十一章:霜月の君へ 六話
「あぁ!!もうっ!!女連れてくるとか本当ムカつく!腹たつ!結ちゃんごめんなさい。私、あの女を捕まえてくる」
「えっ!?今ですか?」
「どうせすぐに乗り込んでこようとするわよ。別に結局の所全部相手が悪いし、全部隠蔽するつもりですけど!それでも”男性に捕まった”とかそういうこと言い始めると面倒だから私が行くわっ!!大丈夫、代わりに一人ここに寄越すから!」
そう言って、八重さんは離れから飛び出して行きました。
代わりに階段を駆け上る音がしてやってきたのは・・・
「結、大丈夫か」
如月さんでした。・・・鬼が近くに居てくれれば大丈夫かな・・なんて思ってしまいます。
『・・・ご挨拶くらい返して頂いても良いと思ったのですが、それほどまでにご自身の夫の親族が煩わしいですか?』
外の会話が再開した。卯月さんの奥さんは社長に話しかけられても返事をしません。
『御今晩は。ご無沙汰しております。娘が入籍した際に一度ご挨拶をさせて頂きましたね』
代わりにはならないが、奥さんの父親が返事を返した。
『・・・貴方様が、こんなところに来てこれから始まる事に同行されるのですか?悪いことは言いません。御引き取りになった方がご自身の身の為だと思いますよ。政治家の【外嶽】議員?』
「・・・噂の議員か。実際に見ると相当な悪人面だな」
「私もそう思います」
直感です。顔の造形の話しではない。これは、今まで考えてきた事・・・つまり、思考や行いが顔に出ていると言いたいのです。今もなお、腹の中では何か嫌な事を考えている。それは、これから境内に乗り込むとかそういった事ではないです。止めどない私利私欲が溢れているのです。
『貴方がたですら小さい時ですよ。西園寺財閥と地主さんがここに来たのは!私は当時一緒には来れませんで、話しを聞くだけでしたが。それからの御付き合いですよ!神宮さんや神部さんとは!いやいやどうしても気になってしまってね!』
卯月さんの奥さんの父親、外嶽議員がまるで街頭演説の様に抑揚をつけて話す。しかし、あまりにも白々しくて・・・
「何が”それからの付き合い”だ。腹たつ喋り方だな。わかりきった長ぇ前説なんていらねぇんだよ・・・」
まったく同然です!!
『外嶽さん。昔話は結構です。私は、この神部の社長に目の前から退いて頂き、この土地の全てを確認できれば良いんです』
隣にいる西園寺の代表が、冷たい視線を外嶽議員に向けた。
『・・・っく!では、早々に中に入らせて頂きましょう。ここは、本来娘が住むべき場所。娘の家なのです!そこに父親である私とその知人が訪ねてくるくらいなんの問題もないでしょう!』
『彼女は境内に住む契約をしていない。住民票もここにはない。貴方が一歩でも入ったら住居侵入罪だ』
社長が怒りに満ちた顔をしている。
『でも、住居侵入罪であっても、警察には言わないんですよね?言うつもりも無いんでしょう。その代わり、私たちに何かをするんでしょう?何をしてくれるのでしょうか?警察に来られたら困りますよね?いくら被害者側でも、この敷地に入られたら困る場所があるんですよね?ねぇ?逆に警察を呼んでも構いませんか?』
西園寺の代表が煽るように言う。そして、一息ついて自身の腕時計を見ながらまた喋り出した。
『もう、特にここで話しをしなくても、聡い貴方がたなら全部わかっているでしょう。無駄な話しは辞めましょう。そろそろ良い時間にもなりますから』
ハッとして時計を見ると、間も無く20時半だ。やっぱり、予想通りお祭り終了の時間に合わせて始める気だ!!祭りのお囃子も聞こえなくなり、人の声は聞こえるものの終了となると寂しさを織り交ぜて雰囲気は変わる。
「・・・ヤベェな・・・」
如月さんの声が聞こえ、その目線の先を私も追った。境内のすぐ近くの道で、低い音を立てながらこちらに向かってくるそれは・・・
「・・・重機っ?!」
「奴ら、重機でそのまま境内に突っ込んでくるつもりだ!まずい、結ここから出て奥に行くぞ!本殿だけが狙いだからってあれだけの人数と重機二台で来られたらこの離れも危ない!!」
「でも、ガードマンさんたちも居ますし・・・!」
「馬鹿かっ!人が重機に敵うわけ無いだろ?!」
『さぁ、祭りの第二部を始めましょうか』
そう言って西園寺の代表がスーツの内側に一度手を忍ばせた。スーツから出てきた手には何か黒いものが握られており、そのまま手を上に持ち上げた。重機も最初こそはゆっくりだったが速度を上げてきている。
『お客は多い方が良いですからね。是非とも呼びましょう』
そして、離れの二階にいる私と西園寺の代表の目が合った気がした。
その瞬間、双葉さんの焦った声が端末から聞こえてきました。
『結ちゃん避けてっ!!』
ーーーパァァアアンッッーーーーー!!!!!
窓ガラスが粉々になって弾け飛んだ。拳銃だ。
私は如月さんに腕を引かれて窓から部屋の中へ引っ張られ、銃弾に当たることはなかった。でも・・・拳銃?!
重機の音が止まらない!もうすぐ門や塀にぶつかってしまう!ただでさえ今の銃声はこの近辺に鳴り響いて不審に思われてるかのしれないのに・・・!この祭りが終わった静けさには十分すぎるくらいに音が響く!人が来てしまう!
「結!!早くしろ!!立てないのか?!」
「た・・・!立ち・・ますっ!!」
震える足で立ち上がり、ガラスの無くなった窓から外を見ると、もう重機がぶつかる寸前まで来ている!!まさかこんな事になるなんて・・・!あぁ!!もうぶつかる!!ダメだ!!
『始めろぉぉおおーーー!!!!!』
双葉さんの叫び声の後すぐ、門と塀に重機がぶつかる音が確かにしたっ・・!確かに聞こえたがそれよりも大きい音が・・・!!
「Heeeeeeeey!!!momijiです!!お祭りに来てくれた皆さんにサプラーーイズでぇえええすっ!!今日はソロだけどどうぞヨーロシークねー!!!!」
キャァァアアーーー!!!
ワァァアアアーーー!!!
重機の音をかき消す程の自己紹介と歓声だ!!これって・・・!
「momijiだっ・・・!」
・・・ーーー
「客寄せ?パンダって事?」
「何よ。まさかパンダ本当に連れてくるとか言わないでしょうね?」
「なんだ、足止めにちょうど良いパンダならウチにいるじゃん?」
・・・ーーー
この間双葉さんが言ってたパンダって・・・!!
「紅葉なら恰好の客寄せパンダだなっ!ほら!結行くぞ!!」
如月さんに連れられて階段を降り、境内の庭に出た。
祭り会場で流れている音楽とmomijiさんの歌声、そして、重機に壊される門と塀の音。塀に添うように置かれたガードマンたちの車ごと潰されています。
そんな中、社長と西園寺さんたちは動かずに対立しています。睨み合いです。先方が雇った人たちでしょうか。こちらのガードマンとやり合ってます。こんな光景漫画やアニメでしか見たことありません!!
「結ちゃん!!大丈夫?!」
門の外を見ていたら、皐月さんから声をかけられました。
「大丈夫です!拳銃向けられましたけど、如月さんが助けて下さいました!!」
「それって大丈夫って言わないから!!早くこっち!!」
ーーザザッーー
『貴方よくもこんな事してくれたわね・・・。貴方が首謀者でなくても、片棒をこんだけ担いでんだから覚悟はできているのよね?私、女性だからって流石にもう容赦しないわよ』
『また貴方?貴方もしつこいわね。そんな男勝りなことしてるからその年でもまだ独身なのよ。その中途半端な見た目に自信を持って、まだ誰か嫁の貰い手がいるって安心してるんですか?もう無理ですよ?』
『よし、ぶっ飛ばす』
端末から聞こえた会話だ。八重さんと卯月さんの奥さんが喧嘩を始めたっ・・・!しかも卯月さんの奥さんは全然関係ないこと言って八重さんを煽る。どうしてだろう?!この人だって利用された側じゃないの?!
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。
『おい・・・なんだよこれ・・・』
『きゃーっ!やーたん家が壊れてるー!!』
卯月さんと娘さんの声がした。
『どう言うことだ!!おい!説明しろ!!』
『ままぁ?やーたんのお家壊しちゃうの?』
『貴方、こんな所に子供を連れてこないで下さる?教育上良く無いじゃありませんか?』
『”こんな所”にしてるのは誰だよっ!!なんでこんなことしてる!!』
卯月さんが何故か境内にやってきた。そして、壊されている境内を見て驚き、さらにその場にいる自分の妻を見て近寄り問いかけた。
『おぉ!卯月くん!まぁなに、落ち着きたまえ。君だって、家業が煩わしいと言っていたじゃないか?』
『・・・煩わしいことと危害を加えても良いは同義語ではありませんっ!!今すぐ辞めて下さい!』
『そうはいかんよ。もし辞めたら、君に将来我が家の会社を譲る件は白紙になるが?』
『・・・っつ!!!』
「将来会社を譲る?弥生聞いてるか?」
「いや、聞いてない。何かの間違いじゃないか?会社?」
「卯月って、会社を貰う代わりに奥さんと結婚したってこと?」
神代と門から少し距離を取りながらみんなが話している。
「そんなこたぁ後で良いだろ?!結っ!お前はもっと奥か見つかりにくい場所に行けっ!誰か結に一人付け!俺は此処に居る!」
如月さんが指揮を取った。それに続いて睦月さんと神在月さん、長月さんが一緒に止まった。
「師走が結ちゃんについてて」
皐月さんが私の背中を優しく師走さんの方へ押した。
「絶対、無事でいてね」
そう言った皐月さんは、如月さんの元へ行く。行きながら、神在月さんから投げられた薙刀を受け取る。斎服を来ている神代たちの勇ましい姿が夜月に照らされている。その美しい光景とは正反対な現状がその奥に見える。
「結ちゃん、母家の中に行こうっ!」
師走さんが私を気にかけて手を取り引っ張った。酷い喧騒だ。重機の音、人の叫び声、祭り会場での爆音、起こっていることを脳が処理出来なくなりそうっ・・・!
安全な場所を求めて、建物の奥へ奥へと行けば、本殿の廊下の入り口まで来てしまった。
「結ちゃんっ?!師走も?!どうしてこっちに?!」
本殿の前では神崎さんが守るように立っておりました。
「なんか、建物の奥の方が安心な気がして・・!そうしたらこっちに来てしまいました・・・!」
「・・・っつ!!」
「ごめん!こっちに来ると都合悪かった?!」
「まぁ・・・通路が狭いから乗り込んで来られるとちょっとね。でも、大丈夫。なんなら、一度鍵開けるから本殿周りの廊下に居てよ」
騒音は聞こえてくるが、現在ここからは解錠の音しかしない。
そんな中、私が持ちっぱなしだった端末からまた声が聞こえた。
『あんな有名人を使ってまで我々の妨害をするとは・・・。神部は相変わらず羽振りが良いですね。しかし頂けませんね。怪しい事を始めて、そして多額の支払いをしているとか?何やら傷の治りが遅い人が居たりするみたいですね?何か人体実験でもしているのでしょうか?それとももっと人に言えない事なのでしょうか?あぁ!神の代理だとかなんとか?!一ヶ月も帰ってこないんだって?その部屋を見せてもらおうじゃないか?人が生活できる環境なんだろう?』
『ここまでやっておいてタダで済むと思うな』
『こちらのセリフですよ。あなた方がしている事が世に知られればどうなると思いますか?神部はおしまいじゃないですか?謎のお金が流れているんですよ?”普通”じゃない人々がいるんでしたっけ?』
『随分とお喋りがお好きなようだ。もう面倒だな。良いじゃないか。喧嘩して決めよう。純粋な力比べだ。どうだ?財閥のお坊ちゃんは喧嘩したことあるか?もしかしてないのか?じゃあ駄目か。負けが確定しているようなものだからな』
『良いですね。地位も名誉も、被害も警察も法律も、何も気にしないでやってみましょう。受けて立ちます。ただの力比べで良いんですよね?』
『そう言ってるだろ』
そんな事言って・・・!相手は拳銃を持っているんです!社長に何かあったら私たちみんなどうすれば良いんですか!!
「神崎さんっ・・・!!」
「大丈夫だよ、みんなこう言うのは慣れてる」
「拳銃持ってたんです!相手の方!撃たれたら・・!」
「多分そんなの承知の上だよ。とにかく、俺は本殿と君を守らなくてはいけない。さぁ、入って」
本殿へと続く扉の鍵を開けて促された。
「師走も一緒に。・・・結ちゃんを頼んだよ」
「・・・一緒にいる事しか出来ないよ」
「それで十分です。あとは、陽朔が到着すれば全部なんとかなるから」
ーーーガチャンッーーー
本殿の中でないにしても、まさかこの鍵の内側に月末日以外で自分が入る日が来るなんて思ってもいませんでした。現在は、momijiさんの歌が途切れず聞こえ、門の方は変わらずうるさく、重機が動いている音がします。ですが、壁を壊す音がしなくなりました。多分、門と壁が完全に壊されたのです。
誰のマイクが入っているのかわかりませんが、端末から表の会話がまだ聞こえています。
『貴方も誰か知りませんが辞めてください!何が原因でここまでするんですか?!』
『パパァ、やーたん家、壊れちゃうの?!なんでみんな喧嘩してるの?!怖いよぉっ!!!』
『・・・はぁ。君が、外嶽さんの娘さんと結婚した神宮の方かい?』
『っつ!そうです、貴方は誰なんですか?!外嶽さんと一緒に何してるんですか?!』
『卯月そいつに近づくなっ!離れろっ!!』
社長の切羽詰まった声がした。その瞬間
ーーパァンっ!!パァンっ!!!!!
銃声が二発聞こえた。威嚇なのか・・・誰かに向けたのか。社長が卯月さんに離れろって・・・まさか・・・!!
『・・・酷いじゃないですか。冗談の射撃なのに私の手を撃ち抜くなんて』
『射撃に冗談もあるか。子供を狙うなんて悪趣味にも程がある。次はお前の頭撃つぞ』
『あの神部の代表が拳銃を所持しているなんて、それはずるくありませんか?しかも、私の手ごとコチラの拳銃を撃つとは・・・腕が良くて腹が立ちますね』
社長も銃を持っていた・・・?どこに?だからスーツ?!
『物騒な事言いますね?そんな事言って良いんですか?私はちゃんと録音してますよ?神部の代表が発砲に暴言、脅迫・・・もう言い逃れはできませんね?』
『大丈夫だ。今日ここから無事に帰れると思っているのはお前だけだ』
『そのお言葉、そっくりお返ししますよ』
私だけが比較的安全なところにいて、この会話を聞いている。
なんて無力なのだろう。思っていた以上に現状が怖くて、思っていた以上に何も出来ない。
神崎さんが私にお世話係を辞めろと言っていたのはこの為か。でも、だからと言って他の人にこの思いをさせることは出来ないとも思う。あ、でもお母さんだったら大丈夫だったかもしれない。
『八重!!なんでこんなことになってる!?なんでだ?!』
『パパァーー!!怖いよぉーー!!あああああーーー!!怖いよぉーー!!!』
『俺がいけなかったのか?!俺が原因なのか?!』
卯月さんが八重さんに現場の理由を聞く。だが、それよりも娘さんの悲痛な鳴き声の方が気になる。銃口を向けられたりしたのだろうか。
『原因はあんたじゃないわ。あんたは利用されたのよ。そこの西園寺財閥の跡取りと、あんたの奥さんの実家にね。あれだけ敷地に入るなって言ってんのにそこの奥さんは我が物顔で勝手に来ては家の事を調べてたのよ。だから勝手に結婚なんかすんじゃないって言ったのよ!!!今更だけどね!!』
八重さんも腹が立ったのを包み隠さずに言っている。流石の卯月さんも居た堪れないだろう。理由は知らないが、神部から猛反対を喰らって結婚した挙句が、外部の人間から目をつけられ、攻め込まれ、文字通り境内を潰し、自分は娘を撃たれる所だった。
『わかった!もう外嶽とは縁を切る!!会社も何もいらない!離婚もする!だからもう手を引いてくれ!!これ以上は辞めてくれ!!』
『今更離婚したって今のこの状況が収まるわけないでしょ?!あんた子供連れてどっか行きなさいよ!!邪魔なのよ!!』
『わぁああああー!!パパァーー!!この人怖いよぉーー!!!!!ママァ!!ママァ!!なんでこんな事するのー?!良い子にできてなかったら・・・ごめんなさいっ・・!!!!!じいじっ!!じいじもうやめてぇ!!』
そうだ・・・!孫に泣いて頼まれたら流石に・・・!
『はいはい、そのじいじはこちらで今捕まえましたよ・・・っと!』
『離せ!ワタシは政治家だ!!こんな事してのうのうと生きてられると思うな?!』
『それはこっちのセリフだっての!どこ行こうとしてたんだかっ!!』
皐月さんだ。
収集がつく様子が全く浮かばない。これは、攻め込んできた相手の方を捕まえるまで終わらないのだろう。それまで私はどうすれば良いのだろう。ずっとここに隠れていれば良いのか。
「結ちゃん、何かしようなんて考えないで下さいね。役に立つことや、立ち向かうことだけが正義で賞賛される事ではないですから」
「でも・・・っ!」
「きっと、結ちゃんが賞賛されるとしたら、この惨事からなるべく距離を取り、見ることもなく、怪我もせずに、無事で居る事です。全員がそれを望みます」
「・・・はい」
なんだか端末からの声がなかなか聞こえず、さっきよりも騒がしと感じた時だった。
ドォォォオオオオンーーーーー!!!
自分が無力だと再度痛感した所でまた大きな音が鳴り響いた。




