二章:如月の君へ 二話
二月三日
しまった。一日の皐月さんの抱きつきの件をどう報告しようかと悩んでいたら忘れていた。今日は節分だ。昨日の買い物の時に豆を買っていない!!
仕方ない、明後日の献立を早く決めて、豆と共に買いに行くか・・・。
朝の洗い物をしている時に、献立を考えながら豆まきの段取りも考えていた。
地域によって決まりや、やり方が異なるだろう豆まきですが、この家では【神在月】の名前を持つ方が行うしきたりです。神代たちに誰が一番偉いだとか位はないけれど、この行事に関しては【神在月】の名前の方が代表になります。
和風名月では、十月を一般的に《神無月》と言いますが、それは、十月の一ヶ月間、神様たちが出雲神社に集合する為です。出雲神社以外の神社には《神》が《無》い《月》だからです。逆に、出雲神社側からすると、全ての《神》が一箇所に《存在》する《月》。神の力が集結する素晴らしい月だと言われており、では、その《神在月》に、節分の儀式を行なってもらう。と言う流れらしい。
あぁ、その為の豆を早く、早く買いに行かないと。普通の家庭用のパックを買おうものなら何袋も買わなくてはならない。足りなかった場合は梯子して豆を調達しなければならない。急げ、急ぐのよ私。
「終わったぁああ!!」
食器洗いと、母屋の掃除、自分の洗濯物も干して、やっと買い物に行ける!今日は買うものも沢山あるから車で行こう。車と家の鍵を取り、買い物袋と財布の入ったカバンを持って勢い良く玄関扉を開けて飛び出した。
ら、人にぶつかった。
「ごめん、結ちゃん!居るのは見えてたんだけど、そんなに勢い良く出てくるとは思わなくて・・!
「私こそすみません。止まれませんでした。飛び出し注意ですね」
弥生さんの胸に飛び込む・・・なんて可愛いものじゃなくて、顔からタックルをした。痛い、鼻曲がったかな。鼻血出てないかな大丈夫かな。
「ごめん、今急ぎ?」
「はい!節分の豆まきの豆買い忘れてました!!」
「柊は・・・庭にあるか。鰯の頭は?」
「忘れてました鰯も買ってきます!ありがとうございます!!」
「あ、急いでるなら簡潔に言うね」
「はい?」
「さっき、卯月が電話してるの聞いてね。今日卯月のご家族が来るらしい」
「なんで?!」
なんだ、私は最近”なんで?!”と言う事が多い。それほど予期してない事が起こっている。
「節分は特にみんなで楽しむイベントじゃないですよ?というか、いつもイベントには卯月さん御一家は不参加じゃないですか」
「うーん、そうなんだよね。なんで今日なんだろう?とか思ったんだけど、来る理由がわからなくてね・・あ、でも来るってわかったから結ちゃん言っておかなくちゃって思って。理由かわからないから、とりあえず今日は母屋からあまり出ないように」
「すみません、お気遣いありがとうございます」
私が卯月さんを含む卯月さん御一家を苦手としているので、弥生さんは気を遣ってくれる。
「すみません、弥生さんのご兄弟なのにこのような気をつかわせてしまって」
「いいんだよ、それに逆だよ。卯月が迷惑をかけてるから、これ以上結ちゃんが嫌な思いをしないように」
「ありがとうございます・・・」
「引き止めちゃってごめんね。早く行かないと、豆と鰯なくなっちゃうかもだから」
「あ!いけない!ありがとうございます!行ってきます!」
「危ない・・・鰯最後の一匹だった・・・」
無事に鰯を買うことが出来ました。母家に戻り、まずは食材を冷蔵庫にしまう。そして、買ってきた豆の袋はもう開けて準備をしておく。升に豆を入れ、補充用に大きなボールに何袋も豆をざらざらと入れる。
そして、庭に枝切り鋏を持って出て行き、柊の枝を切る。そして帰ってきてとりあえず置いておく。
柊鰯の鰯を焼き始める。この、柊の枝に鰯の頭をつけたものは、敷地の入り口だけに飾る用。焼きながらお昼ご飯の支度をすぐさま始めなければ間に合わない。現在11時。お昼は楽をさせてもらって牛丼だ。楽って言ったって、十二人前の材料切るのだって大変なんですからね。たとえそれが玉ねぎだけだとしても!!
なので、スライサーで玉ねぎを10個近く薄くします。
そして、一緒に今晩のメニューも仕込み始めます。正月のおせちみたいに、節分に食べるといいメニューがあるのです。語呂合わせとか縁起物だとかそんな感じですけど。
まず、豆まきにも使う大豆。今回は煮たものを買ってきました。それをこんにゃくと更に煮ます。
他は飾るだけじゃない鰯。少量の蕎麦。あとはなんたって恵方巻きですよ。恵方巻きのご飯は五穀米にします。この五穀も食べると良いとされているもの。夜は七人前なので、少しだけ楽。
でも、恵方巻きの中身の卵とか焼きますから、さぁ、ここからは時間との戦いです。あれ?私なんか時間と戦ってばっかりじゃない?
「お!牛丼か!いいねぇ」
12時過ぎに神代たちが母家に来た。一番は神在月さんだ。
「お疲れ様です!どうぞ、召し上がってください!」
私は卵を焼きながら声をかけた。
「あぁ〜!!卵焼」
「これは夕飯の恵方巻きの卵です残念ながらお昼は食べれません」
卵好きの皐月さんが嬉しそうに言ったがすぐにピシャリと言い切った。だめだ、絶対にあげません。
「ウエェーじゃぁ夜まで我慢しますぅ」
「へぇ、恵方巻き手作りなんだ、さすが結ちゃんだね」
霜月さんは興味があるのか恵方巻きの話しに入ってきた。
「霜月さんのお家は恵方巻き食べますか?」
「うちは食べるけど多分買ってきたものじゃないかな。妻が奇麗に巻ける自信がないんだって」
クスクスと笑いながら言う。いいじゃないか、恵方巻きなんて沢山売り出しているんだから買えばいいんだよ。
「霜月さんのお子さんはお二人とも男の子ですもんね。女の子なら一緒に作る楽しみがあるかもしれないですけど、そうでないなら買った方が奥様だって楽できて良いですよ」
「そうだよね、やっぱり大変だよね・・・」
霜月さんがちょっと困った顔をしてしまった。
「あっ!えっと!あの!私は好きでやってますから!全部!全部!嫌なものは作りませんし!」
しまった。気をつかわせてしまった。そもそも食事は大変ならたまには出前とか出来合いを買ってきたって良いのだ。何故私がこんなに躍起になってなんでもかんでも手作りをしているかというと、それは昨年売り言葉に買い言葉でやってしまってそれから
「結ちゃん!工房用の材料の納品が今来たって!」
葉月さんが母屋の玄関から大きな声で教えてくれた。
「えぇ?!今?!」
そういえば来ないなとは思ってたけど、豆を買いに行くことで頭がいっぱいだった。
節分の今日に合わせておそらく先方の業者も手がいっぱいでウチへの納品の時間が押したんだ。
とりあえずコンロの火だけ止めて、ドタドタと音を立ててしまって品がないが、急いで玄関に向かった。
「ごめんね、忙しいのに。俺たちじゃ確認もサインもできないから」
「いえいえ!とんでもないです!どうぞお昼の牛丼食べてください!行ってきます!」
ここの駐車場は20台とめられる程広い。そして、そこに納品業者が来て材料を降ろしていく。それを台車で工房に運ぶのだ。しかし、業者と納品数の確認とサインをするのは、契約上”私”だけとなっているため、神代の皆さんは手伝いとして代わりに受け取りたくてもできないのです。
走って駐車場まで行き、すぐさま納品数の確認とサインをして、一旦材料を駐車場の奥側に置いてから母家に戻る。もう一度コンロの火をかけて、煮物と卵焼きの続きを作る。この調子だと私が牛丼を食べれるのはあと1時間後くらいかもしれない。
「結ちゃん、お代わりもらうね」
大食いの弥生さんが空のどんぶりを持って台所に来た。
「あ!よそりますよ!」
「大丈夫だって。恵方巻き、期待してるね」
「なんと・・・!任せてください!」
「そうだ、豆まきって20時からでしょ?」
「はい、その時間の予定です」
「あ!結ちゃん、俺もお代わりください!あと、節分子供たちと一緒に見て回ってもいい?」
霜月さんもお代わりにやってきた。
「大丈夫ですよ、神在月さんも一人で回るより楽しいと思いますし」
神在月さんは面倒見もよく、神代のお子さんたちと遊んでるのも良く見る。
「なんかね、学校で豆まきの事調べたり、家でやる人は写真とかレポートみたいなの書いてくださいって言われたんだって。プリントも昨日の夜渡されてさ」
「結ちゃん、私もお代わりください。あと、それうちの子もなんだ。一緒に回らせてください」
文月さんもお代わりと豆まき見学の依頼がきた。とりあえず今日はお代わり率が高い。やはり男性は牛丼と言うものが好きなのだな。いや、性別は関係ないか。私も大好きだし。
「はい、みんなで楽しくやりましょうね」
言っておいてすみません、本日の夕方より私は母屋から一歩たりとも出ませんが。
卵を焼き終わり、他の恵方巻きの具材の椎茸の煮物を作り始める。
結局、予想通り私がお昼ご飯の牛丼を食べ始めたのは、14時近くになってからだった。
牛丼を食べたら流石に少し休憩しよう。ゴロゴロと1時間は横になりたいなぁ。で、そのあとから事務仕事をしないと。あ、そうだ。14日のバレンタインのお茶会の段取りと材料も考えないといけない。最近また食品の値段が上がったので気にしないといけない。お米とか恐ろしいほど上がってしまいました。
チョコレートも市販のチョコレートとかココアパウダーを使おう。あ、ココアパウダーだけじゃなくて変わり種できな粉も使ったりしても良いかも。ココアパウダーは結局製菓用の高いものしかないからなぁ。飲み物用のココアは粉が粗いから。きな粉とチョコレートだってきっと相性いいはず。勘だけど。
考えながら食べていたらいつの間にか丼が空になっていた。
「・・・お代わりしよう」
牛丼とは何故こんなにも美味しいのだろうか。
「結ちゃん、今大丈夫?」
午後、休憩もしっかりとって事務作業をしていた所に弥生さんがやってきた。
「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」
「卯月の家族の来る時間、わかったから伝えにね」
「あ!ありがとうございます!」
時間がわかればそれまでの自由時間と行動範囲が確定する。
「18時だって。いまだに何をしに来るのかはわからないけど」
「18時ですか。ご飯の支度してる時間だから良いですけど、その時間ってもう外は暗いですよね。どこにいるんです?弥生さんの家にでも上がられるんですか?」
「特に俺は何も言われてないなぁ。まぁ、俺なら直前に言っても大丈夫だって思ってるんだろうけど・・・」
「今日はお金を渡す日でもないですし、節分の豆まきくらいしかないですからね・・・」
うーんと二人して悩む。とりあえず、私は18時少し前までは庭に出ても大丈夫そうだ。
この母家と本殿、それに12戸の離れと工房がある神宮の敷地を総称して【境内】と呼ぶ事がある。
卯月さんは、この境内には住んでいないので、着たとて居座る場所がないのだ。
普段は来客が来た時は、母家の客間を使うが、身内だし”来客”とは少々違う。母家の居間は食事の準備を始めている時間なので正直入ってきて欲しくない。
「何をしに来るのかがわかればなぁ」
「誰も何も言われてないからね、俺にも言ってこないから、逆に居座ることなくすぐに帰るかもしれないけど。そしたらそれはそれで良いんだけど」
「まぁ、考えても仕方ないですから、取りあえず私は18時以降母屋から出ないので大丈夫だと思います」
「本当にごめんね。俺も、卯月たちが帰るまで母家にいるから」
「ありがとうございます。心強いです。あ、少し休まれますか?コーヒーでも・・・」
スパーーン
「じゃぁ、俺、カフェオレ!」
皐月さんが襖を開けて私が事務作業をしている部屋に入ってきた。
「皐月さん、盗み聞きは感心しません」
「今きたところで、ちょうど何飲むか聞いてたから言っただけ〜なんの話をしてたかは知らないよ〜」
「まぁ、聞かれても良いけどね」
弥生さんがケロッとした顔で言った。
「そうなの?!あ、でも当てたいなぁ〜そうだな。次いつきんぴらごぼうを作るかの相談〜?」
「それだったらよかったなぁ」
「じゃぁ違うのか」
弥生さんと皐月さんが話始めたので、私は台所に行きお湯を沸かし始めた。
「弥生、工房戻ったよ」
皐月さんが後ろから声をかけてきた。と、言うことは今母家には私と皐月さんの二人か。
だとしたら・・・と考えた瞬間に、その考えはすぐに現実となった。皐月さんがまた後ろから抱きついてきたのである。今月始まって2回目だ。スパンが短くないか。
「じゃぁ、皐月さんのカフェオレだけですね」
「結ちゃんも一緒に飲もうよ」
「休憩はちょっとにしてくださいね、他の人は頑張ってるんですから」
「はーい」
居間のコタツで、二人でカフェオレを飲み始めた。
「ちゃんとタイマーかけておきましょうね」
「しっかり者ー!」
このままうっかり話し込んで長々と休憩時間を取るなんてことがないように、携帯電話のタイマーをかけた。
「あまぁい。美味しい。ホッとするよね」
「疲れた時には甘いものっていいますものね」
「そうだねー」
私もさっき休憩したのにまた休憩してしまってる。まぁ、夕食の仕込みは殆どできたからいいか。事務作業、今日の分が遅れたら・・・来週のどこかで残業して調整すればいい。こうやって神代と話す時間は大事なのです。それも、仕事の一環でもあります。
「結ちゃんはさ、凄く面倒見がいいよね」
「そうですか?」
「うん、ちゃんと叱ってくれるところ、凄くいいと思う」
「叱られたくないとか思わないんですか?」
「できるなら叱られたくないけどさ、間違ったことを知らずにしちゃう時ってあるじゃん。人にとっての嫌なことが、自分では全然嫌と思わず、当たり前のようにそれを人にしてしまうとかね」
「まぁ、あるかもしれないですね」
「俺はさ、今までさ、人に注意されないできたことの方が多くて。なんか変だとか、嫌な思いをしたらみんな言わないで去ってっちゃうんだよ。みんなって言っても、ほとんど女の子の話だけどね」
「離れていく人もいるけど、また人が寄ってくるんですよね、皐月さんの場合」
「そうなの?!え?!何でわかったの?!凄いんだけど!そうそうだからさ、今までの人は、ただ俺に飽きたのかな〜とか思ってた。でも、俺が相手の嫌がることをしてたり言ってたりしてたんだよね」
「注意って、本当に難しいですからね。自分が嫌な事は他の人も嫌な事だって決めつけて、”みんな嫌がってるよ!”って言う人もいれば、”自分はこれが嫌だ。でも他の人は気にしないかもしれない。自分だけが嫌ならこの人から離れればいい”って思って何も言わずに離れていく人もいますからね」
「…そう、俺の場合は殆どが、後者の”自分は嫌だけど他の人は気にしないかも、自分だけなら離れればいい”タイプの人が多かったみたい。でも、それって凄く頭良いっていうか、自分の事も他人の事も考えられる、心が広いというか視野が広いというか、人の気持ちがわかる人だよね」
「そうですね。自分の意見が絶対だって決めつけるわけでもなく、相手の意見や気持ちも尊重して、誰も傷つかない選択をしているんですもんね。でも、相手のためにいうというのも良いことだと思います。ただ、その場合は言い方を十分に気をつけなければならないと私は思います。本当に、真剣に、相手に伝わるように言葉を選んで丁寧に言わな・・・」
ピピピー、ピピピー、ピピピー、
「皐月さん、お時間です」
「良い話ししてたのに・・・!!」