言わせて下さいよ!!」

「大丈夫!あいつの仕事だから!全部やって当然だから!」


 




十二月二十四日



 クリスマスイブです。

 境内に神代のご家族も帰ってきました。そして、冬休みにも入っていることもあり、クリスマスパーティーを開催いたします!現在は午前中で、お昼と夜用のたくさん料理を作って長い時間パーティーをしようという事です。母家では、私が焼いたスポンジケーキにお子さんと親御さんで飾り付けを楽しんで頂いてます。私は、卯の離れのオーブンでサチエさんとグラタンを焼いております。


 そして・・・




「離婚しました事を報告致します」



「そうか」

「えっ・・・」

「それはそれはまた急・・でもないかな・・・」

「離婚させられたの?させたの?どっちなのよ?」

 社長、櫻さん、桔梗さん、八重さんもまだ境内にいらっしゃいます。


「自分でしたいと思って話して、そうなった・・・自分で決めたんだ」

 卯月さんが神部の面々が揃ったところで少々バツが悪そうに、しかしハッキリと言った。


「と、言うかまた事後報告だね?離婚時もまた別の誓約書あるんだけど?」

 桔梗さん。

「えっと。娘さんはどちらに?ほら、保険とか扶養の手続きとか色々あるからさ?」

 櫻さん。

「あと一歩なのよ・・・!!貴方『相談』って言葉知ってる?人のせいにする癖に、案外自分で勝手に決めてやっちゃうとかなんか謎の矛盾があるのよね?!好きにしろとは言ったけどやって良い事と事前に相談が必要な事があってね?!」

 八重さん。


「結果オーライじゃないか。外嶽との繋がりが完全に無くなったんだ」

 社長が清々しいとばかりの顔をして言った。

「完全じゃないわよ!?子供の件があるわよっ?!櫻も言ったけど、保険とかのやり取りだけじゃくてこの場合成人までの養育費とかがあるわけで・・・」



「あっ、その件だが・・・」

 卯月さんが途中で口を挟んだところに双葉さんが入ってきた。

「卯月の子供じゃないんでしょ?どうせ」


「・・・双葉っ!?お前いつから・・・?!」

 当たりなのか卯月さんが驚いた。

「俺は奥さんも子供にも会ったこと無かったらずっと知らなかったよ。この間奥さん見て思った。少なくとも卯月の子供ではないんだろうなって」

「・・・あんたちょっと待って。その言い方だと」

「「双葉待て」」

 社長以外が止めに入られました。

「待てって・・!俺犬じゃないんだけど!!」



 そもそもこの会話はキッチンに割と聞こえる・・・。サチエさんが私の隣にいるのに聞こえる範囲でこんなこと喋っていて良いのだろうか?!ヒヤヒヤしながら次の料理を作ります。


「大丈夫だ。もう、気持ちも落ち着いた。・・・あの子の父親は誰かもわからないそうだ」

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